「裸の写真を撮られてしまって、もう逃げられないと思いました」
震えるような声でそう語るのは、20代のミキさん(仮名)。数年前に住んでいたシェアハウスで、運営会社の関係者である「X」という人物から、家賃などを立て替える代わりに性的な関係を強要されていたという。
体調に不安があり思うように働けず、収入が安定しなかったミキさんに、手を差し伸べるように近づいてきたXだったが、その態度は次第に荒々しくなっていった。お金を貸している立場を利用するような形で、脅しとも取れる言葉を投げてくることもあったという。
現在はXとの関係を断ち、新たな気持ちで生活を送ることができているというミキさん。「私と同じ思いをする人が少しでも減るように」との思いで、今回、Xとの間に起こったことを話してくれた。
「新生活応援」を謳ったキャンペーン、実際は
成人後、親元を離れて生活していたミキさん。なかなか定職に就けず苦労をしながらも、夜の仕事をしながら生活費を稼ぎ、日々を過ごしていた。
ある時、入院を機に仕事を辞めざるを得なくなったミキさん。家賃の支払いが難しくなり、住んでいた部屋も一度引き払って、より家賃の安い部屋を探すことにした。引越しにかかる費用は最小限に抑えたかった。
そんなとき、あるシェアハウスの空室情報が目に留まった。賃料は月額6万5000円だった。「新生活応援」を謳い、初期費用が半額になるキャンペーンを打ち出していた。予算が限られているミキさんには魅力的に映った。
Webサイト上には詳しい説明こそなかったものの、特に怪しさは感じなかったとミキさん。前の部屋をすでに退去していたこともあり、すぐに入居を決めた。
後日、シェアハウスの運営会社の事務所に出向き、賃貸借契約を結んだ。その時、担当者からメモのようなものを渡された。誰かの電話番号と思われる数字が並んでいた。
「『キャンペーンについてはこの人に連絡して』と言われました。その時は、担当が別の人なんだな、くらいにしか思わず、言われた通りに電話をかけました」

当時のやり取りについて振り返るミキさん
電話に出たのは声の低い男だった。シェアハウスの家賃回収担当で、Xと名乗った。数日後、キャンペーンについての説明を受けるという名目で、あるワンルームマンションに呼び出された。
指定のマンションを訪れたミキさん。ここで初めて、キャンペーンの「詳細」を知ることになる。Xが初期費用の半額を個人的に立て替える代わりに、月利9%の利息の返済と、月1回以上の身体の関係を求める、という内容だったのだ。
つまり初期費用が「割引」になるのではなく、X個人が半額分を「貸付」という形で援助するというのが実態だった。

ミキさんがキャンペーンの詳細を知らされたのは賃貸契約を結んだ後だった
さらにXは初期費用に加え、シェアハウスの家賃や生活費などの貸し付けも申し出てきた。「女性がお金に困ったときは、同様の貸付をしている」とXは説明した。
「契約はすでにしてしまったし、お金もなく、親との関係も良好とは言えない状況で、追い詰められていたのだと思います。『月1回ぐらいなら耐えられるかもしれない』と思って、了承してしまったんです」
裸の写真を撮られ「もう逃げられない」
Xからお金を借りることにしたミキさん。この選択が悪夢の始まりだった。
初対面のときこそ物腰柔らかく、「頑張ってね」と言葉をかけるなど優しい雰囲気だったX。
ところが回数を重ねるにつれてミキさんの扱いは酷くなっていったという。「お金を持ってきなさい」「今月中に部屋に来なさい」と口調も厳しくなり、性行為をする際の接触も乱暴になっていった。

Xからミキさんへの呼び出しの連絡(ミキさん提供のスクリーンショットをもとに編集部が再現)
そしてついにある時、裸の写真を撮られてしまった。あんな写真を拡散されては困る。ミキさんは「もう逃げられない」と思ったという。
「Xのカメラフォルダには、他の入居者と思われる女性の写真も保存されていました。Xはわざわざ私にそれを見せてきました。私だけでなく、複数の女性と同様の関係を持っていると知ったんです」
さらにXは、ミキさんに対して追い打ちをかける。
「お金を返さずに実家に逃げた女性に対して『家族まとめて逃さない』などと言ったり、『返済に追われて自殺未遂をした女性もいた』などと言ってきたりしました。逃げたら痛い目に遭うぞ、みたいな…。Xは大柄で力も強く、自分も危害を加えられたらどうしよう、と怖くなりました」
しかしその間も、ミキさんは体調面の不安などから安定した収入を得ることができなかった。早くこの状況から抜け出したいと思いながらも、Xからお金を借りなければ生活もままならない。借金は多いときで40万円ほどに増えていた。
返済が進まないミキさんを見て、ある時、Xは生活保護を受給することを提案する。より家賃の安い、Xの所属する会社が管理する別の物件に移り、生活を立て直すよう勧めてきたのだ。
こうしてミキさんの生活保護の受給が決まったものの、その大半はXへの返済に消えていた。性的な関係を求められる状況も続いていた。当時についてミキさんは「生きていることそのものが不安だった」と振り返る。

生活保護費を持ってくるよう要求するX(ミキさん提供のスクリーンショットをもとに編集部が再現)
勇気を出して弁護士に相談
そんな生活が続き、限界まで心がすり減ってしまったというミキさん。とはいえ、「このままでは人生が終わってしまう」とも感じていた。どうにかして現状を変えたいと考え、勇気を振り絞って弁護士に相談することに。
「以前からXに、『返済せずに逃げたらお前が逮捕される』などと言われていました。自分の方が不利な立場だと思っていたんです。お金を借りてしまっていたこともあり、誰かに相談することもできずにいました」
それでも、この苦しい日々にどうにか終止符を打ちたい―。しかし、Xから借りたお金をどう扱えばよいのかも分からなかった。そこで、お金のトラブルに強い弁護士を頼ることにした。
これまでの経緯を話すと、弁護士はすぐにXとの間に入って事態の収拾を図った。これまでミキさんとXとの間で直接行われていた金額の管理なども含め、Xとのやり取りは全て弁護士が担当した。不当な取り立てをストップさせたり、ミキさんと接触しないよう通告したりしてくれた。
「高すぎる利息や性的な関係を持つことなど、Xの行動は違法であると教えてもらいました。『あまり心配しなくて大丈夫ですよ』という言葉もかけていただき、安心しました」

弁護士に相談することにした経緯を振り返るミキさん
ミキさんもXのLINEアカウントをブロックし、連絡手段を断った。報復されるのではないかという恐怖もあったが、幸いにも今のところXに動きはないという。
その後、延滞していた家賃分などはシェアハウス運営会社に弁護士を通じて完済。ミキさんが支払うべき金額はいったんゼロとなった。
「被害届は出していません。やはり仕返しのようなことをされるのではないかと思うと、なかなか勇気が出ないんです。それに、今回のことは自分にも非があることだと思っているので、Xが諦めてくれたならそれでいいのかもしれないと考えています」
Xとの関係を断ち切れたことにまずは胸を撫で下ろしながらも、最初の段階で「NO」と言えなかった自身の行動について後悔をにじませた。
トラブルに発展しやすい個人間融資
経済的に弱い立場にあったミキさん。今回はそこにつけ込まれる形になってしまった。では、Xがこれまでミキさんに対して行っていた行為は、どのような点で問題となるのか。
不動産に関する法律問題に詳しい関口郷思弁護士は、「『ひととき融資』と構造が似ている」と指摘する。
ひととき融資とは、経済的に苦しい相手に対し、個人的に融資をする代わりに、性的な関係を要求するというもの。コロナ禍に頻発し問題となった。
「今回のミキさんのケースで言えば、初期費用に関するお金を(実質的には)貸し付けたという行為があったかと思います。このような貸付行為を、Xが無許可で反復継続して行っていたということであれば貸金業法違反、利率が年利109.5%を超える契約をした場合は出資法違反となる可能性があります」

Xの行為の違法性について指摘する関口弁護士
個人間の融資は、貸付金額や返済条件を当事者同士で決めることになるため、トラブルも起こりやすい。借りた側が逃げないようにするためか、免許証の写真や服を脱いだ写真を撮られたケースも多いのだという。
「お金を返せないことに乗じて裸の写真を要求するようなことがあれば、強要罪あるいは脅迫罪となることが考えられます。そして、そういった経済的な窮状に乗じて無理やり性行為を行うということであれば、不同意性交等罪に当たる可能性があります」
Xの行為が法律に抵触する可能性
・貸金業法違反(無登録での貸金営業)
・出資法違反(高金利での貸付)
・強要罪(裸の写真を強要するなど)
・脅迫罪(裸の写真をばらまくと脅すなど)
・不同意性交等罪(無理やり性行為を行った場合)
では、ミキさん自身はどう対応すべきだったのか。
「今回であれば、初期費用割引キャンペーンの詳細を知った時点で立ち止まるべきだったと言えます。性的な関係を要求されるというのは、通常の不動産取引ではありえないことです。シェアハウス運営会社に確認するか、直ちに拒否すべきであったでしょう」
1人で決断をしないことが重要
シェアハウスの運営関係者と入居者。このような立場の差を利用して性的な関係を迫る事例は多いのだろうか。性暴力被害に詳しい川本瑞紀弁護士に聞いた。
「昔から、大家と店子という関係性を利用した性犯罪はよくありました。勝手に家に入られるとか、その上で行為を迫られるとか。今回の事例についても『シェアハウス』という言葉に新しさはありますが、構造としては以前から存在していたものと言えます」
大家と入居者に関わらず、上司と部下、教師と生徒などの地位に基づく影響力を利用した性犯罪は多いという。
こうした現状に照らして、2023年7月に施行となった改正刑法では、不同意性交等罪(177条)の要因の1つとして「地位の利用」が挙げられた。
つまり、大家という立場が持つ影響力を利用して入居者に性的な行為をした場合、仮に入居者側が明確に拒絶をしなかったとしても、大家側は不同意性交等罪に問われる可能性があるということだ。

改正刑法について説明する川本弁護士
ミキさんに対しても「辛かっただろうな」と心情を汲んだ上で、「1人で決断しないことが重要だ」と川本弁護士は言う。
「あらかじめ、何か変な約束をしそうになったら3人に相談をすると決めておいてほしいです。きっとそのうちの誰かは、事態を深刻に捉え、弁護士や警察への相談を勧めてくれるでしょう。知人への相談がためらわれる場合は、弁護士会の法律相談センターに直接コンタクトを取ってください。それも抵抗がある場合は、『#8891』から全国のワンストップ支援センターに電話が繋がりますので、そこの判断を仰いでください」
心身ともに追い詰められてしまっている場面で、平常時と同じ判断ができる人は少ないだろう。1人で抱え込まず、一度は第三者の意見を聞くように川本弁護士は促した。
「今でも夢に出る」
ミキさんは現在、別のシェアハウスへの転居を済ませており、そこで新たな生活をスタートさせている。Xとの関係も断ち切ることができたが、傷が癒えたわけではない。
「1番嫌なのが、Xが夢に出てくることです。追いかけられる夢を見るんです。せっかく現実では関係を断てたのに、そんな夢を見てしまった日には『うわー』と頭がいっぱいになってしまいます」
たびたび思い出してしまうことはあっても、最近は前向きな気持ちで過ごせているという。
「ようやくぐっすり眠れるようになりました。適度な運動・自炊もできていて、私としては大きな進歩だと感じています。少しずつ問題が解決していく感覚があって、気持ちの85%くらいは前向きな感情になりました」
現在は生活保護を受給しているミキさんだが、いずれはまた自分の力で生活できるようになりたい、と考えている。
Xに対して今何を思うかを尋ねると、少しの沈黙のあと、「できることなら捕まってほしい」と答えた。
「お金を借りていたのは私ですし、自分にも悪かったところは当然あります。それでも、弱みにつけ込むような卑怯なことを、Xがもし今も、他の女性に続けているなら、すぐにやめてほしいです」
◇
誰しも、住む場所を失うかもしれないとなれば、強い不安にかられるだろう。そんな時こそ、誤った選択をすることがないようにしなければならない。
そして当然ながら、オーナー側が入居者のそのような状況を利用するようなこともあってはならない。立場の弱い入居者を狙う悪質な事業者が社会からいなくなることを切に願う。
<性犯罪・性暴力に関する相談窓口>
●内閣府・ワンストップ支援センター
相談電話番号(全国共通)#8891(はやくワンストップ)
●内閣府・性暴力に関するSNS相談「Cure time」
●弁護士会の法律相談センター
(楽待新聞編集部)
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