便利な施設の近くにある物件は、常に入居が絶えないのでしょうか?
たとえば、多くの人でにぎわう「ショッピングモール」。そのすぐそばにアパートを持っている大家さんは「大儲け」できるのでは、という想像もできます。
もちろん、商業施設に集うのはお客さんだけではありません。店舗で働く従業員の数も、大きな施設になるほど規模が膨れ上がっていきます。従業員が店舗のすぐ近くに住むとすれば、やはりショッピングモール周辺の大家さんは入居者に困らず、有利かのように感じます。
もしあなたがショッピングモールの近くに物件を持つ大家さんだったとしたら、空室を埋められる自信はあるでしょうか。どんな人が入居のターゲットになりそうですか?
今回はオープンデータを使った「可視化」を得意とする筆者が、さまざまな統計データを組み合わせて、ショッピングモール周辺の賃貸事情を深掘りしていきます。物件に入居してもらうための戦略を一緒に考えてみましょう。
データで推計する「従業員の構成」
モール近くの物件の入居ターゲットとしては、お客さんや従業員などが考えられますが、今回は特に「従業員」に注目してみます。
どうすれば従業員に入居してもらいやすいのでしょうか。戦略を考える第一歩として必要なのは、どのような人が働いているのか、ショッピングモール従業員の構成を知ることです。
どんなお店で、どんな雇用形態の人が働いているのか。性別や年齢、家族構成はどうなのか、などなど…。
残念ながら、ショッピングモールのテナントの従業員構成が直接わかるデータは存在しないのですが、地域に関する統計や産業・職業別の統計を組み合わせることで、働く人たちの姿を「推計」することができます。
このような手法はエリアマーケティングと呼ばれ、さまざまな店舗や施設の立地分析に用いられています。
ここでは、ショッピングモールでどんな人が働いているのかを知るために、モデルケースとして売場面積が国内で最も大きい「イオンレイクタウン」(埼玉県越谷市)を取り上げて見てみましょう。
約700店舗に1万100人が勤務しており、ひとつの都市ともいえるほどの経済規模を誇っているショッピングモールです。
■男女比・雇用形態
まずは男女比や雇用形態について確認してみます。
「令和3年経済センサス-活動調査」を見ると、イオンレイクタウン(埼玉県越谷市)の店舗・施設の範囲とほぼ一致する埼玉県越谷市レイクタウン3・4丁目では、統計上7133人が働いています。イオンモールが発表している実際の店舗数や従業員数と比べると、70%ぐらいの捕捉率だと思われます。
男女比は3:7。また、全体の61%が小売業、23%が飲食業、6%(455人)が生活関連サービス業(理美容など)や娯楽業(プレイランド、映画館など)の会社に勤めています。
従業員の雇用形態については具体的なデータが公開されていませんが、埼玉県や越谷市の地域別・産業別の労働統計より、「おおむね60%前後」がパート・アルバイト等の非正規雇用であると考えられます。
■年齢層・家族構成
次に、年齢や家族構成を見てみましょう。雇用形態と同じく、地域や職種別のデータから推測することになります。
「令和4年就業構造基本調査」で、埼玉県の就業者データを見ていきます。今回のモデルケースは郊外型ショッピングモールなので、郊外のより正確な傾向を見るため、人口50万人以上の都市であるさいたま市・川口市はデータから除外します。
図1は、埼玉県(さいたま市・川口市を除く)の小売業・飲食業・生活サービス業・娯楽業で働く「パート・アルバイト」の人口ピラミッドです。20歳前後の未婚男女と、30代後半以上の既婚女性が特に多いことが読み取れますね。
また、図2では同じ地域・業種の「正社員」の人口ピラミッドを描いてみました。今度は比較的若い未婚の女性と、幅広い年齢層の男性(未婚・既婚問わず)といったグループが見えてきます。
これらのデータがレイクタウンに100%当てはまるとは言えませんが、ある程度似たような傾向になると仮定して、具体的なペルソナ(物件に住んでくれそうな人物像)を想定してみると良いでしょう。
ショッピングモールの通勤圏は意外と広い
ここまでの分析で、イオンレイクタウンで働く人たちの構成を「推計」することができました。
[1] 20歳前後の未婚男女(アルバイト)
[2] 20代の未婚女性(正社員)
[3] 30代後半以上の既婚女性(パート)
[4] 20~50代の男性(正社員)
この構成を、どこのショッピングモールでもある程度共通するものだと仮定して考えてみます。
上記のうち、賃貸物件の入居者候補としては[1]・[2]の若い単身者(1R、1Kなど)と、[3]のファミリー(2LDK、3LDK以上)が有力になりそうです。
実際のところ、若い単身者やファミリーはショッピングモールの近くに住む傾向があるのでしょうか?
ここからは、いくつかのショッピングモール付近の実際の地図にデータを重ね合わせて、上記の入居者候補の人々がどこに住んでいるのかを探してみましょう。
■若い単身者(1R、1Kを想定)
大学生や若い社会人には実家暮らしの人も少なくありませんが、一人暮らしをする場合、都心(中心市街地)に電車やバスでアクセスしやすく、徒歩や自転車で買い物・飲食などを完結できる地域を選ぶ傾向があります。
その一方で、マイカーの所有率が低いため、駅から離れた地域はあまり好まれません。
「令和2年国勢調査」をもとに、いくつかのショッピングモール周辺の「20~29歳単身世帯」の分布を可視化してみたものが図3~図5です。
円の大きさで対象世帯の数、色で全世帯に占める割合を表現しています。特にえんじ色で表している部分が、対象世帯の割合が大きいエリアだということです。
・イオンレイクタウン
・イオンモール福岡伊都
・ららぽーと横浜
いずれの地域でも「ショッピングモールがあるから、その周りに若い単身者が集まる」という傾向は見られません。
若いアルバイトの従業員を狙い撃ちにするよりは、若年層全体をターゲットにして通勤・通学に便利なエリアを選定し、そのついでにモールへの行きやすさをアピールする…という「マスを捕りに行く」作戦の方が失敗が少ないでしょう。
■ファミリー(2LDK、3LDK以上を想定)
先ほどの従業員分析では、40代を中心とした「子育て後半世代」の既婚女性がパートタイマーの一定割合を占めていることがわかりました。
このようなファミリー世帯の家探しでは、世帯主の勤務地と実家への行きやすさをにらみつつ、家賃や生活利便性、配偶者の仕事の選択肢などを総合的に考えて物件を選ぶ傾向があります。
その意味では、働き口の多いショッピングモール周辺で家探しをする…というニーズにはある程度期待できそうです。
図6~図8では、全人口に占める「小・中学生」の数と割合を可視化してみました。もちろん、児童・生徒の数ではなく、児童・生徒がいる家庭の多さを見ることが目的です。
・イオンレイクタウン
・イオンモール福岡伊都
・ららぽーと横浜
こちらも、「ショッピングモールがあるから、その周りにファミリー世帯が集まる」とは一概には言えなさそうです。
やはり利便性の高い駅周辺エリアには世帯が集まる傾向が見られますから、ただショッピングモールに近ければ良いというわけではなく、通勤などの便利さを兼ねたエリアを選ぶ必要がありそうですね。
ただひとつ注意したいのが、ファミリー世帯では永住や長期居住の志向が強く、持ち家比率が高いことです。
賃貸物件の数もシングル向け・カップル向けと比べて格段に少なくなりますので、不動産屋さんなどを通じて現地の賃貸事情をしっかりヒアリングされることをお勧めします。
◇
ここまで、物件に住んでくれそうな人の人物像(ペルソナ)を想定し、それらの居住エリアを可視化することで「データに基づく立地選び」を実践してきました。
今回はショッピングモール周辺の賃貸需要を考察しましたが、テーマを変えて、着眼点とデータの数だけ新たな考察を深められるのがデータ利活用の醍醐味です。
使用した統計データはすべて総務省統計局の「e-Stat」で公開されていますので、ぜひアクセス&ダウンロードして、ご自身なりの考察を深めてみてください。
・総務省統計局「令和2年国勢調査」
・総務省統計局「令和3年経済センサス-活動調査」
・総務省統計局「令和4年就業構造基本調査」
(にゃんこそば)
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