リハーサルスタジオが遂にオープン!

第8回目コラム「次に狙う事業戦略」でも書いたように、不動産投資に成功したら、リハーサルスタジオ(以下、リハスタ)ビジネスをやりたいと、ずっと思っていました。
そんな”夢”であったリハスタが遂に現実のものとなったのです。
スタジオベイド(STUDIO BAYD)

不動産投資をやる上で一番キツイのは、自分のマインドをどう保つかということです。
それは思っているより簡単なことではありません。
まだ不動産投資で物件が購入できていない方にとっては、「不労所得でアーリーリタイヤ」を目指すことが、モチベーションになると思いがちです。
しかし、私にとって「不労所得でアーリーリタイヤ」することは、モチベーションにも、”夢”にもなりません。

実際にある程度まとまったキャッシュフローと資産を持ってみて、この思いは確信に変わりました。私にとってのモチベーションは、「おカネがあったら次に何をやるのか?」という”夢”の存在でした。

今回は、リハスタビジネスの立ち上げを目指し、オープンまで漕ぎ着けるのに、約3年の月日を労しました。それはチャレンジの連続でした。
不動産投資では3年で10億円以上の物件を所有することになりましたが、リハスタビジネスは3年でやっと事業のスタートラインに立ったということになります。

不動産投資と比べてリハスタビジネスはどういうものなのか?

不動産投資は融資を受けて物件を購入すれば、その段階から家賃が入ります。
不動産を買い、家賃収入と同時にローンの返済が始まり、物件管理のノウハウさえあれば、そこで経営が成立します。

ところがリハスタビジネスはそう簡単にはいきません。
物件を買い、融資を受け、スタジオへ改装し、お客さんに告知し、集客するetcと、やることが多岐に渡ります。
私自身、リハスタを使ったり、バイトしたことはありますが、経営の経験はありませんでした。だからと言って、他のリハスタ経営者に弟子入りするわけにもいかない。
誰かにノウハウを教えてもらえるわけでもない。

不動産投資はシミュレーションをつくれば、ある程度収支が見えてきます。
当然リハスタビジネスも、初期投資から毎月の収支までをシミュレーションを作成し、どのくらいの収益が見込まれるかの計算をします。

とはいえ、リハスタはサービス業の側面が強く、稼働率など予測不可能な部分が多い。 例えば、私のスタジオは東京都港区の高輪にありますが、果たしてそこが本当にいい場所なのか? 当然調査して、高輪に決めたわけですが、新宿や渋谷のような巨大なターミナル駅周辺とは違い、リハスタの成功事例もありません。

そこで私は戦略を練りました。
戦略を練る上で、マーケット調査を行いましたが、私一人の力では限界があります。
そういった意味でも、リハスタビジネスにはパートナーの存在が欠かせませんでした。
企画者である私が事業の過半数である51%以上を持っております。そして、残りの部分をパートナーや小口投資家のみなさんに、私の”夢”を知ってもらい、同じ”夢”を共有してもらっています。

ビジネスを模索する中での、経験と出会い

私は2005年にサラリーマンとして16年間勤めた会社を辞め、個人不動産投資家としてスタートをしました。過去のコラムを読んで頂いてもわかりますが、その中でもリハスタビジネスが”夢”だと公言していました。

当初のプランは、物件を購入してリハスタにするというものでした。
そして、「どうせやるなら日本一のスタジオを作ろう」と思い、渋谷の某ホテルを買い取るプランを作りました。物件が15億円、スタジオ改装費が3億円。諸経費及び数ヶ月間のランニングコストを2億円程度とし、総投資額が20億円で、規模、部屋数ともに国内最大規模のリハーサルスタジオになる予定でした。

当時は今よりもイケイケで(笑)、事業意欲も強く、絶対やってやるというモチベーションでもって、銀行団と融資の交渉をすすめていましたが、結局、売主との折衝が上手くいかず、融資もいい所までは行ったのですが、残念な結果となってしまいました……。

次に白羽の矢を立てたのが、東京港区の麻布十番でした。
この界隈には音楽プロダクションが多く、レコーディングスタジオや、映像関係のスタジオも多い地域でした。ところが、映像関係と音響関係をミックスしたスタジオがない。そこで、一か所でプロモーションビデオを作れるスタジオをつくろうと思ったのです。

そのタイミングで、不良債権化した6億円の出物物件がありました。
私は、その物件を2億円でスタジオへ改装し、総額8億円の計画を立てたのです。これもまたノリノリで(笑)。しかし、このプランには銀行が渋ってきました。

その理由は、「松村さんが収益不動産を購入するのであれば融資をしますが、本件は事業であり、松村さんには経営の実績がない。渋谷のケースは立地等で有利でしたのでOKを出しましたが、今回は麻布十番という未知の場所でもあり、融資は難しい」ということになってしまったのです。

それでも私は強行し、銀行が無理ならばと、オリックスへ行きました。
オリックスは、自己資金を入れるという条件付きでこのプランに乗ってくれました。でも、当時は私も無謀でしたから、オーバーローンでチャレンジする気でした(笑)。

オリックスは高めの金利設定ですので、これでは合わないと思い、次に知人らに出資をお願いしました。みなさん、このプランに賛同してくれたのですが、最終的には渋谷のプランと同様で、売主との折り合いがつきませんでした。

ちなみに当時6億円で買っていれば、最終出口は12億円の物件でしたね。今思えば、無理しても買っておけばよかったです(笑)。

そのとき、出資を募るために各方面とコミニュケーションし、ベンチャーキャピタルにも行ったので、いろいろと勉強になりました。
その中で、会社員時代のバンド仲間がアメリカで役員に昇進していて、「麻布十番でリハスタをやるんです」と伝えたら、「いい人を紹介してやる」と紹介して頂いた方が、実は現在のパートナーになっている方なのです。

当時、その現パートナーに麻布十番の事業プランを持っていった際、言われたことは今でも忘れません。
「私がアナタの兄だったら、絶対に反対するよ。松村くん、その年齢で、自由な時間があって、衣食住には困らず、健康に問題もない。世の中にその様な人は、そんなにいないよ。もし、この事業をやって失敗したら、家族はどうなるのか? 失敗したら、アナタが今まで築いてきたものを全部失うわけです。投資としては魅力的なプランだけど、全人生を賭けてやる事業ではないでしょう。他にも良い投資は沢山あるのだから、焦ってはだめだ」
そんなことを言われたのは初めてでした。そして私は少し冷静になったのです。

確かに、ここで慌てて全財産を賭けて(この事業規模だと、当時の私の全財産を担保にする必要がありました)、リスクを取ることが、しかも初めてやるビジネスで、適切なのだろうか? と考えるようになったのです。
このときの一連の経験は、現パートナーはもちろんのこと、多くの方との出会いを生みました。今ではそれが、素晴らしい財産となっています。

もちろん、今でも目標はビル一棟まるごとリハスタであることはかわりませんが……。
できれば、地下1階をライブハウスにして、1階をカフェで、2~5階をリハーサルスタジオにできるビルを購入したいですね。考えれば考えるほど、次の夢が止まりません。