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先に行われたアメリカ大統領選挙で、トランプ前大統領が歴史的なカムバックを果たした。

トランプ大統領の誕生によって、とりわけ国際秩序の枠組みやアメリカの対外政策のあり方に大きな変化が生まれると予想されているが、ここでは経済金融情勢に絞ってその影響を考えていくことにしよう。

トランプ色が一層強まる第2期政権

2期目のトランプ政権は1期目と何が違うのであろうか。それは、端的にいえばトランプ色の強さである。

1期目は、なんだかんだ言っても、それまでの共和党主流派が要所を締め、対中関税政策などを除けば、従来の共和党政権の延長と捉えることができる部分が多かった。

それに対し、2期目ではトランプ氏への忠誠度が人事の決め手になると見られており、トランプ色がかなり色濃くなると考えられる。

議会選で共和党が上院、下院ともに制したことも大きなポイントだ。これは前回2016年のときと同様だが、当時に比べると共和党は完全にトランプ党となっており、トランプ氏の影響力は格段に大きくなっている。

加えて、最高裁も近年、保守色を強めており、行政、立法、司法の三権すべてを事実上トランプ派が押さえているとみなすことができる。

このようなことから、2期目のトランプ政権では、トランプ氏の公約の実現度は非常に高くなると考えられるのである。そのことを前提に、経済政策における主要な公約を次に見ていこう。

トランプ政権の公約

トランプ次期大統領の経済分野における主要公約は以下である。


・大幅減税(既存のトランプ減税の延長、法人税率の引き下げなど)
・高関税政策(中国製品には60%、それ以外には一律10%)
・金融規制や環境規制の撤廃・緩和
・金融政策への介入/圧力
(・行財政改革)


減税は、もし公約通りにすべてが実行されればかなり大規模なものとなり、経済への刺激効果は非常に強く出ると予想される。

現在、アメリカ経済は緩やかに減速しているものの、基調は底堅く、そこに大幅減税による刺激が加わると、このまま景気が落ち込むことなく再加速していく可能性が高くなる。

トランプ再選を受けてアメリカ株式市場は大きく上昇しているが、これは、種々の規制緩和への期待感に加え、減税による景気刺激効果を見込んだものであろう。

その反面、低インフレだった1期目のときとは違い、現在のインフレ率はやや高めで推移している。その状況で景気刺激策が加われば、インフレが再燃する恐れも強まる。

加えて、これら一連の減税でアメリカの財政赤字は大幅に悪化する公算が高い。こうしたインフレ懸念と財政悪化懸念から、長期金利は上昇することが予想され、これが市場にとっては大きなリスク要因となる。

最後にかっこ書きした行財政改革は、トランプ氏の公約というよりも、選挙戦最大の功労者の一人であるテスラのイーロン・マスクCEOの主張というべきだが、彼の影響力の大きさからみて、何らかの形で政権構想に織り込まれることはまず間違いない(編集部注:2024年11月13日、トランプ大統領は、イーロン・マスク氏を「政府効率化省」のトップに起用すると発表した)。

こちらは、どのようなものになるか現時点では不明だが、マスク氏が主張するような大規模な支出削減が実現されれば、上記の財政赤字拡大による悪影響をある程度は相殺することが可能であろう。

ちなみに、低金利を好むトランプ氏はパウエルFRB議長をたびたび批判しており、FRBに対する圧力や政策への介入を示唆する発言を繰り返している。

これも、金利が低めに誘導されるとの思惑から短期的には株式相場にプラスに働くが、長期的にはリスクが無視できない。たとえば、インフレが再燃してきたときにFRBに利上げを行わせないように圧力を掛ければ、かえってインフレ懸念を増幅してしまい、長期金利の急騰につながりかねないのだ。

さて、もう1つの柱である高関税政策は、企業にサプライチェーンの再構築を迫る効果があるが、当然のことながら大きなインフレ要因となる。また、貿易の停滞により、世界経済に大きなダメージを与えると懸念する声も強い。

大胆な政策実行は中長期的なリスクを高める

全体的にみると、トランプ政権の公約は、世界経済にダメージを与えかねない高関税政策を除くと、非常に景気刺激的である。インフレが再燃せず、長期金利も大きく上昇しないのであれば、それは株式市場にプラスに働く。

だが、「インフレが再燃せず、長期金利も大きく上昇しない」というのはかなり虫のいい仮定である。そうした点からすると、トランプ2.0は短期的には経済や市場にプラスだとしても、中長期的にはリスクが蓄積されていく可能性が高いといえそうだ。

そのあたりを注視していくうえで重要となるのが、長期金利の推移である。現在、指標とされる10年物国債利回りは4.4%近辺で取引されている。

日米長期金利推移(10年物国債利回り、%、著者作成)

これが大きく上昇してくるようだと、リスクが大きくなったと判断できる。1つの目安としては直近ピークの5%あたりを考えておけばよいだろう。現時点ではまだ多少の余裕はあるが、長期金利の5%越えは市場が発する重要な警戒信号となる。

もちろん長期金利の急上昇などで市場が本格的に動揺する前に機動的な政策修正が行われればよいのだが、トランプ色が強まる次期政権でそうした柔軟な対応が可能なのかという点には不安が残る。

ちなみに、大統領と議会で支配政党が異なるいわゆる「ねじれ」状態の方が株式市場の中長期的なパフォーマンスにはプラスであるとの研究がある。「ねじれ」によって極端な公約の実現が難しくなり、必要に応じて軌道修正の圧力がかかりやすいからだ。だが、今回はそれに当てはまらない。

そうした点で重要なのは、財務長官をはじめとする主要経済閣僚の人選である。現在、ヘッジファンドマネジャー出身のスコット・ベッセントらの名前が取りざたされているが、市場に精通し、大統領にも強い影響力を及ぼせるような人物が選ばれるかどうかでもリスクの大きさはかなり変わってくるだろう。

日本への影響は?

アメリカ経済の動向は、日本にも大きな影響を及ぼす。

規制緩和や減税への期待感からアメリカの株式市場が上昇すれば、そのこと自体は日本の株価にも支援材料となる。だが、トランプ政権の影響は、もちろんそれだけにとどまらない。

高関税政策の影響はやや複雑だ。高関税回避のためにサプライチェーンからの中国外しの動きが拡大すれば、恩恵を受ける日本企業は少なくないとみられる。だが結局のところ、世界貿易そのものが停滞すれば、全体としてはマイナスの影響の方が上回るだろう。

また、アメリカの長期金利の動きは、日銀の金融政策にも大きく影響する。

日銀は現在、緩やかな景気拡大と2%台のインフレが続いていくという前提で、ゆっくりと政策金利を引き上げていく方針だ。

だが、実際の政策金利引き上げのタイミングは、為替相場や日本の長期金利水準に大きく左右される。その為替や日本の長期金利に大きく影響するのがアメリカの長期金利なのである。

アメリカの長期金利が今後上昇を続け、先に目安に挙げた5%を超えていくようであれば、おそらくそれに伴って為替も大きく円安方向に振れ、日本の長期金利も1%を大きく超えていくことになろう。そうなると、日銀の政策金利引き上げが現実味を帯びてくる。

経済の停滞でアメリカの長期金利が低下していく環境の中で、日本だけが利上げを行うことは現実的に難しい。

だが、トランプ再選によって、その可能性は薄れ、日銀による政策修正のピッチが速まる可能性が高まっているというのが現状であろう。

(田渕直也)