「まるで『太陽光パネル植民地』のような状態。航空写真を見ると、湿原のあちらこちらでパネルが映っているのを確認できます」

そう語るのは、釧路湿原と水源地の保護に尽力するNPO法人「トラストサルン釧路」代表の黒澤信道氏。釧路湿原は日本最大の湿原で、豊かな自然環境とタンチョウやキタサンショウウオなどの希少な生物が生息することで有名だ。

しかし、近年この湿原は、太陽光パネルの乱立による環境破壊の危機に直面している。楽待編集部は現地を訪れ、黒澤氏とともに湿原の現状を見た。

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釧路湿原の自然保護が求められた背景

釧路湿原は、北海道釧路市に広がる日本最大の湿原で、面積は約2万8000ヘクタールに及ぶ。東京ドーム約6000個分に相当する広大な湿原は、約1万年前の地形変化によって形成され、キタサンショウウオや湿原の象徴とも呼べるタンチョウといった希少な生物が生息する貴重な自然環境を有する。

湿原に依存する生物の保護や開発からの保護を目的として、1980年、釧路湿原は日本で初めてラムサール条約に登録され、国際的に保護の重要性が認められた。

だが、釧路湿原の自然環境は最初から守られるべき地域と思われていたわけではない。釧路湿原はもともと「釧路泥炭地」と呼ばれ、地域住民からは不毛の土地ととらえられていた。

しかし、高度経済成長期に入って全国的に開発が急ピッチで進められ、釧路湿原でも農地や草地への転換が進められるようになった。1970年代には田中角栄氏が著作「日本列島改造論」で釧路湿原の開発を挙げており、関心の強さを物語っている。

だが、一度は絶滅の危機に瀕したタンチョウの住処でもあることから価値が見直された。その後、釧路泥炭地は釧路湿原と呼ばれるようになり、保護の意識が強まった。

釧路湿原で太陽光パネルの建設が進むワケ

そんな釧路湿原は現在、太陽光パネルの建設によって環境破壊の危機に晒されている。NPO法人トラストサルン釧路の黒澤氏は「釧路湿原における太陽光パネルの数は過去7年間で5倍以上に増加している」と述べ、湿原の現状に対して強い危機感を示す。

これらの太陽光パネルの多くは、海外や北海道外の法人によって設置されているという。

いったいなぜ釧路湿原に太陽光パネルの建設が進むのか。理由は、気候条件にある。釧路湿原は比較的日照時間が長く、積雪も少ないことから、太陽光発電に適しているというのだ。

さらに、湿原の周辺地域は市街化調整区域に指定されており、住宅や商業施設といった建築物を原則的に建てることができない。そのため、土地を安価で手に入れやすい。太陽光パネルは建築物に当たらないため、市街化調整区域内でも設置ができる。

また、温暖化を受けての脱炭素社会の推進も、太陽光発電事業者の参入を後押しした。結果として招いたのが、黒澤氏が「パネル植民地」と呼ぶほどの太陽光パネルの乱開発だ。

影響は希少生物だけにとどまらず…

パネルの建設のためには湿原を埋め立てるが、一度破壊された湿原の再生は相当に難しい。黒澤氏は、「太陽光発電は確かに環境に優しいと言われるが、湿原を破壊してまで設置することは矛盾しているのではないか」と指摘する。

自然破壊の影響は、希少な鳥類にも及ぶ。「湿原に依存するタンチョウやチュウヒといった絶滅危惧種の鳥が巣を作れず、個体数が減少する恐れがあります。一度生息地を追われた鳥類は繁殖場所を失い、絶滅の危機に瀕してしまいます」と黒澤氏は警鐘を鳴らす。

パネルの管理不全による自然発火のリスクも無視できない。構造上、太陽光パネルは電気を通すため表面の破損や落雷などによって漏電し、発火することがある。

根室市では実際に2024年、太陽光発電施設で火災が発生した。総務省消防庁の資料では、消火活動を行う隊員に感電のリスクがあることを明記している。広範囲にわたって太陽光パネルが発火すれば、消火活動は相当に困難だ。

開発を後押しする地権者の存在

釧路湿原周辺で太陽光パネルの設置が急増している背景には、土地の売却に積極的な地権者の存在もある。

前述の通り、釧路湿原周辺は市街化調整区域に指定されている。しかし、太陽光パネルの設置は市街化調整区域内でも設置が可能。利用価値がなかった土地を少しでも高値で手放したい地権者が、太陽光パネル設置事業者に所有地を引き渡すケースも多いという。

釧路湿原周辺エリアの土地を扱う不動産業者の担当者は、「特に2022年以降は、土地をどう活用すべきかについての相談が多い」と述べる。

地権者の多くは、相続で土地を引き継いだものの、維持費や管理費の負担が重く、少しでも資金を回収したいと考えている。また、高齢の地権者は、子や孫の負担にならないうちに手放したいとの意向が強く、購入時の価格よりも低くても売却するケースもあるという。

釧路湿原の土地は、バブル期に「原野商法」の対象となり、投機目的で売買されてきた歴史もある。だが、湿原の土地は開発や利用に多くの制約があるため、活用されずにきたケースも多い。

こうした状況に長く置かれていた地権者が、太陽光パネルの設置に期待感を抱くのは自然な反応だろう。

一方で開発業者は、太陽光パネルの設置場所として釧路湿原を評価していることから、地権者から積極的に土地を購入している。

不動産業者の担当者は「釧路には未活用の原野が余っている状態。土地をなんとか活用できないかということで、太陽光が進出してきたと話を聞いています。本来的に言えば、土地の販売価格は坪単価100円という場所もありますし、高い場所でも500~3000円程度が平均的な相場です」と話す。

太陽光パネルの乱立を防ぐために

こうした状況を前に、黒澤氏らがただ手をこまねいてきたわけではない。黒澤氏が代表を務めるNPO法人では、湿原の土地を買い取り、保護地として確保してきた。

保護地とは、自然環境や生態系を保護する目的で取得された土地のことで、開発行為から守られたエリアを指す。湿原の一部を保護地にすると開発業者は土地を利用できなくなり、湿原の自然環境が守られるようになる。黒澤氏らは、これまでに60カ所、約650ヘクタールの土地を取得してきたという。

購入する土地の中には、希少生物の生息が確認されている場所も。たとえば、競売で取得したという土地には、釧路市の天然記念物であるキタサンショウウオが住んでおり、クイナ類の鳥もいる。

「その土地は道路や電線が近く、太陽光パネルの設置に適しています。それに一筆15ヘクタールほどあるので、開発業者が欲しい土地だと思います。こうした土地を、先手を打って保護地として確保してきました」

かつて原野商法で売られていたこともあり、釧路湿原の中には細かい区画に分かれている場所が点在している。太陽光パネルを設置するには広い土地が求められるため、開発業者は複数の区画をまとめて取得しようとする。

そこで、黒澤氏らのNPO法人が区画の一部を購入し、まとめ買いができない状況を作ってきた。

ただし、当然のことながら土地の取得には多額の資金が必要であり、黒澤氏のNPO法人だけでは賄いきれない。そのため、トラストサルン釧路は、公益財団法人自然保護助成基金が実施する自然保全のための助成プログラム「プロ・ナトゥーラ・ファンド」のような外部資金を活用している。

このように、寄付や資金援助を受けながら、湿原の保護活動を続けているが、広大な面積を持つ釧路湿原の保護をするには、さらなる支援が求められる。

釧路市の考えと今後の方針

こうした状況に際し、釧路市はどう思っているのだろうか。市は「ゼロカーボンシティ宣言」を行い、住宅向け太陽光パネルの補助金を支給するなど、脱炭素化に積極的な姿勢を取ってきた。

釧路市市民環境部の担当者は、「釧路市文化財保護条例で指定されている天然記念物のキタサンショウウオの生息地が脅かされており、これが生態系への影響として問題視されています。市の博物館や調査機関、専門家からも意見が寄せられており、問題を認識しています」と述べ、現状への懸念を示した。

市は2024年5月に「釧路市自然と共生する太陽光発電施設の設置に関するガイドライン」を設け、太陽光発電施設の設置に適していない区域を定めた。

具体的には、太陽光パネルを設置しようとする場合、希少な野生動植物の保護、景観への配慮、適切な維持管理、災害対策、近隣住民との調和など、複数の遵守事項に従うことを開発業者へ求めている。

また、釧路市では現在、法的拘束力を有する条例化を進め、違反した事業者には罰則を設けることを検討している。

しかし、現行の日本の法律では、太陽光発電施設の設置自体を阻止できない。個人の権利が強く保護されている日本では、条例による自治体レベルでの規制には限界があるためだ。国への働きかけやより強力な法整備が必要とされている。

湿原の保護と脱炭素エネルギーの促進の両立を

釧路湿原は、さまざまな条件が重なって非常に長い年月をかけて形成され、豊かな自然を有している。

湿原は多くの動植物が生命を育む場であるとともに、「人間の暮らしにも深く関わっている」と黒澤氏は強調する。

「湿原は多くの水を溜め込める性質を持っており、大雨が降った際に洪水被害を抑えることができます。また、湿原内に生息する多くの植物が二酸化炭素を吸収してくれるため、地球温暖化の抑制にも貢献しています。湿原のおかげで私たちは安全に暮らせるのです」

このような役割を持っているにも関わらず、湿原には土地活用の制約があるため、「結果として、太陽光パネルを設置しても構わないと考えられてしまうのではないでしょうか」と黒澤氏は語る。

クリーンなエネルギー源として太陽光パネルを評価しつつも、釧路湿原を破壊してまで建設することへの疑問を呈す黒澤氏。湿原の保護と脱炭素エネルギーの促進の両立に向けて、行政と事業者の一層の連携の必要性を訴えた。

(楽待新聞編集部)

 

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