投資ブームの影響だろうか。最近「お金」に関する本が増えているように感じる。
書店に行けば、そこそこ目立つ場所にお金の本のコーナーが見つかる。株式投資のキホン、新NISA入門…のような感じで類書もたくさん出ているようだ。
電車の車内でも宣伝をよく見かける。先日も移動中の電車の窓に、とあるお金の本の広告を見つけた。サラリーマン向けらしく、「楽して稼ごう」とか、「FIREを目指そう」、というようなコピーが小さな文字で並んでいた。
しかし、広告を隅から隅までよく見てみても、結局のところこれがどういう本なのかは、よく分からない。お金を稼ぐ方法が書かれていそうだが、その手法が株式投資なのか不動産投資なのか、あるいは節約テクニックなのか、そのあたりの具体的な情報が一切書かれていないのだ。
記者としてはやはり気になって仕方がないので、後日、書店で探してみることにした。
お金コーナーに「平積み」されていた
首都圏の近郊にある、それなりに規模の大きな書店に足を運んだところ、広告で見かけたその本はすぐに見つかった。
いかにも売れ筋、という雰囲気ではないものの、お金コーナーの比較的目立つところに平積みされていた。ちなみに平積みというのは、カバーが見える状態で平らに本を積む陳列方法だ。
表紙を見せたい雑誌や注目の新刊などは、棚に立てかけるような形でカバーを見せる「面陳(めんちん)」という方法で並べられたりもする。
発刊から時間が経った本や、一部の専門書などは「棚差し」といって、背表紙だけが見える状態で並べられていることもある。
話が逸れたが、とにかくそれなりの規模の書店にどさっと平積みされていた本なので、そこそこの部数が発行されているのかもしれない。あるいは、この出版社が書店に対して営業力を持っていて、棚のよいところに積ませてもらったということかもしれない。
とにかく、積まれた本の中から1冊を手に取り会計を済ませ、読んでみることにした。
巻末に無料相談できる「読者特典」が
本の内容は、一言で言うと「可もなく不可もなく」という感じで、全体としてどこかで見聞きしたことがあるような話がメインであり、個人的には新たな発見はなかった。
ただ、初心者向けにやさしいタッチで執筆されていて、1ページあたりの文字数も少なく、よく言えばとっつきやすい本ではある。
その本では、資産形成のための具体的な投資商品として、株や投資信託、FXなども挙げていたが、読み進めると、不動産投資を勧めようとしていることははっきりと読み取れた。一棟ものではなく、ワンルームマンション投資を推奨していた。
著者はおそらくペンネームで個人として執筆しているし、不動産会社によるPRを兼ねた出版、ということでもなさそうだった。いったい何のためにこのような本を出版したのだろうか?
著者の詳しいプロフィールを確認しようと、「あとがき」のところをめくってみると、紹介文といっしょに著者のLINEアカウントのQRコードが載っている。「読者特典」として、著者自身がオンラインで、投資やおカネに関する相談を無料で行ってくれるらしい。
さっそく友達登録を済ませたところ、おカネや投資に関する資料が(自動応答で)送られてきた。そしてその後、すぐに本人からメッセージが届いた。「これも何かの縁だから、面談でいろいろ話しましょう」というような内容だった。
3カ月かけ、4回の無料面談
結論を先に言うと、著者との面談はオンラインで短く4回に分けて行われた。期間にして約3カ月間に渡る。
本記事のタイトルにあるとおり、最終的には投資用ワンルームマンションの販売会社を紹介されることになるのだが、それもいきなりではなく、手間暇をかけた面談が行われた。面談のやりとりを、以下にかいつまんで紹介したい。
なお、著者の名前は仮に「T」氏、こちらの名前は「イシダ」とした。話の文章はなるべく実際の言葉に近い形で記しているが、一部、内容を調整している。
■1回目(約15分)
T氏「どうも、Tです。よろしくお願いします、イシダさんですか?」
「はい、イシダです。よろしくお願いします」
T氏「早速ですけど、僕の本はどこで見つけてくださったんです?」
「電車に広告があって、それで本屋に行って買って読みました」
T氏「電車ですか。何線だったか覚えてます??」
「○○線か××線のどっちかだったと思うんですけど」
T氏「あー、なるほどね。うん。で、イシダさんは投資はまだ初心者なんですね? それは私の読者にぴったりですねえ。ボクの本、けっこう初心者向けだから…」
T氏は落ち着いた声色ながら語り口はかなりフランクで、言いよどみもなくすらすらと質問が飛んでくる。初対面の相手との会話には慣れているようだ。しばらく雑談をしたあとは、細かい質問が連続で飛んできた。
年齢や家族構成、子供の年齢、配偶者は仕事をしているのか? しているならパートなのか正社員なのか? 住宅ローンは借りているか? 月額の家賃は? など。その他、年収や現在の預貯金額、世帯年収についてなど、突っ込んだ質問が続く。
「私もそうなんですけどね、一番最初、投資をやりだした時ってあんまりお金がなかったんですよ。具体的に言うと、イシダさんみたいに自己資金1000万円未満ぐらいの人っていうのは、手金をあんまり使わない不動産の方が良かったりしますね」
T氏によると、この後、投資を始めるための計画書のようなものを、個別に作成してくれるらしい。初回の打ち合わせは15分程度で終わり、後日、また話す約束となった。
最後に、このような面談を無料で行っている理由について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「FIREしてサラリーマンを辞めるとむちゃくちゃ暇なんですよ。想像してもらえば分かると思うんですけど、24時間、祝日休日関係なく何もしないってことですよ。ニートになれって言われたら、けっこう暇じゃないですか? あとはね、これはもう本の制作段階でね、出版社の人とかから(読者特典の)依頼があったりするんですよ。その方が本が売れますでしょ。だから出版社とか編集者がね、言ってくるんですよ」
T氏によると、現在は毎日5~6人くらいと通話をしており、同時進行で3000人以上の相談者を抱えているということだった。
■2回目(約10分)
2週間後、2回目の面談。投資初心者向けの簡単なレクチャーをしてくれるとのことだ。通話が始まると同時に、T氏が手作りしたと思われる資料がいくつか送られてきた。
実物の公開は控えるが、簡単にまとめると、以下のような内容が書かれた資料であった。
・投資は、融資が使えるものと自己資金しか使えないものの2つに大別される
・まずは融資が使える投資から始めるのがよい。都心にワンルームを購入し、そこからワンルームの追加購入、あるいは太陽光や一棟アパート、という風にステップを踏むのが理想
・その中で、投資信託など自己資金を使う投資も組み合わせるとよい
自作の資料を参照しながら、T氏はこう説明した。
「融資系の投資は、自分の手金を使わずに、銀行から融資を受けてできる投資なんですよ。2000万円とか3000万円の投資用不動産買おうと思って、貯金してからやるってなったら、めちゃくちゃ時間かかっちゃいますよね」
「逆に自己資金を使う投資っていうのは、銀行からお金が借りられないんです。投資としてはどっちもアリなんですけど、優先順位が高いのは、融資系の不動産投資かな、って思っています」
「せっかくいま、イシダさんは会社員としての収入があって、サラリーマンとしての信用が高いのに、銀行からお金を何も借りてない。これってサラリーマンとしてのメリットをあんまり使えてないんですよ」
要するにT氏は、サラリーマンという属性を生かしてレバレッジを効かせられる不動産投資を始めれば、投資規模を短期間に拡大しやすいのにもったいない、という話をしているようだった。
さらにT氏は、最初に都心のワンルームを買うべき理由を力説する。
「融資系の投資って、借りられないとそもそもスタートできないですよね。だからお金を借りやすい順に考えて、まずは都心のワンルームなんです。1棟アパートとかは、銀行にいきなり1億円貸してくれって言っても厳しいですよね。実績を見られるんですよ。ちゃんと不動産投資、ワンルームをやってる人だったら、1億貸してもいいよね、ってなるんです」
ワンルーム物件に投資したという実績そのものが、後の一棟ものの融資に有利に働くとは考えづらいが…。T氏はさらに話を続ける。
「借金って怖いイメージがあるかもしれませんが、必ず返せる借金なら怖くないですよね? そこで、お金を貸す側の立場で考えてほしいんです。つまり、返せなくなる確率が1%でもあるものには、銀行はお金貸してくれないんですよ。だから、借金だけが手元に残る可能性って、現実的にほぼゼロなんです。もしも借金返せないよってなったら、銀行に物件を返して、終わりです」
実際には、T氏の言うようなことは決してない。銀行が必ず買い取ってくれるということもなければ、相場より高値で買ってしまえば、ローンの残債と同額以上で物件が売れないケースも当然ある。
T氏は投資初心者に対して、これまでもこのような説明を繰り返してきたのだろうか。
■3回目(約5分)/4回目(約7分)
似たような調子で、3回目、4回目の面談も進んでいった。4回目の面談を行ったのは、初回の面談から約3カ月が経った頃だ。
「イシダさん、この前も言いましたけどね、せっかく会社員としての信用があるんだから、それをうまく活用した方が絶対にいいです。だから次のステップとしては、実際に物件見たりとか、行動していくのがいいと思うんですよ。そうなると問題は、どうやっていい物件を探すかってことと、銀行からお金を借りられるかどうかですよね」
「例えば地元で有名な地銀とかに、不動産投資やりたいから金貸してくれっていっても、いきなり知らない人にお金を貸すのは銀行としても怖いわけですよ。そのハードルを、我々は越えていかなきゃいけない。それでね、私が普段付き合っている東京とか大阪の不動産業者、一回声かけてあげることができるので。基本的に銀行の開拓は、そういう不動産業者に任せるんで」
「あとイシダさん、保険の見直しとか必要ですか? 必要だったらFPもいるんで、つなぎますから。あとでLINEでトークのグループを作って招待しますから」
◇
こうして3カ月の間に渡り4度の面談を経て、最終的には投資用ワンルームマンションの販売で有名なA社の担当者を紹介される流れとなったが、その先の商談に進む前に、やりとりを終えた。
T氏はこのような面談を実施している理由を「FIREをして時間があるから」と説明していたが、完全なボランティアでこのようなことを行うことはなかなか想像しづらい。
T氏については分からないが、書籍を通じて集客を行い、A社のような不動産会社に顧客を紹介することでバックマージンを得ている、という推測も成り立たなくはない。
仮にそうであっても直ちに違法な行為とは言えないが、少なくとも本を手に取った読者にとっては想定していなかった展開だろう。
こうした「お金本」に規制はかからないのか?
ここまではある1冊の書籍を取り上げてきたが、書店に行くと、似たような体裁で、かつ、同様の目的で出版されていると思われる本は他にも見つかる。
実際、類似する別の本(T氏の著書とは別の出版社が発行)も同じように購入してみたが、巻末にはほぼ同じ形でQRコードが載せられており、LINEに登録して問い合わせ→面談→投資用ワンルームマンション会社への紹介、という流れまでほとんど同じであった(本の内容は、難易度や密度にばらつきがある)。
出版社も著者も異なるのに体裁が同じということは、どちらかが手法を真似たのか、著者同士が知り合いなのか、あるいは背後に何らかのコンサルティングを行っている業者がいるのか、そういった可能性があるかもしれないが、そのあたりは定かではない。
いずれにしても、仮にこれら著者の出版目的が、LINEへの誘導や物件の紹介であるとするならば、純粋に「本を読んで知識を得たい」と考えている消費者にとっては歓迎できない話だ。
外見上、「普通の本」とまったく見分けが付かないこのような出版物に、何かしらの規制はかからないのだろうか?
「ステマ規制」は対象外? 消費者庁に聞いてみた
2023年10月、いわゆる「ステルスマーケティング(ステマ)規制」がスタートした。この規制で対象としているステマとは「広告であるにもかかわらず広告であることを隠すこと」と定義されている。
今回のような本は、ステマ規制の対象となる「広告」には当たらないのだろうか?
消費者庁に確認したところ「巻末にQRコードがあったとしても、それ自体は広告にはならないと思われます。ただ書籍の中で、『誰々が提供している○○というサービスは素晴らしい』というようなことが具体的に書いてあれば、それは広告に当たる可能性はあります」との回答があった。
商品やサービスを販売している事業者が、その広告を広告と分からない形で行うこと、例えば第三者になりすまして広告を行うケースであるとか、一般消費者のフリをして「これはすごいですよ」などと勧めるケースであるとか、そういうものがステマ規制の対象であり、「今回のケースはいずれにもあたらないのでは」(消費者庁の担当者)という。
過去には本を使った「バイブル商法」も
消費者関連のトラブルに詳しい、三浦法律事務所の松田知丈弁護士は「かつての『バイブル商法』に似ている部分がありますが、今回の件はより複雑な事例で、違法性を問うのは難しい」と話す。
バイブル商法とは、健康食品や民間療法などの効能・効果を謳った書籍(通称「バイブル本」)を利用して、実質的に広告を行うというもの。「特定の健康食品や療法で病気が治った」という内容の本を出版し、巻末や帯に販売元の連絡先を記載し、販売につなげるというものだ。
バイブル商法は、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法)を回避する目的を持っている。実際「アガリクス」に関するバイブル商法は、本の執筆者、や出版社の役員、健康食品販売会社の代表らが逮捕、書類送検されている。
「ただバイブル商法の場合、ある一社に直接誘導するようなケースがほとんどです。特定の商品というよりは、ある成分について『これはすごい』というようなことを書いて、最後の巻末に『この成分が入っている商品はこれです』と、商品の販売会社の連絡先を案内します。薬機法では、医薬品ではない健康食品について、医薬品的な効能を謳うことを禁止しています。その抜け穴として、バイブル商法が存在するわけです」
このような違いがあるため、今回のような本の出版について、バイブル商法の構成で違法性を問うのはかなり難しいのではないか、と松田弁護士は言う。
「違法性が問われる可能性があるとすれば、ステマ規制ではないでしょうか。たとえば今回の本の著者であるT氏が、読者に紹介した不動産会社からバックマージンを受け取っていた場合、自分が顧客として利用している不動産会社であるかのように『自分のつきあいのある会社』とか『以前お世話になった会社』という理由だけで紹介していたら、その紹介部分に問題がある可能性があります。バックマージンを背景にした紹介であり、それを読者に告げず、不動産会社との関係性を誤認させるものであれば、紹介先の不動産会社にとってステマになる可能性があるわけです」
なお、仮にそうであっても、「巻末に読者特典として小さなQRコードが載せられているだけであり、その先で読者特典の枠を超えたことが行われるかまで把握することは困難」(松田弁護士)であるため、出版社の責任を問うのは難しい、と松田弁護士は言う。
◇ ◇
書籍という媒体に対して、ネット上の情報よりも比較的信用度が高い、という印象を持つ人は多いかもしれない。しかし実際のところ、その書籍がどのようなものなのかは外見だけでは分からない。
そもそも出版される書籍の内容は、著者や出版社の判断で決められる。著者が企画を持ち込んで自ら費用を負担すれば、基本的には自由に出版ができてしまう。
大型書店に並べられている「お金」の本を、勉強のためと思って手に取ったのに、著者のLINEに誘導され、最終的に投資用マンションの営業を受けていた、ということも十分にあり得る。
どの媒体から得られた情報であるか、ということだけにとらわれず、その投資が本当に自分に必要なものであるのか、投資するに値するものであるのかを、自分の価値観で判断する必要がある。
(楽待新聞編集部)
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