「快速」列車は、文字通り「快い速度」の列車だ。遠い目的地に行く人にとって、各駅停車はかったるい。途中の駅をビュンビュン飛ばしてくれると目的地に早く着ける。気分「爽快」でもある。
3月16日、JRや私鉄各社において「春のダイヤ改正」が実施された。その中でも、JR京葉線で朝夕混雑時間帯の通勤快速と一部快速列車が廃止となったことは大きな話題を呼んだ。
快速が停まる駅と聞けば、利用者が多く、沿線地域にとっても重要な位置付けであるイメージだ。その快速が廃止になれば、「不便になる」というようなマイナスな印象を持つのも頷ける。
では、快速が「停まる駅」と「停まらない駅」とはどのように決められているのか? JRと大手私鉄の快速に対する考え方から、今後快速が廃止される可能性がある駅・快速が廃止されにくい駅の傾向を考えてみる。
京葉線の快速廃止は本当に「死活問題」か?
JRグループの「快速」は、途中駅を通過する列車のうち「急行料金」「特急料金」が不要な列車だ。大手私鉄では「快速」「準急」「急行」「特急」などいろいろな種別がある。
「特急」はロマンスカーやスカイライナーなど特別料金が必要な列車と、京王電鉄や京急電鉄のような列車がある。ひとまず特別料金が不要な速達列車として、ここではまとめて快速としよう。
3月16日のダイヤ改正では、JR東日本が京葉線の朝夕混雑時間帯の通勤快速と一部の快速を廃止した。
この思い切った「改正」について、内房線、外房線の沿線自治体の首長や千葉県知事が反発。JR東日本千葉支社はこの批判を受けて急遽、早朝の上り2本の快速を設定した。この騒動をご記憶の方も多いと思う。
ダイヤ改正前まで、京葉線の通勤快速は早朝に上り2本あった。1本が内房線の上総湊駅始発、もう1本が外房線の勝浦駅始発で、こちらは途中で総武本線と東金線の成東駅からやってくる列車を連結する。
京葉線ユーザーと言うより、内房線、外房線などから東京方面へ直通できる便利な列車だった。だから沿線自治体としては「不便になる、困る」と反発した。そこは誰もが共感できるところだ。
マスコミも「JRのサービス低下」「利用者無視」と叩いた。テレビのニュースでは「通勤快速がなくなったので、もっと早い時刻に会社へ出発しなくちゃ」という住民が取り上げられていた。
自治体も「通勤快速廃止は死活問題」「生活が崩壊する」「生命維持装置を外される」などとコメントした。
しかし、朝に2本、それも内房線と外房線とも1本ずつの東京直通快速がないだけで、本当に「死活問題」なのだろうか? 鉄道の話が自治体にとって死活問題になるとしたら、それは路線の廃止とか、運賃が3倍になるとか、そういうレベルの話だ。
ちなみに内房線も外房線も、総武快速線経由で東京へ直通できる列車は多い。直通列車があるという部分ではJR相模線、横浜線、南武線より便利なのに、自治体が自ら不便なイメージを作り出してどうするのだろう。
快速を廃止するメリットとは
JR東日本は、京葉線の快速廃止の理由を「混雑の平準化」と説明している。解決したい状況は2つある。「快速に乗客が集中し、各駅停車がガラガラ」という場合と「各駅停車は混んでいるのに、快速は空いている」場合だ。
前者の例は、2007年に東急電鉄が田園都市線で実施した「朝の急行13本を準急に格下げ」だ。急行に乗客が集中し、乗降に時間がかかり、かえって遅延が発生してダイヤが保てなくなった。
そこで二子玉川~渋谷間の急行運転を取りやめ各駅停車とした。しかし、中央林間~二子玉川間は急行のままだったから「準急(”準”急行)」としたのだ。
都心へ向かう通勤通学客が、溝の口や二子玉川で急行に乗り換えず「準急でも各駅停車でも先に乗った方が早く着く」となった。乗客が分散し、遅延の解消に効果があった。
今回話題を呼んだJR京葉線については後者だ。通勤快速と快速は空いていて各駅停車は混んでいる。だから通過列車を取りやめて、停車駅を増やすことで利用を促進する狙いがあった。
JR東日本は、2023年に京葉線の幕張豊砂駅を開業した。この駅は快速の通過駅だ。ここに停まる列車を増やしたい。駅は列車にとって「営業窓口」だから、増やした方がいい。
そもそも各駅停車だけしか停まらない駅で、大勢の客の前を空いている快速が通過するなんて、客のストレスが増えるだけだ。
快速運転を取りやめるメリットはもう1つある。「運行間隔を詰めて増発しやすい」ことだ。特定の区間に遅い列車と速い列車が混在する場合、運行間隔がまばらになってしまう。速い列車を遅くして他の列車に合わせると、運行間隔を狭くできて列車の本数を増やせる。これを鉄道業界では「平行ダイヤ」という。
運行本数を増やすと単位時間あたりの輸送量が増える。だからいつも混んでいる路線は各駅停車中心になりがちだし、快速を走らせる路線でも、通勤通学時間帯は各駅停車を中心にして運行本数を増やすのだ。
快速停車駅はどうやって決まる?
では鉄道会社は、どのような考えから快速停車駅を決めているのだろうか? JRだけではなく、鉄道会社はきっぷの利用統計から各駅の乗降人数のデータを持っている。ある路線の各駅を比較したとき、すべての駅で同じ数の利用者がいれば各駅停車だけでいい。
しかし、いくつかの駅で乗客数が飛び抜けて多いとなると、その駅ではプラットホームに乗客が増えすぎる。放置すれば危険だ。だから乗客数の多い駅だけに停まり、乗客が増えすぎないように調整する。これが快速列車の役目だ。
現在は交通系ICカードによって乗降動向が明確になったため、なおさら「乗客数の最適化」を計画しやすくなっている。JR東日本に限らず、JRグループは乗客数データに忠実だ。だから時として沿線の意向とズレることもある。
一方、大手私鉄は「乗降人数データ」に加えて「特定駅の忖度」が加わる。忖度の対象はグループ会社の不動産事業だ。沿線でグループ会社が住宅開発をする。大規模マンションを建てる。そのとき「都心まで◯◯分」という広告を打ちたい。
大規模住宅開発は、鉄道の乗客を増やす戦略でもあるから、鉄道事業は先行投資として快速を停める。関東の大手私鉄は都心から放射状に延びていて、鉄道自体は競合しない。しかし住宅開発は沿線同士の競争がある。
住宅販売では「都心から○○分」同士で競争している。つまり、大手私鉄の快速停車駅はグループ会社全体を見通した「戦略的停車駅」である。
それに比べれば、JRグループ各社は「特定駅の忖度」が起きにくい。理由は簡単で、不動産事業が未成熟だからだ。大手私鉄は安い土地を買い、線路を通し、駅を造り、不動産価値を高めて商売をした。JRグループはこれができなかった。
JRグループと不動産ビジネス
JRグループの前身「日本国有鉄道」は国策として鉄道を建設、維持、管理する会社だ。鉄道事業以外の事業は「民業圧迫につながる」として制限された。
国鉄が鉄道以外でできたことは、国鉄バスと旅行代理店、駅の売店、駅ビル程度だった。
1987年に日本国有鉄道が経営破綻して分割民営化され、JRグループが発足したことで、鉄道以外の事業も解禁。
しかし、自ら線路を敷いた沿線はすでに開発し尽くされており、首都圏では不動産事業に参入する余地が無かった。余っていた鉄道用地も国鉄の赤字清算のため売却された。その結果、純粋に「乗降人数データ」中心のダイヤ作成になっていく。
京葉線の歴史を振り返ると、2013年に通勤時間帯の快速をやめた。早朝の通勤快速だけ残したけれども、この時私は「JR東日本が都心に近い越中島・潮見あたりでマンションを建てるつもりなのかな」と思った。
しかし、そうではなかった。大手私鉄なら先にタワーマンションを建てるだろう。土地だけでも押さえておく。残念ながらJR東日本の不動産ビジネスの勘は鈍い。
結論として「JRと大手私鉄は快速停車駅決定の考え方が違う」ということだ。傾向として「JRは乗降客数の変化によって快速運転を取りやめる可能性が高い」ことが認められ、「大手私鉄関連不動産業の拠点駅は快速が停車しやすいし廃止されない」と言える。
今回のダイヤ改正でわかったように、快速の廃止は周辺地域の評価を下げかねない。住まいや投資先を選ぶに当たっては、このような鉄道会社の考え方も心得ておきたいところだ。
(杉山淳一)
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