
村田らむさん(左)による松原タニシさんのインタビューの様子
「事故物件住みます芸人」の松原タニシさんが、新刊『恐い怪談』を上梓したと聞き、版元である二見書房に伺った。
松原タニシさんと言えば、2012年から事故物件に住み始めた「事故物件住みます芸人」。現在は17軒目の物件を借りているという。
タニシさんとは10年以上の付き合いになるので、タニシさんが住んでいる物件にも何度もお邪魔したことがある。一番印象的だったのは、関西の物件だった。ファミリー向けの広い物件なのだが、部屋はリフォームされておらず埃っぽい臭いが漂っていた。
以前の住人は、仏壇にロープをかけて自殺したのだという。すぐに発見されたのか、血痕などはなかった。
その人は煙草を吸う人だったらしく、壁はまっ黄色になっていて、紙などが貼られていた場所だけが白く残っていた。住人が生きていた頃の痕跡だと思うと、じわりと怖くなった。
タニシさんは、そんな物件の、とても狭いトランクルームのような部屋で寝ていた。
お邪魔した日は、正月前後でイベントが終わった後だった。とにかく疲れていて部屋に着くとすぐに寝た。冬なのだから寒いのは当たり前だが、それにしても寒すぎた。
夜中にタニシさんがむくりと起きて、ユニットバスに入っていった。シャワー音が聞こえてきたので風呂だとわかった。だが全然出てこない。そしてゴホゴホとせきをしはじめた。ゲホンゲホンと延々とせきをし続ける。そして1時間以上経った後、やっと出てきた。
その時の会話は、こんな感じだった。
「だ、大丈夫ですか? タニシさん」
「え? 何がですか?」
「めっちゃ、せきこんでて……」
「え? 僕がせきこんでました?」
「せきこんでましたよ……1時間以上風呂に入って」
「え? そんなに入ってました? すぐ出てきたと思ったけどな……」
タニシさんが風呂に入ったこともせきこんだことも記憶になくて、すごくゾッとした。
その後、ぐっすり寝て目覚めたのだが、2人ともまったく疲れが取れていなかった。
その後、ニコ生の配信ですぐに出かけなければならなかった。重たい身体を引きずって外に出た。不思議なことに、部屋から離れると2人ともどんどん元気になり、高速のサービスエリアについたころにはパクパクとカレーライスを食べていた。
僕は霊を信じないけれど、でも不思議だった。タニシさんはそんな物件に、何軒も住み続けた。
そんなタニシさんによるノンフィクション『事故物件怪談 恐い間取り』は大ヒット、映画化もされた。恐い間取りシリーズは3巻まで発売されている。さらに、旅や食べ物をテーマにした怪談本を書かれていたが、先日、最新刊である『恐い怪談』が上梓された。
恐い怪談……はとても不思議なタイトルだ。そもそも「恐いはず」の怪談に、さらに「恐い」と形容詞を付けている。
どうして、この本を書こうと思ったのだろうか。二見書房の編集室、サインをする予定の大量の本の前でタニシさんにお話を伺った。

インタビューの様子
「恐い」はどこから来るのか
ここからは、インタビュー時の会話も交えながらお届けしよう。聞き手は僕である。
ー怪談業界とも近いタニシさんですが、今回はなぜ改めて「怪談本」を作ろうと思ったんですか?
最初は旅の話をメインにしようかと思っていたんですよね。でも今ホラー系は、フィクションのミステリーが流行っていて。ミステリー本って「読んでいくうちに謎がとけていく」じゃないですか。それを実話でできないかな? と思ったんですよ。
ーそれは面白そうですね!
でも、やってみたら「無理だな」ってなりました(笑)。ただ、そこからの流れで「短い怪談をたくさん並べて、それが謎解きになっていったら面白いな」と思ったんです。かなり「小難しいこと」をやろうと思いつきました。
ー怪談集の中に仕掛けが入っているということですか?
そうですね。仕掛けが入ってます。
最初は、僕が経験した怪談や事故物件の話からはじまります。
タニシさんは、殺人のあった事故物件に住んだら、「ゴボゴボ」という溺れるような音が聞こえる電話があったり、ドアを乱暴にガチャガチャされて、「霊現象だと思ったが、実は殺人者が戻ってきていたのかもしれない」という出来事があったりと、恐い経験をいくつもされている。
前作である『恐い食べ物』では、孤独死した人が土に還っていたのを見つけるエピソードがある。さらにタニシさんはその土で野菜を育てて食べるという、かなり特異な経験をしている。
こうした数々のエピソードを聞くと、すでに事故物件が恐いのか、タニシさんが恐いのか、境界線を見失う。

画像はイメージ(提供:村田らむ)
―今回の書籍、タニシさんの経験談から始まるんですね
実際、僕の事故物件の話は、「いききっている」感があります。今回の本では、僕の事故物件の恐い話を見せた後に、じゃあみんなにとって恐い話ってなんだろう? と探っていくことにしました。
結局、「恐い」って「よくわからないもの」なんですよね。理解できないものが恐いなって。逆に言えば、理解できたら恐くなくなるわけです。それでも恐い話ってなんだろう? って考えたんです。
たとえば『山奥の女子高生』という話があるんですけど、これは、以前廃墟マニアの人に山奥に連れて行ってもらったときの話です。そこの木に、女子高生の制服が着せ替え人形みたいに着せられていたんですよ。それを見た廃墟マニアの人が、「あれ、位置変わってる……。あと冬服だったのに夏服になってる」ってつぶやいてて。
きっと人がやったことだし、非科学的なことは何も起こってないけど恐いなって思いました。意味がわからないから恐い。それが今の僕にとっての「恐い」だなと思って。そこから他人の「恐い」とはなんだろうと、集めていきました。
ー恐い話がただただ雑然とならべられているわけではないんですね
グラデーションになってるんです。たとえば『カッパの少年』という、河童に憑かれたのかもしれない少年のエピソードの次には『真田幸村』という、真田幸村に取り憑かれた霊能者の話になるんですね。「取り憑かれたという共通点」で、しりとりのようにつながっているんです。
その、しりとりのうねりみたいな中で、怪談を話す人や、霊能者や、サブカルチャーなどについて、何らかのメッセージを発信しているつもりです。それを読みながら、「僕が本当は何を言いたかったのか?」を読み解いてもらいたいです。あ、でもそういうのは取り敢えず置いておいて、まずは一回目はサラッと読んでもらって大丈夫です。
ーオススメの一遍を教えてください
オススメは、『最終電車の女』ですね。イラストレーターのスーパーログさんに、だいぶ前に聞いた話なんですけど、スーパーログさんが高校の時に体験した話です。
ファミレスで友達3人で話しているうちに遅くなって、続きはスーパーログさんの家で話そうってことになったそうです。スーパーログさんは自転車で帰り、友人2人は最終電車に乗ってスーパーログさんの家に来る予定だったんだけど、彼らがいつまで経っても来ない。
午前3時になってやっと家に来たので「遅いよ」と言うと、2人は「さっきのあれ、本当だったんだ」と恐がりはじめた。
詳しく聞くと、2人は最終電車に乗った。いつもよりも電車に長く乗っているという違和感を感じた。いつまで経っても駅につかない。車内はガラガラで、女性が1人座っているだけだった。女の人はピクリとも動かない。
ようやく(家の)最寄り駅に着いたので降りると、止まった電車がいつまで経っても発車しない。車内を見ると、さきほどの女性と目が合った。驚いていると、電車はやっと走り去った。間髪入れずに電車が走ってきた。それはこの駅には止まらない最終快速だった。車内を見るとガラガラの車内に、さきほどの女性が座っていた。逃げるようにスーパーログさんの家に行くと、3時間経っていた……という話です。
なんだか、分かるようで分からない。理解できなくて、恐い話ですよね。
◇
実に気持ちが悪い話だ。
そんな恐い話が、玩具箱のようにみっちり詰まっているのが、今回の最新作、『恐い怪談』という1冊である。
表紙に使われている絵画があまりに内容にマッチしているので、描き下ろしてもらったのかと思ったが、タニシさんがメキシコで知り合った画家の作品だという。

新刊を持つ松原タニシさん
個人的には1話目のエピソードが実に胸に響いた。最近、タニシさんの身に起きたエピソードだった。
タニシさんのもとに、見ず知らずの少女がつかつかつかと歩み寄ってきて、ある言葉を吐いた。ただそれだけの話なのだが、背筋がゾゾッとした。
家の本棚にいつまでも置いておきたい怪談本だと思った。
(村田らむ)
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