
解体が決まった「グランドメゾン国立富士見通り」外観(6月11日、編集部撮影)
完成直前の新築マンションが解体されるという異例の事態に、地元住民や関係者がざわついている。
解体が決まったのは、東京都国立市にある「グランドメゾン国立富士見通り」。JR国立駅から徒歩10分ほどの場所にある、全18戸の10階建てマンションだ。
分譲価格は7000万円台が中心で、7月にも引き渡しが予定されていた中、建設事業者である積水ハウスが急遽、解体の決断を下した。突然の決定にSNSではさまざまな憶測が流れ、積水ハウスや国立市がコメントを発表するなど、騒ぎになっている。
当初から改善求める声
同マンションの建設を巡っては、市民から計画の改善を求める声があがっていた。
国立市議会に提出された市民からの陳情書によると、マンションの建設計画が公表されたのは2021年2月のこと。それから2023年1月の着工までの間、複数回の住民説明会などが行われ、市民から日照権侵害の改善、マンションの低層化などを望む陳情書が提出されていた。その後、国立市長も積水ハウスに指導書を交付している。
中でも特に問題視されていたのが「眺望」だ。

「関東の富士見100景」に指定されている(6月11日、編集部撮影)
マンションが建つ「富士見通り」からはその名の通り富士山が望め、「関東の富士見百景」の1つに認定されている。一部の市民からは、マンションの建設によってこの眺望が損なわれるのではないかという懸念の声が上がっていた。
実際、昨年12月に国立駅前から撮影された「富士見通り」の写真を見ると、富士山の半分以上が、建設中のマンションに隠れて見えない状態となっていた。

国立駅前から富士見通り方向を撮影した写真(一橋大学 竹内幹さん提供、左は2020年11月、右は2023年12月撮影)
積水ハウスは6月11日に本件についてプレスリリースを発表、事業に法令上の不備がなかったことに触れつつ、富士山の眺望への影響を考慮し、自主的に解体を決めたとコメントした。
本事業につきましては、計画当初より日本を代表する山である富士山の富士見通りからの眺望に対しても多くの声をいただき、地域住民の皆様及び国立市とも十分な協議を重ねてまいりました。
その中で二回に渡る設計変更を行い、弊社としても地域の皆様に配慮した設計を目指しました。しかし、完成が近づき、建物の富士山に対する影響が現実的になり建物が実際の富士見通りからの富士山の眺望に与える影響を再認識し、改めて本社各部門を交えた広範囲な協議を行いました。
その結果、現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ず、富士見通りからの眺望を優先するという判断に至り、本事業の中止を自主的に決定いたしました。
積水ハウスのプレスリリースより一部抜粋
一方、国立市の永見理夫市長は、12日に開かれた市議会の答弁でこの問題に触れ、「突然このような申し出を受けた。積水ハウスに対してこの内容はどういうことなのかと問い合わせたが、文面以上のことは得られなかった。非常に遺憾だ」と述べた。
また今後行われる解体作業については、「影響が必ずある。住民に丁寧に説明するように、積水ハウスに対して要請した」と話した。
事前の規制は可能か
完成直前のマンションが解体されるとなれば、事業主側と周辺住民、双方にとってダメージとなる。本来であれば、工事に着工する前にこうした問題をクリアできることが理想だ。そのためにどのような方法が取れるのか。
市役所で都市計画や建築確認審査に関する業務を経験してきた、一級建築士の満山堅太郎氏によると、「景観についても、法律に基づいて事前の審査を行う仕組みは可能」だという。

富士見通りから「グランドメゾン国立富士見通り」(写真中央)を見る(6月11日、編集部撮影)
「今回問題となった富士見通りについては、将来的に景観形成重点地区に指定しよう、という考えが国立市から示されていたようです。ただし、これは条例に基づくゆるやかなルールなので、指定がされたとしても、事前のチェックを経て着工の許可を出す、といったフローにはなりません」(満山氏)
より厳格な運用とする場合は、「景観法」に基づく「景観地区」を指定するなどの方法を取る必要があるという。
「例えば東京の江戸川区には、景観地区に指定されたエリアがあります。他にも『地区計画』や『建築協定』などの制度がありますが、そういった制度を採用していれば、建築の前に適合の審査が行われることになります」

景観地区の指定がある江戸川区の公園(PHOTO:KAWASAKI/PIXTA)
「景観の保全」と「商業の活性化」、両立に難しさも
国立市が「景観の保全」と「商業の活性化」を両立させるスタンスを取っていたことも、今回の件に影響しているのではないかと満山氏は推察する。
「国立市の都市計画の方針を確認したところ、マンションが建設されたエリアは『近隣商業地域』で、容積率も近隣商業地域としては高めの400パーセントに設定されています。市としては、商業の振興を図りたいという思いもあったのかもしれません」
景観の保全はしたいが、商業活性化のために建物への強い規制はかけたくない―。そういった、ある種難しい立ち位置にあるエリアだったために、今回のような事態となった可能性も考えられる。
「条例などによってゆるやかなルールを設けただけでは、基準が明確にならず今回のような事態が起こる可能性はあるでしょう。『景観の美しさ』というものは主観的なものです。人それぞれ価値観は異なる以上、市民の総意として『景観地区』や『地区計画』、『建築協定』など仕組みを作って運用していくことが、トラブルの回避につながると思います」
トラブル避けるためには
完成間際の解体という異例の事態について、法律や建設・建築業界の専門家たちも驚きを隠さない。
不動産に詳しい関口郷思弁護士は「率直に驚いている。日照や景観などを巡って近隣住民とトラブルになり、建築主が建築を断念するというケースは確かにあるが、建物の完成直前に解体する、という判断を事業者が行うというのは、異例中の異例と言ってもよいのではないか」と話す。
都内に事務所を構える一級建築士のA氏も「このようなケースは聞いたことがない。SNSでは『他に何かしらの事情があるのではないか』と勘ぐる声もあったが、そのように感じるのもある意味当然ではないか」という。
またA氏は「今回の事例とは全く関係のない話」と前置きしたうえで、次のように明かす。
「ある土地で、ビルの建設に反対する周辺住民の1人から、『ビルの開発計画や図面をチェックして、事業主側の落ち度を見つけてくれないか』というような依頼を受けたこともあります。たとえ大手の現場でも、そこまでされたら何かしらの不備は見つかるでしょう」
解体が決まったマンションにはすでに購入者がおり、何かしらの補償がなされるにしても、少なからず負担を強いられることになる。建てられたものが使わずに壊される事態は、事業者にとっても周辺住民にとっても、不幸な結末でしかない。
適法に建てることはもちろん、周辺住民の理解を得た上で建設を進めていくことが、トラブル回避のためには重要と言えそうだ。
(楽待新聞編集部)
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