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はじめまして、山本一郎と申します。ネット界を代表する平和主義者として著名な個人投資家でございまして、大家としてはなんだかんだ15年。賃貸集合住宅への投資では、一時期ボロアパートを中心に14棟も手持ちしていた時期がありました。

いま思えば、何でこんな貧乏くじを引いてしまったのかと悩みつつ、コロナ禍では管理会社や家賃保証会社が次々と飛ぶので自己管理していて死にそうになったのもいい思い出です。

半分ちょっとは何とか売り、地方都市の物件はだいぶ整理がついたんですが、なんだかんだ今でも大家稼業をしています。

利回りはまあまあ出ていますが、仕事の面倒くささや報われなさという精神的代償を考えるとむしろマイナスな感じでしょうか。「世の中、こういうどうしようもない人でも生きているんだ」という社会勉強にはなります。自戒も込めて。

夏に増える入居者からの「素敵な電話」

近年はかぼちゃの馬車に乗って都内を漫遊することも苦ではなくなってきました。みんな、どうしてあのスキームが上手くいくと思ってしまったのでしょう。

虎の子の退職金を元手に張り切って購入したアパートが空き家だらけで涙ながらに購入や補修費用総額の10分の1ぐらいの評価額で譲渡してくださるたび、同情の涙を禁じ得ません。

そういう私のようなボロアパートなどゴミ物件をまとめて保有している人間からしますと、超暑い夏とか、実に厄介な季節がやってきたなって思いますね。なんといっても、住民の皆さんから頂戴するクレームに対する修繕費が馬鹿にならないんですよ。

暑くなったから当たり前なんですが、みんな一斉にクーラーとか使うじゃないですか。クーラー。

そしたら、普段クーラーの掃除なんか絶対にしない住民の皆さま方は、数カ月ぶりに稼働させたクーラーに「ゴミとかカビとか詰まって動かねえ」とか、実は随分前から室外機を盗まれているのに気づかずスイッチ入れて「冷たい風出て来ねえぞ」とかって素敵な電話をくださるんですよ。イライラしますよね。

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最近は少し減りましたが、ご契約させていただく賃貸管理会社がいつの間にか夜逃げしてて連絡つかないってのがあり、こっちも面倒くさいし時間もないので地元のそれっぽい業者に片っ端から電話かけてみるけど、日本語をしゃべってるのに日本語が通じない管理会社とか平然とあるんですよ。仕事になってるんでしょうかねえ…あなたがた、どうやって生きてるの。

なにぶんボロアパートなので、ご入居いただける方の3分の1がどこにも行く当てのない高齢者の皆さま、3分の1強が生活保護ファミリーでいらっしゃいます。

たまに、精神疾患で豪華なお手帳をお持ちの生活保護ブラザーズの方とか選ばれし猛者(もさ)もおられて、こちらの精神力が鍛えられます。クソ忙しいときに電話してきて「お昼、何食べました?」など言ってくるんです。お前なあ、俺はおまえの友だちじゃねえんだよ。

所有物件での孤独死にも慣れ

先日も、真昼間に2階住民の足音がずっとうるさいと管理会社にクレームを入れてきた住民がいて、昼間から足音とか何でそんな気になるんだと思っていたら管理会社が「訪問確認に同席して欲しい」とかとぼけたことを言うんです。

仕方なく訪問したら、無関係の隣のお部屋に入居者のお爺さんのご遺体が見つかったという事案が発生しました。廊下に立った瞬間、あの特有のアレの匂いを感じるんですよね。アレの。

おいおいおいおいおいおい。これはもう夜まで時間取られるパターンのやつですね。せっかく今夜は家族でトンカツでも食べに行こうと思っていたのに。

幸い死後そう経っておらず、特殊清掃にはならなかったものの警察の皆さんのアレに立ち合いをして、親族がいないことを確認してから死亡届を市役所に出しに行って、市役所に戸籍洗ってもらって連絡のつく親族がいるか確認して、仲介業者に連絡してって段取りをやるわけですね。こちらには、原則として1円の利益にもならない作業の連続です。

フローリングのシミになって超絶異臭で大変なことになったり、日常生活ではあまりご一緒しない虫の皆さんとご対面したりってのは、最初もう夢に見るぐらいトラウマになったりもしたんですけど、慣れました。

まあこういっちゃ生への冒涜かもしれませんが、慣れるものなんですよ。しょうがねえな、と。人間、何事も経験しておくものです。削れるSAN値(正気)もなくなると、何とも思わなくなるんですよね。

最近だと、滞納ではない(生活保護の場合は家賃は市役所が払ってくれるので)電力会社からの連絡で気づいて訪問し、玄関ドアの前に立つだけで「あっ」と察するぐらいのスキルが身につきました。これはアレの匂いですなあ…。しかし、近隣住民の人は気づかず生活しているものなんでしょうか。

同行する管理会社の若い女の子が、責任感からか、うっかり一緒に部屋に入ると高確率で廊下で嘔吐するところまで予想がつくようになるんですよ。一応、やめておいたほうがいいよ、おじさんに任せてもらえないですかって訊くんですけどね。

そして、匂いを嗅いだ瞬間から、特殊清掃さんに入ってもらってリフォーム入れて賃貸に出し直せるまでの予算と期間が秒で計算できるようになります。割とそんなもんです。

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度胸で物件を貸す、そこに少しの情

高齢者であれ生活保護であれ外国人であれ、あまり借りられない人たちに、実質的に家賃保証会社や自治体・市役所、支援団体などの命綱無しに物件を貸す、ってのは一口で言えばクソ度胸です。連帯保証や緊急連絡先が空欄でも、ふーんという平静さで対応します。

なんで管理会社と契約しているのに自己管理物件みたいに扱うのって言われれば、管理会社もいざというときは自分の物件じゃないし、あてがわれる社員さんたちもそこまで高い給料をもらえる人たちでもないので、割とちょくちょく起きるトラブルに対応しきれないからに尽きます。「大家さん、時間あったらちょっとお願いします」ってやつです。ああ、またか。

まあ、いろんなことが起きるわけですよ。

それでいて、身寄りのない高齢者の人たちをひとたびお部屋に入れてしまうと、いずれ面倒ごとが起きることは確実です。

市議や区議の皆さんなど割とまともな窓口役になる人と一緒に対処しない限り、ほとんどのケースが死亡と共に退去か、徘徊やうんこ垂れ流しで迷惑になったので施設・長期療養型病院に送り込まれて二度と会わないかの2択になります。こうなると、普通の判断や意思疎通がむつかしいということで、ベルトコンベアーのように処理されていきます。

残念ながら、入居の際はシャッキリしていたのに、数年で老いとともに転がり落ちるように認知に問題が出るなんてことはザラです。

でもなんつーの、長年そういうお年寄りの人たちの話もしていると、私の実父もこの前高齢で死んで、実母も義理の両親も介護で世話しているもんだから、情が湧くんですよね。

おいお婆さん、てめえなんで集合住宅の玄関のところで新聞紙広げてスイカ喰ってんだと見た瞬間はブチ切れるんですけど、話してると「大家さんも1切れ食べてお行き」とか言われて「んじゃご相伴に預かります」なんてなるじゃないですか。

でもこのお婆さんもいまはよたよた歩いてスイカ喰って他の住民や私に迷惑かけてるけど、大事にしていた伴侶に先立たれて、独立した子どもたちも結婚して孫もできたのにあまりお婆さんに会わせることなく遠くに住んで、1人で暮らしてるんだな。そして、10年も経たずに親族の誰にも看取られることなくひっそり死んでいくんだよね。

なので、お婆さんスイカ切るときはちゃんと手を洗えよな、とか孫みたいなことを言います。うっかり食中毒にでもなって、身体壊すといけないからね。

大家は仕方なくやっているだけ

この前も、どこぞの紹介で50代のおっさんが流れてきました。長らく引きこもりで職歴もないところ、頼りにしていた両親が相次いで死んでしまって家を叩き出され、流れ流れてやってきたとかいう話で、とはいえ精神科に行くほど悪くもないから生活保護受けながら1人で暮らすことになったとか。

なるほどですね。こっちはこっちでまあまあ忙しく人生送ってるのに、うっかりそういう身の上の話を聞いてしまうと「最低限、何とかしてやろうか」ってなるわけですよ。

この辺、いろいろな考えの人もいるんだろうけど、私なんかは「うっかり、1歩間違えたら私もそういう人生を送っている可能性がある」と思っちゃうほうです。

思わぬ病気や怪我をしたり、いけると思ったら騙されたり、なんかちょっとした躓(つまず)きで人生が台無しになっていしまう、ほんの数日前までまともな奴を何人も見てきた。

私はお陰様で結婚して子どもが4人できて相応に頑張って働いて資産もあって幸せには暮らしているけれど、そうじゃない彼らとの間に、じゃあそれほどの大きな差ってあったのかと言われると、まあまっっったく自信はない。遺伝子的にも99.9999%一緒だろうし。

かといって、お前は苦労をしているんだから、私が全額払ってやるからついてこい、なんていう劉備みたいなことも考えない。なるだけ損はしたくない。お前はお前、私は私。困っているのなら、相応に人生を立て直せるかもしれないというところぐらいまでは手伝ってあげられるかもしれないけど、所詮はただの大家だし、ビジネスですからね。

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地元の政治家の人たちと話していて、結構皆さん簡単に「地域で困っている人たち同士支え合う」みたいなことをおっしゃる。寝言だと思うんですよね。そもそも、その「地域」って誰のことなんだよ。

また、いろいろな地域で大家やってると、ほぼ毎月のように困ってる地元の管理会社や家賃保証会社などから「援けてくれ」「出資してくれ」「買い取ってくれ」「経営してくれ」と相談される。知らんがな。

でも、冒頭のようにほぼたたき売りのような価格で、物件が売りに出される。本来、この物件はこの人の老後の蓄えだった虎の子の資金を吐き出して立てたアパートだったんだろうけどさ。

他で仕事もしているし、物件の所有、管理運営は、所詮は副業であって、やりたい仕事じゃないんですよね。むしろ、山本家も個人で持ってる物件は親父の死亡やお袋の高齢介護で管理しきれなくなり、物置みたいになっとる。

自分の家のことさえ(面倒くさくて)満足に処理できてないのに、なんで縁もゆかりもない「地域」の人たちを救える立場に私がいると思われてしまうのでしょう。

とか何とか書いている間に、いまさっき物件のある町内会が8月の夏祭り運営できないので人とカネを出せないかと連絡をしてきました。いったい何を言っているんですかね…。これを書いているのは7月半ば、8月なんてすぐじゃないですか。お前ら段取りとか準備とか計画性とかまったくない人たちなの。

このように、自分や自社の利益のために保有物件を管理し運営することが大家さんだとするならば、面倒くさいことが実際には9割9分9厘9毛です。せっかく所有していて、まだ抵当も入って借入も残っているから、仕方なくやっている。夢とか希望とか特にないんです。何なら会社ごと全部物件売り払って、よく分からない「地域」とやらのご縁も忘れて家族で毎日美味いものを食べに行きたい。

でも、今日も直射日光でクソ暑い中、仕事の合間を縫って工事と遺品処理の見積もりに立ち会って、その帰りの足で身寄りのない借主さんの死亡届を出してきましたよ。

ほんと、夏とかほんとやってられません。

(山本一郎)