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先月後半にかけ、各金融機関の2024年3月期決算が出そろった。

「金利のある世界」が間近に迫る中、銀行の決算に注目が集まっていた。大手金融機関では最終利益が過去最高となるなど好調だった一方、一部の地方銀行などでは苦戦も見られる。

このような金融機関の「二極化」の背景には何があるのか。金融、銀行論などを専門とする東洋大学の野崎浩成教授が解説する。

分かれた明暗

5月に一巡した大手金融機関の決算発表におけるコントラストは、実に興味深いものがあった。

メガバンクは2024年3月期業績において、経営統合後の最高益を計上したほか、三菱UFJフィナンシャル・グループに続き、三井住友フィナンシャルグループも2025年3月期において「1兆円クラブ」に加わる見通しである。

他方で「農林中央金庫」は、2024年3月期については黒字決算を確保したものの、2025年3月期においては5000億円を超える赤字を計上する見通しであること、そして1兆2000億円規模の資本増強を検討していることを報道各社が報じている。

農林中央金庫は大幅な赤字となる見通しを発表した(PHOTO:matsuda/PIXTA)

蛇足ではあるが、筆者としては「報じている」と書かざるをえないことに憤りを感じている。本来であれば、このような重要な経営情報は、記者会見でのコメントに留めるのではなく、広く周知すべくプレスリリースすべきである。

地方銀行でも二極化

このような金融機関の業績を巡るコントラストは、地域銀行も同じである。

横浜銀行をはじめとする有力地銀が増益を果たす一方、きらやか銀行など一部行では、不良債権処理損失や有価証券関連コスト計上に迫られ赤字に陥るなど、こちらもくっきりと明暗が分かれた。

こうした二極化は、過去に多く見られなかった現象である。

「体力の差が出た」という声もあるが、農林中金などは十分な経営基盤を有した金融機関であり、必ずしもこの指摘は当たらない。むしろ、金利上昇局面における運用方針の差異と、マイナス金利下における経営上の「無理」が祟った結果であると筆者は見ている。

少なくともメガバンクと地銀の多くは、世界的な脱コロナモードの展望を踏まえ、世界の多くの地域における金融政策転換を見通しながら、外債を中心に有価証券のポジション圧縮や短期化を徐々に進めていった。

その過程で、評価損を実現していき業績への負の影響を甘受しながらも、先行きの業績へのインパクトを軽減させる運営を心掛けてきた印象が強い。このため、前倒しで有価証券評価損の処理を行ったかどうかが、足元の業績に少なからず影響している。

ただし、きらやか銀行の事例に関しては、多くの地銀が有価証券運営上の問題を抱えてきた状況とは異なった次元での問題を抱えていた。いわゆる「大口貸出先の経営状況悪化」である。

1997年から2003年にかけての平成金融危機の中核的問題は「信用リスクの集中」であり、大口貸出先がゾンビ企業と揶揄されながら大手銀行の体力を奪った歴史がある。

このため、貸出の分散化は信用リスク管理上の必須条件となっていたはずである。

しかし、マイナス金利政策による利ざや縮小やタイトな資金需要を巡る貸出競争が地銀業績を痛め、銀行によっては「貸しやすい」先への資金供給を強めていった。これが銀行経営に禍根を残す形となったのである

金利上昇は福音か

決算発表の会見において、多くの銀行経営者は異口同音に「金利上昇がもたらす銀行収益への恩恵」について言及していた。

長期金利の上昇は債券価格の下落をもたらし、過去2年間の銀行業績に著しい影響を及ぼした。にもかかわらず、金利上昇を「恩恵」と位置付けるのはなぜか。カギは「短期金利」にある。

日本銀行が操作対象とする短期金融市場の市場金利は、貸出金利と預金金利の双方に影響する。

厳密にいえば、貸出金利については、市場金利を基準として貸出金利が決まる「スプレッド貸出」は概ね短期金利にフル連動する。また大半の変動型住宅ローンの基準金利である「短期プライムレート」が見直されれば、当該住宅ローンのほか一部の中小企業向け貸出も影響を受ける。

一方、預金金利に関しては変化の幅が市場金利の変動幅ほど大きくない傾向がある。これまでの経験値でも、概ね市場金利変動幅の3~4割程度に抑えられる。このため、市場金利が上昇すれば、預金金利が抑えられた分だけ銀行が差分を稼ぐことができる。これを「預金スプレッド収益」という。

市場金利の上昇時、貸出金利と預金金利の上昇分の差が銀行にとっての収益(預金スプレッド収益)となる

しかし、金利が1%を超えていた約30年前と現在とを比べた時、我々が見ている風景は大きく変貌を遂げているという点を認識すべきである。

たとえば楽天証券はすでに投資信託販売額で野村證券などの大手を抑えてトップに立った。楽天銀行の口座数は1500万口座を突破し、利益水準も地銀上位行に肉薄している。

インターネットバンキングは金利ある時代からスタートしているとの指摘もあるが、パソコンベースの時代とは比較できない。消費者の行動は、スマートフォンを象徴とするテクノロジー革新によって変化した。消費者の生活はネット空間で完結する傾向が高まり、新型コロナ禍がこれに拍車をかけた。

非常に興味深いのが、実店舗を抱える伝統的な銀行のインターネットバンキング利用率が低迷しているのに対し、デジタルバンキングに専念している楽天銀行、PayPay銀行、住信SBIネット銀行などは、ユーザー数を増加させながら、口座稼働率も高水準を誇っている点である。

生活と金融サービスとのインターフェイスは、消費者が金融機関やプロダクトを選ぶところからスタートするのではなく、たとえば楽天銀行であれば楽天経済圏からの「横滑り」で口座を獲得する方向へと着実に遷移している。

PayPay銀行であれば決済、住信SBI銀行は廉価な取引サービスを展開するSBI証券をそれぞれ起点としているところも、スマホ内での取引完結という利便性、タイパ、アクセシビリティなどが背景にあるものと考えられる。

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コスト競争力を考えれば、多大な店舗や人員のコストを抱える伝統的銀行とデジタル専業の差は歴然であり、コスト競争力がユーザーを惹きつける預金金利プライシングに結びつく可能性は高い。

金利上昇ばかりでなく、昨今のインフレ昂進は、人々の預金金利選別を高め、既存の銀行は従来型の預金金利感応度抑制型のモデルでは対抗しにくくなる状況が想定される。

これに加えて、資産運用立国という政府の構想は着実に制度改革を伴いながら進みつつあり、NISA恒久化と枠拡大が投資への関心を高めている。

わが国が金融政策の異次元緩和に突入してから、預金残高が急増したが、その中身を見ると普通預金や当座預金などの流動性預金ばかりが増加しており、定期預金は逆に減少している(図1)。

図1:日本国内の預金残高の推移(出所:日本銀行時系列データサイトよりのデータに基づき筆者作成、年限は定期預金の満期、単位は兆円)

これは低金利を背景とした「待機性資金」の流入に他ならない。

企業の待機性資金は景気回復の過程で設備投資や増加運転資金へと振り向けられるほか、株主からの手元流動性有効活用の圧力により減少する傾向が強まるだろう。

他方で個人預金は、金利の高い預金へのシフトもあるだろうが、政府の思惑通り投資へと向かう可能性が高いと筆者はみている。

そうなれば、預金獲得競争がより激化する可能性もあり、預金スプレッド収益が圧迫されることも十分に考えられる。したがって、金利上昇を手放しで喜べる状況でもないのではないか。

貸出戦略への影響は

しかし、ここまで述べたような預金流出自体は、銀行などの経営に著しくネガティブな影響を与えることはないと考える。

吸収した預金を、銀行の本業たる貸出に活用する比率を表す「預貸率」は、6割程度の低水準で推移しているため、預金超過部分は日銀当座預金や国債などの有価証券運用に配分されている(図2)。

図2:預貸率の推移(出所:日本銀行時系列データサイトのデータに基づき筆者作成)※:貸出平残÷実質預金平残(譲渡性預金を含む)

このため、待機性資金が預金から流出しても、銀行の貸出運営に直接的に影響を及ぼすものではないだろう。

ただし、今後の資金需要の高まりと預金残高の減少スピード次第では、貸出戦略への影響も考えられる。

超金融緩和状況にあって、広い意味での不動産向け貸出の比率は趨勢的に高まってきた(図3)。

図3:国内貸出の不動産向け貸出比率の遷移(出所:日本銀行時系列データサイトよりのデータに基づき筆者作成)

なかでも、一般不動産事業向けの貸出比率は2016年におけるマイナス金利政策以降は、急速に上昇基調をたどってきた。デフレと企業資金需要は表裏一体であり、緩和的な金融状況において、不動産向けの貸出は銀行としても取り組みやすい対象であったことは事実である。

以前、筆者がメガバンクグループのトップと話した際に、国内貸出における不動産向けエクスポージャー(市場のリスクなどにさらされている資産)は、賃貸不動産向けを除き10%程度を上限としたクレジット運営を意識しているとの発言に接したことを思い起こすと、現状がその天井に到達していることを認識せざるを得ない。

このため、預貸率が着実に改善し、一般事業会社の資金需要が増加基調となれば、不動産向けについては従来以上に慎重なスタンスに変わる可能性がある。

また、一部の地銀では、金利上昇を展望する中で固定金利の長期貸出に関して懸念を示すところもあり、変動金利への誘導を検討している銀行もあるようである。

ALM(銀行の運用調達マネジメント)運営のなかで、有価証券に係る金利リスクを低減させる、あるいは金利スワップなどによる全体としての金利リスクコントロールができれば問題ないように思われるのであるが、顧客部門と市場部門をタテ割りにしてものごとを考える銀行の存在も無視できない。

以上述べてきたように、金利上昇が銀行に春を告げるかどうかは、預金者の行動によるという点、預貸率などの状況によっては、銀行の貸出姿勢にも変化がもたらされる可能性がある点、それぞれについて留意していく必要があると考える。

(野崎浩成)