ショッピングモール戦争の始まりだ―。

「アピタ静岡」の閉店が報じられたとき、そう思った。

一地方都市にある商業施設の閉店ニュースに過ぎないのでは? と思った人もいるかもしれない。しかし、そうではないのだ。

このニュースには、日本の商業施設とその土地をめぐる、大きな論点が潜んでいる。

撤退決めたアピタ静岡、後続店舗は「イオン」に

アピタは、ドン・キホーテなどを運営する「パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)」の子会社である「ユニー」が運営する総合スーパー(GMS)である。

公式ホームページによれば「ヤングマインドで日常生活にこだわりを持つお客様をメインターゲット」とし、東海地方を中心に、北関東から関西まで、広く店舗を展開している。

アピタを運営するユニーのWebサイト

「日常生活にこだわりを持つ」と書かれてある通り、高品質・高付加価値の商品の取り扱いを多くしている。

アピタ静岡は、「セントラルスクエア静岡」という商業施設の中核テナントで、2005年に誕生した。

静岡駅からバスで10分ほどの立地であることや、さまざまな店舗が建ち並ぶ「SBS通り」の沿線にあることもあって、賑わいを見せている。

駿河区役所とも隣接していて、駿河区民の御用達施設。もともとはJR東海の社宅で、施設所有者はJR東海不動産だ。

報道によれば、アピタ静岡は来年3月末で撤退。PPIHの担当者が同施設のテナントに撤退の方針を伝えて回ったという。撤退後には「イオン」が入居するとされている。

アピタ撤退の理由

施設の所有者であるJR東海不動産は、契約終了の理由を「契約満期のため」としている。

不動産賃借契約の場合、満期であっても双方の合意があれば継続してその場所での出店を続けることが普通だ。こうしたケースで契約が成立しない場合、次の3つの可能性が考えられる。


1.アピタ静岡側の事情
(十分な集客が見込めない、不採算店舗である、など)

2.JR東海不動産側の事情
(別のテナントを入れたかった、など)

3.双方の交渉がうまく進まなかった
(地価上昇に伴う賃料の引き上げにアピタ側が応じなかった、など)


今回のアピタ静岡の場合、よくよく状況を見てみると、2と3の要因が強いと思われる。

というのも、アピタ静岡は地元民からの評判が良い施設で、「不採算店」だとは到底思えないからだ。

貴重なショッピングモールだったアピタ静岡

実際、ニュースに対する反応を見ていると、「アピタ、混んでいたのにどうして」とか「よく使っているのに悲しい、どこに行けばいいんだ」といった声もあがっている。「火曜日の特売は身動きが取れないほど混んでいた」なんて話もある。

特に今回撤退するのはアピタ静岡店だけでなく、それを中核店舗とする「ショッピング館」全体であり、いわば「ショッピングモールがまるまる撤退する」ようなものなのだ。

実はこの近隣には、このような大規模なショッピングモール的な施設は少ない。近隣にある店舗としてはイトーヨーカドーぐらいだが、専門店の数ではセントラルスクエアには遠く及ばない。

また、イトーヨーカドーについては2024年に複数店舗の閉店を決めていることもあり、企業全体としてなかなか顧客の要望に応えられないことが課題になっている。

また、静岡駅前には「静岡PARCO」や「新静岡セノバ」などのショッピングモールがあるが、こちらは駅前のため、車での乗り入れが若干しづらい、という問題点がある。

静岡駅(PHOTO:jooko3 / PIXTA)

セントラルスクエアは専門店の数も多く、かつ大通りに面しているため、周辺住民にとって非常に重宝されていたと言える。

運営会社の業績も好調だった

ちなみにアピタを運営するユニーは、一時期業績が低迷していたが、PPIHの傘下に入り、改革を実行している。

それからここ5年で、営業利益の水準が約10年前の好調期並みに戻ってきた。ここが不採算店舗だとしても、よほどの不採算でない限り、店舗閉店の必要はそこまでない。

さらにユニーの親会社であるPPIHも好調で、現在36期連続増益という異例の業績を残している。

24年6月期の純利益は前期比から34%増えた887億円で、売上高は8%増の2兆950億円。日本の小売としては5番目に2兆円の大台に乗った。

ドンキがユニーを買収した2019年、ユニーが運営していたアピタやピアゴといった店舗の多くがドンキに業態転換された。

つまり、アピタ自体の運営に問題があれば、ここをドンキのGMS業態である「メガドンキ」にすることもできるはずだ(実際、今回のニュースが報じられたあと、同じ土地にメガドンキができるのでは? という噂も流れた)。

しかし、そうなっていないということは、やはりアピタ自体で十分採算が取れていたということではないだろうか。

イオンが高値での土地取得に動いた?

さて、そうなると、問題は2と3になる。ユニー側の問題というよりも、JR東海不動産の事情、あるいはユニー側との交渉の問題だ。

あくまで私の推測だが、後続のイオンリテールが、この土地の契約満期の時期を見計らって、JR東海不動産に高値での土地買収を持ちかけたのではないか、ということがつい思い浮かんでしまう。

イオンは静岡駅周辺には出店をしておらず(マックスバリュ、ザ・ビッグなどはある)静岡駅から近いこの土地を狙っていた可能性は十分ある。

またショッピングモールをつくるならば、ここはこの上ない好立地でもある。イオンが虎視眈々とこの地を狙っていたとしてもおかしくない。

こうした買収提案があったのだとしたら、JR東海不動産がPPIHにこれまで以上の高い賃料を要求した可能性も否定できない。

ただ、「イオンが新たな店を運営していく」との報道を見ると、今回イオンは土地を取得したのではなくテナントとして入居することになったようだ。

ちなみに、静岡県の商業地の地価は上昇傾向にあり、基準地価は2022年から3年連続で上昇している。コロナ禍から回復傾向にあり、出店意欲が高まっていることが背景にあるようだ。

静岡県地価調査結果より編集部作成

また、2024年の公示地価では、アピタ静岡が立地する静岡市駿河区が住宅地地価の県内最高価格をつけた。これで6年連続の1位で、アピタ静岡周辺は、県内および市内の中心地であることがうかがえる。

こうした状況の中、この立地をより高値で買おうというイオンが現れた、と見ることもできよう。いわば、この土地をめぐる「ショッピングモール事業者の戦い」がその背後にあったのかもしれないのである。

PPIH・ユニーはなぜアピタ静岡を手放したのか

仮にイオンがこの物件を狙っていたとしよう。とすると、JR東海不動産側からユニー側、ひいてはPPIH側に賃料の値上げ交渉があった可能性も十分考えられる。なぜPPIH側はこれに応じなかったのか。

もちろん、JR東海不動産が打診をしなかった可能性もあるが、ここでは「もし打診をしていたら」という仮定の元で話を進めてみたい。

実は、この店舗から東に1キロメートル進んだところに、「ドン・キホーテ パウSBS通り店」がある。

つまり、PPIHにとっては同じグループの店舗が近隣にあり、グループ全体としては、ここのアピタを高い賃料を払ってまで維持するメリットがなかったのかもしれない。

ドン・キホーテの店舗イメージ(PHOTO:Ystudio / PIXTA)※パウSBS通り店ではありません

また、アピタとドンキを巡っては面白いことも起こっている。

ドンキがユニーを買収した直後、多くのアピタやピアゴがドンキに転換されたが、それとともに既存のアピタ・ピアゴ店舗の売り上げが最大で1割程度上昇したというのだ。

アピタは昔から中部地方を中心に出店を伸ばしており、特にシニアを中心に「アピタがいい」という顧客が多く、別のアピタ店舗に流れる顧客が現れたのだという。アピタのブランド力は高いのだ。

となると、今回のケースでも、アピタ静岡以外のアピタ店舗に客が流れる、と判断した可能性も否めない。だからわざわざ高い賃料を払ってここに出店する必要がないと判断されたとも考えられるだろう。

ショッピングモールの立地をめぐる戦争が各地で勃発?

いずれにしても、JR東海不動産、そしてアピタは本件に関するすべての取材に応じないとしているため、ここで書いたことはすべて「仮定」の話ではある。

しかしながら、セントラルスクエア静岡の立地は確かに良い立地であり、この土地をめぐって、ショッピングモール各社がしのぎを削っている、という見立ては十分考えられるだろう。

今回の場合は、PPIH・ユニー側の特殊な事情もあって、店舗が変わることになったが、日本全国の好立地な土地でこうしたショッピングモール事業社の間による熾烈な土地取得合戦が始まっているのかもしれない。

まさに「ショッピングモール戦争」のさなかに私たちはいるといっても過言ではないのである。

(チェーンストア研究家・谷頭和希)