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今年4月1日から相続登記の申請が義務化されました。

相続登記とは、相続の発生に伴う名義の変更登記のことです。義務化の背景には、所有者の特定が困難な土地(所有者不明土地)が全国的に増加したことがあります。

そもそも不動産登記はなぜ必要なのでしょうか。不動産登記は、土地や建物の所有者の氏名や住所を一般公開して、権利関係などの状況を誰にでもわかるようにするためのものです。

ただ、不動産登記には「公信力」が認められていません。詳しくは後述しますが、ひとことで言うと、登記簿の記載内容が真実かどうかは必ずしも保証されていないのです。

相続登記だけを義務化したところで、不動産取引の安全性や正確性をどれだけ担保できるのでしょうか。正直、一時しのぎの感をぬぐい去れません。

この記事では登記の公信力が認められていない理由を解説するとともに、不動産取引の実務において登記内容をどこまで信用してよいのか、「登記の位置付け」を確認していきたいと思います。

相続で名義変更が行われていなかったワケ

身近な例で恐縮ですが、過日におばから「(私の)母親の印鑑登録証明書と戸籍謄本を取得してほしい」という連絡がありました。

理由を尋ねてみると、「自分たち(おば)が住んでいる住宅の名義を変更するため」との説明でした。おばは、もともと私の祖父が所有していた住宅を間借りしていて、祖父が他界した後も登記の名義変更をせず、そのまま住み続けていました。

名義が故人のままだと、当然、売却したくても契約書を作ることさえできません。子供への資産移転なども視野に入れ、自分名義に変更しておこうと考えたというわけです。

司法書士に名義変更を依頼したところ、「相続人全員の同意が必要になる」と言われ、親戚の書類が必要となったのです。

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相続が発生すると、遺産分割のために次のような手続きが必要となります。なお、相続は「相続人が被相続人の死亡を知ったとき」から開始します。


1.相続人が誰なのか、相続財産がどれだけあるか等を調査・確定する

2.債務を含めたすべての相続財産を評価し、相続財産目録を作成する

3.法定相続分を算出し、さらに各相続人の具体的な持ち分を計算する

4.以上を踏まえて、遺産分割協議を行う


こうして協議が成立したら遺産分割協議書を作成します(遺産分割協議書が不要なケースを除く)。それに相続人全員で記名・押印ののち、最後に相続税の申告と納税をして一通りの手続きが完了します。

これだけの作業を「相続の開始から10カ月以内」に行わなければなりません。時間的にも業務的にも、かなりハードな作業です。このような事情もあり、これまで相続が発生しても登記が行われないケースが多かったのだろうと推察します。

上述した私の祖父のケースでは、住宅が名義変更されるまでに30年以上を費やしました。法改正が行われるまでは相続登記は「自己申請」であり、申請期限もなかったからです。故人が名義人であり続けた理由が、まさにここにありました。

 「公信力」と「対抗力」のちがい

登記の制度はとても複雑です。あらためて基本を復習しておきましょう。

先述のとおり、不動産登記とは個々の不動産(土地と建物)について、その不動産がどのような状況にあるか、どんな権利関係を有しているかといった情報を、法務局を介して一般公開する制度です。

登記をすることにより第三者に対して「この不動産は私のものです」と権利を主張できるようになります。こうした効力を「対抗力」と言いますが、対抗力を具備することで、法律上、その不動産の所有者が自分であることを明らかにできます。

しかし、登記簿の記載内容が真実かどうかは必ずしも保証されていません。「公信力」が認められていないからです。

やや専門的な話になりますが、公信力とは登記が真実の権利関係と異なる場合であっても、それを信頼して取引を行った者に対し、登記簿に記載された通りの権利関係が存在したと同様の法律効果を認める効力です。その信頼通りの効果を認める力といえます。

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たとえば極端なケースとして、悪意を持った人物が書類を偽造して勝手に登記名義を自分に変更し、その不動産を売却しようとしたとします。もし公信力があるとしたら、登記名義人が真実の権利者でない場合でも売買契約は成立し、偽造者に権利を認めることになってしまいます。

その結果、真実の権利者は所有権を奪われ、不利益を被ります。そうならないよう、公信力を認めないことによって、登記簿の記載内容より真実の権利関係を優先させる仕組みになっています。

真実の所有者ではないにもかかわらず、登記簿上では所有者となっている者から所有権を移転しても、この権利移転は無効となるのです。

結局、登記は信用してよいのか?

ここで矛盾を感じた人がいたに違いありません。「登記簿の記載内容が真実かどうかは必ずしも保証されていない」と強調しながら、その一方で「真実の権利者」「真実の所有者」が登場します。ここでいう「真実」とは何なのか、と疑問に感じるのは自然です。

実は、登記は「推定力」という効力も具備しており、実態上の権利関係や事実などが登記内容と一致している場合、その人を本当の所有者と推定することにしています。生活実態や契約・登記にかかる書類の記名、身分証明書の提示などから推定し、その人物を「真実の権利者」とみなしているのです。

不動産登記簿のサンプル(出典:法務省)

登記は「公信力」を認めていないため、絶対的に保証される仕組みではありません。しかし、不動産の権利関係を公示する唯一の制度として不可欠な存在です。

大多数の人が「登記は正しい」と信じていることで「対抗力」が具備され、上述した「推定力」も加わることで社会的信用を得ています。

性善説に立脚して、当該制度は成り立っているわけです。もし、登記制度がなかったら、それこそ権利関係の証明は不安定・不確実なものになります。

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登記の位置づけについて解説しました。初めての人にとっては難しく感じたかもしれません。しかし、実需・投資を問わず、登記と不動産取引は切っても切れない関係にあります。体系付けた仕組みの理解が不可欠となります。

本稿が重層化する不動産登記の法的効果(効力)について、理解と関心を深める契機になれば幸いです。

(平賀功一)