「高層ビルが好きすぎて、ビルが倒壊する悪夢を見て目覚めることもあるんです」
WEBサイト「超高層ビル・都市開発研究所」を運営している「きりぼう」さん。会社員をしながら、毎日、最新の都市開発事業について情報発信をしている。約10年間このような活動を続けており、X(旧Twitter)のフォロワーは4万5000人にものぼる。
情報を発信するだけでなく、開発地まで足を運ぶのがきりぼうさんのこだわり。仕事が休みの日には、開発地巡りで41キロメートル歩いたこともあったという。
四六時中、ビルのことを考えて生活しているというきりぼうさん。彼はなぜ、そこまでしてビルに情熱を注いでいるのか? インタビューを通して、有名ブログの「中の人」のルーツを探った。
1日で開発地を50カ所巡ったことも
―きりぼうさんが運営する「超高層ビル・都市開発研究所」とは、どんなWEBサイトなのでしょうか?
日本各地の都市開発事業について、情報を端的にまとめて掲載しているサイトです。その開発でどんな建物ができるのか、敷地面積や延床面積、完成イメージパース図、工期、事業者名などを記載しているほか、私が現地に行って撮った写真も載せています。
最近だと、東京都港区三田で建設予定のタワーマンション、静岡県熱海市に建設予定の高層ホテルなどの情報を更新しました。
普段は会社員をしていて、サイトの運営は完全に趣味として行っていることです。私がとにかくビルが好きで、皆さんにもぜひ興味を持ってほしいとの思いで続けています。大きな建物が新しく建つことって、ワクワクしませんか?
―サイトの更新は毎日行っているそうですが、年間どれくらいの記事を公開しているのでしょうか
1日あたり1~3記事ほど掲載し、年間で約750本の記事を公開しています。記事には基本的に現地の写真も載せていますから、記事の数と同じくらいの開発地を訪れている、ということでもありますね。
休みの日には、多いときで1日30〜50カ所巡ります。土曜日は朝5時や6時に起きて、すぐに出発。電車やバスを使いながら、歩きで回るのが基本で、ふとスマホを見たら41キロ歩いていた日もありました。格安航空を使って、日帰りで札幌まで行ったこともあります。
日曜日はまとめて記事を作ることが多いですね。事業の進み具合によって記事の分量も変わってくるので、1本あたり15分ほどで完成する記事もあれば、3〜4時間かかる記事もあります。
―現地を訪れるのは建物が完成したタイミングが多いのでしょうか
いえ、それだけではありません。建設前の土地に看板が立っているだけのようなところも、建設中で建物の様子はよくわからないところも行きます。
規模が大きな開発は、建設中と竣工後の現場どちらも行くようにしていて、規模が小さなものは竣工後に見に行くイメージです。建物に入れるのであれば、内装もチェックします。テナントの雰囲気とか、建物の意匠を感じることができて面白いですよ。
たくさんの現場を回るためには、あらかじめ計画を立てておくことが欠かせません。開発計画が出てくるたびに、Googleのマイマップにピンを刺しておくんです。都心はあちこちで開発が進んでいますから、マップが常にピンだらけです…。
あと最近は、現地で撮影する写真にもこだわっています。
建設計画段階で公表されていたパース図と同じ角度から撮ってみたり、光の当たり方がキレイに見える時間帯を狙ったり。季節によって太陽の高さも異なりますし、朝・昼・夜それぞれでビルの違った表情が見られるのも面白いんですよ。
―高層ビル・都市開発の魅力を教えてください
都市開発には、タワーマンションの建設、商業施設や物流施設の整備、新線・新駅の設置、コンパクトシティ化など、多種多様なものがありますが、私はやはり「超」高層ビルが1番ワクワクします。
「超高層ビル」の明確な定義はないのですが、建築基準法上は、高さ60メートル以上が超高層建築物に分類されます。基本的に都市部に建設されることが多いため、交通利便性が高く、用途もさまざまです。
また、外壁の面積が大きいので、デザインで表現する幅も大きくなり、造りも豪華になりやすく、その土地のランドマークとなりうる点が魅力的だと思います。
建設が進められる中で、建材がタワークレーンで地道に吊り上げられ、徐々に高くなっていく姿は、とても迫力があって胸が高鳴ります。
ビルに魅せられたきっかけは「駅伝」!?
―ビルを好きになったきっかけは何だったのでしょうか
陸上部だった中学時代、駅伝の大会に参加したときに道中で高層マンションの建設現場を見かけたのがきっかけです。
2008年ごろ、私の地元である愛知県の日進市米野木では、トヨタ自動車の社員寮「レーヴ日進」という24階建てマンションの建設が進められていました。名古屋通勤圏の郊外で、周辺は森や草原が広がる場所です。中学生の私は、なぜそんなところに580戸超の巨大なマンションが建設されているのか、とても気になったんです。
「あの建物はなんだ」と、当時普及したばかりのインターネットで調べてみましたが、そう簡単には出て来ませんでした。やっとの思いで見つけたのが、高層ビルやマンションについて発信をしている個人ブログだったのです。
複数のブログを見ているうちに、どんどん私もビルに魅せられてしまって。街の風景を見ながら走れる「駅伝」という競技をしていたことも、私がビル好きになった理由なのだと思います。
―ブログを「見る側」から「書く側」に回ったのはなぜですか?
当時まだ名古屋圏を中心とするビルブロガーさんがいなかったんですよね。東京メイン、大阪メインはあるのに、名古屋がないのは寂しく感じていたんです。
初めてビルに興味を持ってから、毎日のように他の方のブログを見て回っていました。そのうち、ブロガーさんたちが何をもとにこれを書いているのか、なんとなくわかるようになったんです。「新聞のこのコーナーなんだな」とか「国交省や自治体が出している資料なんだな」とか。
徐々に発信をすることにも興味を持ち、大学はメディアと建築の両方を学べるところに進学を決めました。高校を卒業した2014年3月、名古屋圏の超高層ビルや都市開発について発信するブログを本格的に立ち上げ、大学の授業を受ける傍ら、毎日投稿できるよう注力していました。
―現在のお仕事も建築に関わることをされているんですか?
はい、CADやBIMなどの建築のデジタルツインに携わる仕事をしています。大規模ビルの設計のような、現実世界の情報をデータ化し、デジタル空間で再現するんです。
そこでテストやシミュレーションを行うことで、仕様変更に伴うコストを削減したり、設計や施工に必要な情報を一括管理して業務を効率化したりできます。
ブログも当初は名古屋圏メインでしたが、就職で都内へ引っ越してきたのを契機に、三大都市圏メインに拡大しました。現在は、ブログサービスからサーバーを借りてのWEBサイト運営に変え、さらに地方遠征もして記事で取り上げる範囲を日本全国に広げています。
より多くの人に超高層ビルや大規模な都市開発に関心を持っていただくこと、若い方に建築・不動産業界に興味を持ってもらうこと、日本の都市の発展に貢献することを目的に活動しています。
「ビルの夢」を見ることも
―情報収集など、普段のルーティンを教えてください
まず起床したら建設関係の業界紙を3〜4つチェックし、朝食を取りながらサイトの更新を行います。通勤中の電車の中では、スマホで、掲載する写真の編集、アップロード、記事への張り付けをしています。
退勤後は、その日に発表されたデベロッパーやゼネコン、国や自治体のプレスリリースをチェック。帰宅途中は、朝と同様に写真のアップロードと記事への貼り付けをし、夕食後に表や記事の文章などを編集しています。
数年前まで、情報収集のメインは個人のブログが中心でしたが、今はいち早く情報を得るため、複数の業界紙や経済紙、大規模サイトや地方都市メインのサイトなど、数えきれないほどの媒体を毎日チェックしています。
―もはや生活の中心にビル・都市開発があるような感じですね
仕事に集中しているとき以外、朝起きてから寝るまで、ビルや都市開発のことを考えています(笑)。昔は悩み事があったり、他のことを考えたりしている時間が多かったのですが、考えても状況が変わらないことより、どんどん発展・変化していく都市のことを考えているほうが生産的で楽しいんです。
移動中の隙間時間もフル活用するほど、最近は趣味に熱中しています。しかも最近、勤務地が都心になったこともあって、行き帰りの道中とか、オフィスの中からビル群や建設現場が見えるんですよ! 特に、東京駅周辺の夜景を見ながら帰路につくのが幸せです。
でもここまでビルのことばかり考えていると、たまに夢にまでビルが出てくるんです。日本に世界一大きなビルができると発表された、というような良い夢もあれば、有名な高層ビルが地震で崩れてしまうような悪い夢を見ることもあります。
そんな夢を見たら気が気じゃなくなってしまうので、目覚めてすぐに、夢の中で倒壊したビルの構造や耐震性を細かく確認します。「基礎構造は杭基礎なんだな」とか「制振ダンパー(制振装置)が入っているから大丈夫だな」とか、自分を必死に落ち着かせるんです(笑)。
―発信活動を「辞めたい」と思ったことはないのでしょうか
実は何回かあります。社会人になって忙しくなったり、こんな大変なことを続けられるのかと不安になったりしました。
でも辞めてしまったら、ここまでビルブロガーとしてやってきたことが無いものとなってしまう。なんだかアイデンティティを失うみたいに感じられ、踏みとどまりました。仕事で出世していく友人を見て刺激を受けながら、自分は「これで行くんだ」と決意しました。
私はまだビルブロガーの中では若いほう。これから先、まだ長くサイトを運営できますし、たくさん現地を訪れる体力もあるのが強みだと思っています。情報発信自体は、人として限界を迎えるまで、死ぬまで続けていきたいです。
注目すべきは「抽象的な開発計画」
―これまでに見た開発の中で印象的だったものを教えてください
ねじれながら空に伸びていく「名古屋モード学園スパイラルタワーズ」、ビルと緑化をかけ合わせた「グランフロント大阪」「大阪ステーションシティ ノースゲートビルディング」は、見た目のインパクトが強かったです。
開発事業で言えば、私の中高時代に盛んだったつくばエクスプレス(TX)沿線の開発や、東日本大震災も乗り越え、無事開業した東京スカイツリーの建設でしょうか。近年は東京オリンピック選手村跡地の晴海フラッグ、虎ノ門も再開発が進みましたね。私もよく通っていました。
一方で、最近は工期が延びたり規模を縮小したりする開発事業も散見されます。そんなニュースを見ると「なんとか計画通りに完成してくれ…」と祈るような気持ちになります。今はどこの事業者も建築費の高騰に苦しんでいるように思えます。
延期や規模縮小ならまだしも、事業が白紙になるようなことがあれば地域経済への影響も大きいでしょう。2023年7月に「名古屋三越栄店」の建て替え事業の凍結が発表されたときは、私も心を痛めました。
―きりぼうさんがいま注目している開発を教えてください
話し始めたら3、4時間あっても足りないくらいですが、厳選してお話しますね(笑)。
まず都内で注目しているのは、千代田区にできる、三菱地所の「Torch Tower」です。2027年度の完成をもって日本一高いビルとなります。周辺エリアにも高さ200メートル級の巨大な超高層ビルがいくつも建設される予定で、それらが地下通路に直結、日本橋から丸の内を経由し、内幸町、汐留まで地下通路でつながる構想もあります。
東京以外だと札幌ですね。実は私、一時期会社の上司から「札幌に転勤させる」と言われていたんです。それを覚悟していた、この個人的な事情も相まって、札幌の大規模開発には注目しています。結局、その転勤はなかったんですけどね(笑)。
札幌では、北海道新幹線の札幌延伸計画を機に再開発ラッシュとなっています。中でも、三大都市圏以外では久しぶりの高さ200メートル超えとなる札幌の新駅ビルは、多くの人が期待を寄せていることでしょう。
郊外の北広島市には、新駅設置や新駅前の開発が予定されており、私も楽しみにしているところです。
他の大規模開発では、皆さんもご存じかと思いますが、大阪梅田の「グラングリーン大阪」や、超高層オフィスビル群に変貌中の福岡市「天神ビッグバン」があります。
私の地元である名古屋圏では、栄エリアで高さ200メートル以上の超高層ビルの建設が進み、栄から伸びる鉄道沿線には複数のタワマン建設計画があります。駅周辺の人口密度が低かった名古屋圏も密度が高まり、賑やかになりそうです。
他にも、大規模開発計画が持ち上がった埼玉・春日部、スマートシティ化が進む千葉・柏の葉キャンパス、まだまだタワマン建設ラッシュが続く神奈川・武蔵小杉、田園地帯を残しつつ駅を中心とした大規模開発が進む海老名、超高層オフィスの開発を進めようとしている兵庫・三ノ宮など、話題が尽きません。
―各地域の再開発は不動産投資家も注目していることと思います。開発事業を見る上で何かアドバイスがあればお願いします
確かに、大きなマンションや商業施設ができれば、地域経済への影響も大きいでしょう。ただ、どれほどの規模の開発が行われるのか、どんな建物ができるのか、具体的な情報が明らかになるころには、すでに周辺不動産価格に変化が起きていることも多いんです。
もし、再開発で盛り上がりそうなエリアの物件を、価格が上がる前に購入したいということであれば、開発内容が公表される前の段階で目をつけなくてはいけません。
つまり、各自治体が開発事業の初期段階で策定する、「地区計画」「まちづくりプラン」「再開発構想」のような抽象的な計画が出た時点で、その情報を掴んでいる必要があるということです。
どうしても「何ができるのか」に注目してしまいがちですが、投資の目線なら抽象的な情報も検討材料の1つになりうると認識してもらえるとよいのかな、と思いました。
現在は、地方都市でも、中心部にタワマンを建てることで人口密度を高め、商業の需要も喚起していく、いわゆるコンパクトシティ化が推し進められています。
以前は再開発でホテルを併設する傾向が強かったイメージですが、超高層住宅の建設技術の進歩や都市環境の改善によって都市部居住が進み、今までの傾向とは大きく変わりつつあります。
都市開発の現状を知ることで、皆さんの賃貸経営にも役立つ情報を得られることも多いのではないかと考えています。
◯取材協力
きりぼうさん(X)
(楽待新聞編集部)
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