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皆さんは「銀行員」にどのようなイメージを持っているでしょうか。

「金融のプロ」でしょうか? それとも単なる「金貸し」でしょうか? 銀行員は特別な情報に触れることができるので、資産運用に長けているのでは、と思う方もいるかもしれません。

昨今、日経平均株価の上昇や新NISAの盛り上がりが続いています。新たに投資を始めた、あるいは始めたいという方も多いことでしょう。中には銀行の窓口で、投資についての相談をしたいと考える人もいるかもしれません。

では、銀行員は本当に投資や資産運用に詳しいのでしょうか? 銀行員は実際にどのような資産運用を行っているのでしょうか? 気になるという人のために、現役の銀行員である著者が、「銀行員の資産運用」についてご紹介したいと思います。

なお、銀行員には、法律などで資産運用に関して制限がかかります。したがって、前提情報として銀行員の「インサイダー取引」と「投機的利益追求の禁止」に触れつつ、金融マーケットに関わる銀行員の資産運用について考えていきましょう。

「インサイダー取引」の禁止

インサイダー取引とは、「上場企業内部の情報を知る人間が、重要事実についての情報が公表される前に株式の売買等を行うこと」を意味します。

銀行員は、業務や所属部署によっては上場企業の情報を知る機会が多くなります。

例えば、「○○の会社が××の買収を決めた」というようなケースでは、買収された会社の株価が高騰する可能性が高くなります。その情報に基づいて株式の売買を行えば、儲かる可能性は極めて高くなるでしょう。

ただ、この情報で儲けるのは他の株主から見れば「不公平」です。インサイダー取引による儲けの裏には他の投資家の損があるわけですから、不当に損失を被る投資家も出てきます。

インサイダー取引を許せば、株式市場そのものへの信頼は失われ、企業が株式市場から資金調達できなくなってしまう可能性が高いのです。

重要な金融インフラである株式市場の機能を損なわないために、日本では金融商品取引法167条の2でインサイダー取引を禁止しています。


 
(未公表の重要事実の伝達等の禁止)
金融商品取引法 第百六十七条の二
上場会社等に係る第百六十六条第一項に規定する会社関係者(同項後段に規定する者を含む。)であつて、当該上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を同項各号に定めるところにより知つたものは、他人に対し、当該業務等に関する重要事実について同項の公表がされたこととなる前に当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもつて、当該業務等に関する重要事実を伝達し、又は当該売買等をすることを勧めてはならない。
 

なお、インサイダー取引で証券等取引監視委員会から課徴金勧告がなされた件数は2023年度では13件となっています(2022年度は8件)。

これは銀行員に限った勧告件数ではありませんが、どんなに上手くやっているつもりでもインサイダー取引は発覚しているのです。当局に目を付けられやすい銀行員が逃れられるとは思えません。

「投機的利益の追求」の禁止

銀行員が資産運用する際に気をつけるべきことの2点目は、「投機的利益の追求」が禁止されている、ということです。

投機的利益とは、主にレバレッジ取引と短期売買を指しています。レバレッジ取引は、自分の資産を担保にして実際に持っている資産の何倍もの金額で取引を行うことです。代表例はFXや株式の信用取引です。

金融商品取引業者(証券会社など)や登録金融機関(銀行・保険会社など)の役職員は、金融商品取引法によって、「投機的利益の追求」を目的とした有価証券の売買その他の取引等が禁止されています

また、日本証券業協会の規則により、協会に加入している証券会社に勤務している場合や、銀行・保険会社などに勤務し、登録金融機関業務に従事している場合は、株式信用取引及び先物・オプション取引などを行うことが禁止されています。

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さらに、金融先物取引業協会の規則により、同協会に加入しているFX業者や、銀行・保険会社などに勤務し、金融先物取引業務に従事している場合は、勤務先が取り扱っている金融先物取引を行うことが禁止されています。

このように、FX、株式の信用取引、先物・オプション取引などに加え、株の短期売買(デイトレードなんて当然許されません)が、銀行員は法令等で禁止されています。

投機的利益の追求が禁止されているのは、多大な損失を抱えるリスクがあるからであり、銀行員が多額の損失を抱えると顧客の資金着服等につながるためです。

一方で、上記の通りの制限を受けているため、銀行員は金融のプロとして経験してみても良いと思われるさまざまな投資ができません。銀行員が上記のような投資類型について、語っている時には「経験が伴わない机上の空論」だと思った方がよいかもしれません。

銀行員が可能な投資類型は?

では、銀行員が自分達で実践している資産運用にはどのようなものがあるでしょうか。銀行員は「金融のプロ」ですから、何か特別な資産運用を行っていると思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際はどうなのでしょうか。

●持株会
銀行員の投資類型の第一に挙げておくのは、地味かもしれませんが「持株会」です。持株会とは、従業員が自社の株式を購入・保有するための制度です。

上場している銀行には持株会があるのが一般的です。持株会への資金拠出時に、奨励金として5~10%程度の水準で、会社から上乗せがあります。

過去、長い期間において銀行の株価は鳴かず飛ばずでしたが、奨励金と配当によって今思えば有力な資産運用だったと感じている銀行員は相応に存在しているはずです(筆者の周囲にもいます)。

特に奨励金の支給は非常に大きな効果があります。奨励金は上乗せ制度ですが、裏を返せば自分の銀行の株式を5~10%という割引を効かせながらずっと購入できるようなものです。

長期に渡ると効果が大きくなりますので、銀行員で取り組んでいる人は比較的多いように感じています。

ただ、持株会は自分が勤めている銀行の存続にリスクを集中させ過ぎるというデメリットもあります。

その銀行が潰れたら、持株会をやっていた銀行員は自身の仕事=給料とともに、運用資産=銀行の株式も失います。銀行員は入行年次によって銀行の存続についての危機意識の度合いが変わります。したがって入行年次によって持株会の加入率が異なるように思います。

●iDeCo(個人型確定拠出年金)
企業型確定拠出年金(DC)もしくはiDeCo(個人型確定拠出年金)での運用を実践している銀行員も相応に存在します。これは銀行員が職業柄、DCに触れる機会が多く、所得控除のメリット(税金や社会保険料の削減)を理解しているためです。

投資の運用成果は損失となることも多々あります。ただ、所得控除のメリットは確実に享受できます(実際には支払う税金や社会保険料の低減という形での享受です)。

これがDCの大きな強みです。そして、DCの運用は投資信託への投資となりますので、前述のようなインサイダー取引や投機的利益の追求というような問題は生じません。DCは銀行員にとっては取り組みやすい資産運用であり、また確実に利益が出るという点で銀行員好みでしょう。

●投資信託
NISAを使った投資信託での運用も、銀行員に一般的な資産運用方法です。新入行員として支店に配属された銀行員は、最初は個人顧客向けの業務に就くことが多くなります。

そこでお客様に資産運用のご提案をする際に、自分も運用をしていないと会話がしづらいと思い、投資信託を始める銀行員は多数存在します。その際にNISAをセットでスタートさせます。

選択する投資信託は、S&P500連動型やオールカントリーのようなインデックス型が多いかもしれません。以前は、販売手数料率が高いテーマ型投資信託(例えばBRICS)をお客様にお勧めする前に自分で購入してみる、というような投資が多かったように思います。

しかし近時は銀行員の業績目標(いわゆるノルマ)として、預かり資産残高を目標とするようになってきたので、高い手数料を貰える投資信託をあえてお勧めすることが減っています。

また銀行員は、金利が高い「外貨預金」にも馴染みがあります。自分の銀行の外貨預金に預けている人も存在します。

ただ、リアル店舗がある銀行の外貨預金は、ネット銀行と比べて利率が低く、かつ両替手数料が高いので、自分の銀行で外貨預金をするのではなく、こっそりとネット銀行で外貨預金投資を行っている銀行員は多いように思われます。

筆者は、富裕層ではない一般個人ではリアルの店舗網を持つ銀行と取引するメリットは基本的にないと判断していますが、同じように考えている銀行員は多く存在するはずです。

以上、銀行員の投資先となる金融商品を見てきましたが、上記以外にも定期預金、財形貯蓄で資産運用(というよりは貯蓄)をしている銀行員も多いと思われます。銀行員になるような個人は真面目で堅い方が多く、資産運用も安全性を重視しているケースは多いでしょう。

なお、不動産投資を行う銀行員も少数ながら存在します。銀行員であれば社会的信用力も高く、自身が勤める銀行でなくとも不動産購入資金を融資してもらえる可能性が高いと思われます。

アパートローンを取り扱っている銀行員は特に不動産投資への抵抗感は薄いため、自分でも取り組んでみたいという考えを持ちます。

しかしながら、不動産投資は副業として銀行の規程で禁止されている場合があります。また、リスクを嫌う銀行員は割合としては多いでしょうから、不動産投資を行う銀行員はそこまで多く無いというのが筆者の感覚(経験則)です。

「非公開情報」を使っても利益を出せない銀行員

ここまで銀行員の資産運用について簡単に見てきました。

銀行員で個別株での投資経験がある人は非常に少ないのが実情です。そして、投機的利益の追求が禁止されているため、レバレッジを掛けられるFXのような投資には取り組んだことがありません。

投資信託もリスクが高いものについてはあまり取り組んでいないでしょう。そして、自身の投資判断があまり入らないような積み立て+インデックス投資を行っている銀行員が多いイメージです。

銀行員は金融商品販売のプロではありますが、資産運用のプロではありません。

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あくまで、自身の職業において限られた選択肢の中で、ある程度リスクの低い投資を行っているだけ―。銀行員の大半は、こうした人が占めると言ってよいでしょう。

ちなみに直近では三菱UFJ銀行の行員が、投機利益の追求で証券等取引監視委員会に勧告されています。

この事例は、銀行員の資産運用能力の低さを示す例として、一部の銀行業界では驚きをもって受け止められているようです。以下は証券等取引監視委員会のリリース文の抜粋です。


当行行員は配偶者名義で開設した証券口座を利用し、平成30年7月から令和5年11月までの間、専ら投機的利益の追求を目的として、勤務時間中の発注を含め、主に信用取引により短期間での同一銘柄反対売買を行う手法により、自己の計算に基づく有価証券の売買を多数回(約5000回、約20億円)にわたり行っており、このうち少なくとも4銘柄の売買については、職務上知り得た法人関係情報に基づく不適切な有価証券の売買であった。

なお、当該行員が所属していた部署は、法人関係情報を用いて業務を行う部署ではあるものの、Need to Know原則(顧客等に関する情報へのアクセス及びその利用は業務遂行上の必要性のある役職員に限定されるべきという原則)に反し、本来、法人関係情報を知る必要のない行員に対しても法人関係情報が広く伝達されている状況にあった。

出所:証券取引等監視委員会Webサイト


この事例の何が驚きかと言えば、銀行が独自に持つ非公開情報(上記勧告に記載の法人関係情報)を使って売買をしているのに、情報を使った売買で利益が出ていないと報じられていることです。

この事例に関する読売新聞の記事(2024年6月13日付)には、「株式公開買い付けの実施など、業務に関連して知った顧客企業の内部情報を基に取引していたという。一連の取引では利益は出なかったが、同行は金商法に違反する悪質な不正と判断したとみられる」と書かれています。

確かに、利益が出ていれば課徴金が課される可能性があるはずなのに、証券等取引監視委員会の資料を見てもその記載はありません。

新聞報道の通り、内部情報を使ったにも関わらず、この銀行員は株式の取引で利益を出せなかったということになります。

このような事例ですべてを語るべきではありませんが、銀行員が株式投資のプロではないことを示す事例とは言えるのではないかと筆者は考えています。

銀行員は不動産投資で有利になる?

不動産投資についても同じことが言えます。

銀行員は、基本的には物件の良否をある程度判断する能力はあっても、物件を探す能力はありません。

持ち込まれた案件に対応するという意味で、常に不動産に受け身で向かい合ってきたのが銀行員です。銀行員が不動産投資において強みがあるとすれば、「アパートローンを借りられる物件か否かを判断する能力」があるぐらいです。

銀行員の資産運用を参考にするならば、DCやNISA、持株会(の奨励金)のように、資産運用そのものではなく、節税のような付帯メリットを使う傾向にあるという点ではないでしょうか。

金融商品で高い利回りやキャピタルゲイン(売却による含み益の実現)を獲得するためには、通常は高いリスクを覚悟する必要があります。

ところが、リスクを増加させることなく利回りを高める方策が、DCやNISAであり、持株会の奨励金なのです。

資産運用、もっと言えばお金を増やすことは、税金などコストとの戦いです。税金(や社会保険料)を低減できれば収益力は高くなります。この姿勢や考え方こそ、銀行員に学ぶことができる資産運用のポイントなのではないでしょうか。

(旦直土)