近畿圏の鉄道ネットワークは、「関西国際空港」と「夢洲」を中心に新路線計画が立てられている。
近年の京阪神は人口が減少する一方で、関西国際空港、大阪国際空港、神戸空港に訪れる訪日外国人は急増。特に利用増が顕著な関西国際空港では、さまざまな構想が練られている。
関西国際空港は2つの人口島で構成されるが、連絡誘導路は1本しかない。これを2本にして発着回数を増やすほか、3本目の滑走路や、第4ターミナルビルの建設も予定されている。
すべての構想が実現すれば、国内外の観光客がさらに増えると予想されるため、アクセスルートの拡充が必要になるだろう。
大阪万博が開催される夢洲周辺にも新路線構想が多い。開催に間に合うものは大阪メトロ中央線のみだが、万博後に建設される統合型リゾート(IR)を想定した新路線計画がある。
京阪神の鉄道整備計画については、近畿地方交通審議会が2004年(平成16年)に「近畿圏における望ましい交通のあり方(答申第8号)」を示した。
また、2018年(平成30年)には国土交通省鉄道局が「近畿圏における空港アクセス鉄道ネットワークに関する調査結果」を公表している。
前回、東京圏における新路線計画についてまとめたが、同様に今回は、前述の資料を参考に、近畿圏で描かれているビジョンや現状を整理する。
京都市営地下鉄東西線の延伸(太秦天神川駅~長岡京)
現在は六地蔵駅~太秦天神川駅間で運行されている東西線を、南西方向へ延伸する計画。
太秦天神川駅(西側の終端駅)から西京区の洛西ニュータウンを経て、東海道本線の長岡京駅まで延ばす構想がある。
ただし、2024年8月時点で具体的な進展はない。
京都市営地下鉄烏丸線の延伸(竹田~三栖)
竹田駅(南側の終端駅)から南へ延伸し、宇治川手前の三栖まで至る計画。答申第8号では、ここから京阪電鉄に直通する検討も必要とされた。ただし、計画の着手にはいたっていない。
また、宇治川南岸の新都市構想地区まで延伸する構想もあったが、こちらは新都市構想自体が頓挫している。
北大阪急行線の延伸(千里中央~箕面萱野)
御堂筋線(大阪メトロ)と相互直通運転が行われている北大阪急行南北線を、千里中央から箕面市まで延伸する計画。
2つの駅が新設され、2024年3月に千里中央~箕面萱野駅間が開業した。
大阪国際空港広域レールアクセス(伊丹~大阪国際空港)
もともとは1989年に構想された、JR福知山線の伊丹駅(兵庫県伊丹市)と大阪国際空港ターミナルビルを結ぶ約3.7キロメートルの路線計画。1995年に発生した阪神淡路大震災の復興計画として盛りこまれた。「JR福知山線分岐線構想」と言われ、大阪駅まで直通する構想だった。
だが、1997年に既存路線の大阪モノレールが大阪空港駅まで延伸され、さらに、2006年に神戸空港が開業すると、構想初期の利用者数を見込めなくなり、事実上とん挫した形だ。
それでも2007年には、伊丹市が大阪国際空港、JR伊丹駅、阪急伊丹線の伊丹駅を結ぶ次世代型路面電車(LRT)を検討。しかし、採算が見込めないことから計画は見合わせとなっている。
京阪奈新線の延伸(学研奈良登美ヶ丘~新祝園・高の原)
大阪府東大阪市の長田駅から奈良県奈良市の学研奈良登美ヶ丘駅を結ぶ近鉄けいはんな線では、2つの新路線が構想されている。
1つは学研奈良登美ヶ丘駅から北東方面へ延伸し、近鉄京都線の新祝園(しんほうその)駅に至るルート。もう1つは、学研奈良登美ヶ丘駅から西へ延伸し、近鉄京都線の高の原駅まで延ばすルートだ。
いずれのルートも計画の具体的な進展は見られないが、自治体は積極的な動きを見せている。
新祝園駅がある京都府精華町は独自に「京阪奈新線新祝園ルート延伸事業化調査」を行い、2021年3月に報告書を公表した。
また、周辺地域で目立つ動きとして、奈良県生駒市によるリニア中央新幹線の新駅誘致がある。もし生駒市にリニア中央駅ができれば、二次交通として新祝園駅ルートの建設が加速するだろう。
特に新祝園駅ルートは、関⻄文化学術研究都市(先進的な研究施設などが集まる地域)に直結する役割も担うため、地域的な重要度が高いと考えられる。
大阪モノレール本線延伸 (門真市~瓜生堂)
大阪近郊を半円状に結ぶ大阪モノレール本線では、2029年の開業に向けてすでに延伸工事がはじまっている。
延伸計画は東端にあたる門真市駅から南下して、約8.9キロメートル先のの東大阪市瓜生堂(うりゅうどう)まで延ばす構想。瓜生堂は近鉄奈良線と交差するエリアで、近鉄側も瓜生堂駅(仮称)を新設する予定だ。
また、途中の門真南駅(仮称)では長岡鶴見緑地線(大阪メトロ)、鴻池新田駅(仮称)ではJR片町線(学研都市線)、荒本駅(仮称)では近鉄けいはんな線と乗り換え可能になる。
なお、大阪府が2012年にまとめた「交通体系見直し案」によると、大阪モノレールは2050年を目途に堺市まで延伸する方針である。
加えて、大阪空港駅から西へ延伸する案も検討されている。
なにわ筋線(大阪~難波・新今宮)
大阪駅地下ホームから南へ向かう新規地下鉄路線。将来的には、なにわ筋を経由してJR難波駅までを結ぶ構想だ。2023年に大阪駅(うめきたエリア)が開業しており、路線全体としては2031年の開業が目指されている。
大阪駅からは東海道本線の支線に、中間の中之島駅からは中之島線(京阪電気鉄道)に乗り換えられる。
西本町駅からは分岐する構想となっており、南海新難波駅(仮称)や新今宮駅(仮称)までを結ぶ。
本路線には上下分離方式が採用され、線路施設は関西高速鉄道が保有する。また、大阪駅~JR難波駅まではJR西日本として運行し、大阪駅~新今宮駅間は南海電鉄として運行される予定。
JR西日本は路線開通にあたって、関空特急「はるか」(京都・新大阪~関西国際空港)、紀伊半島方面の特急「くろしお」(京都・新大阪~新宮など)、「関空快速」「紀州路快速」をなにわ筋線経由に変更するという。
従来の大阪環状線に比べて分かりやすい経路となるため、通勤などの所要時間も短縮されるだろう。また、南海電鉄は新大阪駅発着で関空特急「ラピート」を、大阪駅発着で空港急行を運行する予定だ。
地下鉄3号線の延伸(西梅田~十三)
別名で「西梅田・十三連絡線」と呼ばれる、大阪メトロ四つ橋線の西梅田駅から延伸し、約2.9キロメートル北の十三駅(阪急電鉄)まで至る路線。
現状、阪急電鉄と四つ橋線は集電方式が異なるため、相互直通運転はできない。また、JR神戸線や宝塚線(阪急電鉄)と大阪メトロの乗り換えは、大阪梅田駅のみである。
進捗は不透明だが、もし十三で乗り換えできる路線が完成すると、神戸線や宝塚線と大阪メトロのネットワークがつながる。
中之島新線(北港テクノポート線)の延伸(コスモスクエア~新桜島)
中之島線(京阪電鉄)を延伸し、西九条駅を経由してユニバーサルシティの北側にあたる新桜島(仮称)まで至る計画。人工島の夢洲・咲洲までを結ぶ鉄道路線として、北港テクノポート線を新設する構想である。
本区間は、大阪市が出資する第三セクター「大阪港トランスポートシステム」が保有し、建設まで担当することが予定されている。
当該エリアには京阪グループがホテル京阪ユニバーサルシティを開業したため、構想の実現に前向きと思われた。しかし、2021年に同ホテルは閉館し、跡地はオリエンタルホテル ユニバーサル・シティになっている。
その影響で、京阪電鉄単独での路線開通は難しくなり、プロジェクトは停滞してしまった。
京阪電鉄は中之島線延伸検討委員会を設置し、まずは大阪メトロ九条駅までの延伸を検討。しかし、IRの開業が不透明なことから、2024月には「2030年秋までの開業を断念」と報じられている。
一方で、夢洲では2025年に大阪万博が開催予定であり、IR建設も始動している。IR開業の見通しが立てば、延伸計画は再始動するかもしれない。
なお、大阪港トランスポートシステムは、大阪メトロ中央線の大阪港~コスモスクエア間も保有している。本路線は2025年1月を目途に夢洲駅まで延伸する予定であり、引き続き大阪メトロ中央線として営業される。
地下鉄8号線延伸(今里~湯里六丁目)
当時、大阪市営地下鉄が運営していた今里筋線を今里から南へ延伸し、約6.7キロメートル離れた湯里六丁目に至る計画。2006年度着工、2016年度開業予定だったが、採算性の問題で2005年に凍結された。
2018年には大阪メトロが発足・民営化された影響で、実現はさらに遠のいている。
なお、大阪メトロは延伸の可能性を探る社会実験として、2019年から路線バス(BRT)「いまざとライナー」を運行している。
地下鉄7号線延伸(大正~鶴町)
長堀鶴見緑地線(大阪メトロ)を大正駅から南へ延伸し、大正通を経由して鶴町に至る計画。本プロジェクトも大阪市営地下鉄時代の構想であったため、現在は凍結されたままになっている。
堺市東西鉄軌道(堺東~大小路~堺~堺浜)
南海電鉄高野線の堺東駅、阪堺電気軌道の大小路(おおしょうじ)電停、南海本線の堺駅を結び、臨海工業地域の堺浜まで至る計画。道路改良費用や地域住民による反対などの影響で、2011年に事業中止が決定された。
代わりに、大阪府堺市は東西交通の課題解決を目的として、ART(Advanced Rapid Transit)路線「SMI都心ライン」の導入計画を発表した。SMIは「堺・モビリティ・イノベーション」の略である。
ARTとは、バス高速輸送システム(BRT)に自動運転バスなどの新技術を取りいれた、次世代都市交通システムである。
すでに実証実験が行われており、2030年度の開業を目指している。
各エリアの「LRT」事業
ここからは、滋賀・京都・兵庫各県のエリアにおけるLRT(Light Rail Transit)事業の状況についてまとめて解説する。
琵琶湖の南岸にあたる滋賀県大津市と草津市では、LRTの導入が検討されている。2024年3月に公開された「滋賀地域交通ビジョン」にも、LRTの検討が盛りこまれている。
一方、京都市は、かつてLRTの導入が検討されていた自治体である。
京都市では1997年に、第3回気候変動枠組条約締約国会議が開催された。その影響で、温暖化対策として京都市電復活の気運が高まり、京都市と民間団体などが検討を重ねている。
2005年に公開された「新しい公共交通システム調査報告書」によると、河原町線や東大寺線、今出川線、堀川線のほか、3つの環状路線が検討されたようだ。
実際にバスによる社会実験が行われたものの、300億円以上の事業費が障害となり、現在ではプロジェクトが停滞している。
また、神戸市のLRTは、かつて阪神淡路大震災の復興計画に盛りこまれていた。しかし、震災復旧事業のために巨額の市債発行が必要になったことから、プロジェクトを凍結した過去がある。
現在では、神戸市長の久元喜造氏が選挙公約にLRT導入を掲げており、有識者などによる検討会を定期的に開催。三宮駅や神戸市役所を経て、ポートタワー経由で神戸駅に至るルートを検討中とのことだ。
その前段階として、神戸市には連節車体の路線バス「Port Loop」が新神戸駅前から三宮駅、ウォーターフロント経由で神戸駅まで運行している。
他方、兵庫県尼崎市では、1999年に「ひょうごLRT整備基本構想研究会」が発足した。LRT導入の検討区間は、阪急塚口駅やJR尼崎駅、阪神尼崎駅、尼崎臨海西部地域を含む約10キロメートルのエリアである。
その後の進展はなく、2024年3月に公開された「尼崎市総合交通計画」にも関連する記載はない。
「近畿圏における空港アクセス鉄道ネットワークに関する調査結果」について
答申8号に記載されている内容のうち、大阪国際空港と関西国際空港に関連する路線については、国土交通省による需要推計などが行われた。
ここからは、その公表用資料にあたる「近畿圏における空港アクセス鉄道ネットワークに関する調査結果」を参考にしながら、各路線のビジョンや現状を整理する。
なにわ筋連絡線 (十三~なにわ筋線)
阪急電鉄は十三駅と大阪駅地下ホームを結び、なにわ筋線まで直通する連絡線の計画を立てている。阪急神戸線、宝塚線、京都線との直通運転は考慮せず、十三での乗り換えとする構想だ。
連絡線の新設にあたっては、阪急電鉄がJRと南海電鉄の軌間(1067ミリメートル)に合わせることが予定されている。中でも南海電鉄は前向きであり、車両の検査修繕まで担当するという。
新大阪連絡線(新大阪~十三)
新大阪駅と十三駅を結ぶ新大阪連絡線は、なにわ筋線をきっかけに再始動の兆しを見せるプロジェクトだ。
構想は古くからあり、阪急電鉄は新大阪駅の上に駅設置予定部分を作っていた。また、阪急電鉄による高架建設を想定し、山陽新幹線の高架橋は一部が斜めに配置されている。
しかし、連絡線の新駅はなかなか建設されず、一部の土地は新幹線のホーム拡張に使われる。また、阪急グループが新大阪阪急ビルを建設したことで、本プロジェクトは消滅したかと思われた。
ところが、なにわ筋線の建設が具体化すると、阪急電鉄は新大阪連絡線となにわ筋連絡線を一体整備し、なにわ筋線に直通させる意向を表明。
2017年には関係する鉄道会社と自治体が、なにわ筋線の早期事業化を目指すことで一致し、2020年に協議が開始された。現時点で着工の報道はないが、新大阪連絡線は2031年の開業を予定しているという。
建設費はなにわ筋連絡線が約870億円、新大阪連絡線が約590億円。2つの路線を同時に建設した場合の建設費は約1310億円であり、かける費用に対してどれほど効率よく効果を発生させられるかの指標となる「費用便益比」は1.7~1.9となっている。一般的には、数値が1を超えれば、事業効果はあるとされている。
大阪空港線(曽根~大阪国際空港)
宝塚線(阪急電鉄)の曽根駅から分岐して、大阪国際空港ターミナルビルに至る路線。実現すれば大阪中心部に直結する鉄道アクセスとなり、バスからの転換も期待されている。
2022年5月に公表された「阪急阪神ホールディングスグループ長期ビジョン ―2040年に向けて―」には、検討・協議中と記載されている。
ただし、本資料には「なにわ筋連絡線・新大阪連絡線計画を着実に推進する」との記載もあるため、本格的な着工は2031年以降になるかもしれない。
西梅田・十三連絡線(西梅田~十三)
「近畿圏における望ましい交通のあり方(答申第8号)」では、地下鉄3号線延伸という項目で挙げられたプロジェクトだ。複数の鉄道ネットワークをつなげる路線となるが、なにわ筋連絡線から見ると競合路線になる。
資料によると、採算性は西梅田・十三連絡線、費用便益比はなにわ筋連絡線が上回る。なにわ筋連絡線の利用者が1人あたり1000人減少するという試算もあるため、着工前に再検討されるものと思われる。
◇
上記のほかにも、JR西日本の桜島線を夢洲・咲洲まで延伸する構想などがある。また、近畿日本鉄道は近鉄けいはんな線の集電方式(線路横の集電用レール)にも対応し、新しい鉄道ネットワークを構築するという。
近鉄けいはんな線は中央線(大阪メトロ)に乗り入れているため、この集電方式が実現する意味合いは大きい。奈良・京都のほか、伊勢や名古屋方面から夢洲まで直通する列車も運行可能となる。
新規建設路線ではないが、このような取り組みにも注目していきたい。
(杉山淳一)
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