「池や沼といった地名がついたエリアは危険なことも多い…というのは有名かもしれません。実はその他にも、要注意な地名というのはたくさん存在するんですよ」

そう語るのは、古い地名である「小字(こあざ)」を集めてマッピングしたサイト、「関東小字地図」の作成者である臼井恭平さん(仮名)。

小字からは、昔の土地の様子が読み取れるという。不動産を買う前に土地のリスクを調べたいという人にとって、小字地図は役に立つかもしれない。

時代の流れとともに失われつつある「小字」に、臼井さんが情熱を注ぐ理由とは? 要注意な小字とはどのようなものなのだろうか?

「関東小字地図」誕生の裏側に迫った。

地図を見るのが好き、「正しい歴史を伝えたい」

―関東小字地図とは、どのようなものでしょうか

古い地名である「小字(こあざ)」をマッピングしたウェブサイトです。地図上の気になる地域をタップすると、小字がすぐさま表示されるようになっています。

小字はもともと、1872年(明治5年)の地租改正で設定された地名です。

それ以前にも字(あざ)という区画はありましたが、土地の用途や面積に応じた税制を整えるために、旧来の字を統廃合した「小字」が村ごとに設定されました。

土地の特徴を反映したものが多いですが、名称のつけ方は地域によって異なります。なかには、「改正の1」「改正の2」や「東西南北」のように区分けされた小字も見られます。

関東小字地図のサイト。赤文字が小字、青文字が町村名。小字をクリックすると、明治時代の郡区町村編制法下における所属郡区・町村名が表示される。右上の「背景」ボタンで、重ね合わせる図の選択や3D表示の調整ができる(関東小字地図より)

マップの作成は3年ほど前から始めて、去年の10月にサイトを公開しました。関東圏内のエリアを対象に、少しずつ更新している最中です。

年代の異なる空中写真を重ね合わせて表示するモードや、3D表示モードといった機能もあります。

─関東小字地図を作ったきっかけを教えてください

もともと地図や歴史が好きで、小さいころは空想の地図を作ったりしていました。

関東小字地図を作るきっかけとなったのは、自分が住む家を買うため、いろいろと不動産を見ていたときの出来事です。

とある地域で、中古マンションが相場の2倍以上の価格で売り出されていました。駅がすごく近くて利便性は高かったんですが、川沿いだったので水害リスクなどを踏まえると危ないエリアだったんです。

調べてみると、このマンションが建つ住所のかつての小字は「堤外(ていがい)」というものだと分かりました。

―「堤外」という小字から、何が分かるのでしょうか

堤外は字の通り、「堤防」の「外」にあるエリアです。堤防は洪水などの水害を防ぐためのものですから、その外側にはみ出していれば水没リスクが高いと分かります。

YsPhoto / PIXTA

「こんなに危ないところにあるのに何でこんなに価格が高いんだ」と不思議に思い、こうした土地の歴史を不動産の買い手に正しく伝えるべきだと考えました。

ここから古い地名をよく調べるようになり、趣味もかねて小字をまとめた地図を作り始めたという流れです。

失われつつある「小字」

─小字が一般的に使われなくなったのはなぜでしょうか

関東地方ではあまり見られませんが、実は中部地方や東北地方では、今でも小字が使われている地域はあるんですよ。

小字が現存している地域では、区画整理の際に「字別地番(あざべつちばん)」という方法が用いられていました。

たとえば1つの村を小字A・小字Bに分けたうえで、それぞれに1から地番をつけるという方法です。「小字Aの1~500」「小字Bの1~500」というような地番が存在します。

すると、「○○村の小字Aの1」「○○村の小字Bの1」というように、1つの村の中で同じ地番を使用している土地が複数存在することになります。小字を省略すると場所の区別がつかなくなってしまうため、今も残っているということです。

字別地番での地番のつけ方(イメージ)。小字で分けたエリアのそれぞれで「1」から始まる地番がつけられている

―小字が残っていない関東地方などでは、どのように地番をつけていたのでしょうか

関東地方では「一村通し地番(ひとむらとおしちばん)」が基本的に使われています。こちらの方法では、「小字Aの1~500」「小字Bの501~1000」というように、村の中で重ならないように地番がつけられています。

これなら、小字を省略しても地番だけで場所を特定することができますよね。住居表示をするうえで小字の必要性がなくなったため、関東地方では次第に消えていったということです。

一村通し地番での地番のつけ方(イメージ)。村全体を通して重なり合わないように地番がつけられている

小字で見る土地の潜在的リスク

─小字から土地のどのような特徴が読み取れるのか、具体的な例を教えてください

たとえば、先ほどお話しした「堤外」は堤防の外なので、増水による浸水リスクが高いかもしれない、と分かります。池や沼、谷などの文字が使われている地域も、本能的に「危ないかもしれないな」と感じます。

東京の池袋などはわかりやすいですよね。小字に使われる「袋」は、一部が膨らんで袋状に川が流れていた地域一帯を表します。

そのほか「〇〇台」や「〇〇ヶ丘」などの小字も、調べてみると埋立地であることが多いです。関東地方でいうと、川に沿って谷がある「谷戸(やと)」を埋め立てて宅地造成をしたケースがよく見られますね。

埋め立て完了後に作られた地図では、このような背景が全くわかりません。僕は専門家ではないので断言はできませんが、埋め立てられた地域は潜在的に土地が崩れやすいリスクがあると考えられます。

─これまで見てきたなかで、特に印象的だった小字はありますか

一番面白いなと思ったのは、茨城県利根町の惣新田(そうしんでん)という地域です。明治時代初期には細長い耕地が並んでいて、「九兵ヱ前」のようにそれぞれの持ち主の名前が小字になっていました。

小字を見れば、当時住んでいた人の名前が後世の人にも丸分かりになるんですよ。なんだか面白いですよね。

茨城県利根町の惣新田の資料。「九兵ヱ前」「徳右ヱ門前」など、個人名を含むと思われる小字が確認できる(引用:『利根町史 第1巻 (眼でみる町の歴史)』)

それと、僕は境界線が入り組んでいる「入会地(いりあいち)」も好きです。かつては山林原野など、薪などを取集するための土地を周辺の村で共同管理する慣習がありました。

こうした入会地は境界が入り組んでいることが多く、見ていて面白いです。

今は行政によって土地が区画ごとにきちっと分けられていると思いますが、昔は土地の分け目が属人的な部分があったので、こういう境界の錯綜が生じていたんですね。

入り組んだ町村の境界(青線)。「入会」の小字(赤文字)が各所に見られる(関東小字地図より)

資料集めは宝探し、地図作りはパズル

─どのような方法で関東小字地図を作っているのでしょうか

自分で資料を集め、必要なデータだけを抽出しています。郊外になるとウェブ上の資料がかなり限られるので、図書館に行く必要があります。

それでも情報が見つからない場合は、郷土資料が保管されている公文書館に足を運びます。必要な資料を集めたら、古い航空写真と照らし合わせて地図を作っていきます。

根気のいる作業ですが、意外とパズルみたいで面白いですよ。もともと細かい作業が好きなので、そこまで苦にはしていません。

─資料を集める地域はどのように選んでいるのでしょうか

基本的にはランダムですが、情報の集めやすさから選ぶことが多いですね。じつは関東小字地図を公開する何年も前から、文献の一覧は作っていました。地域ごとに、資料の保管場所をまとめているような感じです。

情報収集の流れは最初にウェブで検索、次に国立国会図書館デジタルコレクションで調べます。そのあとに図書館、公文書館といった順番です。

それでも資料が見つからない場合は、地域の郷土資料館に問い合わせることもあります。

らい / PIXTA

─資料探しで苦労したエピソードはありますか

資料が見つからないことはよくありますよ。探すのがあまりにも難しいときは諦めます(笑)。

たとえば、いま進めている南下浦村(神奈川県三浦市)は「土地宝典」という資料で情報収集をしていますが、よく見ると「東京湾要塞司令部の許可済・検閲済」と書かれています。

つまり、一部の情報が軍事機密になっていて小字が載っていないんですよ。このようなケースだと法務局にしか情報がないので、法務局に行って旧土地台帳を閲覧する必要があります。

せっかく資料集めをするなら、ウェブ上にない情報を公開したほうが面白いですよね。苦労する地域もありますが、僕は宝探しのような感覚で楽しんでいます。

「小字」は歴史の語り部

─関東以外の地域の小字地図もあるのでしょうか?

公的機関では奈良女子大学が10年ほど前から「小字データベース」を公開しています。

最近になって「兵庫県小字地図」や「草津市小字地図」など個人サイトで小字地図を公開する流れが増えてきていますが、全国規模で見ると小字地図はほとんどありません。原因は、おそらく手間と時間がかかることだと思います。

─一般の方や不動産オーナーが、小字を知ることの重要性を教えてください

物件の購入時などに小字を見ることで、土地のリスクを推測できる場合があるかと思います。ただ、正直ハザードマップを見る方が役に立つんですけどね(笑)。

それでも現在の地図では読み取れない情報もあるので、小字地図はあくまで補助的な資料として活用するといいかもしれません。

Lukas / PIXTA

また、歴史や街歩きが好きな人にもぜひ見てもらいたいですね。特に23区内などの都会では、戦前の早い時期に小字が廃止されてしまっていますから、小字自体を知らない方にも見てもらえると嬉しいです。

─今後の展望を教えてください

自分が飽きない限り、シームレスな小字地図の作成を続けていきます。使いやすいように、いろいろと機能も追加できればと思っています。

ただ、関東エリアに限定しないと自分の作業時間が足りません(笑)。他力本願にはなりますが、関西など別エリアの小字地図もでてくると面白いなと思っています。もしかしたら、合体して全国版ができるかもしれません。

じつは昔の作家である柳田國男さんも「地名の研究」という本で、失われていく日本の小字とその歴史的意義について横断的に論じています。

実用性とか、そういったものを抜きにしても、「歴史そのものを残していくこと」に意義がありますよね。

小字は地域の歴史そのものであり、土地の成り立ちや潜在的なリスクを読みとれる場合もある。特に都市開発が繰り返されている地域では、小字の確認がひとつのリスクヘッジになるかもしれない。

関東小字地図はウェブ上から簡単にアクセスできる。気になるエリアがあれば、ぜひ調べてみてはいかがだろうか。

○取材協力:関東小字地図 作成者

(楽待新聞編集部)