神戸市の「タワマン規制」が話題だ。
東京や大阪をはじめ、都市部で続々と新たなタワマンが誕生している中、神戸市は2020年の条例改正で、タワマンの建設を事実上禁止したのだ。
将来的な人口減少が既定路線となっているいま、タワマンはいずれ「廃墟化する」といった市長の発言などもあり、トレンドに逆行するかのような神戸市の方針を巡り、議論が巻き起こっている。
一方、都市計画の観点からは、神戸市の方針は理にかなっていると言える部分も多い。今回はこの「タワマン規制」について、その制度を詳しく確認するとともに、神戸市の狙い、そして課題について考えていきたい。
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珍しい「商業地域」での規制
神戸市は2020年7月から、住宅の建築制限を行っている。
中心市街地の三ノ宮駅周辺エリアでは住宅の新築を禁止、さらに新神戸駅や元町駅周辺の商業地域では、容積率制限の上限値を400%に制限(敷地面積1000平米未満は対象外)している。これによって事実上、多くの容積を必要とするタワマンの建築が制限されることになった。
この規制が始まったのは今から3年ほど前だが、このところの神戸市長のメディア出演などをきっかけに、改めて注目されているのだ。
ちなみに、この改正条例の施行により、数十棟の既存のタワマンが「既存不適格」になってしまう。
そこで神戸市はこれに配慮し、一定規模の増築などのほか、改正条例の施行時点以上に床面積が増加しないことなどを条件に、一度のみ建て替えを認める緩和既定を設けている。
用語解説「容積率」
容積率とは、敷地面積に対する延べ面積の割合のこと。一般的には用途地域ごとに建築基準法で定められている容積率を市町村が指定する。
敷地面積に対する建物のボリュームをコントロールすることで、市街地の日照や通風等を確保し、良好な都市環境を形成することにある。
ところで、今回の建築制限が「タワマン規制」と呼ばれる理由は、一般的に建築制限が緩く、タワマンを建築しやすい「商業地域」において規制が実行された点にある。
規制対象となる面積は、神戸市内の商業地域面積約734ヘクタールに対し約4割に及ぶ約315ヘクタール。全国的には建設が盛んなタワマンを、住宅地ではなく市街地である商業地域で実施したことに驚きの声が上がったのだ。
ちなみに商業地域の容積率は、建築基準法に基づき200~1300%の範囲で指定可能だ。通常、指定都市クラスの商業地域であれば概ね600~800%程度で指定されていることが多い。
容積率が高い方がより多くの床面積を確保できるため、特に地価が高く住宅需要が大きい地域では容積率上限いっぱいに延べ面積が消化される。
延べ面積とは、各階の床面積の合計のことだ。厳密には、建築基準法は一部の部分(車庫や、備蓄倉庫、宅配ボックスなど)は容積率算定から除くことができる。
特に、タワマンを含む共同住宅については、共用廊下や階段などを延べ面積の算定から除くことができるルールがあるため、他のオフィスや店舗、飲食店などに比べ実質的な床面積を多く計画できる。
ミニコラム「日影規制」
商業地域にタワマンが建設可能かどうかは「日影規制」も関係する。日影規制とは、主に住居系エリアで、住宅などの日照確保を目的とした規制。高い建物が建つことで、周辺の住宅に日影を落とす時間と範囲を制限している。
住居系の用途地域では高い建物を建築することはできないが、商業地域に対しては日影規制が及ばないため、住居系の地域に日影を落とさない限り高い建物を建築することができる。
最後に、タワーマンションの定義についても触れておきたい。
タワーマンションについては、法律上の明確な定義は存在しないが、一般的には建築物の高さが60メートル超の超高層の共同住宅がタワーマンションと呼ばれている。建築物の高さが60メートル超(階高が3メートルであれば20階建て)は、建築基準法上、建物構造に対する大臣認定が必要となる超高層建築物に区分されることも所以の1つとなっている。
なぜいまタワマン規制? 神戸市の狙いとは
ここまで、タワマン規制の内容を細かく見てきた。ではなぜいま、神戸市はタワマン規制を実施しているのか? その「狙い」について考えてみたい。
神戸市がタワマンを制限するに至った背景を知るために、今回の都市計画決定の過程の資料を見てみると、主に以下の3点が理由として挙げられていた。
【1】過度な住居増加の抑制
タワマンにより住居が増えすぎると、商業やその他業務など都市機能の新規立地が阻害される恐れがある。これは、市の都市計画の基本的な方針である「都市計画マスタープラン」で掲げる将来像との不整合にもつながるおそれがある。
【2】子育て関連施設の不足
一度に数100戸規模の住宅が立地することで、学校をはじめ公共施設が一時的に不足する。かといってこれら施設を増設したとしても、数年を経過すると余剰施設となることが懸念される。
【3】災害時の避難場所・備蓄の確保(避難所収容人員の超過)
中心市街地の土地の確保が難しいエリアに、一度に数100人規模単位で計画収容人員が増えるのは、防災計画上の課題となってしまう。
これらに加え、修繕積立金不足や将来の保有コスト負担、区分所有者の多様化による合意形成の難しさなどが挙げられている。
実際、タワマンに限らずマンションの修繕積立金不足は全国的に問題となっている。
国が今年6月に公表した「マンション総合調査(5年に1度実施)」によると、長期修繕計画上と実際の修繕積立金積立額の差は、実際の積立額が計画に比べて不足しているマンションが36.6%という結果が示された。特に2割以上不足しているマンションは約12%となっている。
市としては、タワマン単体の将来的なリスクを踏まえつつ、市の土地利用政策の根幹である「都心機能(商業・業務)の集積の実現」を阻害する恐れがあるために、規制を実施したと見て取れる。
まちづくりの観点から見た「タワマン規制」は正しい?
とはいえ、人口約150万人を抱える市の中心市街地において、市場をコントロールして中心市街地への居住誘導を抑制し、郊外へ適正配置するという取り組みというのは稀だろう。
またこの施策は、短期的には建設投資や高所得者の税収を逃しているように見えるかもしれない。しかし、「都市計画マスタープラン」に沿って、将来を見据えたまちづくり計画を強力に推進していきたい、という姿勢は、市民に対する行政の責任の表れとも言える。
神戸市の条例改正について、メディアなどでは賛否が分かれているが、神戸市では、以前から「都市計画マスタープラン」や「立地適正化計画(多極ネットワーク型コンパクトシティを推進する計画)」において、市内の充実した公共交通資源を活用した人口の適正配置に舵を切っている。
これら計画は、住民の意思を反映したまちづくりの方針である。タワマン規制と中心市街地への商業・業務の誘導は、そうしたまちづくりを実現するための実行施策の1つであり、施策自体が正しいかどうかは、神戸市民が決めるべき話だ。
確かに、タワマンの規制ならびに誘導には、短期的な経済的メリットはある。一方で、それは、まちづくりの将来像とは乖離したものであり、住民の意思が反映された計画とは別物の都市が形成される恐れがある。そうした都市を神戸市民が望んでいないならタワマンを規制する意味はある。
神戸市が抱える「課題」
タワマン規制の背景を考察していくと、神戸市が抱えている課題も見えてくる。それが、隣接する明石市との密接な関係、そしてその明石市と「都市計画区域」が異なっている、という点だ。
やや複雑な話だが、順を追って説明していこう。
そもそも「都市計画区域」とは、ある区域を一体の都市として総合的に整備・開発するための括りのようなものだ。用途地域や建築規制などを通じて、適正なまちづくりを行うために必要になる。例えば、住宅地域や商業地域などを、区域内に適切に配置することで、公共施設や住環境の整備、経済活動の活性化を図ることができる。
ただし、この都市計画区域の指定は、実態とは異なっているケースが少なくない。
例えば神戸市は明石市に隣接しており、それぞれ別の都市計画区域が指定されている。ところが、明石市の15歳以上の就業者数の3割に当たる、約4万人が神戸市に通勤している(都市雇用圏)。つまり両市は、雇用や経済の観点からはかなり密接に関わっている。にもかかわらず、都市計画区域自体は別々になっているので、土地利用や公共施設の整備といった面で、非効率な公共投資が生じることになる。
例えば、距離的にはそう離れていない範囲内なのに、都市計画区域が異なるがために、より同種同規模の市民ホールや図書館が複数存在してしまう、といったケースが想定される。昨今では、都市間での人口の奪い合いも起きていることから、こうした非効率な公共施設の整備を助長してしまう可能性がある。
都市計画区域の再編(例えば神戸市と明石市を1つの都市計画区域に統合する)を行うという方法もあるが、利害調整が煩雑で、その役割を担う都道府県では人手不足もあることから、推し進めるのが難しい。
生活圏を同一とする都市圏単位で、俯瞰して見れば施設が1つあれば問題ない都市機能はいくつもあるだろう。むしろ1つに集約・再配置して規模を適正化することで利用しやすくなるかもしれない。にも関わらず、こうしたことが、全国のどの自治体でも起きている。
神戸市であれば、財政支援制度や容積率緩和などにより、今以上に中心市街地への積極的なマンション誘導もできるだろう。しかしそうはせず、神戸市が掲げるまちづくりを実現するために「タワマン規制」などにより、それら機能を市内の各拠点に誘導、あるいは隣接する明石市などの隣接都市へ委ねた、とも見てとれる。
神戸市としての本当のねらいは、無理に人口争奪戦に参加せず、周辺自治体へ移動した住民の通勤・通学地、非日常・日常を過ごす場としてエリアを魅力的にすることで、来訪者(観光を含む)や雇用の創出に伴に伴う税収を確保し続けることにあるのではと思う。
神戸市に隣接する明石市のように、大都市に近いことから通勤に便利、かつ、地価の水準も大都市に比べて低いのであれば、必然的に人口は移動するのは容易に想像できる。この流れに逆らわずにあえて、居住以外の機能に限定して誘導する考えは、まちづくり計画が機能している証でもある。
本来であれば、公共施設の配置や、誘導する都市機能、住宅機能を都市圏全体で適正配置するなど、実態の都市圏を構成する市町村間で役割分担を行うのが望ましいが、現行法制度上はそのような仕組みは存在していない。
そのような中、神戸市では自ら短期的なメリットを隣接都市に委ねつつ、実態の都市圏全体での適正配置を行うコントロールに力を入れることにしたのではないかとも思う。
加えて神戸市は、西日本最大の都市である大阪市に近いことから、商業・業務の中心地としてどのように立ち位置を定めていくのか常にバランス感覚を要求される状況にもある。
貴重な中心市街地の高容積率かつ用途地域の自由度の高い商業地域のメリットをフルに活用するためにあえて戦略とも読み取ることができる。
タワマン建築制限は他自治体でも行われる?
現在、神戸市のようにタワマン規制を行っている自治体として横浜市がある。横浜市では、横浜駅や関内駅周辺において、住宅の立地を制限する特別用途地区(用途地域を補完する都市計画制度)を2006年に導入した。
では、他の自治体でも同様にタワマン規制の実施が検討が行われる可能性はあるだろうか。
あるとしても、まず都市圏規模として100万人以上を抱えるような指定都市クラスの中心市街地以外には考えられないだろう。なぜなら、規制の前提として、タワマンを求める市場が必要なためである。
人口30万~50万人程度の都市圏では、タワマン市場どころか市街地の郊外拡散が進んでいる実態があり、中心市街地の低密度化が進行している。
タワマン規制が実行されるとすれば、福岡や札幌、仙台、広島といった地方の大都市圏で、かつ、中心市街地へのタワマン需要が大きい地域に限られ、なおかつ「都市計画マスタープラン」や「立地適正化計画」において、住宅用途を規制するような施策を盛り込んでいる自治体で、実施される可能性が考えられそうだ。
神戸市の今後に注目
神戸市の中心市街地では、タワマンを規制したことで、都心のリニューアルに向け新たに商業・業務施設の立地が進む可能性がある。
一方、市の中心部が業務や商業の中心地としてさらに魅力的なエリアに成長するためには、距離的に近い大阪市との都市機能の差別化を図る必要があるだろう。
都市計画的にどのように具体的な用途を誘導するのか、これまで以上に広域的かつ俯瞰的な視点からの都市計画が求められる。
また、神戸市による中心市街地でのタワマン規制が、短期的にはどのように経済活動や税収に影響を与えるのか、そして中長期的には都市の持続可能性や都市圏全体のバランスにどのような効果をもたらすのか。これについても、今後の調査・分析によって明らかにすることが重要になる。
分析結果が、他の都市におけるタワマン規制や都市づくりにおいて、どのような示唆を与えるかは注目していきたいポイントである。
(一級建築士・満山堅太郎)
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