
東京都庁舎。新しい東京都知事は誰になるのか?(撮影:小川裕夫)
東京都知事選が2024年6月20日に告示、7月7日に投開票される。投票権を有しているのは都民だけで、全国各地で実施されている地方選のひとつに過ぎない。
それにも関わらず、衆院選・参院選といった国政と同レベルで注目されるのは東京都という一地方自治体の人口・財政規模が突出しているからにほかならない。
東京都は人口が約1400万人。一般会計・特別会計・公営企業会計を合わせた都全体の予算規模は約16兆5000億円にものぼる。これはスウェーデンの国家予算と比肩する。
そのため、東京都の浮沈は都内の市区町村のみならず、ほかの46道府県、果ては国政にも大きな影響を及ぼす。そうした理由から都知事選は全国ニュースとなって注目を集める。
今回の都知事選を迎えるにあたり、2000年以降の歴代都知事が取り組んだ目玉政策を点検してみたい。
実は大きい「都知事」の権限
1947年に東京都知事が公選制へと切り替わってから現在まで、9人の都知事が誕生した。そのうち本稿では2000年以降に就任した石原慎太郎氏・猪瀬直樹氏・舛添要一氏・小池百合子氏の4人に限定して、その目玉政策を見ていきたい。
なぜ、2000年以降に範囲を限定するのか? それは2000年に地方分権一括法が施行されたことが大きな理由だ。
地方自治制度は政府を頂点にした3層構造で、2層目が都道府県、そして3層目が市町村区になっている。地方分権一括法以前の地方自治体は、機関委任事務を課せられていた。
機関委任事務とは、3層構造の上位機関の細かな指示のもとで行う事務のことで、これは自治体の自主性を阻害する。そうした理由から地方分権一括法の施行とともに廃止された。
つまり、地方分権一括法が施行される以前の地方自治体は、平たく言えば中央政府の出先機関のような位置付けだった。それは東京都も同じで、知事は国から指示されたことを、市町村長は知事から命令されたことを粛々と実行することだけを求められていた。
機関委任事務の廃止に伴って、自治体の仕事は法定受託事務と自治事務の2つへと区分された。依然として意識の上では国と地方自治体の上下関係は残っているものの、建前では国と地方自治体は対等ということになった。
こうして地方自治体の自律性が高まると、当然ながら首長の権限も増大する。日本において政治的リーダーは首相と見られがちだが、厳密に言えば行政の長に過ぎない。
一方、都知事の権限が直接的に及ぶ範囲は東京都のみだが、予算の編成権・条例の提出権・行政の執行権・職員の任免権・課税徴収権・議会の解散権などを持つ。さらに議会と対立した際には、首相には認められていない専決処分を下すこともできる。
複式簿記に「石原新税」、石原慎太郎氏の内政手腕
地方分権一括法施行当時、現職の都知事は石原慎太郎氏だった。石原氏が新聞・テレビで脚光を浴びたのは国家観や外交に関する発言をしたときだが、仔細に都知事時代の仕事を見ていくと、内政面で手腕を発揮している。
筆者は石原都政の頃から足繁く都庁に通い担当職員に取材をし、ときに都知事会見で石原氏に質問をすることもあった。
常々、石原氏は都知事として自分がやった最大の功績は「東京都の会計を複式簿記に切り替えたこと」と語っていた。地方自治体の会計は、それまで単式簿記で処理されていた。
石原氏は会計に精通していたわけではないが、職員から複式簿記を導入することを進言され、それを即時に採用している。47都道府県で複式簿記を導入した一番乗りだった。

東日本大震災の約2か月後に実施された都知事選での石原慎太郎氏。震災対応のため、選挙活動をしたのは最終日のみだった(2011年4月撮影:小川裕夫)
それは石原氏にとって誇りでもあったようで、ほかの会合などで他県の知事と会うたびに「おたくも複式簿記を導入したらどうかね?」と言っていたそうだ。
東京都の複式簿記導入は政府を動かし、総務省は複式簿記の導入を目指した地方公会計制度の整備に着手した。
石原氏は徴税権にも大きなこだわりを見せている。石原氏が都知事に就任した当時、メガバンクはしっかりと利益を上げていた。しかし、所得で課税していたために、金融機関は貸倒損失等によって事業税をほとんど負担していなかった。
石原氏は2000年に資金量5兆円以上の銀行を対象にした税金を条例によって制定する。これが石原新税とも銀行税とも呼ばれることになるが、銀行側からは条例の無効を求めて提訴されている。東京都と銀行の訴訟は東京高裁で東京都が敗訴し、最高裁で和解するという結果になっている。
そのため、石原氏の銀行税は実現しなかったが、これが契機になって利益ではなく事業に課税する外形標準課税を導入する流れが加速する。
また、石原氏は2002年に条例で宿泊税(ホテル税)を制定。年間で20億円の税収を生み出すことに成功した。
旧来から、地方自治体は条例を制定することで独自に税金を課すことができた。自治体独自の税金は法定外税と呼ばれるが、地方分権一括法によってその制定ハードルは下がった。
ホテル税は2017年に大阪府、2018年に京都市、2019年に金沢市と倶知安町(北海道)、2020年には福岡市と北九州市、2023年には長崎市で導入されている。全国的にも東京都に追随する動きが見られる。
任期1年、石原都政を継承した猪瀬直樹氏
石原氏の後を受けて2012年に猪瀬直樹氏が都知事に就任。しかし、わずか1年で退任したので都知事時代に目を張る政策は少ない。それでも副知事時代から取り組んでいた地下鉄一元化と東京水道で足跡を残し、なにより東京五輪を誘致している。

副知事から石原後継を打ち出して都知事に当選した猪瀬直樹氏(中央)が石原伸晃氏(右)と握手を交わす様子。左に立つのが故・猪瀬ゆり子夫人(2012年12月撮影:小川裕夫)
猪瀬氏の看板政策でもある地下鉄一元化の背景には、東京の地下鉄がその複雑な成り立ちによって、東京メトロと都営地下鉄の2者による運行体制になったことがある。
2者の運賃体系は統一されておらず、両者を乗り継ぐ際は運賃が割高になるなど、利用者に大きな不便を強いていた。猪瀬氏は2者が併存する地下鉄の解消を目指すことで、利便性の向上を目指した。
もうひとつの東京水道は、石原都政が進めてきた高度浄水処理100パーセントを猪瀬都政時に達成したことを受けた政策だ。
それまでの東京の水道水は「カルキ臭くて飲用に適していない」と評判が悪かった。高度浄水処理100パーセントの実現により、東京の水道水の味は向上した。
ちなみに、東京都水道局は石原都政時にペットボトルに「東京水」を詰めて自販機などでも販売を開始している。これは東京の水道水が美味しくなったことを都外にもPRする目的があり、東京土産としても販売されていた。2021年、東京水は役目を終えたとして、販売を終了した。

東京水道局は独自に「おいしさに関する水質目標」を定め、味の向上に取り組む(東京都水道局HPより引用)
ちなみに、水道水の塩素含有量は水道法や建築物衛生法などで残留塩素濃度は0.1mg/L以上、結合残留塩素は0.4mg/L以上と基準が定められている。
この水道水を高度浄水処理することでカルキ臭が除去されていたわけだが、家庭に供給される水道水の味は浄水場の能力だけで決まるわけではない。給水管や受水槽の管理状態も大きく味を左右する。
これら諸設備の管理が行き届いていなければ、東京都水道局が味を向上させるために奮闘してもあまり意味をなさない。
都知事在任中の猪瀬氏は地下鉄の一元化や水道の味を向上させたことに胸を張っていたが、約1年の在任期間ではそれらを完遂できたとは言い難い。
東京五輪の誘致に関しても、猪瀬氏が誘致した当時から大きく開催内容が様変わりした。猪瀬氏に全責任があるわけではないにしても、汚職事件や開催費用の膨張など後味の悪さも残った。
舛添要一氏は「道路」に注力
猪瀬氏の次に都知事を務めた舛添氏も、約1年で都知事を辞任した。舛添氏は前任者から都政を継承したわけではなく、前任者から大きく方向転換したので斬新な政策も目立った。

厚労大臣の経験もあった舛添要一氏は自民党・公明党の全面的な支援で都知事選に当選(2014年2月撮影:小川裕夫)
舛添都政で特筆すべき政策と思えるのが、東京を歩けるような都市にするべく「東京シャンゼリゼプロジェクト」を掲げて歩道の拡幅や歩車分離といった道路の整備に傾注したことだろう。
舛添氏在任中の道路行政において象徴的な出来事が環状2号線の新橋―虎ノ門、いわゆる「新虎通り」の開通だった。
新虎通りでは、地域の環境や価値を維持・向上させるために主体的に活動する「エリアマネジメント」という概念を通じてマルシェやアートイベントを開催。
エリアマネジメントは地方都市にも波及し、地方創生の一手段として有効活用が模索されている。

新虎通り(PHOTO : kazukiatuko / PIXTA)
また、舛添氏はサイクリングが趣味だったこともあり、自転車専用道の整備にも着手した。同政策も瞬く間に都内に広がり、その後は全国にも広がっていった。
道路行政といえば、前任の猪瀬氏が民間の政府委員として道路公団の民営化を推進してきたが、都知事在任期間だけで比べると舛添氏の方が道路行政に積極的だった。
厚生労働大臣経験もある舛添氏は、都知事在任中に「TOKYO正社員化促進計画」を掲げ、企業に非正規雇用から正規雇用への切り替えを促す政策にも着手している。
当時、労働の多様化を美名とした非正規雇用の拡大が、労働者を貧困にするという弊害を大きくさせていた。労働者が困窮することは、国家全体の経済を縮小させることにつながる。
舛添氏は東京都の労働者の待遇改善を目指したが、やはり1年という短い在任期間だったので道筋を示すだけで終わってしまった。
絶大な「発信力」持つ小池百合子氏
その次の小池氏は「電柱ゼロ(無電柱化)」「多摩格差ゼロ」「満員電車ゼロ」といった「7つのゼロ」を公約に掲げた。
今回の都知事選を前に2期8年を総点検する意味も含め、どれだけ「7つのゼロ」が達成されたのか? ということが取り沙汰されている。小池氏が掲げた「7つのゼロ」は短期間で達成できる施策ではないが、有権者はその達成度・進捗度が気になるだろう。
都議会でも「満員電車ゼロ」「多摩格差ゼロ」の質問がなされ、都庁職員が「達成した」と答弁している。筆者は「7つのゼロ」を達成できているとは思えないが、政治に対する評価は人ぞれぞれだろう。

都知事選を勝利した小池百合子氏は、その後に絶大な人気を得て希望の党を立ち上げた(2024年4月撮影:小川裕夫)
「7つのゼロ」は小池氏の演出上手も相まって広く知れ渡ったが、実は以前から東京都が取り組んできた政策でもあった。つまり、小池氏のオリジナル政策というわけではない。
例えば、無電柱化もそれまでは「電線類の地中化」という表現だった。小池氏はネーミングを変えただけで、中身を変えたわけではない。それでも多くの人の関心を高めたことは、一定の功績といえるだろう。

新しい東京都知事は誰になるのか? 写真は知事会見室(2020年4月撮影:小川裕夫)
ただ、小池氏の絶大な発信力でも浸透しない政策もある。それがライフ・ワーク・バランスだ。政府などが旗を振る仕事と生活の双方を充実させる政策は、通常ならワーク・ライフ・バランスとワークを先にする。
しかし、小池氏は「生活が優先」という思いから、ライフを先にしてライフ・ワーク・バランスを提唱した。ライフ・ワーク・バランスは小池氏の「7つのゼロ」のうち、「残業ゼロ」「介護離職ゼロ」に結びつく政策でもある。
小池氏の理念は素晴らしいと感じるが、残念ながら人口に膾炙した言葉にはなっていない。そのために、「残業ゼロ」は改善されつつあるも道半ばとなっている。
「介護離職ゼロ」に関しては、高齢化による要介護者の増加や介護業界の重労働・低賃金という二重苦によって介護職員不足が深刻化。ゼロに向かうどころか事態は悪化している。

街中に設置された選挙のポスター掲示板(編集部撮影)
「言葉の順序を変えただけで政策の中身は変わらないし、社会が変わるわけがない」といった指摘はある。
もちろん政策の中身も重要で、実際に小池氏が率先して提唱してきた「働き方改革」は着実に社会に浸透している。
だが、政治(家)にとって言葉は非常に重要な意味を持つ。言葉ひとつで有権者や都民の受け取り方は大きく変わり、それが社会や生活を変えていく。
そうした観点からも、「生活が優先」の理念が広まってライフ・ワーク・バランスが当たり前になる社会が到来することを期待したい。
◇
東京都は47都道府県で唯一の不交付団体ゆえに、国に頼ることなく政策を実行できる。それが、「東京から変えていく」という力の源泉になっている。
都知事選で1票を投じられるのは都民に限定されているが、都民の判断で、日本全体が大きく変わる可能性が十分にある。
地方分権一括法が施行されてから誕生した4人の都知事の目玉政策を駆け足ながら紹介した。7月7日に都知事が決まり、新しい都政が始まる。次の4年間、東京都をどう導いていくのか?
(小川裕夫)
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