コロナ禍を経てインバウンドが復活する中、再び民泊が注目されている。
政府系金融機関の日本政策投資銀行(政投銀)は、民泊に特化した不動産ファンド(以下、民泊ファンド)を設立した。
訪日客の増加に伴う宿泊需要の受け皿として、都市部の既存マンションなどを活用した民泊施設の整備を後押しする狙いだが、「民業圧迫」を懸念する声も挙がる。
所有物件の空き部屋などを活用した民泊の全盛期は、2018年の「民泊新法」施行以前だ。
当時社会問題となっていたいわゆる「違法民泊」を取り締まるため、同法が施行され多くの民泊が淘汰された。さらに2020年のコロナ禍以降は、訪日客の激減に伴い下火になっていた。
ここに来て、政府系金融機関が民泊ファンドを作る狙いは何なのか―。
最大100億円規模の民泊物件を運用
政投銀によると、民泊ファンドへは政投銀が最大30億円を出資。都市部の中古マンションなどを一棟丸ごと購入し、民泊やマンスリーマンションとして運用する。将来的には旅行会社や金融機関からも出資を募り、100億円規模の不動産保有を目指すという。
ファンドではすでに東京23区内の中古マンション5棟を購入。このうち空室となっていた120室を、民泊事業者の「マツリテクノロジーズ」(以下、マツリ社)に貸し出す形で、運営する。
2016年に創業したマツリ社は、民泊運営を効率化するソフトウェア開発からスタート。2018年に民泊運営事業に参入し、個人や企業が所有する物件の空室を借り上げる形で運営物件数を増やしてきた。
自社開発のシステムを駆使して、多数の物件を効率的に運営するノウハウを強みとし、現在は晴海フラッグの賃貸棟の一部も手掛けるなど、国内最多の2400室以上の運営実績を持つ。
民泊ファンド組成について、同社の広報担当者は「今回は国のお金が動くということで、業界へのインパクトはかなり大きい。観光立国を掲げる国の後押しを受けられるのはありがたい」と歓迎する。
ファンドで運用する物件は、中古マンションを一棟丸ごと購入し、空室を活用して民泊を運営する。既存の入居者がいる部屋についても退去のタイミングで順次、民泊にする方針だ。
「民業圧迫」の可能性は?
民泊業界に大量の投資マネーが流れ込むことに対し、SNSでは期待の声が挙がる一方、「民業圧迫につながるのでは」と懸念の声も。
では、不動産投資家はどのように受け止めたのだろうか?
「国がファンドを作って特定の1社のみを支援しているようにしか見えない。ほかの民泊関連事業者には恩恵がなく、明らかな民業圧迫。インバウンドの受け皿として民泊の裾野を広げるなら、別のやり方があるのではないか」
こう苦言を呈するのは、西日本で1棟RC物件を中心に4棟90室を所有する「MOLTA」さん。ファンドの資金で都心部の中古マンションを一棟買いし、段階的に民泊化するやり方にも疑問を投げかける。
「同じ物件の中で民泊と通常レジが混在することで、トラブルが生まれやすくなる。宿泊者がエントランスで荷物を広げたり、騒がしくなったり、住人にとっては住み心地が悪くなる。民泊にするために、意図的に既存の入居者が嫌になって出ていくように仕向けるオーナーもいると聞いたことがあるが、それと同様のことがお上の所有する物件で起こりかねない状況を作るのはいかがなものか」(MOLTAさん)
民泊をめぐっては過去にも宿泊者と近隣住民とのトラブルが問題化したことから、マンションの管理規約などで民泊を禁止しているケースが多いのは事実だ。
なぜいま民泊なのか?
ファンド設立の背景には、訪日客の増加に伴うホテル需要のひっ迫がある。
政投銀グループの価値総合研究所が発行した調査レポートによると、2024年に入り、訪日客数がコロナ禍前を上回る水準に回復したのに伴い、旅館やホテルの客室稼働率もほぼコロナ禍前の水準まで回復している。
一方で、東京都内の宿泊施設は、施設数・客室ストックともに微増にとどまっている。背景には、建築費や地価の上昇に加えて、宿泊業界も慢性的な人手不足に陥っており、レポートでは「宿泊施設の供給に陰りが生じる可能性が懸念される」と分析している。
宿泊施設の新築コストが上がっている実情などを踏まえ、既存の賃貸マンションの空室を有効活用して、宿泊客の受け皿を整えようというのがファンド設立の狙いだ。
一方で、民泊運営にも課題がある。その1つは、規制強化などにより運営面のハードルが高くなっている点だ。
2018年に施行された民泊新法(住宅宿泊事業法)では、民泊の営業日数を年間180日以内に制限している。さらに、多くの自治体では週末のみに運営を限定するなど、より厳しいルールを設けている。
また、ランニングコストの面でも、賃貸住宅に比べてさまざまな費用がかかる点がネックで、十分な収益を出すことが難しくなっている。
前述のレポートによると、民泊の中でも利益率が高い物件と低い物件があり、利益率が「0%以上10%未満」の物件が最も多くなっている。こうした状況から、民泊新法の施行後に約4割の民泊物件が事業廃止に追い込まれている。
民泊参入は今からでもアリか?
民泊新法の施行やコロナ禍を経て、多くの民泊が淘汰されてきた。一方で、政府は2030年までに訪日客を年間6000万人まで増やす目標を掲げており、宿泊需要の増加が見込まれる。
投資家の間でも再び民泊が注目されており、民泊を運営した場合の収入を織り込んで高利回りを謳う収益物件も登場している。
だが、こうした物件を購入して安易に民泊を始めるのはリスクが高いとMOLTAさんは指摘する。
「融資を引いて始めたのであれば、まず元本と利子の返済がある。そこから、運営にかかる光熱費や消耗品、清掃費用、Airbnbなどの宿泊仲介サイトの利用手数料を支払い、さらに自主運営でなく運営代行業者に委託する場合は売り上げの約20%を持っていかれる。エンドの投資家が負担する支出は、ローン返済、運営に直接かかる費用、運営代行費用の三重構造になっている」
中古の物件を購入して民泊を運営する場合は、購入費用やリフォーム費用などのイニシャルコストを抑えたり、すでに自分が所有している物件を活用したりして始める必要がある。MOLTAさん自身もかつて民泊参入を考えたことがあるが、運営にかかる手間やコストが見合わないと判断し、断念したそうだ。
民泊を運営した場合、同じ物件を賃貸住宅として運用する場合と比べると利回りが高くなるケースが多いが、コロナ禍のような不測の事態が再発すれば、想定した利回りが得られなくなる点にも注意が必要だ。
「民泊という名目でポータルサイトに掲載されているような物件は、通常レジで賃貸したらどれくらいの利回りになるのか、ローン返済やさまざまな運営コストを払った後にどれくらい手元に現金が残るかなどをしっかり考えた方がよい」とMOLTAさんはアドバイスする。
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民泊ファンドの誕生は、個人の民泊運営にとって追い風になるとは限らない。むしろ、インバウンド需要の高まりを当て込んだ「民泊物件」の見極めなどに関しては、これまで以上に慎重になる必要があるかもしれない。
(楽待新聞編集部)
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