建物も建っていない限界分譲地に、なぜか「温泉」が引かれている…?
100カ所以上の「限界ニュータウン」を調査してきた吉川祐介さん。明治時代から別荘地として栄えた栃木県北部の那須町で、得体の知れない物を目にしたという。
荒れた分譲地に散見される「謎の止水栓」や「怪しい看板」。別荘地の現地調査を行ううち、水道や温泉を引いて土地の価値向上を謳う、怪しげな「給水ビジネス」の存在が浮かび上がってきた。
この土地で、かつて何が行われていたのか? その実態に迫った。
「温泉を引く」謳い文句で100万騙し取る?
値上がりの見込みがない土地を売りつける「原野商法」。その舞台にもなった那須高原周辺で、吉川さんは何やら怪しげなものを発見した。
那須高原周辺では1960年代ごろから盛んに別荘地開発が行われてきた影響で、投機型分譲地が点在している。
「全貌はつかんでいませんが、使われているのか分からない水道設備や温泉の止水栓をあちこちで見かけます。『温泉を引き込んだ』と示すような目印と止水栓のハンドホールが、なにもない空き地に埋まっているんですよ」(吉川さん)
なぜ、空き地にそのようなものが埋まっているのか? 実態を探るため、吉川さんの知人で那須高原周辺の分譲地を所有する小森さんに話を聞いた。
那須塩原駅から車を走らせること30分、小森さんと合流。小森さんは荒れた分譲地の一画を所有し、キャンプ場を運営している。
さっそく現地に案内してもらうと、密林のようになった土地が広がっていた。
普通なら活用が難しそうなこの土地。もともと隣の分譲地を所有していた小森さんが、投機目的で入手した人の相続人から購入したという。
「売主は場所も知らなかったようです。現地の状況を話したら安く手放すという話になったので、隣の土地と同じ坪単価で交渉しました。安いなら購入してもいいかなと思いまして」(小森さん)
売主のAさんは、この土地の受湯権(温泉供給を受けられる権利)を100万円で購入していたという。その際に受け取ったという受湯権に関する書類を見てみると…。
「賞状のようなフォーマットですよね。怪しい会社の特徴ですが、こういった書類はやたら豪華に作るんですよ」(吉川さん)
周りを見渡すと、別荘地に本来あるはずの建物や給水設備が見つからない。ほかの地域から水道を引っ張ってくる場合、100万円の代金では確実に利益が出ないはずだ。
当時の販売会社は「温泉を供給する」という謳い文句で営業をかけ、実際は何もせずに100万円だけを受けとっていた可能性がある。
付近にはいかにも温泉が引かれていることを示すように、「那須高原温泉水道供給組合」と書かれた杭が立てられていた。
「似た名前の会社はありますが、微妙に組織名が違うんですよ。調べても実態が分からず、販売会社とも関係がありません。公の組織のような雰囲気がありますが、民間の分譲地に自治体が主導で温泉を引き込むことはないはずです」(吉川さん)
地中に埋まった「つまみ」はダミー?
この土地に、本当に温泉は引かれているのだろうか。
近くにハンドホールを見つけたため、道具を使ってバルブをひねってみることに。完全に埋もれた状態で手が届かなかったため、小森さんがパイプを掘り起こしてみると、外側のパイプだけが取れてしまった。
引き続き吉川さんが掘り進めると、ガスの元栓のようなつまみが見えてきた。持参した道具を使って回そうと試みるものの、つまみが回る気配は全く感じられない。
「証拠はありませんが、僕はダミーのつまみだと思います。土地の状況から考えると、むしろ温泉を引いているほうが変な話になってきますので」(吉川さん)
おそらく温泉も引かれていない、荒れた分譲地。所有者に固定資産税はかからないのか。
「私のキャンプ場は1000坪ありますが、資産価値は低く、固定資産税は0円です。この辺り一帯も、固定資産税は当然かからないと思います」(小森さん)
小森さんによると、この分譲地の所有者は東京や千葉、神奈川などに住んでいるようだ。固定資産税がかからないため、土地の存在自体忘れられている可能性もある。
この分譲地が販売されたのは、すでに50年以上前のこと。近隣の不動産会社に問い合わせたが、当時を知る人はほとんどいなかった。詳しいことは分からないとしつつ、やはり「温泉は引かれていないのでは」との回答だった。
2世代にわたって相続された放棄分譲地
荒れ果てた土地に、形だけの給水設備だけが残されている場所は珍しくない。
吉川さんの知人で、那須周辺の分譲地を所有する小島さんが購入した土地も、そうした例のひとつだ。
「この辺りの区画は固定資産評価が数千円で、もともと10万円で販売されていたものを2万円まで値切りました。管理費も税負担もかからないので、『持っていてもいいかな』という感覚ですね」(小島さん)
小島さんに土地を案内してもらうと、「那須第二自治会 給水施設」と書かれた小屋が見えてきた。
看板に連絡先の記載はなく、備えつけのメーターも止まっている。小島さんによると実態は不明であり、那須塩原市が把握しているのかどうかさえ分からないという。
那須高原一帯の分譲地は古いため、購入した本人は亡くなっている可能性が高い。その家族が相続によって引き継いだものの、相続登記をしていないパターンが多いようだ。小島さんの所有地はどうなのだろうか。
「1969年に最初の所有者が購入して、1984年に息子さんが相続。令和元年に、その方の2人の娘さんが共有名義になったところを、私が購入した形ですね」(小島さん)
現状を見ると、2世代にわたって相続をするほどの土地とは思えない。しかし相続人がほかの資産を所有している場合など、仕方なく引き継がなければならないケースもある。
1970年代に販売されたこの区画一帯には、100名以上の所有者がいるとのこと。維持費や税金がかからないとはいえ、手放せずに困っている人がこの数だけいるかもしれない。
「那須高原一帯は0円物件の常連で、基本的にはお金を払わないと買い手が見つかりません。これだけ木が生い茂っていると、相続土地国庫帰属制度(一定の要件を満たすと、相続した土地を手放せる制度)の承認も下りないと思います」(吉川さん)
悪意のある「給水ビジネス」か
限界分譲地に給水施設を構える謎の業者。別の分譲地に足を運んでみると、さらに謎を深める看板が立てられていた。
看板の設置者と思われる「那須プレリー地区再開発事業組合」。吉川さんによれば電話が通じず、得体の知れない組織だという。
看板の内容は、「新しく土地を購入しても、組合に加入しないと水道設備は使えない」という注意書きだった。
「通常の別荘地にも同じような看板はありますが、この区画についてはどこが分譲しているのか、そもそも水道が引かれているのかさえ分かりません」(吉川さん)
この看板を見た小島さんは、「給水ビジネスの一環かもしれない」と指摘する。給水ビジネスとはどのような手口なのだろうか。
「水道や温泉を引くことで、『土地の価値が上がる』と謳うビジネスです。土地の価値が上がることは間違いありませんが、給水ビジネスの勧誘が行われるような分譲地は多少価値が上がっても…というレベルであることがほとんどなんですよ」(吉川さん)
看板には、「この地域には地主で結成した組合の専有水源がある」と記載されていた。しかし土地の登記を見てみると地主の共有名義ではなく、単独の人物の所有物になっていたという。
本来の説明とはまったく異なり、「いくら考えても悪意があるとしか思えません」と吉川さんは語る。
給水ビジネスの謳い文句に乗せられた可能性がある地権者の中には、一口70万円払ってしまった人もいるという。
土地を歩いていくと、「那須プレリー地区事業組合」と書かれた木柱がいくつも立っており、業者にお金を渡してしまった地権者の痕跡が確認できた。
少し離れた場所には給水施設が建てられており、しっかりとしたタンクが設置されていた。
「ただの詐欺に、ここまでちゃんとした設備を作るだろうかという疑問はあります。水道を引く意思はあったのかもしれません。ただ、現に稼働しているものは1つもありませんからね…」(吉川さん)
かつて給水ビジネスが行われていたという決定的な証拠は見つからず、謎は深まるばかり。
しかしこのような形で、所有者の弱みにつけこみ、金銭を巻き上げる業者がいることは確かだ。現在も、こうした業者の手法には注意が必要だ。
「こうした放棄分譲地の所有者には、いろいろな営業の話が舞い込んできます。中国人が土地を買い漁っている、コロナ禍で別荘地ブームが起きているなど、時事問題に絡めた営業トークもありますね。業者から声をかけられたら、『裏があるのでは』くらいに考えたほうがいいと思います」(吉川さん)
(楽待新聞編集部)
プロフィール画像を登録