日本人、特に中高年にとっては、中国人留学生に対して「貧乏」というイメージが残り、なかなか払拭できない部分があるかもしれない。
しかし、昨今の中国人留学生の多くは、経済的に非常に裕福だ。親元からの仕送り額が多いため、日本でもアルバイトをせず、中国人だけでコミュニティを築き固まって暮らしている。
前回の記事では、中国人留学生がどのようにして来日しているのか、1990年代まで遡ってその歴史をひも解き、概要を紹介した。
今回は、現在の中国人留学生が実際にどれだけ裕福なのか、日本ではあまり知られていないその生活ぶりについて見ていこう。
「お金さえ出せばVIP待遇」の中国式予備校
日本語学校に通いつつ中国人向け大学受験予備校にも通う、ダブルスクール族。予備校は科目ごとの選択をする人が多く、夜間の授業のみ、あるいは週末だけ通う。
東京のJR山手線高田馬場駅から、地下鉄東西線の早稲田駅までの1駅間(早稲田通り沿い)には複数の予備校がある。
代表的な学校は「名校志向塾」「行知学園」「格致学苑」「青藤教育」など。小規模の予備校や塾をすべて合わせると、都内には1万人以上の予備校生がいるのではないかと考えられる。
私は2016年に出版した著書「中国人エリートは日本をめざす」のため、前述の「名校志向塾」の取材をしたことがある。
当時、同校の学生数は約1200人。講師はアルバイトを含めて150人で、その他事務スタッフなどが数十人おり、校舎は新宿区内の数カ所に分散していた。
当時の経営者は、高校卒業後に来日し、東京大学の博士課程まで修了したエリートだった。知り合いの中国人たちからの問い合わせが多く、中国人専用の予備校の需要があると考えて、学校を設立したと話していた。
評判は中国人同士の口コミでじわじわと広がり、同校や他校で働いていたスタッフが独立するなどして、高田馬場周辺に同じような予備校が次から次へと設立されるようになった。
同予備校の特徴は、日本語の授業も含め、多くの科目を中国人講師が中国語を交えて行っていることだ。
日本語学校での授業は、基本的に日本語のみで日本人の教師が行っているが、予備校では、彼らの母国語である中国語で授業を行う。そのため、「細かい点までよく理解できると評判がいい」と当時の経営者は語っていた。
驚いたのは、授業に限らず全てにおいて「中国式」のやり方を日本に持ち込んでいることだ。
たとえば、一般の科目ごとの授業以外に、VIP専用のマン・ツー・マンの授業が設定されている。中国の学習塾などでも同様だが、特別に多くのお金を払えば、それだけ優秀な講師に教えてもらえたり、VIP専用の特別室が与えられたりする。
保護者の中には「お金はいくらでも出すので、是が非でも子どもを東大に合格させてほしい」などと直訴する人もいると聞いた。
中国では病院などでもVIP専用のフロアがあり、特別料金を支払うことで、他の患者よりも早く、丁寧に、有名教授に診察してもらえるなどの特典がある。
人口が多い中国では、正規のルートでは長時間診察を待たなければならないが、高い金額を出せば待つ必要はない。
このような「中国式」のやり方が中国人留学生だけでなく、その保護者たちにも喜ばれ、「日本の大学に進学するためには、日本語学校だけでなく予備校にも通ったほうがいい」と考える人が増えていったのだ。
家賃20万のマンションに住み、仕送り40万で生活
2022年、別の予備校に通う留学生にも話を聞いた。その留学生は北京市の高校を卒業後に来日。都内の有名私立大学を狙っていると話していた。
その学生の出身高校は重点高校と呼ばれる有名校だったが、「中国での受験競争が嫌なのと、日本のアニメやドラマ、アイドルが大好きなので、日本の大学に進学したいと思った」と語っていた。
案の定、アルバイトはしておらず、連休には日本各地を旅行したり、アイドルのライブに通ったりしていた。
また別の留学生は日本語学校と予備校を経て、ある音楽大学に合格した。ピアノを専攻していたが、自宅にもピアノを置くため、防音設備のある家賃20万円のマンションに住んでいた。
保護者からの仕送りは家賃を除いて約40万円。将来はピアニストになりたいという夢を語っていた。
余談だが、北京に限らず中国では、重点高校の一部に「国際部」と呼ばれる別組織の高校がある。同じ敷地内にあることが多く、高校名も同じだが、学費は公立の2倍以上だ。
基本的に高校卒業後は留学することを前提としており、欧米の教師が多数いて、英語の授業が多い。中国のインターナショナルスクールは、日本にあるインターの2倍(約500万円以上)の学費がかかるが、公立高校の「国際部」ならインターよりは学費が安い。
国語(中国語)や、一般の科目の授業もあるため、インターよりこちらを選択する学生も多い。そうした「国際部」からも、多くの学生が日本留学にやってくる。
「高田馬場」に留学生が多いのはなぜ?
前述のような予備校をはじめ、高田馬場には予備校が集中しており、留学生が多い。高田馬場の近くには早稲田大学があり、日本語学校も多いことが理由だ。
早稲田大学は中国で非常に有名な大学で、東京大学と並んで人気がある。
日本学生支援機構(JASSO)の2015年と2020年の調査では、「中国人留学生が最も多いランキング」で、早稲田大学がどちらも第1位だった(ちなみに東京大学は2015年3位、2020年2位)。
早稲田が中国で人気なのは、中国共産党の創設メンバーのうち2人(陳独秀と李大釗)が同大学の留学生だったからだ。
そのことが中国でも知れ渡っているため、早稲田の知名度はダントツで高い。そのおひざ元である高田馬場や早稲田周辺、あるいはその2駅が利用できる西武新宿線や地下鉄東西線などの沿線に、彼らはマンションを借りて住もうとするのだ。
中国人留学生にとって、日本に留学したい理由は複数ある。1つ目は、中国の厳しすぎる受験戦争を避けるため、あるいは、受験戦争に敗れたためだ。
中国の大学入試「高考」(ガオカオ)は毎年6月に行われる一発勝負。中国では私立大学はわずかしかなく、ほとんどが国立大学で、この受験に失敗したら浪人するしかない。
2024年の受験生は過去最多の1342万人に上ったが、有名大学の合格枠は変わらず、トップ校といわれる大学に入れるのは全受験者の0.05%しかないと言われる。その競争を避け、海外の有名大学に行こうと考えるのだ。
海外の有名大学に行くほうが比較的簡単な上、知名度が高い大学ならば「箔」がつき、保護者のメンツも立つ。
最近では、早稲田や東大だけでなく、中国では狭き門といわれる音楽大学や美術大学などの人気も高い。中国で受験に失敗し、日本に「学歴ロンダリング」でやってくる学生も多い。
日本留学はあらゆる面で「ぬるい」
中国人が日本に留学したい理由の2つ目に挙げられるのは、日本留学は(学費や生活費、物価が)安い、(距離的に)近い、(治安面が)安全で安心という点だ。
実は欧米留学を目指す中国人も多く、日本は最も人気の留学先ではない。しかし日本留学は上記の点で欧米より優位性があり、来日するハードルが低い。ある留学生は次のように語っていた。
「欧米留学はハイリスク・ハイリターンで、留学生同士の足の引っ張り合いも多く、結局その国での中国人間で競争が生まれる。一方で日本留学はすべての面で生ぬるく、中国人同士の競争も比較的少ないのがいい」
また、日本は中国以外では世界で唯一漢字が通用する国であり、同じ東洋人で顔立ちが似ているので町に溶け込みやすい。気候も中国と似ており、食べ物も欧米に比べれば中国人の口に合う。保護者が頻繁に来日して世話をしやすいという面もある。
留学生に限らず、これらは中国人にとって来日したい理由になる。
先述の通り留学生の中には、家賃が15万円以上のマンションに1人で住み、それ以外の仕送り額が30万~40万円、あるいはそれ以上という人もザラにいると聞く。
それでも保護者からは「欧米よりも安くて便利。日本でよかった」という声も聞こえてくる。
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ここまで、中国人留学生の豊かな生活ぶり、留学先に日本を選ぶ理由について見てきた。
そもそも中国人学生が海外留学を選ぶ背景には、中国国内の過酷な受験戦争や思想教育などが関係している。
次回は、多くの中国人留学生を生み出す発端となっている中国側の事情について深堀りしていこう(次回に続く)。
(中島恵)
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