はじめまして。大学ジャーナリストの石渡嶺司と申します。大学関連の記事執筆を続けて22年、関連著作は33冊あります。
不動産オーナーにとって重要な情報である、大学の存続や周辺環境への影響について、お話したいと思います。以後、お見知りおきを。
さて、メディアなどではよく「日本は少子化傾向にある」などの記事が出ています。また、経営難に陥った大学が募集停止を発表することもあります。2023年には恵泉女学園大学(東京都)、神戸海星女子学院大学(兵庫県)、2024年にはルーテル学院大学(東京都)、高岡法科大学(富山県)が募集停止となりました。
ここから、「学生を当てにする物件は危うい」と考える方もいるかもしれません。確かに、大学が募集停止、あるいはキャンパス移転をした場合には、学生向け物件への打撃が大きくなるケースがあります。
一方で、その後の状況によっては、必ずしも地域経済にマイナスな影響があるわけでもありません。
本稿では、4年制大学の募集停止・キャンパス移転について、考えうる6パターンを、過去の事例をご紹介しながら解説していきます。
※なお、募集停止の年については、公表年です。募集停止を開始した年、または廃校となった年ではありません。
1:地方の大学が募集停止・廃校
まず考えられるのは、大学が丸ごと募集停止・廃校となるケースです。
過去の事例
三重中京大学(三重県)、保健医療経営大学(福岡県)など
→学生向け物件への打撃は大きい/跡地の買い手によっては変動も
戦後の混乱期を除くと、経営難を理由に募集停止を決めた大学は、2024年現在で19校あります。特に、地方の私立大学は学部数の少なさ、立地の悪さから学生集めに苦戦しやすい傾向にあります。
例外として、立命館アジア太平洋大学(大分県)のような、入学希望者数が安定しているところもあります。それでも、今後の傾向としては、募集停止を選択する大学は一定数、出る見込みです。
大学が募集停止となると、当然ですが、新入生は入らず、最後の学生が卒業すると廃校になります。その大学の学生をターゲットにした物件は、大きなダメージを受けるかもしれません。
2009年に募集停止となった三重中京大学(三重県)は、同年の入学定員充足率(入学者数÷定員数)が77.5%でした。60%台が続くと募集停止を決める学校が多い中、そこまで酷い水準ではありませんでした。
三重中京大学は、中京大学を運営する学校法人梅村学園の系列校でした。定員充足率がそこまで悪くないのに募集停止に踏み切ったのは、要するに運営側が「早いうちに損切りしたのでは」と考えられています。
大学の所在地だった三重県松坂市の地域経済には、大学生がいなくなってしまたことでネガティブな影響があったことでしょう。
一方で、大学が廃校になっても、跡地の活用方法によっては地域経済にポジティブな影響を与える可能性も考えられます。
ただ、地方の私立大学が募集停止・廃校となった場合、その立地は良くないケースが少なくありません。跡地の活用方法も、なかなか決まらないか、専門学校などに決まったが学生集めに苦戦、という事例が多いです。
このパターンに当てはまる場合は、不動産オーナーの皆さんも打撃を受けることを覚悟するしかありません。
2:都市部の大学が募集停止・廃校
同じ大学の募集停止でも、都市部の大学だと話が変わります。
都市部の大学1校が募集停止となっても、周辺の他大学が存続しており、賃貸需要にはそこまで影響しないからです。
過去の事例
東京女学館大学(東京都)、神戸海星女子学院大学(兵庫県)など
→学生向け物件への影響は小さい/別大学が移転してくる可能性も
例えば、2012年に募集停止となった東京女学館大学。廃校後、大学は解体され、跡地は大型マンション「パークビレッジ南町田」となりました(2022年完成)。
このとき、大学があった町田市周辺の不動産オーナーが大打撃を受けたか、と言われればそこまででもありません。町田市周辺には青山学院大学(相模原キャンパス)、北里大学、麻布大学など、大学は多数あります。
2023年に募集停止となった神戸海星女子学院大学も同様です。同校は、JR三ノ宮駅(阪急神戸三宮駅)から2駅隣の王子公園駅が最寄り駅でした。周辺には、神戸学院大学(ポートアイランドキャンパス)などがあります。
また、町田駅・三ノ宮駅(神戸三宮駅)は、ともに乗降客数の多い駅です。その周辺の物件であれば、入居者を無理に学生限定にする必要もないでしょう。
ちなみに、神戸市は2023年6月に王子公園の再整備計画を公表しました。王子公園駅の目の前に関西学院大学が新キャンパス(王子キャンパス)を新設する見込みです(2031年予定)。ここに複数学部を移転・新設し、学生数・教職員数は4200人の規模となることを想定しています。
近隣に物件を持つオーナーからすれば、関西の難関大の1つである関西学院大学の移転は朗報であるはずです。
このように、都市部の大学は、募集停止となっても立地次第でそれほどマイナスにはならないことが予想されます。
3:大学が募集停止、他大学と統合・買収
大学が募集停止を決める背景にあるのは、単なる学生の減少だけではありません。時には、存続のために大規模校との統合・合併もあります。
過去の事例
聖母大学(東京都)、共立薬科大学(東京都)など
→学生向け物件への影響は小さい、プラスに働く可能性も
→キャンパス閉鎖なら廃校と同じ
上記で挙げた聖母大学は、キリスト教系の看護大学でした。単科大学では学生を確保し続けることがなかなか難しいため、同じキリスト教系の上智大学と合併しました(2011年発表)。
共立薬科大学は、大学名にあるように薬学系の単科大学です。単独での存続も可能だったのですが、当時の大学経営幹部が、長期的な視点から 慶応義塾大学との合併を決めたようです(2006年発表)。
このような大学の合併・統合は、同じ学校法人内でも行われています。
過去の事例では、大阪国際女子大学が大阪国際大学に(2002年)、北海道東海大学・九州東海大学が東海大学に(2008年)合併しています。常葉学園大学・富士常葉大学・浜松大学が統合して常葉大学となった(2013年)事例もありました。
大学統合による募集停止の場合、前身の大学は募集停止となりますが、合併先の学部・学科としては存続します。
前記の聖母大学は上智大学総合人間科学部看護学科に、共立薬科大学は慶応義塾大学薬学部となっています。
どちらも難関大学の学部となったので、倍率や偏差値、定員充足率は上昇しました。しかも、前身の大学キャンパスはそのまま使われるケースが大半です。
同じ募集停止でも、このパターンだと、学生数は大きく変動しません。むしろ、合併先の大学の人気度によっては増えることすら期待できます。
ただし、合併・統合で必ずキャンパスが維持されるわけではありません。
例えば、2008年に合併した東海大学の場合。旧・九州東海大学は、熊本キャンパス、阿蘇くまもと臨空キャンパスとして存続しました。一方、旧・北海道東海大学は、札幌キャンパスは存続、旭川キャンパスは閉鎖となり、土地と建物は旭川市に寄贈となりました。
キャンパス閉鎖は実質的には廃校と同じです。こうなると、賃貸需要や地域経済にはネガティブな影響が出てくることも考えられます。
4:キャンパス移転、跡地計画が未定
ここからは、大学名が変わらない状態でキャンパス移転となるケースについて解説していきます。
私が考えるに、不動産オーナーにとって打撃が大きくなる可能性があるパターンがこちらです。
過去の事例
北海道医療大学(北海道)など
→学生向け物件への打撃は大きい/跡地の買い手によっては変動も
2023年、北海道当別町から北広島市への移転を発表した北海道医療大学がこのパターンに当てはまります。
キャンパス移転が報道されてから、当別町の不動産オーナーの苦しい状況も伝えられるようになりました。当別町は札幌市の郊外にあり、大学が移転すると賃貸需要は大きく低下することになります。
跡地に別の大学が入ればいいのですが、そうした事例はほぼありません。
数少ない例外が、秋田県の国際教養大学(公立)です。2003年に閉校となったミネソタ州立大学機構秋田校の跡地に、2004年に開学しました。
開学後は1年間の寮生活、1年間の留学が義務付けられており、学生の88%は学内の学生寮・学生宿舎で生活しています。それでも、ミネソタ州立大学機構秋田校のときよりも学生が集まり、地域経済には一定の影響がありました。
ただ、この国際教養大学のようなケースは極めて稀です。
キャンパス移転となると、跡地の利用方法が簡単にまとまらない、あるいは放置されてしまうことすらあります。ようやく方針が決まっても、賃貸需要には寄与しない施設だった、ということも往々にしてあるでしょう。
このパターンについては、物件の運営状況に悪影響が生じる可能性を受け入れるしかありません。
5:キャンパス・学部が移転してくる
こちらは先ほどの逆で、賃貸需要の上昇が期待できます。
過去の事例
中央大学市ヶ谷キャンパス(東京都)など
→学生向け物件の需要アップ
前記の北海道医療大学は、移転先が北海道日本ハムファイターズの新しい本拠地・エスコンフィールドを核とする複合施設「北海道ボールパークビレッジ」の敷地内です。
現在はJR北広島駅からやや離れていますが、移転時期と同じ2028年に新駅が開業予定です。
ただでさえエスコンフィールドの人気で盛り上がっているところに、学生3600人・教職員800人規模の大学が移転してくるわけです。北広島市の不動産オーナーからすれば、嬉しいニュースとなったでしょう。
北海道医療大学は、教育内容こそ評価されていても、その立地の悪さから人気が低迷していた学校です。それが北広島市に移転することによって、学生人気が増す可能性があります。
あくまで可能性があるという話ですが、キャンパスがボールパーク内にあることを踏まえ、スポーツ系の学部が新設されることすらあり得ます。
このパターンに該当すれば、地域経済が盛り上がるほか、賃貸需要の高まりや家賃の上昇にもつながるかもしれません。
6:大学の学部が移転、別の学部を新設
最後に紹介するのは、キャンパス移転の中では珍しいパターンです。
過去の事例
東洋大学朝霞キャンパス(埼玉県)など
→学生向け物件への影響は小さい、プラスに働く可能性も
2005年、東洋大学は白山キャンパス(東京都)で、文系5学部(当時)の4年間一貫教育に移行しました。それまでは1・2年生は埼玉県の朝霞キャンパス、3・4年生が白山キャンパスと分かれていました。
移転で空いた朝霞キャンパスには、新設のライフデザイン学部が入りました。しかしその後、2021年にライフデザイン学部は赤羽台キャンパスに移転してしまいます。
再び空いてしまった朝霞キャンパスですが、2024年からは生命科学部・食環境科学部(以前は板倉キャンパス)・理工学部生体医工学科(以前は川越キャンパス)が入っています。
現在、キャンパスは一部を縮小し、その土地はマンション、スーパー、病院として活用されています。
このパターンだと、通う学生数に大きな変化がないため、賃貸需要への影響もあまり無さそうです。入れ替わった学部の人気によっては、周辺地域が盛り上がる可能性もあるかもしれません。
◇
ここまで、大学の募集停止やキャンパス移転が、不動産オーナーにどのような影響を及ぼすのかをまとめました。一口に少子化と言っても、パターンによって大きく異なることがご理解いただけたかと思います。
本稿では登場していない短大、あるいは大学新設計画などもあり、学生向け物件への影響はひとまとめに語ることができません。そのあたりはまた別の機会に譲りたいと思います。
(大学ジャーナリスト・石渡嶺司)
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