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埼玉県にあるJR川口駅に「上野東京ライン」が停車するようになることをご存じだろうか?

上野東京ラインは、東京都の上野駅と東京駅間を経由し、東北本線(宇都宮線)や高崎線、常磐線、東海道本線(東海道線)と相互直通運転する列車。首都圏近郊から都心へのアクセスにとても便利な路線だ。

川口市は「川口駅再整備基本計画(案)」で、川口駅に上野東京ラインのプラットホームを増設し、線路を移設する計画を公表している。

現在は京浜東北線のみが停車し、上野東京ラインは川口駅を通過する。遠くない将来に川口駅の利便性が格段に向上するということで、今年2月に計画が発表された時は大きな反響を呼んだ。上野東京ラインの停車により、川口駅や周辺地域の評価は高まっていくだろう。

なぜ川口駅に上野東京ラインが止まることに決まったのか? 今後、東京通勤圏の他の駅にも同様の動きが出てくるのだろうか? これまでの経緯や、「中距離電車」の特徴から紐解いていく。

少ないホームに乗客があふれる川口駅

川口駅には京浜東北線、上野東京ライン(東北本線)、湘南新宿ライン(東北本線貨物支線)の線路が走っている。それぞれが複線であることから、合計で6本の線路がある。

このうち、川口駅に停まるのは京浜東北線だけだ。

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川口駅の2023年度の乗車人員は1日あたり平均7万4001人で、埼玉県内では第3位。第1位は大宮駅の24万4393人、第2位は浦和駅の8万8213人となっている。

大宮駅には東北方面へ向かう新幹線も停まり、私鉄路線も集まる。乗り入れ路線数は東京駅に次いで第2位であり、埼玉県内でも別格だ。浦和駅も京浜東北線のほかに湘南新宿ラインと上野東京ラインが停車する。

川口駅の乗客数は浦和駅より約1万4000人少ないものの、全ての乗客が京浜東北線に集中する。特に通勤時間帯の混雑が深刻な問題となっていた。

ちなみに、コロナ禍前の2018年度の平均乗車人員は8万4531人だった。川口駅周辺は住みやすい街として人気が高いため、今後利用客数はコロナ禍前の水準まで回復する可能性もある。そう考えると、京浜東北線のプラットホームは再び大混雑となり、将来は乗客が乗降するための面積が足りなくなる。

実は川口市は、15年以上前から川口駅に中距離電車の停車を求めていた。中距離電車とは、都心と周辺都市の比較的長い距離を結ぶ列車を指し、上野東京ラインや湘南新宿ラインなどが該当する。市は2008年度にJR東日本、国土交通大臣、埼玉県知事に要望を提出していた。

2021年度には学識経験者、商工関係者、JR東日本など交通事業者を交えた「川口駅周辺まちづくりビジョン策定検討会」を発足し、2022年11月に川口市とJR東日本で「東北本線川口駅ホーム増設等に係る駅改良の調査の実施に関する協定」を締結した。

川口市とJR東日本は具体的な駅の工事計画案を2つに絞っており、概算事業費は389億~431億円とされている。市は今後、市民や通勤通学者から集めた意見や関係事業者との連携を踏まえ、JR東日本と基本協定を締結する予定だ。

もし2025年に協定が締結された場合、2037年に上野東京ラインのプラットホームが利用できるようになるという。周辺事業を含めた計画全体の完成は2040年を見込んでいる。

新たに上野東京ライン用のホーム設置へ

川口駅を通る線路はほぼ南北方向に配置されている。東側を走るのが京浜東北線、中央に上野東京ライン、西側に湘南新宿ラインと並んでいる。

川口駅(筆者作成:2019年の地理院地図航空写真を加工)

線路の西側にはビルが建っており、1階には中華料理チェーンの「日高屋」が入っている。2階は線路をまたぐ東西自由通路につながる形だ。

京浜東北線がある駅東口側には、駅舎に隣接して大型の駅ビルが建っている。駅前広場の上にはペデストリアンデッキが設置され、周辺の商業施設と駅との間を結んでいる。

西口側にも同様のデッキが設置されており、商業施設が入る再開発ビル「川口総合文化センター・リリア」につながっている。東口側と西口側のデッキは、駅舎の東西自由通路で結ばれるほか、北側も線路をまたぐ橋とつながっている。

川口市の改良計画によると、湘南新宿ラインと上野東京ラインの下り線の線路を移設して、上野東京ラインの複線の間に新たなプラットホームを設置するという。これに伴って西口ビルは撤去される。

駅舎は現在、東口の複合ビル隣接地にあるが、これを東西自由通路を挟んだ北側に移設する。また、ペデストリアンデッキにつながる出入口を設ける予定だ。

現在進められている2案のうち、1つは駅舎内自由通路を復元し、北側にある既存デッキを現状のまま維持する案で、概算事業費は431億円。

もう1つの案は東西自由通路を復元せず、駅の出入り口を北側の既存デッキに接続し、既存デッキを拡幅するというものだ。拡幅に当たり、デッキに屋根を設置する場合の概算事業費は420億円、屋根を設置しない場合は389億円となる。現時点ではこちらの案が推奨されているという。

湘南新宿ラインではなく上野東京ラインが選ばれたワケ

先述の通り、川口駅は西側から湘南新宿ライン、上野東京ラインの順に並んでいる。

気づいている方もいるだろうが、プラットホームを1本増設するなら、湘南新宿ライン側にすれば、線路の移設は湘南新宿ラインの下り線1本だけで済む。上野東京ラインにプラットホームを置くとなると、線路3本を移設する必要がある。湘南新宿ラインのほうが工費も工期も節約できるはずだ。

川口市の本音は、湘南新宿ラインと上野東京ラインの両方にプラットホームを設置してもらいたい。しかし、プラットホーム2本分の用地を膨らませようとすれば、駅周辺の大型商業施設や既存の道路に当たってしまう。拡幅できる幅はプラットホーム1本分のみだ。

それにしても、どうしてわざわざ線路3本を移動させてまで上野東京ライン側にプラットホームを設置することにしたのだろうか。

川口市は、湘南新宿ラインと上野東京ラインの比較検討結果も公表している。上野東京ライン最大の利点は、運行本数だ。湘南新宿ラインはもともと貨物線であり、都心部で埼京線と線路を共用しているため、中距離電車の運行本数が少ない。これに対し、上野東京ラインは基本的に東北本線と東海道本線の相互直通運転のため運行本数が多い。

混雑率を見ても、湘南新宿ラインの上り列車は手前の浦和駅で満員という状況であり、川口駅に停車したとしても乗車しにくい。上野東京ラインは運行本数が多く、乗車機会が多い点が考慮された。

将来性も見込まれた。上野東京ラインは2031年度、「羽田空港アクセス線(仮称)」が分岐、直通する予定となっており、川口駅から羽田空港アクセスへのダイレクトアクセスが可能となる。

また、品川駅周辺はリニア中央新幹線が接続するほか、高層ビルが複数建設される街「TAKANAWA GATEWAY CITY」が誕生するため、川口市がベッドタウンとなる選択肢もありうる。

建設中の「TAKANAWA GATEWAY CITY」(PHOTO:yama1221 / PIXTA)

東京駅付近からは「都心部・臨海地域地下鉄構想」もあって、東京臨海部の発展の恩恵を受けられる。

これに対して湘南新宿ラインは、今のところ新宿方面へ乗り換えなしで行けるという利点しかない。費用がかかり、工期が延びたとしても、川口市は上野東京ラインの停車を希望しているようだ。

中距離電車の区間はなぜ駅間が広い?

JRの中距離電車・列車が走る区間では、各駅停車でも駅間が長い。

これには歴史的な背景がある。蒸気機関車は加速が遅く、頻繁に停車すると運行時間が長くなり、性能を十分に発揮できない。そのために駅間の距離を長くする必要があった。

しかし、現代の電車は発進や停車の手順が単純で、加減速性能に優れおり、頻繁に停車しても運行に支障が少ない。そこで国鉄の方針により、だんだんと電車線の停車駅が増えていったのだ。

川口駅も1968年までは長距離列車が停車し、プラットホームを京浜東北線と共用していた。しかし、1968年10月に赤羽~大宮間が現在の3複線となって、川口駅は京浜東北線専用の駅となった。

電車線の開通と共に中距離列車が通過するようになった駅は他にもある。京浜東北線では与野駅、蕨駅、日暮里駅、秋葉原駅などがある。東京駅より南側では大井町駅、大森駅、蒲田駅なども同様だ。特に大森駅と鶴見駅は日本の鉄道開業時代に設置された歴史ある駅だ。

現在の東海道本線は、中距離列車のプラットホームを撤去した結果、品川の次が川崎、その次が横浜駅のように駅間の距離が長くなった。

京浜東北線の停車駅がある自治体では、東北本線や東海道本線の停車を求める声がたびたび上がっている。もう蒸気機関車は走っていないし、電車の加減速性能も高い。多少は駅間距離を縮めても良いではないか。

例えば前出の鶴見駅では、2014年に市民団体が「鶴見駅中距離電車停車等推進期成会」を設立し、中距離電車の停車を求める活動が続けられている。

中距離電車の停車駅を簡単に増やせない理由

こうした願いが叶えられない理由は主に2つある。

1つは「用地」の問題だ。東京通勤圏の駅周辺は宅地や商業地としても発展しており、地価は高く、立ち退きに時間がかかる。

2つ目は「JR側の速達性維持の方針」だ。中距離電車の利点は早く目的地に到着できることだ。停車駅を増やせば、その分所要時間が増え、速達性が失われてしまう。

例えば、高輪ゲートウェイ駅の新設にあたっては、広大な土地を捻出し、山手線や京浜東北線の線路を移転する大工事が行われた。

しかし、東海道本線の駅は作られなかった。品川駅に近すぎること、東海道本線の線路の間に列車を待機させるための留置線があり、上下線の乗り場が離れてしまうこと、鉄道用地を削って商業地として開発する方が利益を見込めることが理由だ。

川口駅に上野東京ラインのプラットホームを増設できる理由は、西口の用地問題を解決しやすいからだ。

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かつて川口駅の西側は、約4.8ヘクタールもの広大な敷地に「国立公害資源研究所」があった。これがつくば研究学園都市へ移転したため、川口市は跡地の再開発事業を実施。広大な公園や緑地を設置した。

これによって、「鋳物工場の川口」から「住みやすい川口」へのイメージアップを図ったのだが、この施策によって西口に川口市の管理地が維持され、線路用地に転用しやすかった。

JR側は速達性維持の方針を譲歩した形になる。京浜東北線の川口~赤羽間は最混雑区間に挙げられる。コロナ禍前の2019年度の混雑率は173%を記録しており、国が要改善とする水準180%に近い数字だった。

2023年度はコロナ禍による利用者減を回復しきらず150%をつけたが、今後また180%に近づくことが考えられる。川口駅に関して言えば、JRは混雑緩和を優先すべきであり、速達性の低下を心配している場合ではない。中長距離の速達性は東北新幹線が担っている。

このように、川口駅の中距離電車プラットホーム増設は、複数の好条件が重なった結果と言える。同じ条件の駅は他になさそうだ。

(杉山淳一)