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ここからの2週間ほどで、日米ともに重大な政治的イベントを迎える。日本の衆議院選挙と、アメリカの大統領選挙だ。
とりわけ後者は、歴史を画する選挙になる可能性が高い。事前に想定できる範囲で、どのようなシナリオが生じうるか、そしてそれが日本の金融政策にどう影響するか、考えてみることにしよう。
衆院選は自公過半数の攻防に
10月27日に投開票を迎える日本の総選挙では、いわゆる裏金問題を受けて、自民党の大幅議席減が確実視されている。
自民単独過半数はほぼ望み薄の状況で、焦点は自民、公明あわせた与党で過半数を取れるかどうかだ。この原稿執筆時点(10月21日)では、どうもかなり微妙な情勢になっているようだ。

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通常、金融市場への政治的イベントの影響は一過性にとどまることが多い。
今回も、与党が何とか過半数を確保できれば、市場への影響は限定的であろう。ただし、選挙後の追加公認を含めても過半数を維持できなければ、政局は一気に混迷することになる。
その場合のシナリオとしては、立憲民主党を中心とした非自民連立政権樹立や、自公と立憲民主による大連立の可能性は極めて低く、基本的には以下の2通りが考えられるだろう。
1.過半数を割り込んだまま自公少数政権が続く
2.自公に加え維新や国民民主党を加えた連立再編
可能性が高いのは、1の少数政権、プラス政策ごとの部分連立のような形ではないか。
いずれにしても、そのような形で政局の不確実性が高まれば高まるほど、株式市場には重石になり、日銀も追加の利上げをしにくくなる。その結果、金利の低下、為替市場での円安などの圧力が高まることになる。
ちなみに現在の日銀の基本スタンスは、景気が現状どおりの緩やかなペースで拡大を続け、物価上昇率が引き続き前年比2%超で推移していくならば、ゆっくりと利上げを進めていく、というものである。
とはいえ、市場での見方はかなり慎重で、次の利上げは来年半ばころ、さらに次の利上げは3~4年ほど先という超スローペースが市場コンセンサスだ。

*「無担保コール翌日物」金利 JSCCが公表するスワップレート(2024/10/18時点)に基づき筆者が算出
もちろん、景気やインフレ、あるいは為替相場の動向次第ではこれが早まる可能性はあるのだが、少なくとも政治的な混迷は利上げへのハードルを引き上げる方向に作用する公算が高い。
アメリカ大統領選挙の情勢
アメリカ大統領選挙は、世界的にみても最大級の政治イベントだが、とりわけ今回の選挙はインパクトが桁外れであろう。
選挙情勢は現状、大接戦となっている。
全米世論調査の平均では、民主党ハリス候補がわずかにリードしているものの、アメリカ大統領選挙は総獲得票数(一般投票)で勝敗を決めるわけではなく、各州に割り振られた選挙人の獲得数を争う。

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この選挙人制度は共和党に有利で、民主党が選挙人で勝つためには一般投票で2~3%以上の差をつける必要があるといわれている。
実際、1992年以降の8回の選挙のうち、実に7回で民主党が一般投票に勝利している。共和党の勝利は2004年のブッシュ政権2期目の1回だけだ。だが、選挙人ではそれを含めて3回も勝っている。
現在、米政治サイトの「リアルクリアポリティクス」の集計によれば、全米世論調査の平均で、ハリスのリードはわずか0.9%であり、かなり苦しい情勢といってよい。
特に勝敗を決するといわれる7つほどの激戦州では、これまた僅差ではあるものの共和党トランプが優勢のところが多く、大統領選の結果予想として、現時点ではトランプ有利と見ていいだろう。

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ちなみにアメリカには、世論調査や専門家の分析よりもはるかに精度が高いとされる予測市場というものがいくつかあり、その取引価格の平均から割り出された各候補の予想当選確率の推移が以下のグラフだ。

『リアルクリアポリティクス』より著者作成
一時優勢に立っていたハリスが失速し、代わってトランプが勢いづいていることが分かる。もっとも最近では、こうした市場にも市場操作の噂が付きまとっており、その信頼性はかつてより下がっている可能性があることには要注意である。
もちろん、あと2週間で情勢がひっくり返る可能性はまだ十分にある。ただ、大統領選挙と同時に行われる議会選挙では、下院は両党が互角の戦いをしているものの、上院は共和党が過半数をとる可能性が高い。つまり、ハリスが大統領となっても、議会のうち少なくとも一つは共和党が支配するねじれ状態となりそうなのだ。
ちなみに、民主党政権はアンチ・ビジネスで株安につながりやすいというイメージがあるが、実際には過去の民主党政権下における株式市場のパフォーマンスは共和党政権下よりもむしろよい。
しかも、議会がねじれ状態だとさらにいいのである。したがって、ハリス政権誕生の場合、一時的に株価は頭が重くなるかもしれないが、その影響はそれほど大きなものとはならないのではないか。
トランプ政権は「親ビジネス」だがインフレ懸念再燃も
より可能性が高まっているトランプ政権はどうだろう。
2期目のトランプ政権は、1期目と比較してもより大胆で、より過激になるとの予想が強い。
政治的には既存の政治的枠組みが大きく改変される可能性もあるが、経済政策に絞って見れば、関税の大幅引き上げ、規制緩和、大幅減税、気候変動対策の縮小・撤廃などが積極的に追及されよう。
関税を除くと基本的には株式市場に好感される政策が多く、少なくとも短期的には株価が上昇する可能性は高い。
だが、現状でも堅調さを維持するアメリカ経済に大規模な減税などの刺激策を追加すれば、インフレ圧力はふたたび高まらざるをえない。そうすれば金利は再び上昇基調に戻り、中長期的には株式市場にも大きな逆風となることが予想される。
1期目もある程度はそうだったように、2期目も実際に政権が発足すれば現実的な対応をとるはずだという見方もあるが、ここでも問題となるのは議会選だ。先ほども触れたように、議会選では上院が共和党優勢で、下院が大接戦となっている。
したがって、大統領、上院、下院をすべて共和党が制する「トリプルレッド」という可能性も結構あるのだ。
その場合、トランプ大統領はより大胆に公約の実行にまい進する可能性が強く、それは長期的にみると、金融市場にとって大きな波乱の種をまきかねないのである。
日本の金融政策への影響
最後に、こうしたアメリカの状況が日本の金融政策にどのような影響を及ぼすかを見ておこう。
ハリス勝利の場合は、可能性の高い議会とのねじれもあって、日本への影響はそれほど大きくはならないだろう。
一方、トランプ政権、とりわけ「トリプルレッド」となった場合は、かなり影響は大きくなりそうだ。
アメリカの金利上昇は、ドル高円安を招く。円安は輸入インフレを通じて日本の物価に上昇圧力となる。そうなれば、日銀は利上げによってそれを抑制しようとする。
つまり、トランプ勝利は日銀の利上げ前倒しにつながる公算が高いのである。
もちろんそれが秩序だった利上げであればよいが、トランプ政権の大胆な公約まい進に日本の政局不安なども重なって円安が一気に進むようなことがあれば、日銀が意図せざる形で利上げに追い込まれる可能性もある。その場合は、日本経済全体にとっても大きなショックが走ることになろう。
願わくば、トランプ政権が誕生するのであれば、市場に精通した現実主義のプロフェッショナルな財務長官が選ばれることを期待したいところである。
(田渕直也)
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