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「ストロー効果」とは、一般的に、新幹線や高速道路が開通すると地方都市が衰退してしまう現象と見られている。新幹線が開通すると嬉しい。その反面、大都市に向かって人流や経済活動が吸い取られていくと懸念されるという。

しかし、ここではあえて断言しよう。「ストロー効果」は都市伝説、まやかしである。マスコミが流布した誤った考え方だ。

新幹線が開業する、高速道路が開通する、長大な山岳トンネルや橋が架かる…すると経済活性化に期待する声が高まる。ただ、それだけでは報道としてバランスが取れないものだから、マスコミは懸念点を取り上げたくなるのだろう。

だが本当にストロー効果はあるのだろうか。あるというなら、実際に吸い取られて衰退した自治体を挙げてもらいたいものだが、筆者の知る限り、そんな自治体はない。むしろ景気の良いニュースのほうが多いのが実態ではないだろうか。

今回の記事では、年齢=鉄道趣味歴の筆者がなぜこのように考えるのか、紹介していこうと思う。

北陸新幹線延伸開業の効果

今年3月に北陸新幹線が延伸開業した福井県福井市、敦賀市は好況だ。

JR西日本の発表によると、延伸開業後の1カ月間で、金沢~福井間の利用者数は72万3000人。在来線だった昨年と比較して126%という好成績だ。コロナ禍前の2019年と比べても112%。それだけ人流が増えている。

同じく延伸開業後1カ月間において、敦賀市内の観光地を巡る「ぐるっと敦賀周遊バス」の利用者数も前年同時期に比ベ約2.1倍になったとの報道も。観光地の1つである敦賀赤レンガ倉庫を訪れた人は約1.5倍、鉄道資料館は約2.5倍となったという。

まだ短期的な観光面の効果しか現れていないけれど、長野~金沢間が延伸したとき(2015年)の石川県・富山県の勢いが現在も衰えていないことから、福井県も同様の発展を遂げると考えられる。

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観光目的で訪れる人の数だけでなく、定住人口の比較もしてみよう。

金沢市によると、2010年1月の人口は46万628人であったのに対し、北陸新幹線が開業した翌年の2016年1月は46万6070人と増加している。

最新データの2024年4月1日は45万5179人と約1万人の減少だけれども、これは全国的な傾向に沿ったものだ。日本全体の人口も8年間でほぼ同じ減少率で推移している。ストロー効果があるとすればもっと大幅に減っていてもおかしくないのではないだろうか。

富山市は、2010年1月の人口は41万7697人、2016年1月の人口は41万8961人と微増した。2024年4月末は40万5028人で、こちらも約1万人の減少。金沢市と同様に、ストロー効果を指摘するほどの減少にはなっていないと言えそうだ。

では企業活動面はどうか。

金沢市の都市政策局企画調整課がまとめた「北陸新幹線開業による影響検証会議報告書」(2017年11月)によると、2014~16年にかけて、市内では68の企業が支店や営業所を開設した。拠点を廃止した企業は1社だけだ。有効求人倍率は右肩上がりで、2017年4月時点で1.90と、全国平均の1.52を大きく上回った。

日本政策投資銀行富山事務所が2019年11月に発表した「北陸新幹線開業5年目の交流人口変化がもたらす富山の経済波及効果」も、富山県の好況を示している。アクセス向上などを背景に、太平洋製鋼やYKKグループ等が富山県内に本社機能を移転。さらに10社が施設の増設、拡張を実施している。

北陸新幹線についてはストロー効果はみられないと言っていい。

誤った「ストロー効果」の解釈

ストロー効果伝説の始まりは瀬戸大橋だった。月刊「貿易と産業 1989年1月号」で命名者の小野五郎氏が振り返っている。

1985~86年ごろ、四国通商産業局(現・四国経済産業局)の総務部長だった小野氏は、瀬戸大橋の開通(1988年)を前に「その影響と対策」について講演を依頼された。

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講演を行ったのは暑い夏の日で、小野氏にアイコーヒーが提供された。そこで「このグラスが四国、ストローが瀬戸大橋、私が本州経済圏とします。今のような手緩いことでは、これ、こういう風に、美味いところはみんな本州側に吸い取られ、残すのは味も素っ気も無い氷だけということになります」と、一気に飲み干して見せた。これが好評だったため、ストロー効果と名前を冠して、世に定着したのである。

このパフォーマンスには根拠がある。経済学では「顧客吸引力は規模に比例し、時間と距離に反比例する」という「ライリーの小売引力の法則」がある。

この法則によれば、都市AとBとCがあったとき、「BからみてAとCが同じ距離の場合、消費者は規模の大きいほうに吸引される」「BからみてAとCが同じ規模の場合、消費者は距離が短いほうに吸引される」のだ。

小野氏の意図は「地方が地方なりの広域経済圏を創出し、自前の情報を産出・蓄積・発信する力を身につければ、恋人同士が1杯のアイスコーヒーに2本のストローを差して一緒に飲んで親密さを深めるように、地方と中央の共存共栄が図れる」ということだった。

それがいつのまにか、大都市と中小都市が新幹線で直結すれば、中小都市が衰退するという形で伝わってしまい、定着した。ライリーの法則は消費者の嗜好のみをテーマとしていたはずが、ストロー効果では経済全体の話に適用されてしまったのだ。

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ストロー効果は「実証的な根拠ない」

「小さな経済圏が大きな経済圏に吸い取られる」と誤って定着したストロー効果について、学術的に検証した論文がいくつかある。

私が調べた限り、初出は1995年に「土木学会関西支部年次学術講演会講演概要集」に収録された「文献における『ストロー効果』の定義とその検証内容に関する分析」だ。

著者は京都大学大学院の山本恒平氏、京都大学工学部の中川大氏、名城大学都市情報学部の吉川耕司氏、住宅都市整備公団の西村嘉浩氏。

その論文には、ストロー効果に関する議論について「断片的な事実を取り上げている以外は、具体的にストロー効果が起こっていることを裏付ける確証もなく論じられていることが多い」とある。

さらに、同じ執筆陣が数値による検証を実施した論文「人口移動から見た高速交通整備によるストロー効果に関する実証分析」には、1956年~90年の各都道府県の人口移動データの検証結果として「都道府県単位というマクロな分析結果を見る限り、ストロー効果が実際に存在するとは言えない」と記載されている。

ストロー効果という用語も「実証的な根拠なく用いられてきた」「今後はさらに詳細な分析が求められる」とし、安易にストロー効果を用いることを批判した。

実例検証でも「好影響」の結論

具体的な路線を選んで検証した論文もある。

2005年12月に発行された「土木計画学研究・講演集(CD-ROM)」に収録された「高速交通機関がもたらすストロー効果に関する研究 ~長野新幹線沿線を対象とした統計データによる検証~」だ。

ここで言う長野新幹線とは、金沢延伸前の北陸新幹線の愛称。論文の著者は早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻の小野政一氏と早稲田大学理工学部社会環境工学科教授の浅野光行氏だ。

この論文は、ストロー効果について「労働力の流出」「企業の流出」「観光客の減少」「買い物客の流出」「人口の流出」の5点の統計資料、およびヒアリング調査から検証をしている。

結論としては「長野新幹線の開業は地域に好影響をもたらしている」「ストロー効果は現地の人が思っていたより大きくない」「良い影響は開業前から噂され、住民に浸透している。そこにマイナスの影響が少しでも出ると、ストロー効果だと騒がれる。これがストロー効果である可能性が考えられる」となった。

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2015年に発表された「瀬戸大橋開通による『ストロー効果』に関する実証的研究」も興味深い。著者は宇都宮共和大学シティライフ学部の吉田肇教授だ。

兵庫県および中国・四国地方県について、1970年以降の40年間にわたる人口、人口流動、産業経済等について主要統計データを収集し、多面的な比較・分析を実施した。

論文の考察には、「むしろストロー両端の岡山県、香川県の人・モノ・カネの地域間交流が促進された」とある。特に香川県では、「開通後も20年間以上にわたって四国内流動の拠点性が高まった」と記述されている。

つまり、「ストロー効果」という言葉の発端となった瀬戸大橋において、(誤解されている)ストロー効果は見られなかった。もともとストロー効果は学説ではなく、四国経済圏に対する警鐘に過ぎなかった。香川県の拠点性向上はその警鐘を元に地域の人々が奮起した結果かも知れない。

Wikipediaの「ストロー効果」の項をみると、その例がたくさん挙がっている。しかし、先述の学術的検証から見れば、それぞれ断片的な事象にすぎず、ストロー効果の存在を認める根拠に乏しい。

新幹線が開通し、地域に大きな経済効果がある中で、もし衰退している事象があるとすれば、それはストロー効果ではなく別の深刻な事象があるのかもしれない。ストロー効果だと片付けてしまうことで、もっと深刻な事態を見過ごすことになる。

地域経済の変化を考える上で、ストロー効果という言葉を安易に使ってはいけないし、使われたとしても惑わされてはいけない。「ストロー効果の懸念」は幻想、都市伝説の類いと思ったほうがいいだろう。

(杉山淳一)