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「コベナンツ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

コベナンツ付きのアパートローンが、この数年で徐々に増加しています。一部の不動産投資家の方は、銀行や不動産会社から、「コベナンツ付きのアパートローンには大きなメリットがある」などと説明を受けているかもしれません。

ただ、うまい話はそう簡単には転がっていません。不動産投資家にとってコベナンツ付きアパートローンは、メリットもデメリットもあります。今回は、そんなコベナンツ付きアパートローンについて、取り上げてみたいと思います。

コベナンツ=約束・義務

「コベナンツ」(Covenants)とは、一般的に、「契約や合意の中で定められる特定の約束や義務」を指します。

特に金融や法務の分野でよく使われていますが、名前から分かる通り、海外から輸入された概念です。

特に欧米では、金融市場において企業の資金調達が多様化しています。それに伴い、リスク管理の重要性が増したため、コベナンツが導入されるようになりました。

一般的なコベナンツの事例としては以下が挙げられます。


■金融コベナンツ
企業が融資を受ける際に、貸し手(銀行など)が借り手に対して課す財務上の制約や条件です。

一定の財務比率を維持することや、特定の行動を取らないことなどが含まれます。

例えば、借り手が一定の自己資本比率を維持することや、新たな借金をしないことなどが求められる、といった例が分かりやすいでしょう。

■不動産コベナンツ
不動産の売買契約や賃貸契約において、特定の使用制限や義務を定める条項です。

例えば、特定の用途にしか土地を使用しないことや、建物の外観を一定の基準に保つことなどが含まれます。

■法的コベナンツ
法律上の契約や合意において、当事者が特定の行動を取ることや取らないことを約束する条項です。これには、競業避止義務や秘密保持義務などが含まれます。


このようなコベナンツのうち、ローンに適したコベナンツを付与したものが、今回のテーマである「コベナンツ付きアパートローン」です。

日本において、コベナンツを付与したローンは、企業向けの融資や不動産ノンリコースローンでは一般的です。

ただ、個人や個人と同一視できるレベルの不動産賃貸会社などに対してもコベナンツ付きローンが提供されるようになってきたのは、近年になってからでしょう。

コベナンツ付きのローンのメリット・デメリット

次に、コベナンツに関し、コベナンツ付きのローン(アパートローンも含みます)に焦点を当てます。

コベナンツ付きのローンとは、借り手が特定の財務指標や業績目標を達成することを条件に、融資を受ける形式の融資です。これには、一般的に次のようなメリットとデメリットがあります。

■メリット

<リスク管理>
コベナンツは、貸し手が借り手の財務状況を監視し、リスクを管理する手段となります。これにより、貸し手は早期に問題を発見し、対策を講じることができます。

これは借り手にとっても同様です。借り手も自社の財務状況を定期的に確認する機会が増え、健全な経営を維持するための指標となるとされています。

<金利の優遇>
コベナンツを設定することで貸し手にとってのリスクが低減し、ローン金利を低く設定することがあります。借り手は低コストで資金を調達できる可能性があります。

<信用力の向上>
上記金利の優遇と同様ですが、借り手はコベナンツを遵守することで、借り手の信用力が向上し、将来も含めて融資条件が有利になることがあります。

■デメリット

<制約の増加>
借り手はコベナンツを遵守するために、財務や経営の自由度が制約されることがあります(例えば、貸し手の了解なしに物件を売却しない)。これにより、柔軟な経営判断が難しくなることがあります。

<違反リスク>
コベナンツに違反すると、貸し手からのペナルティや融資の早期返済要求が発生する可能性があります。これによって、急に企業の財務状況・資金繰り状況が悪化するリスクがあります。

<管理コスト>
コベナンツの遵守状況を定期的に報告するための手間、管理コストが発生します。これには、追加の税理士や会計士の費用が含まれることがあります。

<交渉の複雑化>
コベナンツの設定や変更には、貸し手との交渉が必要となり、時間と労力を要することがあります。特に貸し手はコベナンツ設定に慣れていたとしても、借り手には経験・知見が少ないことが多いでしょう。貸し手の有利なコベナンツになり過ぎないように交渉することは、相応の負荷とノウハウが必要です。

コベナンツ付き融資は、貸し手と借り手の双方にとってリスク管理の手段となり得る一方で、借り手にとっては制約や管理コストが増加する可能性があります。

したがって、コベナンツを付与した融資は、不動産のファンド等のプロが活用するものであるのが一般的です。

個人としての不動産投資家はコベナンツの内容や条件、そのメリット・デメリットを十分に理解し、慎重に検討した方が良いでしょう。コベナンツに違反して、貸し手から一括返済を求められたならば経営に危機的状況が訪れることになるためです。

アパートローンにおけるコベナンツ

アパートローンにおける一般的なコベナンツは、借り手の財務健全性や、物件の管理状況を確保するために設定されることが多くなっています。

以下に、アパートローンにおける一般的なコベナンツの例を挙げます。このコベナンツがすべて設定されるわけではなく、借り手や物件の状況、貸し手のポリシー等によって個別に設定されることになります。

■財務コベナンツ
・デット・サービス・カバレッジ・レシオ(DSCR)

借り手がローンの利息や元本の返済を行う能力を示す指標です。通常、一定の比率(例:1.2倍以上)を維持することが求められます。

・ローン・トゥ・バリュー(LTV)レシオ
ローン残高と物件の評価額の比率を示します。通常、一定の上限(例:80%以下)を超えないように設定されます。

・純資産額維持
借り手が企業の場合、純資産額をマイナスとしないように設定されます。

・損益の維持
借り手が企業の場合、2期連続の赤字を出さないという損益上の制限が設定されます。これは不動産投資家にとっては足を引っ張られる可能性のある条件であり、節税狙いで意図的に赤字を出すことはできなくなります。

・キャッシュリザーブ
借り手が一定の現金リザーブを維持することを求められます。これは、予期せぬ支出や収入の減少に対する備えとして設定されます。


■非財務コベナンツ
・鑑定評価書の提出

借り手は定期的に鑑定評価書を貸し手に提出する義務があります。

・物件の維持管理
借り手は物件を適切に維持管理し、必要な修繕や改修を行う義務があります。これには、定期的な点検やメンテナンスが含まれます。

・保険の維持
借り手は物件に対して適切な保険(火災保険や地震保険など)を維持する義務があります。

・賃貸状況の報告
借り手は定期的に物件の賃貸状況(入居率や賃料収入など)を貸し手に報告する義務があります。

・追加借入の制限
借り手が新たな借入を行う際に、貸し手の事前承認が必要とされることがあります。

・資産売却の制限
借り手が物件を売却する際には、貸し手の事前承認が必要とされることがあります。

・賃貸契約の制限
借り手は賃貸契約を締結する際に、一定の条件(例:最低賃料、契約期間)を満たすことが求められることがあります。

 

具体的なコベナンツの設定は、各金融機関やローンの条件によって異なりますが、一般的には上記のような財務コベナンツと非財務コベナンツが組み合わされることになります。

これらのコベナンツは、借り手の財務健全性を確保し、物件の価値を維持するために重要な役割を果たします。

実際のコベナンツの内容や条件は、借り手の状況や物件の特性、そして交渉(金融機関との関係性や金融機関のポリシーなど)に応じてカスタマイズされます。

借り手がコベナンツに抵触した場合には、通常は貸し手から是正を要求され、是正できないと融資の一括返済(正確には貸し手の請求によって期限の利益を失う)の請求がなされることになります。

メリットを享受できるのは築古投資家?

コベナンツ付きアパートローンが登場した背景の1つには、利用者の書類偽造や、住宅ローンを利用した不動産投資などの不正を防止したいという、金融機関側の事情があります。

「約束を破ったならおカネを返してもらう」と、事前に条件として明確に決めておくということです。

また、貸し手側の営業上の理由もあります。つまり、通常のアパートローンでは貸せないが、コベナンツを守ってもらうことでリスクが下がるので、貸せるようになる案件が増える、ということです。

一方、借り手にとってみれば、コベナンツを受け入れることによって、低金利や長期融資、築年数の古い物件でも融資を受けることが可能といった恩恵を享受できる可能性があります。

これらを踏まえると、コベナンツ付きのアパートローンに取り組むことでメリットを享受できるのは、「築古物件に長期間投資を行いたい不動産投資家」だと筆者は考えています。

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理由は、法定耐用年数を超えて融資を受けられる可能性があるためです。その代わり、鑑定評価書を提出したり、期中の修繕をしっかりと行ったりして、賃貸経営状況の情報提供をする必要はあります。

逆に、新築や築浅の物件だと、通常のアパートローンでも十分に借入期間を長期化することができるため、経営に制約を受けるコベナンツ付きのアパートローンは必要ないことも想定できます。

また、コベナンツ付きのアパートローンは、借入時に相応の融資手数料(3~5%程度)がかかります。仮に5%だとすると、不動産仲介会社に支払う3%の仲介手数料なども含め、イニシャルコストだけで物件価格の1割程度がキャッシュアウトします。

短期間で転売しようとしている不動産投資家にとっては、手数料が高い分、転売では利益を上げづらいことは間違いないでしょう。

コベナンツ付きのアパートローンには、良いところも悪いところもあります。良い面だけを見ずに、冷静に自らの事業にどのような制約や影響を与えるのかを考えてみる必要がありそうです。

(旦直土)