
PHOTO:センメ/PIXTA
今回は、知っているようで知らない、建築の「アレ」の名前、というテーマでお届けしたいと思います。これを知ればちょっとだけ「建築通(痛!?)」ぶれるはずです。
それでは今回のラインアップです。
1.押し入れの隅っこにある「アレ」
2.マンションの屋上にある「アレ」
3.京都で見かける竹でできた「アレ」
4.割れているんじゃなくて、実は割っている「アレ」
5.浴槽の取り外せる「アレ」
建築関係を仕事にしていない方で、このアレを全部知っていた方がいたら、「一級うんちく氏」の称号を与えましょう! 飲み屋で隣同士になった素敵な人を、あなたのトーク力で引き込める方かもしれません。
逆に、「そんなうんちく興味ない!」と一蹴される可能性のほうが多いかもしれませんが、それでもこの記事を読んだ後ついつい「これってなにか知ってる?」といいたくなりますよ!
1.押し入れの隅っこにある「アレ」
突然ですが、みなさんの家には押し入れありますか? あの、ドラえもんが寝ているところです。
布団ではなくベッド生活をしているお家だとクローゼットと呼ばれるのかもしれませんが、とにかくあなたの家に押し入れがあれば、いますぐ覗いてみてください。隅っこの部分に、細い棒のような出っ張りがあるはずです。
これ、「雑巾摺り(ぞうきんずり)」と言います。なんだか貧乏くさい響きですよね。

矢印が指している出っ張りの部分が「雑巾摺り」(Totti-ウィキメディアコモンズ)
実はこれ、以前の記事で紹介した「巾木」と似た役割を持っています。
雑巾摺りがあれば、壁と床がぶつかる部分に生じる小さな隙間も隠せますし、雑巾で壁が汚れるのを防いでくれます。掃除の際に雑巾がここに当たるので、「雑巾摺り」と呼ばれているわけですね。
昔は写真のように薄いベニヤ(合板)などを組み合わせて、大工さんが手作りをしていました。しかし現在は、木目が印刷されたシートを、合板などに貼り付けた「押し入れセット」などと呼ばれる商品が広く使われています。

合板にシートなどを貼って作られた「押し入れセット」(画像:南海プライウッド)
妙にツルツルなので、触ってみれば従来の押し入れとの違いが分かると思います。ツルツルなプリント合板なら、雑巾は使わないかもしれませんね。
2.マンションの屋上にある「アレ」
マンションの屋上やベランダの端っこにある、この出っ張りの部分、見たことがあるでしょうか?
これ、「パラペット」といって、とても重要な役割があります。「パペット」(操り人形)ではありませんよ。
ちなみに『改訂新版 世界大百科事典』(平凡社)によると、パラ(防備する)とペット(胸)の合成語として、ラテン語から派生してできた言葉のようです。

マンションの屋上などで、床面の端部にある立ち上がり部分が「パラペット」(PHOTO:KKちゃんねる/PIXTA)
パラペットは、勾配のない平らな屋根(陸屋根、などと呼ばれます)において、水が外壁側に流れ落ちないように、上方向に立ち上がっている部分のことです。
この立ち上がりがないと、屋根に降った雨水が外壁を伝ってダラダラと垂れてしまい、それが「雨だれ」として外壁を汚してしまいます。
屋根の上には晴れの日に積もったホコリや砂がありますから、そういう汚れが含まれた雨が外壁をつたって落ちると、目立ってしまうんですね。

屋上に降った雨水が外壁に垂れると、「雨だれ」となって汚れが目立ってしまう(編集部撮影)
ちなみに、パラペットにはもう1つ大切な役割があります。それは、「防水をうまく納める」というものです。
マンションの屋上には、下の階に水が漏れないように「防水」が施されています。具体的には、塗料を塗って塗膜を作ったり、シートを敷き込んで防水したりという方法になるのですが、屋上の端っこにパラペットがなかったら、納まりが悪くなってしまいます。
屋上の端っこ(90度の角)でピタッと止めるような施工は難しいですし、仮に上手く止めたとしても、その端っこの部分から塗装やシートが剥がれてきたりすると、漏水の原因になってしまいます。
その点、パラペットがあれば、塗料やシートを上まで立あげ、そこで防水を止められるので施工がしやすく、漏水しにくくなるというわけです。

塗料タイプの防水工事を終えた直後の屋上。パラペットの出っ張った部分(アゴ)で防水を止められるので施工がしやすい(編集部撮影)
よく見てみると、パラペットには「アゴ」と呼ばれる出っ張った部分があります。一番上が出っ張っているので、そこで防水を終わらせやすくなっているというわけです。
この「パラペット」の立ち上がりが少ない(短い)と、水が当たりにくいところで、しっかりと防水を終わらせることが難しくなるので、パラペットは大きめに取りたいところです。
しかし、例えばベランダなどのように外側に飛び出している部分ですと、外から眺めたとき、とすごく太い(厚い)床が出ている感じなってしまい、なんというか、どんくさくなります。

ベランダ手すりの下にある立ち上がりも「パラペット」。この立ち上がりが高いほど防水上は有利だが、外から見たときにはやぼったい印象になりがち(PHOTO:keikyoto/PIXTA)
薄い床がすぅーっと出ている方がモダンでかっこいいですよね。なので、設計者はなるべく細く薄くするためにこだわったりするのでこの立ち上がりが小さい傾向にあるのです。
性能と見た目のせめぎあいがここに現れているというわけです。「パラペット」に気をつけながら生活してみると、それぞれの微妙な違いに気がつくことでしょう。設計者はそんなところにこだわって設計していることがわかると思います。
3.京都で見かける竹でできた「アレ」
みなさんは「矢来(やらい)」という言葉をご存知でしょうか?
「矢来」とは、竹や木材を縦横に粗く組んで作成した仮の囲いのことです。「矢来」は当て字のようで、「遣 (や)らい(追い払うこと、払い除くこと)」からきているようです。
さて、ここでご紹介するアレは「犬矢来(いぬやらい)」というものです。矢来の犬バージョンということは、犬を縦横に粗く組んで作成した仮の囲…なワケありません。答えは逆です。
犬矢来とは、犬に避けてもらうための囲いなのです。写真を見たらすぐわかります。これです。
京都とかでよく見ますよね。これは、犬が建物の外壁におしっこをするのを防ぐための囲いなのです。
木の外壁や土台ですと、おしっこを掛けられると匂いが染み込みますし、毎回されると木の腐食にも繋がります。
とはいえ、露骨にブロックするのも無粋というもの。そこをスマートにきれいに見せるために、我らお先祖様が作ったのがこの繊細な「犬矢来」なのです。
きれいなので装飾と思っている方がいらっしゃるかもしれませんが、きちんと目的があるものなのです。
またの名を「竹矢来」ともいい、犬よけ以外にも屋根から落ちた雨の跳ね返りや泥はねから外壁を守り、傷や腐食を防ぐ役割、また雨宿りなどで軒下に人を立てなくするためのものでもあったのだとか。
過密化した町家では、部屋のすぐ外に人がいたらいろいろと聞かれてしまうから、という事情もあったようです。
4.「割れてる」んじゃなくて「割ってる」アレ
昔ながらの木造のお家の中で、木の柱に豪快な裂け目が入っているのを見たことがあるかもしれません。
うわー柱が割れててこの家大丈夫かな…なんて心配になるかもしれませんが、実はこれ、割れてるんじゃなくって「割ってる」んです。名前を「背割り」と言います。

木造の柱に施された「背割り」
背中を割る…なんだかプロレスの技みたいで痛そうですね。これは、木の中心部である芯の部分を含んだ柱などに、その芯まで達するような切れ込みを入れることを背割りといいます。
なぜこんなことをするかというと、木材のひび割れを防ぐためです。
木はたくさんの水分を土から吸い上げて生きています。伐採しても木の中にはたくさんの水分が残っていますが、伐採した直後からどんどん乾燥してきます。
しかも柾目(まさめ、木の半径方向)の収縮と板目(いため、木の接線方向)では収縮率が2倍程度違うので、何もしないでおくと色んな方向に割れが必ず出てしまいますし、この伸縮率の違いで木が反ってしまうのです。

伐採後の乾燥や収縮により、柱にひび割れが生じることも
それを防ぐために、あらかじめ「背割り」を入れることで、割れが他に生じないようにし、木の乾燥を促し、反りを防ぐことができるためです。「えっ、わたしの自慢の自宅の柱にはそんな割れが入ってなかったよ」という方は、下記のどれかに該当すると思われます。
1.人工乾燥された木材を使っている
現在は効率的に木の含水率(木材に含まれる水分の割合)を下げるために、さまざまな機械を用いて人工的に乾燥をさせる手法が発達しています。それを行うと、割れを極力生じさせないで乾燥をさせることができるのです。
2.集成材の表面に薄い本物の木(突き板)が貼ってある
集成材というのは小さな木片を接着剤で固めた工場で作られた製品です。そうすることで小さな木やねじれた木も効率的に使うことができ、かつ各種強度や含水率などの性能も一定水準に保たれた木材になります。
ただし集成材は、木片がツギハギされたような見た目が気になるので、そこに桂剥き(大根の皮向きです)された薄い本物の木材を貼って隠すものです。
3.芯去り材を使っている
「芯去り材」とは、樹木の中心部を含まない木材を示す言葉ですが、心がない木材を採るには大きな径、つまり樹齢が100年近いものでないと採れないのです。

心持ち材と心去り材
現在の日本では、植林された木材である樹齢50年程度の木材や、それ以下の「間伐材」がたくさん製材されており、それらの材からは柱は1本(=芯持ち材)しか採れないことが多いのです。もしあなたの家に「芯去り材」が使用されているのであれば、なかなかのお金持ちだということかもしれませんね。
ところで「背割りって言っても、直径の半分ぐらいまで割ってしまったら強度はどないやねん!」と思う方が多いことでしょう。
もちろん強度は落ちますが、たくさん実験をしたところ数%程度の低下のようでして、基準強度以上確保できるのでその点はご安心ください。
最後に豆知識です。
柱の背割りされた部分に、木材同士を留め付けるための金物のビス位置が重なってはいけません。当然ですが、空洞の部分にビスなど効くはずがないからです。これはだれでも確認できるので、もしご自宅等建築中の方はご確認ください。私も現場監理ではこの点に注意を払っています。
5.お風呂の取り外せる「アレ」
最後は家庭科です…というのは冗談ですが、あながち間違ってはいないかもしれません。お風呂の、「お掃除しなきゃいけない部分」です。
ここの名前、ご存じでしょうか。
これは「エプロン」と言います。浴槽の洗い場側にある側面のことです。
調理で使うエプロンも、料理をする際に汚れないようにカバーをしますが、同じように浴槽の側面をカバーして美観を保ち、かつ浴槽の保温効果を保つ役割があります。
しかし、このエプロンを外すと…見るに耐えないおぞましい現実に出会うかもしれません。
お風呂の種類によってこのエプロンが外せるものとそうでないものがありますが、調べていただいて外せる方は是非この機会に外してみてください。当然ですが湿気が多く、ずっと洗っていないとなると髪の毛や垢、カビのオンパレードになっていることが多いです。
衛生的にはやはり掃除をしたほうが良いので、ぜひチャレンジしてみてください。「エプロン」はメンテナンスのために外せることが多いのですが、難しそうなら無理をしないでくださいね。「エプロン戻せなくなった!」というクレームは受け付けませんので…。
◇
以上、「見たことあるけどそんな名前があるとは知らなかった」シリーズを解説してみました。
建設現場ではよく飛び交っている言葉ではあるのですが、この機会に知ってもらって興味を持っていただけると嬉しいです。
(一級建築士・岡村裕次)
プロフィール画像を登録