みなさんは「ウェルスマネジメント」という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?
一般的には、富裕層顧客の資産(有価証券、不動産等)の運用・管理・贈与・相続、事業承継等のニーズに対して、効果的な対応策を提供するサービスのことを指します。
ウェルス(Wealth)には富、財産という意味があり、ウェルスマネジメントは富を管理すること、という意味になります。
このウェルスマネジメントという言葉は比較的新しく、かつては「プライベート・バンキング」という用語が使われていました。スイスの銀行が提供しているサービスは特に有名です。
プライベート・バンキングは、当初は純粋な銀行機能を提供していましたが、次第にグローバルでの資産運用や高度な金融商品の提供等を行うようになり、銀行機能、すなわちバンキングの範囲を超えていくようになりました。そこで出てきた用語が「ウェルスマネジメント」です。
収益不動産を持つ不動産投資家は、日本においてはまさにこのウェルスマネジメントサービスの対象として位置付けられる可能性が高く、皆さまの中には銀行などからサービスの案内を受けた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回はウェルスマネジメントというサービスがどのようなものか、不動産投資家にとっても役に立つのかなどについて、簡単に確認していきましょう。
邦銀が「ウェルスマネジメント」と言い出した理由
日本の銀行がウェルスマネジメントに力を入れるようになった背景には、いくつかの歴史的、経済的な要因があります。順番に見て行きましょう。
■低金利環境
近年、多くの先進国では低金利政策が続いていますが、特に日本は圧倒的な低金利環境が続いてきました。
これにより、伝統的な預金や貸出業務からの収益が減少し、銀行は新たな収益源を模索する必要に迫られました。ウェルスマネジメントは手数料収入を得ることができるため、銀行にとって魅力的なビジネスとなりました。
■規制の強化
2008年の金融危機以降、銀行業界に対する規制が強化されました。これにより、リスクの高い投資や貸出業務が制限される一方で、安定した収益を得るための新たなビジネスモデルが求められるようになりました。ウェルスマネジメントは比較的リスクが低く、安定した収益をもたらすため、銀行にとって重要な戦略となっています。
■富裕層の増加
世界的に富裕層の数が増加しており、資産管理ニーズが高まっています。特にアジアや新興市場では経済成長に伴い富裕層が急増しており、これらの市場でのウェルスマネジメントの需要が拡大しています。日本も不動産価格の上昇や上場株式の上昇、仮想通貨の高騰等を背景に、富裕層が増加してきています。
■デジタル化の進展
テクノロジーの進化により、ウェルスマネジメントサービスの提供がより効率的、かつパーソナライズされたものになっています。ロボアドバイザーやAIを活用した投資アドバイスなど、デジタルツールの導入が進むことで、銀行はより多くの顧客に対して高品質なサービスを提供できるようになりました。
■競争の激化
銀行業界は競争が激化しており、差別化が求められています。ウェルスマネジメントは、顧客との長期的な関係を築くための重要な手段となり、他の金融機関との差別化を図るための戦略的な要素となっています。
これらの要因が組み合わさり、銀行はウェルスマネジメントに力を入れるようになりました。多様化する顧客のニーズに応えるため、銀行は資産運用、税務対策、相続計画など、幅広いサービスを提供することで、顧客満足度を高め、長期的な関係を築くことを目指しています。
邦銀と外銀の「差」
ウェルスマネジメントは、外銀が生み出してきたサービスであり、歴史的、機能的に明らかに外銀に優位性があります。ただし、邦銀が強みを活かせる分野はあります。以下では、外銀と邦銀の違いを少しピックアップします。
1.サービスの多様性と専門性
<外銀>
外銀はグローバルなネットワークと豊富な経験を持っており、国際的な投資機会や多様な金融商品を提供することができます。例えば、HSBCやシティバンクなどの外銀は、海外の不動産投資や国際的な税務対策、クロスボーダーの資産移転など、国際的な視点からのサービスを提供しています。
<邦銀>
邦銀は国内市場に強みを持ち、国内の税制や法規制に精通しています。例えば、三菱UFJ銀行や三井住友銀行、みずほ銀行は、日本国内の不動産投資や相続対策、国内の税務アドバイスのサービスを提供可能です。
2.顧客基盤とターゲット市場
<外銀>
外銀は富裕層や超富裕層を主なターゲットとし、個別のニーズに応じたカスタマイズされたサービスを提供することが多いです。スイスのUBSなどは、超富裕層向けに専任のアドバイザーを配置し、個別の投資戦略や資産管理プランを提供しています。
<邦銀>
邦銀は広範な顧客基盤を持ち、中間層から富裕層まで幅広い層に対してサービスを提供しています。どの銀行でも、富裕層だけでなく、一般の個人投資家向けにも手軽に利用できる投資信託や保険商品を提供しているのをご存じの方も多いでしょう。これをウェルスマネジメントと呼んで良いのかについては議論があるかもしれませんが、間口が広いのは邦銀です。
3.テクノロジーの活用
<外銀>
外銀はテクノロジーの導入に積極的で、ロボアドバイザーやAIを活用した投資アドバイスについてオンラインを通じたサービス提供に力を入れています。例えば、シティバンクは、デジタルプラットフォームを通じて24時間アクセス可能な投資情報やアドバイスを提供しています。通貨の取引にも強いです(邦銀と比べると圧倒的)。
<邦銀>
邦銀もデジタル化を進めていますが、外銀に比べるとやや遅れを取っている場合が多いでしょう。もちろん、近年はデジタルバンキングやオンライン投資サービスの強化に力を入れています。メガバンクは、オンラインでの投資信託購入や資産管理ができるプラットフォームを提供し、デジタル化を推進しています。
4.多言語対応
<外銀>
外銀は多言語対応や異文化理解に優れており、国際的な顧客に対してもスムーズなコミュニケーションを提供できます。例えば、HSBCは多言語対応のカスタマーサポートを提供し、国際的な顧客のニーズに応えています。
<邦銀>
邦銀は日本国内の顧客に対して、きめ細やかなサービスを提供することに長けています。日本語での対応や日本の文化に根ざしたサービスが強みです。国際的な個人顧客へのサービス提供は苦手といって良いでしょう。
全般的には外観は圧倒的なシステム投資と国際ネットワークを背景に、超富裕層向けのサービス、邦銀は基本的に準富裕層から富裕層に対して日本国内でのサービスを提供しているようなイメージです。
ウェルスマネジメントの主なサービス
邦銀や日本の証券会社等が提供するウェルスマネジメントサービスは主に以下のようなものがあります。
1.資産運用アドバイス
<投資信託>
顧客のリスク許容度や投資目的に応じた投資信託の提案を行います。国内外の株式、債券、リート(不動産投資信託)など、多様な商品ラインアップを揃えています。
<個別株式・債券>
専門のアドバイザーが市場動向を分析し、個別株式や債券の投資戦略を提案します。
<ポートフォリオ管理>
顧客の資産全体を考慮したポートフォリオの構築と管理を行い、リスク分散と収益最大化を図ります。
2.ファイナンシャルプランニング
<ライフプランニング>
顧客のライフステージに応じた資産形成計画を立案し、教育資金、住宅購入、老後資金などの目標達成をサポートします。
<リタイアメントプランニング>
老後の生活を見据えた資産運用計画を提供し、年金や退職金の最適な運用方法を提案します。
3.税務・相続対策
<税務アドバイス>
税理士や専門家と連携し、所得税、相続税、贈与税などの税務対策をサポートします。節税効果の高い投資商品やスキームの提案も行います。
<相続プランニング>
相続に関する法的手続きや資産分割のアドバイスを提供し、円滑な相続をサポートします。遺言書の作成支援や信託の活用も含まれます。
4.不動産関連サービス
<不動産投資>
不動産投資の専門家が市場調査を行い、最適な投資物件の提案を行います。主に国内の不動産投資機会を提供します。
<不動産管理>
賃貸物件の管理や運営をサポートし、収益の最大化を図ります。プロパティマネジメントサービスの提供もしくは企業紹介を行います。
5.保険商品
<生命保険・医療保険>
顧客のライフステージやニーズに応じた保険商品の提案を行います。リスクヘッジや資産保全のための保険プランを提供します。
<損害保険>
自動車保険、火災保険など、生活に必要な損害保険商品も相談に乗ることがあります。
6.デジタルサービス
<オンラインプラットフォーム>
インターネットバンキングやモバイルアプリを通じて、資産の状況確認や取引が可能です。
<ロボアドバイザー>
AIを活用した自動投資アドバイスサービスを提供し、手軽に資産運用を始められる環境を整えているところもあります。
7.専任アドバイザー
<パーソナルアドバイザー>
専任のウェルスマネジメントアドバイザーが、顧客一人ひとりのニーズに応じたカスタマイズされたサービスを提供します。定期的な面談やポートフォリオの見直しを行い、長期的な資産形成をサポートします。
上記に加えて他のサービスもあります。邦銀ですべてを提供できるところは少ないと思いますが、以下のようなものがあります。
8.アートコンサルティング
<アートアドバイザーの紹介>
専門のアートアドバイザーやギャラリーとのネットワークを活用し、顧客に適したアート作品の購入をサポートします。
<市場調査と評価>
アート市場の動向や特定のアーティストの評価についての情報提供を行い、投資判断をサポートします。
<購入・売却サポート>
アート作品の購入や売却に関する手続きや交渉をサポートし、最適な取引を実現します。
<保管と保険>
購入したアート作品の保管方法や保険の手配についてもアドバイスを提供します。
9.会員制組織への加入
<会員制クラブの紹介>
高級会員制クラブやエクスクルーシブなネットワーキンググループへの加入をサポートします。これには、ゴルフクラブ、プライベートクラブ、ビジネスネットワーキンググループなどが含まれます。
<特典とサービスの案内>
会員制クラブが提供する特典やサービスについての情報提供を行い、顧客のライフスタイルに合った選択をサポートします。
<イベント招待>
特定の会員制組織が主催するイベントやセミナーへの招待を通じて、顧客のネットワーキング機会を広げます。
10.ライフスタイルマネジメント
<プライベートジェットやヨットの手配>
高級な移動手段やレジャーの手配をサポートします。
<教育・留学サポート>
子供の教育や留学に関する情報提供や手続きのサポートを行います。
これらのサービスを通じて、邦銀は顧客の資産を総合的に管理し、最適な運用をサポートすることを目指しています。顧客のライフステージやニーズに応じたきめ細やかなサービスを提供することで、長期的な信頼関係を築き、顧客満足度の向上を図る戦略です。
不動産投資家にウェルスマネジメントは「いらない」
不動産投資家にとって、邦銀が提供するウェルスマネジメントは有用なのでしょうか? 例えば、売却益が多額に発生した場合、現金の運用に困ってウェルスマネジメントサービスを受けるというのはアリでしょうか?
筆者の回答は「NO」です。
邦銀が提供するウェルスマネジメントサービスで価値があるのは、上記のアートや会員制クラブの紹介といった、通常の個人ではアクセスできない機能ぐらいです。
それ以外の資産運用アドバイスは、自ら不動産投資を行っている投資家であるならば、自分で調べて投資をした方がよいでしょう。手数料の高い商品を銀行から買わされることがないため、資産運用としては有効なはずです。
YouTubeやブログには、資産運用に関するさまざまな知識があふれています。銀行だからといって、特別な運用商品があることは通常ありません。
ライフプランニングも同様です。
自ら調べて対応していく方が、よほど良い計画がつくれるでしょう。銀行員は「単なるサラリーマン」であり、富裕層の生活を本当の意味では理解していません。
これが、海外のウェルスマネジメントに従事しているアドバイザーとなれば異なりますが、少なくとも日本では有用な人材は極めて限られる程度でしょう。
◇
不動産の運用・管理といったものは、不動産投資家であれば自らで行えますし、資産承継・相続対策も、収益不動産運用ぐらいしか日本で有効な方策はありません。
いずれにしろ、資産が豊富で、面倒なことが嫌いで、銀行に余分な手数料を取られてもよい、という富裕層ならば、邦銀のウェルスマネジメントサービスを利用するのはアリかもしれません。そうでなければ、自分で調べ、個別に最適なサービス(例えば税理士、弁護士、ネット証券など)を受けた方が有用でしょう。
(旦直土)
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