神奈川県を走る「JR鶴見線」をご存じだろうか。横浜市鶴見区の鶴見駅と、川崎市の扇町駅を結び、そのほかにもいくつか支線がある鉄道路線だ。

この鶴見線、横浜と川崎という、一見都会に思われる場所を走る路線にもかかわらず、ほとんどが無人駅で、さらに、レトロで独特な雰囲気を持つ駅も多い。

今回、そんな鶴見線に乗った。

横浜駅からJR京浜東北線に乗り、鶴見駅でJR鶴見線に乗り換えて一駅、国道駅で降りる。

国道駅の近くに何か良い場所があるわけではない。国道駅自体が目的地だ。

どこか「異世界」感も…

国道駅は、「こくどうえき」と読む。珍しい名前だが、道路の「国道」から来ている。現在の国道15号線と交差する場所に作られたから、国道という駅名になったそうだ。

降車したホーム自体は大きなアーチがあるのが特徴的だが、さほど突飛な印象はない。

国道駅のホーム

だが、階段を降りると一気に雰囲気が変わる。この駅ができたのは1930年。当時からさほど雰囲気は変わっていないはずだ。

古い駅舎といえば、1886年に開業した亀崎駅など数多くある。だが、分厚いコンクリートに覆われており、趣が違う。軍事遺構のような雰囲気だ。

階段を降りた所には、コンクリート製の橋がかかっていて、上からコンコースを見渡すことができた。

コンコース上にかかる橋

コンコースとはそもそも「人々が集まる場所」という意味があるが、この駅は、いつ来てもほとんど人はいない。明かりも少なく薄暗い。

地元に住んでいる人に話を聞いた。

いわく「鶴見線って、駅と駅の距離が短いんですよ。国道駅から鶴見駅って歩いて15分くらいだから、歩いちゃう人多いと思います。だから国道駅って利用する人少ないんですよね」とのこと。

橋からさらに階段を下に降りてくる。

国道駅は無人駅だ。改札には、ICカード乗車券の改札機が設置されている。調べてみると無人駅化されたのは1971年と半世紀以上前。切符の券売機も撤廃されて、現在は交通系ICカードのみで入場できる。

コンコースに降り立つと本当に異世界に来たような気持ちになる。

独特の雰囲気を感じながら、コンコースを歩いていく

映画のセットのようにも思える看板

かつてはいくつかの店が営業していたようだが、おそらくすべての店が閉店してしまっているようだった。

映画のセットと見間違えるようなレトロな看板の不動産屋さんもあった。だが、すでに営業をやめて何年になるか分からない。店がなくなった後は、板で打ち付けてしまっている。

廃墟のようになってしまっているのだが、それがまたなんとも良い。

戦時中の弾痕も残る

トイレもやっぱり古い。窓があるため暗い雰囲気はないが、もともとは壁にオシッコをかけるタイプだったトイレを改造したようだ。

昭和の頃は、小便器がなく壁にかけるタイプの公衆便所がたくさんあった。今思えば、なかなかワイルドである。大便器はもちろん和式で、これまた映画のセットのような雰囲気だ。掃除は行き届いていたが、それでもアンモニアの臭いが漂ってきた。

このコンコース自体が、電車の高架下になっている。高架下の商店街は建て替えが難しいからか、長く残る印象がある。

高架下にある国道駅の入り口

たとえば、秋葉原駅近くの万世橋駅高架下は100年以上の歴史があるが、リフォームされて今も人気だ。商業施設「マーチエキュート神田万世橋」として運営されている。

かつては、高架下は住宅としても使用できたようだ。国道駅の高架下にはまだ住宅が何軒も並んでいる。かなり古びているため、パッと見では生きている住宅なのか、廃墟なのか区別がつかない。ただ、かなり味がある良い風景になっている。

すでに人は住んでいないが、「土地〈高架下〉使用票」が貼られていた。

「契約年月日:昭和62年12月14日
期間:昭和62年4月1日から昭和82年3月31日まで」

高架下に立ち並ぶ住宅

昭和82年という言葉にパラレルワールドを感じで、脳がグニャッとする。時空を超えてマルチバースに来てしまったわけではない。昭和82年とは2007年のことだ。昭和もずいぶんと昔になってしまった。

何度も映画のセットのようにと書いたが、実際に映画のセットとして利用されたこともあるらしい。映画『幻の光』、ドラマ『男女7人秋物語』『時効警察』『白夜行』『華麗なる一族』などのロケで使われているらしい。

黒澤明監督の『野良犬』でも登場すると書かれている資料もあったのだが、映画を見てもどうも登場していない。調べてみると『野良犬』のリメイク版(1973年、監督:森崎東)に登場していた。演出かもしれないが、今よりずっと賑やかな雰囲気だった。

高架下を抜けたところや、不動産会社の看板の上には、戦時中の、米軍のノースアメリカン社のレシプロ戦闘機P-51マスタングによるものとされる機銃掃射の跡がある。網が張られているが、ガッツリと穴が穿っているのが見える。

こんな低い高度で掃射したんだと驚く。

最初に「軍事遺構のようだ」と書いたが、実際に戦争遺構でもあるのだ。

機銃掃射の跡

改札外には出られない「海芝浦駅」

再び電車に乗る。鶴見線は終点はいくつかあるが、その1つである「海芝浦駅」へ行く。

この駅の特徴は、駅に降りても改札から外に出られないということだ。

と言っても何か不思議があるわけではない。海芝浦駅は「東芝エネルギーシステムズ京浜事業所」に隣接して建てられており、改札口が会社の出入り口になっている。そのため会社の関係者しか入ることができない。本来働いていない人には用がない駅なのだ。

それなのに、多くの人が外に出られない駅に向かっていた。

目的は「海」だ。

ホームに降りると外は一面の海だった。

ホームに出るとすぐそこが一面の海だ

かなり変わった風景なので、その写真を撮りに来る人がいるのだ。

全員、電車を降りるとスマートフォンを取り出してパシャパシャと写真を撮る。

対岸には、製鉄所などの工場が見える。

京浜工業地帯はもちろん工場がたくさんあるので、工場写真を撮りに来る人も少なくない。

さらに珍しいことにホームから「海芝公園」という公園に行くことができる。駅の中に公園があるとはかなり珍しい。海に沿った細長い公園だ。工場も見える。

みんな写真を撮って、公園を散策した後は、いそいそと電車に戻ってくる。電車の本数があまり多くないので、帰りの電車の逃すとずいぶんと待たされることになるのだ。

みんなと一緒に電車に乗って戻った。

鶴見線を利用している人に話を聞くと、「有名なのは国道駅と海芝浦駅だけど、鶴見線にはまだ古くて味のある駅はたくさんありますよ。ゆっくり見に来てほしい」とのことだった。

今回は時間の都合で2駅しか行くことができなかったが、再び訪れたいと思った。

(村田らむ)