8月末に香港旅行に出かけた。気軽な一人旅だ。日程は4泊5日。旅行会社のツアーだが、行き帰りの飛行機とホテルだけが決まっているだけで、ガイドサービスはないコースで約11万円だった。
香港旅行は初めてだった。
かつてスラム街として有名だった「九龍城」に対する憧れはあったし、映画『攻殻機動隊』などで目にした香港の風景も見たかったのだが、なぜだかこれまで足を運んでいなかった。
今回は「特に目的はないけど、とにかく香港に行ってみよう!」という気持ちで、香港に出かけた。
高層マンションでも「竹」の足場が!?
到着後まずは香港国際空港で、「オクトパスカード」を入手した。日本の交通系ICカードとほぼ同じカードである。電車だけではなく、バスやフェリーにも使えるし、大体のお店の支払いもできて非常に便利だった。中国本国に行った時はカードを入手できなくて、非常に苦労したので、香港は非常に助かった。
さて、僕は、街の写真を撮るのが趣味だ。特にスラム街やドヤ街だったり、路地裏だったり、いわゆるゴミゴミしている光景が好きだ。
香港でも、実はそんな風景を撮れればと思っていた。
だが、「最近の香港はだいぶ綺麗になってきている」とも言われていたので、少し心配していた。
たしかに、実際に訪れてみると、香港の街の特徴である路上に溢れるネオンサインはほとんどなくなっていた。2010年に、建築法などの改正で、ネオンサインの高さや大きさが制限されたのが最大の理由らしい。かつてのイメージにあったようなネオンサインは、9割以上が消えてしまっていた。
このことは残念だったが、そのかわりビル自体はよく見ることができた。香港のビルは、思っていた以上に味がある。
宿泊するホテルは香港九龍油尖旺区にあるオリンピック駅近くにあったのだが、町並みも建物も良すぎて、夢中で写真を撮ってしまい、いつまで経ってもホテルにたどり着けないほど。
外壁は艶やかな塗料で塗られているものの強い日光で色褪せ、少し剥がれかけている。壁にはおびただしい数の室外機と、縦横無尽に走る排水管とダクト。
小さい窓には洗濯物が干してあり、生活感が漂ってくる。1階部分は飲食店になっていて、漢字で書かれた看板の横の換気扇からは良い臭いの煙が吐き出されている。土地が狭いので少しでも広くするために、どのビルも道路にせり出している。
室外機の接地面もそれなりに適当な物が多いのか、そこからポタポタと水が垂れていて、道路はびしょびしょになっていた。
路地に貼られたステッカーや落書きの多くは宣伝のものだった。仕事の内容と電話番号が書かれていた。
事前に、建物の修理や建築に竹が使われると聞いていたが、それも本当だった。そこら中の建物が、竹で囲われている。かなり大きな高層マンションの建築にも竹が使われていた。1階を見ると、竹槍状に削られた竹がそのまま地面に接地していた。
「こんなので、本当に大丈夫なの?」と思わず心配になってしまったけど、香港はずっとこれでやってきているのだから大丈夫なのだろう。竹ってすごい素材なんだろう。
どこを切り取っても絵になる街、という印象だった。これからも絵になる街であり続けて欲しい。
香港の家賃事情
ところで、「香港は家賃が高い」と聞いていたので、不動産屋に貼られている物件を意識的に見てみた。
駅に近い2LDKの部屋で、13000香港ドル(約24万円)くらいの物件がよく目についた。
「低層階の安い物件」も貼られていたがそれでも8万~10万円はする。販売価格も高く、日本円で1億円以下の物件はあまり見当たらないくらいだった。東京よりもかなり高い。
東京以外の日本の都市から見ると、東京はかなり高いから、香港の家賃を見たらそれだけで萎えるかもしれない。
香港では、その家賃の高さもあって、ルームシェアをしている若者や学生は増えているという。
物価はそこまで高くなかったが、それでも日本よりは高かった。コンビニはセブンイレブンがたくさんある。売っている商品も日本と同じものが多かった。日本で売ってるものの香港版ではなく、日本語で書かれたそのもののパッケージで売っている。看板や道案内には日本語は少なかったが、スーパーでは日本語のパッケージの商品はたくさん売られていた。
そうした店で商品を見てみると、ペットボトルが300円くらい。
裏路地にある「下町」的な感じの飲食店で、チャーハンと瓶ビールを頼んで1800~2000円くらい。
観光客だと気にならない値段だが、住むとなるとちょっと厳しい物価かもしれない。
知り合いの女性が「香港に短期留学に行きたいけど、土地代の高さと物価の高さでちょっと迷ってる」と言っていたのだが、たしかにしんどいかも。
2200戸の「モンスターマンション」
香港の地下鉄であるMTRに乗って、適当な駅で降りて散歩したが、場所によって町並みも違った。
「調景嶺(ちょうけいれい、ティウキンレン)」駅は、もともとは市街地から山と海で隔離された場所で、国民党軍兵士の「落人の村」があったという。
以前は独特な町並みだったようだが、現在は完璧なニュータウンになっていて、50階を超えるような大きなマンションがズラリと並んでいた。まるで漫画『進撃の巨人』の壁のように並んでいたので、威圧感を感じた。
昔ながらの景色がなくなってしまったのは残念だったが、現在は現在ですごく特徴的な風景の街になっていた。
次は「そく(魚へんに則)魚涌」駅(そくぎょちょう、クオリーベイと読む。読めるか!)で降りた。特に理由はなく降りたのだが、降りてから、有名な観光地があることに気がついた。Googleマップに「モンスタービルディング」と書いてあったからだ。
これは2200戸という巨大なマンションで、日本では「モンスターマンション」と呼ばれている。三方をマンション棟に囲まれているので、中心で写真を撮ると「バエる」のだ。映画『トランスフォーマー/ロストエイジ』のロケに使われたことで一躍有名になったらしい。日本でも、いくつかのMVに使われているという。
行ってみると、写真を撮るための行列ができていた。白人のモデルのような人も来ていて、ばっちりポーズを決めていた。
香港旅行中に日本人の旅行客を見たのは、唯一ここだった。若い女性2人が、SNSに載せるのであろう写真を懸命に撮っていた。一時はあまりに写真を撮りに来る人が多いので撮影禁止になっていたそうだが、現在は「ドローン撮影禁止」と書いてあるものの、普通の撮影はオーケーだった。
たしかにものすごく見栄えのする場所だった。ただ、意外と同じような写真が撮れる、三方をマンションに囲まれている場所は近くにもあった。
1階部分が青果店などになっている場所が近くにあり、そこでの写真も非常にかっこよく撮れた。同じような部屋が並んでいるのだが、一室一室、室外機や洗濯物やカーテンの雰囲気が違い、いい意味で「カオス」な雰囲気になっていた。
観光地近くにあった墓
「牛頭角(ぎゅうとうがく、アウタウコック)」駅周辺は、比較的低収入の人が住む建物が建つと書いていたが、歩いていて感じることはなかった。大友克洋の漫画『童夢』を想起させるような大きな団地群が建っていて、目を引いた。
堅尼地城(と書いてケネディータウンと読む)は、古い地域で、旧英国植民地の雰囲気が残っていると言われていた。現在ではオフィス街になってきているそうだが、それでも「ハイカラ」なイメージは感じられた。
MTRを使えば簡単に一回りできるくらいのサイズ感の街だけど、場所ごとに強い特色があってかなり楽しかった。
こうしてほとんど街を歩いただけで日々の旅程が過ぎていったのだが、それでも1箇所だけ観光地に足を運んだ。
大澳(たいいく、タイオー)と呼ばれる場所だ。英語で書くと、Tai-O。すごくかっこいい。香港国際空港の近くなので、初日にいきなり行くのも良いと思う。僕は、フェリーで向かった。
海沿いの水路に高床式で作った棚屋が並ぶ、古き漁村だ。水上の高床建物である棚屋は、もう香港では大澳でしか見られないので、ぜひとも見たかった。
やはりここは観光地になっていて、多くの人が訪れていた。海岸線沿いに歩いて建物の写真を撮っていたのだが、とにかく暑かった。香港が暑いのは知っていたが、昨今は日本も暑いし大丈夫だろうと思ったのだが、だんだん頭がグラグラしてきた。
香港の都市部は暑くとも、ビルに入ってしまえば凍えるほどクーラーが効いていることが多いのだが、大澳ではクーラーが効いていない施設が多かった。
目抜き通りは賑わっていて、飲み物も売っているが、少し奥に進んでいくと何も売っていない。
あまりに暑かったから、日陰に進むと、少林寺があった。少林寺と言えば、リー・リンチェイ(今のジェット・リー)が全力でトレーニングしているイメージがあった(映画の話だ)。たしかに石畳が敷き詰められていたが、残念ながら
「は!」
「は!」
「は!」
と暴れまくる僧たちはいなかった。
横の小路を登っていくとかなりの坂道が出た。「この先は水を汲める場所がないから気をつけろ」というようなことが書いてある。
上に登ると、イルカの像や廟があるらしい。
登るのが嫌になって、平の道を進んでいった。ただこちらの道も結局、登り坂になっていった。さっきの道とどこかで合流できるだろうと思って歩いていると、小ぶりな建造物が出てきた。
不思議なもので、見慣れない形なのに一瞬で「墓だ」とわかった。沖縄の墓と近いかたちで、祠の前に丸い広場が作られている。
沖縄のものも特徴的な形をしているが、それと似ている気がした。都市部は非常にぎゅうぎゅうとビルが建っていたが、大澳のお墓は非常にゆとりがある感じだった。
墓には故人の写真があった。亡くなったのがずいぶん前なのか白黒写真が多かった。
進むに連れ、墓の密度は増してくる。人は誰もいなかったが、作業途中の墓もあり、重機やレンガなどが置かれていた。
日光がガンガン射し込む昼間なのに、どこかゾッとしてしまった。
墓の道も坂道がきつくなり、このまま登っていけば、「廟に抜けられるか?」と考えながら進む(今思えば、廟も墓なのだが)。
しかし、たどり着いたのは坂の上の方に作られた大きな墓で、結局、廟やイルカの像にはたどり着けなかった。坂の上では木陰がなくなり、頭がチンチンに焼けてきた。水筒に入れた水も空になり慌てて降りた。
船に乗って棚屋を回ることもできたのだが、熱中症でもうフラフラになってしまった。
◇
帰宅のバスに乗ると、車内はあまりに寒くて肺がおかしくなって咳が止まらなくなってしまった。
そんな苦い思い出もある香港旅行。ただ、予想以上に楽しかった。さまざまな情勢で変わって
しかし
いくつか行かなかった観光スポ
(村田らむ)
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