日本に住む中国人の存在感が高まっている。在留中国人は約82万人(法務省、2023年末)にのぼり、東京・大阪などの大都市にはとくに多い。
日本の若者に話を聞くと、「中国人=お金持ち」と思っている人が多いようだが、中高年の場合、そのイメージはまちまちだ。さまざまな面で平均的な人が多い日本人に比べて、中国人は「幅」が広く、イメージが統一されていないように感じる。
留学生についてはどうだろうか。かつては「中国人留学生=苦学生、貧乏」というイメージを持つ日本人が多かったと個人的には感じているが、昨今、その実態は激変している。
しかし依然として過去のイメージが強く残り、家主の中にも「中国人留学生に部屋を貸したくない」という人は多いと聞く。本稿では、中国人留学生の現在の実態に迫るべく、まずは来日の歴史を紐解いていきたい。
日本に留学できたのは「一握りのエリート」のみ
中国人留学生は1900年代、清朝の時代から来日しているが、中国の改革・開放(1978年)を起点とすれば、1980年代初頭から本格的に日本へやってきた。
当初は国費留学生が多く、政府から選ばれた一握りのエリートしか日本など海外に出ることは許されなかった。中国政府により、出国自体を非常に制限されていたからだ。
彼らは日本の国立大学に入学したが、当時中国のGDPは日本の10分の1ほどしかなく、日本での生活は非常に厳しかった。
日本政府の奨学金などをもらいながら、大学の学生寮に住んだり、家賃の安い下宿に住んだりした。保証人を立てることができなかったので、不動産店を通してアパートやマンションを借りることは難しかったのだ。
80年代後半に来日して関西地方の国立大学で学んだ経験があり、現在は中国の大学教授をつとめている男性に話を聞いてみた。
「大学の近くにある、日本人のおばあさんが1人で住んでいる一軒家の一部屋を借りていました。トイレとキッチンは共用。おばあさんはとても親切でしたが、私が作る中華料理の油の量が多く、『壁に油が飛び跳ねる』『香辛料の臭いがきつい』と苦情を言われ、私のほうで遠慮して、その下宿を出ることしました」
その男性は同じ中国人の留学生と学生結婚し、日本人の教授が保証人となってくれたため、アパートを借りることができたという。
しかし当時はこのような小さなトラブルは数多く、留学生がアパートを借りる際はとても苦労した。
ただ、当時は日中の経済格差があったことや、来日した留学生がエリートだったこともあり、日中友好団体や、日本人の有志が彼らの世話をしてあげることも多かった。
中国不動産の値上がりで中国人が裕福に
その後、90年代になると中国人留学生はさらに増加。JASSO(日本学生支援機構)の調査によると、1999年の中国人留学生数は約2万5000人だったが、11年後の2010年には3倍以上の約8万6000人に増加した。
「日本に行けば稼げる」と考える私費留学生も増加した。中には大学に籍を置きながら、大学には通わず、出稼ぎを目的とする人も多かった。
「蛇頭」(スネークヘッド)と呼ばれる留学や出稼ぎの斡旋ブローカーが間に立って、中国人を日本に送り込むことが増えたり、日本で中国人による凶悪犯罪などが増えたりした。日本人の間で中国人のイメージが急速に悪化していったのはこの頃だ。
転機となったのは2015年ごろ。中国からの留学生の数は伸び続け、約9万4000人になった。
中国は2010年代にGDPが年率10%以上で増加していき、中国人も裕福になっていった。国内の不動産が値上がりし、それを転売する形で財産を増やしていったのだ。
同時に日本にやってくる留学生も裕福になり、当時中国でよく使用されていた銀聯カード(クレジットカード)を親から借りて、持参してくる人も多かった。
日本で中国人による「爆買い」が流行語となったのもこの年で、円安や、中国人への日本政府のビザ発給が緩和されたことなどもあって、中国人が日本に押し寄せてきた。
当時、中国人観光客に人気だった商品は温水洗浄便座、高級炊飯器、化粧品、保温ボトル、医薬品など。大型の家電量販店には団体観光客が押し寄せ、これらの商品を大量に買って帰った。転売目的の人もいたが、親戚や友人から頼まれた買い物をした人も多かった。
2019年の留学生数は約12万4000人にまで増加し、10年前の1.5倍になった。中国では2015~2016年頃にスマホが爆発的に普及し始め、ウェイボー(微博)、ウィーチャット(微信)といったSNSの利用者も急増した。
中国政府は14年ごろから主要なメディア(人民日報、環球時報、中国中央テレビ、新華社、雑誌メディアなど)の発信をネットに移行させたため、人々は多くのニュースや情報をパソコンやスマホで、ほぼ無料で読めるようになった。
それと同時に、自媒体(自分メディア)と呼ばれるものが発達。個人やグループがSNSでそれぞれの情報を発信するようになった。
これは留学生にも言えることだ。日本に滞在している留学生は、SNSで母国や日本の情報を入手。日本にいる留学生同士で交流し、日本の大学や専門学校の情報もそこで得られるようになった。
在日中国人全体についても同様だが、SNSでつながることで情報を多角的に捉えることができるようになり、彼らの得る情報量は数倍に増えた。
「ダブルスクール」で学費2倍、それでもバイトは不要
現在、東京・高田馬場を中心に中国人留学生向けの大学受験予備校が多数存在するが、そうした予備校も中国のSNSを利用して留学生の獲得につとめるようになった。
代表的な予備校は「行知学園」「名校志向塾」「青藤教育」などで、主なものだけでも10校以上ある。
留学生は日本語学校に入学することによって「留学生ビザ」を得て、日本で生活することができる。しかしそれだけでは日本の大学や大学院への合格が難しいため、日本語学校に加えて予備校でも学ぶ。こうした「ダブルスクール」に通う留学生が増えたのは、この十数年のことだ。
筆者は2013~2014年頃に「名校志向塾」を取材したことがある。その際、担当者は「留学生から日本の大学受験対策をしてもらえないかという問い合わせが増えたことが、予備校の経営につながった」と話していた。
留学生にとってみれば、日本語学校と予備校の2校に学費を支払うことになり、その費用は年間で少なくとも150万円以上にのぼる。さらに、マンション代や生活費もかかる。
だが、留学生に話を聞いてみると「アルバイトはしていない」という声が多い。むろん、私が取材した範囲に過ぎないが、なぜ彼らはアルバイトをしなくても生活できるのか。それは、中国に住む両親からの十分な仕送りがあるからだ。
日本大学生活協同組合連合会が2022年10~11月に行った調査によると、日本人大学生の1カ月の仕送りの平均相場は6万7650円だった。これだけでは学費や生活費が足りず、アルバイトをしている日本人大学生は多い。
中国人留学生の仕送りの平均相場は算出することができないが、少なくとも「アルバイトしなくて済む」だけの仕送りが中国から送られていることがわかる。
次回は、日本ではほとんど知られていない留学生の豊かな生活ぶり、その実態などについて紹介しよう。(次回に続く)
(中島恵)
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