私は元・家賃保証会社の管理(回収)担当者。十数年間働いて今年、辞めた。もっとも、現在まったく無関係な仕事なのかと言えば、そうでもないのだけど。
今回は延滞客への督促とは異なる部分──家賃保証会社の管理(回収)担当者を取り巻く人々の話を書いてみたい。特別なことではない。あくまで日常。数年前のある日の話だ。
世の中は人手不足。家賃保証会社も当然に、そうだ。もしかしたら読者の中に、家賃保証会社の管理(回収)担当者の求人に応募しようしている人がいるかもしれない。私が督促以外の部分を書くことで、そういう人の判断材料の1つになったら嬉しい。
そんなの誰が読むのだ? 該当者など1人くらいしかいないのではないか? と思われるかもしれない。私もそう思う。しかし楽待新聞から与えられた私の連載テーマは「大家が知らない、家賃保証会社のウラ話」。元より「誰が読むんだそんなもの」なのだ──。
延滞客よりイヤな存在、それは…
家賃保証会社の管理(回収)担当の仕事のうち、延滞客の対応が最も大変そうだと思う人も多いだろう。しかし私は、延滞客との交渉にあまりストレスを感じなかった。
1番苦手だったのは、不動産会社の一部の社員への対応だ。
面倒な延滞客なら、あえて放置するという方針も取れる。明渡訴訟をすることで「解決」できるからだ。しかし、不動産会社の(あくまで一部の)社員が面倒だからといって関係を断つことなどできない。
例えば、訪問対象の建物入口がオートロックの場合、通過するために不動産会社からカギを借りるか、暗証番号があるのならそれを教えてもらう。
部屋の前まで行かねばドアの開閉があるのかもわからないし、ライフラインの状況も確認できない。カギの貸出への協力義務は、契約書にも記載されている。
ある大手不動産会社の店長から3度目にカギを借りる際に言われた。本当に面倒くさそうな口調で「何回貸せばいいんですか?」と。回数の上限など、あるわけがない。その部屋へ訪問の必要がなくなるまでだ。
不動産会社にとって、家賃保証会社はいくらでも代わりのいる「下請け」だ。だから不動産会社の一部の社員からぞんざいに扱われるのは慣れてはいる。しかし当然、嬉しいものではない。
それに、その部屋で延滞が発生しそうだということは、入居の際からわかってただろう? あんたが入居させたんだから……なんて思っても「じゃあもうカギは貸さなくて結構です。ここには二度と来ません」とは言えない。自分の首を締めるだけになってしまう。
私は単なる会社員。数字を求められている。管理(回収)担当者としてのノルマを達成せねばならない。数字が悪ければ社内で迫害を受ける。不動産会社の社員が嫌なやつでも、じゃあサヨナラとはできないのだ。
夜逃げの現場、大手不動産会社社員が放った「一言」
不動産会社と意見が一致しないことは、それなりにある。それでも何とかする、というのも管理(回収)担当者の仕事の一部だ。
状況。契約者は30代の男性。連絡は3カ月取れていない。単身世帯。鉄骨造のアパートの2階で間取りは1DK。延滞は4カ月目。1カ月以上ドアの開閉は無く、電気・ガスは停止。水道メーターの変動もない。
警察を呼んで室内確認を実施した。衣類や靴、TVは無い。洗濯機や細々とした物は残されていて、大量のゴミが床を覆っている。施錠はされておらず、ドアポストの中に鍵が入っていた。
入居者がどれだけ延滞していても、部屋の占有を続けているのなら明渡は完了しない。延滞客が出かけたスキに部屋に入って家財道具を外に放り出して追い出すなんて「普通は」しない。
男性の部屋は、モノはあると言えばあるが、明らかに誰も生活していない。TVもなくなっている。いわゆる「夜逃げ」と判断して、ひとまずアパートから出た。
その部屋のベランダを見上げていた私は、背後の若い男性に顔を向ける。若いといっても30歳前後か。共に室内を確認した大手不動産会社の社員で、この物件の担当者。物件管理の部署へ配属されたばかりと言っていた。会社への報告は終わったようだ。
私の視線に気付くのを待って口を開いた。
「まぁ、残置物を撤去して、それで明渡は完了ですね」
「いや、これで撤去って、裁判しないんですか?」
私の言葉が終わるのを待たず、吐き捨てるように彼は言った。
私は少し考えるポーズをとる。こんなものを明渡訴訟するなど、会社が許可するわけもない。
その裁判費用は誰が出すのか? 家賃保証会社だろう。裁判したいならアンタの会社が勝手にやれ──言葉を噛み殺す。断行(いわゆる強制執行)までに発生した家賃は保証しない、それでもいいなら勝手にやれよ──殺した言葉を呑みこむ。相手の機嫌を損ねない声音を意識して、口を開く。
「ドアが開いてて、鍵も置いてってるんですよ。TVもないし。部屋の出入りは1カ月以上も無い。明渡したと見做すべきでは?」
「鍵が置いてあるだけって、それだけで? いや、そんなことって」──彼は、バカにしたような笑いを私に向けた。
市役所にでも転職しろ
延滞客が夜逃げした部屋の残置物を撤去し明渡完了。いつもの仕事。
この大手不動産会社の管理する物件でも同様の処理をこれまでたくさん、行っている。それこそ私が入社するずっと前から。昨日今日始まった取引先ではない。
とはいえ「残置物を撤去し明渡完了」がどこまでいってもグレーなのも確かである。「泥棒とどこが違うのか?」と問われれば、契約書に残置物を撤去しておくという項目が一応あるくらい。
しかし、この状況では撤去以外を私は選択できない。数度、彼と問答した後に私は彼の上司に電話をかけた。こういう状況で「撤去」なのはいつものパターンだ。返答は「ああ、撤去ですね。任せます」だけ。その結果を彼に告げる。
「じゃあ(撤去を)進めてください。でもワタシではなく『上司』と進めてください」
何なんだ? 「もしも問題になった時に自分の責任にされたくない」ということか? そんなことになるわけがないだろ。胸中で歎息する。
問答した時間の無駄だった。アンタ、市役所にでも転職しろよ。少なくとも柔軟な対応力が要求される(と思われる)不動産会社には向いてねえよ──と、こんな風に書いてはいるが、これはあくまで家賃保証会社の管理(回収)担当者としての私のスタンス。
ここに書く気はないが、仕事を離れた私の意見は別にある。
「夜逃げした部屋の残置物を撤去し明渡完了」。繰り返すが「いつもの仕事」。私は、これが「正しい」とは思っていない。思ったこともない。けれど私は会社員。数字もあるし、与えられた仕事をこなさねばならない。
ちなみに、部屋に文字通りシャツが1枚残されていただけなのに不動産会社から「明渡とは認めない。訴訟してくれ」と要求された同僚もいる。さすがに「バカなこと言うな」と思った。
まあ、その同僚は不動産会社の担当社員から嫌われていたから、嫌がらせを受けただけかもしれないが。
怒られすぎている、同僚Aの話
私が会社に戻ると、それまで聞こえていた怒声が止んだ。視線の先で男が立ち上がった。場所からして「課長」の席だ。彼に激怒されていた同僚Aが、こちらに歩いてくる。
暴風に翻弄されたように髪は乱れ、出っ張った腹に巻かれたベルトのバックルは斜め下を向いている。スラックスからシャツの右半分が出ており、口は半開きである。
私より年長で先輩でもあるAは、いつも課長に激怒されている。数字が悪いから。また何時間も怒られていたのだろう。
ちなみに一旦怒られ始めると、どう返答しても火力は増す。
「こうします」と妥当な回答をしても「じゃあ何でまだやってねえんだ!」と怒鳴られる。答えに窮すれば「解決するのが仕事だろうが!」と罵倒される。不適当な返答ならば「それで解決するわけねえだろう!」となじられる。
Aを見れば誰でも「怒られ過ぎると髪や息が乱れるのか」と驚くはずだ。氣とか怒気といった不可視の力に圧迫されたような有様なのだ。
実際には、叱責されている最中に頭を掻くから髪は乱れるのだし、3時間も4時間も怒られ続ければそりゃ誰だっても疲れるだけなのだが。
半開きの口から「へぇへぇ」といった音の息を吐く彼とすれ違う。「大丈夫ですか?」と小さく声をかけた。答えはやはり「へぇ」だ。
進む方向からしてトイレに行くのだろう。人生の敗北者のようなヨロヨロとした足取りでドアの向こうに消えた。
管理(回収)担当者の仕事は、究極的には延滞客次第である。こちらが「家賃を払って欲しい」と考えたところで「何が何でも払いません」と開き直られれば──少なくとも短期的には──どうしようもない。
審査を通したのは別部署で、払わない&退去しないのは延滞客次第。しかし、回収数字が良いも悪いも全て管理(回収)担当者の力量と断じられてしまう。理解不能なロジックだが、どうやらそういう仕事らしい。
数字の良い男、同僚Bに寄せられた「苦情」
自分の席に座ってパソコンを起動させる。
隣の同僚Bが戻ってきた。タバコを吸いに行っていたのだなと臭いでわかる。缶コーヒーのタブが開いた音が聞こえた。
「Aちゃん、ずーっと怒られてるよー」
視線をBに向ける。再び、「指導」という名の罵倒を受けに戻ってきたAを眺めていた。
おじさんに怒られるおじさんをおじさんが見ている。おじさんの三重奏。毎日たくさんの会社で構築されているジオラマ。そしてその様子を私というおじさんがこうして書いている。
「大変ですよねぇ」
Bは、私より10歳近く年長だ。社歴も長い。数字に関しては常にトップクラスにいる。
何でそんなに数字が良いのか、以前尋ねたことがある。「(滞納した家賃を)払わねばならない、(部屋を)出て行かねばならないストーリーを作る」と言っていた。わかるような、わからないような。
以前、Bに対する苦情の電話を受けた。電話は延滞客の男性「K」からだった。交渉記録を見ると、それまでコンタクトは取れていない。
Bは、オートロックのマンション前で、建物に入ろうとする全ての住人に対して「Kさんですか?」と声をかけた。どう考えてもKではなさそうな人に対してまでも。「恥ずかしいからやめてくれ」──そういう苦情だった。
しかしコンタクトは取れた。支払いもあったし、その後は連絡が取れるようになっている。「ようやるわ」と私は呆れた。
私が「ソナーマン」と呼ぶ同僚Cの話
「おつかれ。戻ったんだね」
斜め前の席に座っていた先輩社員が声をかけてきた。私が心の中で「ソナーマン」と呼んでいる男だ。
私は小さく頭を下げて、微笑を加えた。
「はい。でもまた外出しないといけないんですが」
「ドアをノックすると室内の物量がわかる」──以前に彼はそう、教えてくれた。恐ろしいことに真顔で。
夜逃げした部屋限定だそうだが、そんなの、真に受けるわけがない。わかるはずがないからだ。人間にそんな機能は備わっていない。しかし、それなりの率で彼は「当てる」。
本当にノックの反響で物量がわかるはずがない。経験と勘と延滞客の人物像からの推測だろう。そのはずだ。
仮に本当にそんなものがわかるなら、彼はどこかの研究施設で頭に電極を埋め込まれてその身を人類に捧げるべきだ。家賃保証会社の管理(回収)担当者をしているより間違いなく、文明の発展に貢献できる。
どこの職場でもそうだろうが、家賃保証会社にもいろんな人がいるのだ。
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