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ドクターローンという言葉を聞いたことはあるでしょうか。このローンは、銀行が用意している医師専用のローンです。

医師は何かと銀行から優遇されている印象がある方もいらっしゃるでしょうが、このドクターローンもその1つです。

今回はこのドクターローンに焦点を当ててみたいと思います。銀行が取り扱うローンの類型の1つであり、銀行から資金を調達する方々にとっては銀行の考え方を理解する参考になるものと思います。

ドクターローンとは

ドクターローンは、医師や歯科医師を対象にした特別な融資制度です。医師や歯科医師が自身のクリニック・医院を開業するための資金を提供すること、また運転資金等を調達することを目的としています。

ドクターローンのどこが特別かと言えば、以下の項目が一般的に挙げられます。


低金利…医師・歯科医向けに優遇された低金利
長期間の返済期間…通常のローンよりも長い返済期間を設定可
担保・保証…担保不要、連帯保証人(銀行が保証会社をセットアップしている)不要が多い
特別な審査基準…医師免許を持つ個人に対する信頼性を重視し、他属性の個人よりも緩い審査基準


ドクターローンの対象者

「ドクター」と名乗っているぐらいですから、ドクターローンは医師向けです。ただし、銀行によっては医師は対象だが、歯科医が対象外になっていることがあります。

例えば、三井住友銀行が提供する「三井住友開業医ローン ドクターパートナー」は、利用できる対象は「医師である方」としていますが、注意書きで「※歯科の方、および美容外科等の自由診療を主体に行う方は対象外となります」とわざわざ記載しています。

三井住友開業医ローン ドクターズパートナー

このようにドクターローンといってもすべての医師が対象ということではないのです。

歯科医がドクターローンの対象から外されている理由は、歯科医師が通常の医師よりも収入が少ないことが一般的、というのが1つの理由でしょう。

令和5年「賃金構造基本統計調査」を見ると、企業規模10名以上の医院等に勤める医師は収入が1276万3000円、歯科医師は893万4000円となっています。

すなわち、医師と歯科医師には大きな収入格差があることが知られており、そのため銀行は医師の方が優遇すべき安全な借り手だと認識しているのです。

歯科医師がドクターローンの対象外である補足理由としては、「歯科医院の過剰」が挙げられます。

歯科医院ではこれまで「コンビニよりも多い」と指摘され、過当競争に陥りやすい経営環境が続いてきました。

また、近年は虫歯の罹患率低下があり、歯科医院は利益を出しにくくなっています。したがって、ドクターローンという特別な枠組みでは、歯科医師を外している銀行が存在することになります。

なお、上記で取り上げた「令和5年賃金構造基本統計調査」には獣医師のデータも掲載されており、獣医師は収入が955万5000円となっています。

獣医師は歯科医師よりは収入が高いのですが、保健医療体制に組み込まれているわけではなく経営が安定しているとは一般的にはみなされていません。したがって獣医師はドクターローンの対象とはならないのが一般的ではないかと思います。

ドクターローンの分類

ドクターローンは、大きく分けると2つの分類があります。1つは開業医向け、もう1つは勤務医向けです。

先ほど事例として挙げた三井住友銀行のドクターローンや、みずほ銀行の「みずほクリニックアシスト」は開業医向けのローンです。

借入人の資金使途は、主に開業時を含む、設備資金および運転資金資金に限定されています。

具体的な資金使途としては1)医院やクリニックの開業資金、2)医療機器の購入、3)内装工事や改装費、4)運転資金が主要なものとなります。

少し筆者の思い込みが入っているかもしれませんが、大手銀行は開業医向けのローン取り扱いが一般的であり、まさに開業資金と開業後の資金を支援しています。医師の事業に対して融資を行いたいというスタンスです。

もう1つの類型としての勤務医向けドクターローンには、例えば東邦銀行の「ドクターローン」があります。この東邦銀行のドクターローンは勤務医向けです。

資金使途は原則自由となっていますが、わざわざ「事業資金(開業資金など)は除きます」と説明されており、事業資金とは別枠のローンであることが明記されています。

資金使途の例としては、1)医療にかかる研究費・海外研修費、書籍代等、2)現在他行等でお借入れ中の資金のお借換え資金、3)上記以外のお使いみちにも、50万円を限度としてご利用いただけます、と説明されています。

東邦銀行「ドクターローン」の説明書

勤務医向けのドクターローンは、東邦銀行の例にあるように事業(もしくは開業)資金を除いて、比較的広い使いみちを認めているのが一般的です。

誤解を恐れずに言えば、勤務医向けのドクターローンは、銀行のカードローンや消費者金融が提供しているローンを医師向けに金利を低く設定したようなものです。

なぜ金融機関はドクターローンを提供しているのか

開業医向けだろうと勤務医向けだろうと、銀行が医師向けのローンを提供しているのは、総体として収入が高く属性が良い医師とローンを入り口に取引を長く続けたいからです。

銀行にとって、ローンを提供するということは長年にわたって借り手と接点を持ち続けることになります。

また債権者である銀行が会いたいと言えば、借り手である医師も断りづらいでしょう。その接点を拡大していく中で、預金のみならず投資信託などの運用商品販売や、不動産投資向けのアパートローンの提供を銀行は目指していくのです。

なお、ブランド力のある大手行は、開業医向けの事業資金を出すことを好みます。

これは、一度で多額の資金を融資できるため効率的であることと、事業としての医院・クリニックの資金繰りを把握できること、そして医院・クリニックの預金・送金等といった他の取引も見込めることが理由です。

勤務医向けのローンは、前述の通り単なるフリーローンのようなものです。ですので、勤務医とのつながりはどうしても弱くなってしまいます(事業のことを相談するということは発生しません)。

ドクターローンで不動産投資はできる?

ドクターローンで不動産を購入することは、通常の利用目的としては認められていないことが一般的です。

例えば、三井住友銀行の「三井住友開業医ローン ドクターズパートナー」では、資金使途について「診療所開業時、開業後における設備・運転資金および開業後の決算・賞与資金。※ただし、設備資金のうち、土地・建物購入、建築にかかる資金は対象外となります」と説明されています。

すなわち、開業時の設備資金などはローンを出すけど、開業時に土地建物を購入して開業するのは、資金総額が膨らみリスクが高まるので開業医向けのローン対象にはしないということです。

もし開業のタイミングで土地建物を取得したいのであれば、別枠のローンの類型で銀行に相談して欲しいということになります。

銀行は、開業時の必要資金が膨らみすぎることを懸念しているとともに、不動産のリスクは違う枠組みで検討したいという考えでしょう。

このようなドクターローンですから、ドクターローンで不動産投資を行いたいと医師の方々が考えたとしても実現する可能性はほぼありません。

ドクターローンは、医師が属性が良いために優遇しているローンですが、不動産投資が失敗するとその赤字を穴埋めしなければならなくなり信用力が悪くなることは容易に想定できます。医師だからといって何でも優遇するわけではないのです。

今回はドクターローンという特殊なローンについて見てきました。

ドクターローン自体は、楽待新聞をご覧になっている読者のほとんどには関係ないかもしれません。

ただ、ドクターローンは銀行のローンに対する考え方、方針を如実に表しており、銀行から資金調達をしたいと考えている方には参考になると筆者は考えています。

ドクターローンの事例を見ると分かるように、銀行は金持ち(ドクターローンの場合は収入が多い方というのが正確な言い方でしょうが)を優遇します。

ただ、金持ちを優遇するといっても、資金を優遇的に貸すのは基本的に本業に対するものです。不動産を購入しなくても開業はできるのであり、もちろん不動産投資となってくるとまったく話が異なります。

医師の方々の中には、若い頃から先生と呼ばれてチヤホヤされてきている方もいることでしょう。

確かに医師になる方は非常に優秀な方々です。ただ、不動産を見極める力があるのか、不動産投資で成功する能力があるのかと言えば、まったく別です。

医師として学んできたことについてはもちろん知識も経験もあるでしょうが、それ以外については素人であることは往々にしてあります。

医師が周りからおだてられ、気を大きくして不動産投資を行い失敗した事例など世の中にはいくらでもあります。銀行はこの経験則をよく分かっているのです。

銀行の本質は単なる「カネ貸し」です。ほとんどの銀行員はニコニコしながらも、貸したお金が返って来るかを冷徹に見ています。

資金の回収なんて面倒で内部であまり評価もされませんからやりたくないのです。従って無理な融資はやりたくない人々が大半であって、決してにこやかなだけの人々ではありません。

ドクターローンの仕組みからは、銀行のこのような本音が透けて見えるのです。

(旦直土)