PHOTO:千和/PIXTA

厚生労働省が公的年金の財政検証を発表しました。この財政検証は、将来の年金支給額などを試算するもので、5年に一度実施されています。言わば、年金の「定期健康診断」のようなものです。

この財政検証について、マスコミは「年金支給額2割減」と大きく報道していました。報道を見て、もはや年金制度は信頼できない、などと感じた方もいたでしょう。

しかし、財政検証の内容をじっくり確認してみると、政府のちょっとした「ごまかし」と、私たちが老後に備えて資産運用を行うことの必要性が見えてきます。

年金の「健康診断」、結果はどうだった?

今回行われた財政検証で最も注目されたのは「所得代替率の見通し」でしょう。

所得代替率とは、公的年金がどのぐらいもらえるのか、という給付水準を示す指標です。ざっくり言うと、「現役時代の収入の何割ぐらいの年金がもらえるか?」という指標ということです。

現在は所得代替率が61.2%となっています。つまり、現役時代の6割の収入に相当する年金がもらえるということです。

ただし、今回の財政検証で、この所得代替率は将来的に以下のように推移していくことが示されました。

今後の経済成長率によって年金の支給も変わってきますので、将来の経済成長をいくつかのパターンに分けて検証しています。

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果 ー

このうち、マスコミが大きく取り上げている「過去30年投影ケース」の場合には、2057年に所得代替率が50.4%まで低下するという試算です。

ちなみに「過去30年投影ケース」は、過去30年間の経済状況が今後も継続すると仮定したシナリオです。具体的には、実質賃金上昇率が0.5%、実質経済成長率がマイナス0.1%であることを想定しています。

この試算が示しているのは、今までと同じような経済状況下では、2057年まで年金の実質減額調整が続き、「2057年には所得代替率が今よりも約2割(61.2%→50.4%)低下する」ということです。


補足解説:「報酬比例部分」と「基礎年金部分」

日本の公的年金制度はよく「2階建て」と表現されます。1階部分が「国民年金(基礎年金)」で、20歳以上60歳未満のすべての人が加入します。保険料は月額定額です。

そして2階部分が「厚生年金(報酬比例)」で、会社員や公務員が加入します。保険料は収入に応じて変動し、雇用主と折半で負担します。

2階に当たる厚生年金の加入者は、自動的に国民年金にも加入するため、将来は両方から年金を受け取れます。つまり、1階と2階両方の給付を受けられるのです。一方、自営業者などは1階部分のみの加入となります。


特に基礎年金の支給額が中長期的に減額されていくということは、低賃金で厚生年金(報酬比例)部分が少ない個人や、基礎年金のみに頼る小規模事業所の従業員やフリーランスなどの個人にとって、特に影響が大きくなることになります。

これをもって、マスコミは「『基礎年金』を立て直す制度改正が急務」と主張しているように思われます。

検証結果には「よい傾向」も

一方で、今回の財政検証結果で「年金水準が改善傾向にあると示された」ことについては、あまり注目されていません。

以下は経済成長が厳しいケースの試算であり、前回の2019年と今回の2024年の財政検証の結果が掲載されています。

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果

これを見ると、全回2019年の検証結果に比べて、所得代替率が改善していることが分かります。この要因は何でしょうか? その理由が示されているのが、以下の表です。

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果

少し見にくいのですが、簡単に言えばこの表は、「働き手が増加していること」、「保険料が想定より収入増となり年金給付費が想定より減少したこと(収支が改善したこと)」、「年金積立金の運用が上手くいったこと」を示しています。

働き手が増加することは、年金保険料(収入)の増加に寄与しますし、年金運用がうまくいくことで積立金が大幅に増加しました。取り崩していくことを想定されている積立金であり年金の財政安定につながります。

これが今回の年金財政検証での主な「よい結果」です。

「所得代替率」という表現

ところで、この年金財政検証結果について、マスコミがあまり触れていない問題があります。それは「所得代替率の内容」です。順番に見ていきましょう。

■「所得代替率の定義」
まず、「所得代替率の定義」が時代に合致していません。厚生労働省は、所得代替率について「公的年金の給付水準を示す指標。現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率により表される」と定義しています。そして、所得代替率の計算式も、図の通りです。

このように所得代替率は、結婚している夫婦を前提にしており、さらに妻は主婦であることが想定されています。

夫婦共働きが当たり前の世の中であり、独身世帯も多くなった中で、所得代替率のモデルに妻が専業主婦の夫婦世帯を使うことについては違和感を持つ方も多いでしょう。

■「手取り」との比較
次に注目したいのは、所得代替率は、平均「手取り」収入額と公的年金額を比較していることです。

男性平均の手取り額37万円というのは、表面給与から所得税・住民税、社会保険料等が差し引かれたあとに手元に残るものです。手取り37万円ということは、おおよそ570万円程度の年収と試算されます(ネットで検索するとすぐに出てきます)。

令和4年分 民間給与実態統計調査」によると、平均給与は男性563万円となっていますので、今回の厚生労働省の財政検証で使用された平均手取り額はこのあたりの数字を前提にしたものでしょう。

一方で公的年金額は、手取りではなく「表面」の受給額です。ご承知の方も多いと思いますが、公的年金はそのまま受給できるわけではなく、所得税・住民税、健康保険料等がかかります。

すなわち、公的年金の所得代替率は、比較している対象が厳密には異なるのです。公的年金の受給額は何も差し引かれていない一方で、所得である手取りは控除された後の「小さい額」が使用されています。

ちなみに、上記の所得代替率の計算式で表面給与を基にした「表面給与代替率」を算出すると、{(夫婦の年金受給額13.4万円+9.2万円)×12か月}÷令和4年男性平均給与563万円=48%となります。

「所得代替率」という言葉を聞くと、税金等が差し引かれる前の表面給与と年金額を比べた割合に感じるでしょうが、実際には異なるのです。

ただ、この所得代替率に分母として手取り給与を使うことも理屈としては理解できる部分はあります。年金額は、基本的には年金保険料の支払いがなく、所得税なども現役世代に比べると軽減されるからです。

ただし年金受給者も、所得税や住民税は一定以上の所得だと課税されますし、健康保険料・後期高齢者医療制度保険料・介護保険料も負担が必要です。

したがって、所得代替率を計算するのであれば、給与所得と年金額の両方とも条件はそろえるべきだと筆者は考えています。そうでなければ誤解を招きかねません。

外国はどうなの? 所得代替率を国際比較してみたら…

年金における所得代替率について、他国との比較データを確認しておきましょう。以下は厚生労働省が公表しているものとなります。

このデータは少し古いかもしれませんが、各国の状況と、そして何より日本の公的年金の所得代替率がどの程度かを表しています。

このOECDによる報告書では、2016年に20歳で労働市場に参入し、各国の標準的な支給開始年齢(日本:65歳)までの期間を、平均賃金で就労し、保険料を納付し続けた場合の年金の所得代替率が試算されています。

そして、このデータは、「平均賃金、年金受給額いずれも税・社会保険料控除前」、すなわち「表面」給与と年金額を比べています。我々の一般的な感覚に近いと言ってよいでしょうし、世界的に見ると、日本のように現役世代の「手取り」と年金額を比べているのは普通ではないのでしょう。

このデータでは、日本の所得代替率は34.6%でしかありません。筆者は政府がこのような所得代替率を政治的に表に出したくないから、日本の所得代替率の定義がゆがんでいると勝手ながら考えています。

ただ、OECD各国とも、公的年金の所得代替率には大きな差はあまりありません。公的年金の所得代替率だけを見るならば日本の状況は悪くないと言えるかもしれません。しかしながら、オランダやスウェーデン・デンマークでは義務的な私的年金があり、それと合算すると所得代替率はかなり高くなります。

そして、米国、カナダでは公的年金の保険料が低いままであり、任意の私的年金がかなりのカバーをしています。

日本は高齢化が進み、年金財政が改善していくことは望み薄です。必然的に私的年金を拡充していく程度しか、現役時代と同等の生活を続けるための選択肢が無くなっていきます。政府がNISAの拡充やiDeCoのような確定拠出年金を拡充させようとしてきた背景が国際比較を見ると分かるのではないでしょうか。

資産形成は「年金は崩壊しない」を前提に

私たち日本人は、今後どのように公的年金に向かい合っていくべきなのでしょうか。

まず最初に言えるのは、巷で流れているような「公的年金は少子高齢化等で崩壊する」という言説を信じる必要はないということです。

公的年金は賦課方式、言うなれば「現役世代から高齢世代への仕送り」によって成立しています。したがって、現役世代の数が少なくなり高齢世代が多くなっていくと、現役世代の負担が重くなります。

そのために、「高齢世代への仕送りを減らしていこう」となるのですが、日本の年金には「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みが導入されています。これは簡単に言えば、「年金額の改定時に、物価や賃金の上昇率から一定の割合を差し引いて調整する」仕組みです。将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう、導入されました。

また、日本の公的年金制度はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が資産運用を担い、得た収益の一部を年金の支給に充てることが可能です。

したがって、日本国民のすべてが、年金の支給を受けられなくなるようなことは考えられません(あるとすれば、国が破綻した場合ぐらいでしょう)。公的年金を過度に心配する必要はないということです。

ただし、他国の所得代替率のデータにあったように、日本の公的年金だけで老後を過ごしていくのが厳しいことは容易に想像されます。そのため、税金や社会保険料を削減できるようなNISA、iDeCoをしっかりと活用し資産形成を図っておくことが必要となります。また人によっては、インフレへの対応策としての不動産投資も視野に入ってくるでしょう。

筆者としては、公的年金が破綻することは考えられないので、必要以上に資産を蓄えなければならないとは考えていません。

したがって、大きなリターンを求めるために、大きな運用リスクを取る必要があるとも考えていません。金融マーケットでじかに資産運用をしていると、マーケットが気になり過ぎて本業に影響が出ることもあるでしょう。無理に資産形成に取り組みすぎるのもいけないということです。

NISAやiDeCo、そして基本的にはそこまで手がかからないはずの不動産投資のようなものは長い目で見て老後の資産形成を目指すには良い手段なのだろうと筆者は考えています。皆さんはいかがでしょうか。

(旦直土)