読者の皆さんは、購入しようとしている不動産の価格が適正かどうかをどのように判断しているでしょうか? 周辺相場などと比べて、「こんなもんだろう」と曖昧な基準で判断していないでしょうか?
不動産の価値を算定する方法の1つに「DCF法」があります。これは不動産が将来生み出すであろう利益をベースに現在の価格を求める「収益還元法」の1つです。
DCF法は単年度の利回りをベースにする「直接還元法」よりも高い精度が期待できる半面、計算が複雑になるため実際に使っている人は少ないと思います。
不動産投資のリターンをより正確に把握するためには、単年度ベースの利回りを計算するだけでは不十分です。「時間軸」の概念を取り入れ、取得から売却までのトータルリターン(将来収益力)を想定して不動産価値を評価する必要があります。
DCF法を習得することで、物件をいくらで購入するべきかの判断基準が今までよりもクリアになるはずです。この記事では、DCF法の基本的な考え方と実際の使い方について解説していきます。
バブルの後始末で活用されたDCF法
まずはDCF法の歴史を簡単に振り返っておきましょう。わが国でDCF法が大活躍するようになったのは、「バブルの後始末」がきっかけでした。資産リストラのための企業査定に活用されたのです。
1980年代後半、わが国には不動産バブルがありました。年代によって差はあるものの、大なり小なり読者の方も高揚感を体験したことでしょう。
その後、バブル崩壊により「土地担保主義」を旨としていた金融機関は地価暴落によって多額の不良債権を抱え、その償却(資産リストラ)に追われたのは周知の通りです。大手7行とそのグループで不良債権額は約30兆円(2003年3月期決算)に達し、その処理に伴う損失は約5兆円まで膨らみました。
時は小泉政権下、当時の経済財政・金融担当大臣だった竹中平蔵氏が金融再生プログラムを策定し、資産査定の厳格化を促したことが影響しました。
実は、その時に活用されたのがDCF法です。
企業の将来性に着目した査定方法を導入することで、要管理先への引当率が妥当かどうかを点検したのです。これにより再生可能性についての判断がブレやすい要管理先の債権を適正に評価できるようになり、不良債権処理が進みました。
皮肉にも、バブルの後始末をきっかけに日本ではDCF法が活用されるようになったのです。2002年7月には不動産鑑定評価基準が改定され、DCF法が初めて当該基準に盛り込まれました。
現在と将来のお金の価値は異なる
不動産の価値は不動産を所有することにより、毎月ならびに将来、いくらのお金が入ってくるかによって決まります。不動産が生み出す所有期間中の収益(キャッシュフロー)こそが源泉となります。
従って、DCF法でも同じ考え方のもと、「取得」から「売却」までのトータルリターンを予測して不動産価値を評価します。
たとえば10年~30年といった投資期間を定め、その所有期間中のリスクを洗い出しながら、変動するキャッシュフローを将来予測します。そして、こうした考え方を公式に置き換えると次のようになります。
DCF法の基本公式
DCF法による収益価格(V)=
「各年度の純収益を現在価値に割り引いて求めた金額の総合計」(A)+「予想売却価格を現在価値に割り引いて求めた金額」(B)
DCF法のDCFとは「ディスカウント・キャッシュフロー」の略で、不動産投資による収益(キャッシュフロー)を現在価値に割り引いて(=ディスカウントして)採算性を判断するという意味です。
なぜ、キャッシュフローを現在価値に割り戻すかというと、「現在のお金の価値」は「将来のお金の価値」とは異なるという経済学的な原則に基づいています。
将来の収益が予想通りに得られるかどうかは不透明です。時間の経過により不動産市場や経済状況は日々変動しており、予定していた収益が得られない恐れがあります。
要は、将来の収益はリスク(不確実性)を伴うため、その分を考慮して評価を低めに見積もる必要があるのです。
「将来のお金の価値」と「現在のお金の価値」は必ずしも一致しないため、前もって同じ土俵に引き直して評価するのです。
ワンルームマンションの適正価格はいくらか?
価値の異なるお金で計算しても、正しい評価は得られません。言葉だけでは分かりにくいと思いますので、以下、例題を使って解説します。
【例 題】
現在、投資用ワンルームマンションを3000万円で購入しようと考えている。
各種保険料や税金などの経費を控除し、オーナーのもとへ入る家賃は年間で100万円(10年間一律で変化なし)。投資期間中の空室率はゼロと仮定し、10年後に一括売却すると想定する。
その際、割引率を3%と設定し、また10年後の予想売却価格は2500万円と見積もる。この場合に投資金額の3000万円は妥当な価格なのかどうか、DCF法を使って検証する。
DCF法を活用して対象不動産の収益価格を計算するには、以下の10のステップを踏んでいく必要があります。
1.周辺の取引事例を調べ、想定される1年間の家賃を導き出す
2.土地建物の取得・保有にかかる税金や各種保険料、維持管理費などの営業経費を見積もる
3.上記(1)から(2)を差し引き、年間の純収益を計算する
4.その際、例題では10年間家賃の変動がない設定にしているが、たとえば「2年ごとに5%ずつ減額する」といった設定にしたい場合は、経過年3年目の年間家賃を95万円(100万円-5%)、同5年目を90万2500円(95万円-5%)・・・ といった具合に年単位で調整することが可能。こうした細かい設定ができるのがDCF法の魅力の1つ
5.建物の空室率を設定する
6.暫定で構わないので、何年後に売却するか(所有期間)を決める
7.売却価格を予想する
8.割引率を設定する
9.DCF法の基本公式に上述の数値を当てはめ、収益価格を計算する
10.上記(9)の収益価格と対象不動産の売出価格を比較し、金額の妥当性を検証する
以下では、それぞれのステップについて簡単に補足していきます。
(1)については、想定家賃の算出は利回り計算に必須となるため、誰しも行っていると思います。(2)については、土地・建物にかかる運営コストの見積もりは、詳細で正確なほど金額の精度は高まりますが、想定家賃×〇%といった概算値でも問題ありません。
同様に(5)については、空室率の設定も大まかで構いません。厳しめに見ておきたいなら、10%~30%程度に設定してもいいでしょう。例題では、空室率はゼロと仮定しています。
ここまで見てきた10のステップの前半は、通常のシミュレーションで行っている人も多いと思います。
いつ、いくらで売却するか?
続いて、10のステップの後半について詳しく説明していきます。ここからは通常のシミュレーションで考慮しない項目が登場し、少し難易度が上がります。
(6)については、いつ売却するかを決めるのは容易ではありません。さらに、(7)の売却価格まで予想しなければならないのは悩ましいところです。
不動産価格はマーケットの動向や競合不動産の販売状況、賃料水準の変動など、様々な要因によって変動します。また、地域特性や需給関係、人口動態などの影響も受けるため、的中させるのは極めて困難です。
そこで1つの考え方として、もし値下がると想定した場合、いくらまでなら許せるか、自身が許容できる範囲を考えて、売却価格を設定しておくのもよいでしょう。厳しめに見積もっておこうという発想です。
(8)の割引率の設定は、DCF法特有の作業です。
不動産投資は長期の投資であり、「期間の概念」を無視できないため、収益価格を計算するにも「同一のものさし」で各収益を比較しなければなりません。つまり、比較するための数値を「統一」しなければならないのです。現在価値に割り戻すのは、そのためです。
専門的な話になりますが、DCF法では現在価値に割り戻す際、「複利現価率」という係数を用いて計算します。難しいと感じた方は、次の章に読み飛ばしていただいてもよいです。
計算式は次の通りで、rは割引率、nは経過年(年数)です。
例題では割引率を3%に設定していますので、r=0.03。一例として経過年5年の収益を現在価値に割り戻そうとすると、n=5となります。
そして、これらを計算式に当てはめると複利現価率は0.862609となります。これにより5年後の純収益100万円を現在の価値に引き戻すと、以下の式のとおり、100万円が86万2609円になります。
5年目の純収益100万円 × 割引率3%の複利現価率0.862609=86万2609円
「利息」を逆回転させたものが「複利現価率」
日常生活ではあまり馴染みのない考え方なので、難しくてついていけないという方が多いと思いますが、実はもっと身近な例があります。「預金金利」をイメージすると、ぐっと分かりやすくなります。
私たちは普段、金融機関に預金すると利息(複利効果)がもらえます。
たとえば元本100万円を年率3%で複利運用した場合、1年後には103万円(100万円×3%)、2年後には106万900円(103万円×3%)、そして5年後には115万9274円になります。
複利効果とは、運用で得た利益を元本に組み込んで再投資することで、利益が利益を生み、元本が増えていく効果です。初耳という人はいないと思います。
実は、DCF法で用いる複利現価率の考え方は、この複利効果を「逆転」させた考え方なのです。ぜひ、時間を逆回転させてみてください。
繰り返しになりますが、100万円を年率3%で複利運用すると5年後は115万9274円になります。
では、5年後の115万9274円を3%で割り戻した場合、現在の価値に換算するといくらになるか? その答えが100万円という理屈です。これが複利現価率の基本的な考え方です。
<参考>元本100万円を年率3%で複利運用した場合
1年目: 100万円×1.03=1,030,000円
2年目: 1,030,000円×1.03=1,060,900円
3年目: 1,060,900円×1.03=1,092,727円
4年目: 1,092,727円×1.03=1,125,509円
5年目: 1,125,509円×1.03=1,159,274円
10年後に売却想定、シミュレーション結果は…
例題の解説に戻りましょう。10のステップのうち(8)の割引率の考え方まで説明しました。残りの2ステップで、3000万円のワンルームマンションの適正価格を割り出していきます。
今回の例題のシミュレーション結果が以下の表です。
各経過年の家賃100万円を3%の複利現価率を用いて現在価格に割り戻し、そのすべて(10年分)を合計したのが(A)853万204円です。
また、例題では10年後にワンルームマンションを2500万円で売却しますので、同様、現在価値に換算すると(B)1860万2350円となります。
DCF法では、取得から売却までのトータルリターン(将来収益力)を想定して不動産価値を評価しますので、公式に当てはめると(A)+(B)=(V)2713万2554円が収益価格となります。
このケースでは販売価格3000万円に対し、収益価格は約2713万円でした。つまり結果として、例題の場合は採算性が「割高」であることが導き出されます。
計算上、2713万円と評価されたワンルームマンションを3000万円で買うのは不適切という結論です。DCF法を活用すると、このように投資の採算性判定が行えるのです。
「割引率」を何%に設定するべきか?
最後に、注意点にも触れておきましょう。
例題では割引率を「3%」と仮で設定しましたが、割引率の設定次第で収益価格は大きく異なってきます。それだけ割引率の設定には細心の注意が必要です。
では、どうやって決めたらいいのか、そのヒントを2つ紹介します。
一番分かりやすいのは借入金の金利を参照することです。
投資・実需を問わず、全額自己資金で不動産を購入することは考えにくく、金融機関からの借入は不可避です。その際の適用金利を1つのベンチマークにしようという考え方です。
借入金利は投資家にとっての資金調達コストですので、この金利以上の利回りで運用しないと、採算性を悪化させてしまう恐れがあります。
そして2番目として、各機関から発表される投資利回りを参照するのも一案です。
楽待が10月に公表した2024年7月~9月期の市場動向レポートによると、区分マンションの物件価格は2389万円、表面利回りは6.69%でした。
DCF法でいう割引率とは、投資家が要求する期待利益率と換言できるので、自らが投下した投資資金に対して何%の収益を期待(上乗せ)するか? こうした観点で割引率を設定するのも有効です。
◇
今回はDCF法を取り上げました。将来のインカムとキャピタルをキャッシュフローとして捉え、投資の期間にわたってその収益を横断的に評価することで、単に過去の取引事例や建設コストに依存する評価ではなく、将来の収益性を反映した評価が可能になります。
不動産投資は長期投資です。時間に伴う変動要因を考慮できない単年度での採算性判定では、リスク・リターン分析の正確性は担保できないのです。取引事例に偏重した資産査定からは脱却しなければなりません。
DCF法がバブルの後始末(不良債権の資産査定)に活用され、また、不動産鑑定評価基準に盛り込まれたのも、その有効性が評価されたからです。本コラムを参考に同法をマスターしてみてはいかがでしょうか。
(平賀功一)
プロフィール画像を登録