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一般的に、賃貸借契約では契約を「更新」することができます。ところが、この契約の「更新」を行うことのできない賃貸借契約が存在します。それが、「定期建物賃貸借契約」です。
建て替えを予定しているなどの物件で、入居者と定期建物賃貸借契約を結んでいる、といったオーナーもいるかもしれません。
今回は、この定期建物賃貸借契約について、基本事項を解説していきます。
2024年11月17日に行われた2024年度の賃貸不動産経営管理士試験でも、問22は定期建物賃貸借からの出題でした。毎年出題されている内容ですが、今回の問題では、選択肢2を選んだ人が30%、3を選んだ人が57%でしたので、合否を分けた問題といえます。
なぜ、このように回答が分かれたのかにも触れつつ、定期建物賃貸借契約のポイントを見ていきましょう。
定期建物賃貸借とは?
定期建物賃貸借とは、期間満了を迎えようとも、契約が更新されることなく終了する建物賃貸借契約をいいます。
普通の建物賃貸借契約では、借地借家法にある更新や解約、契約期間等の規定に反する特約を定めても無効となります。
定期建物賃貸借では、この要件を満たすことで、更新がない旨の特約も有効となる点に意義があります。
定期建物賃貸借契約の根拠は「正当事由制度」の存在にあります。
正当事由制度とは、賃貸人から更新拒絶をしたり、解約申し入れをしたりする場合には、正当事由がなければ認められず、これに反して賃借人に不利な特約を定めても無効となるというものです。
この制度は、1938年(昭和13年)に制定された国家総動員法の体制下における地代家賃統制令(地代と家賃の額の値上げを統制し、国民生活を安定しようとする目的で発令された勅令)の実効性を確保するため、1941年(昭和16年)2月25日の借家法の改正により創設されました。
戦中・戦後の、住宅の絶対数が足りない時代の借家人の保護という役割を果たしていたのです。
その後は高度成長期となり、国民生活は格段に豊かになり、住宅事情も量的には充足しました。
しかし、当時の欧米先進諸国と比べて住戸1戸あたりの面積が狭いことや、ファミリ―向けの良質な借家が不足していたことといった問題があり、住宅の質の拡充を図るという目的を達成するため、1999年(平成11年)に借地借家法38条が改正され、現在の定期建物賃貸借制度が導入されました。

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定期建物賃貸借を締結するには説明が必要?
定期建物賃貸借は、公正証書による等書面または電磁的記録によって契約(※1)する必要があります。そして、賃貸人は、賃借人に対して、あらかじめ書面を交付の上、賃貸借に更新がなく、期間の満了によって終了する旨を説明(※2)しなければなりません。
この書面等は、賃借人が、その契約に係る賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず、契約書とは別個独立の書面でなければなりません(最判平成24年9月13日)。この説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは無効となります。
なお、この賃貸人の説明は、媒介業者の宅建業者による重要事項説明として行うだけでは足りません。賃貸人から別に代理権を受けて説明を行う必要があります。
なお、契約期間が1年以上の場合で、賃貸人から契約終了の通知を出す場合は、期間満了の1年前から6カ月前までにする必要があります。
この期間に通知しなかった場合は、通知した日から6カ月で終了することになります。通知しなかったからといって、普通建物賃貸借になるということはありません。
※1 電磁的記録による契約とは、電子文書に電子署名を行って締結する契約をいいます。電子契約とも呼ばれ、インターネットなどの情報通信技術を利用して行います。
※2 賃貸人は、書面の交付に代えて、賃借人の承諾を得たうえで、電磁的方法(電子メール等で交付して、オンラインを活用して説明等)により提供することができます。
「中途解約」の特約は有効? 無効?
「定期建物賃貸借契約に中途解約できる」旨を定めることは有効でしょうか。
この点について、民法618条は「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する」と定めています。
前条である617条では、「建物の賃貸借は3カ月前の告知で中途解約できる」とされていますので、賃借人側からの中途解約の特約は有効と考えてよいでしょう。
問題となるのは、賃貸人からの中途解約の特約の効力です。この点に関しては、学説・裁判例上の争いがあります。
まさに、今回の賃貸不動産経営管理士の資格試験で回答が分かれたのも、この部分に関してでした。
少し複雑な話になりますが、書籍・判決文にある表記のままで引用しつつ解説します。
【1】一般社団法人 賃貸不動産経営管理士協議会「令和6(2024)年度版 賃貸不動産管理の知識と実務」(大成出版)(以下、「公式テキスト」)
「定期建物賃貸借において、賃貸人に期間内解約をする権利を留保する旨の特約の有効性については見解が分かれているが」と表記するのみで、有効か否かについては、理由も結論も書かれていません。
(一般社団法人 賃貸不動産経営管理士協議会「令和6(2024)年度版 賃貸不動産管理の知識と実務」270頁より)
【2】渡辺晋「建物賃貸借・建物賃貸借に関する法律と判例」(大成出版)(以下、「渡辺・建物賃貸借」)
「定期建物賃貸借契約においても、期間内解約の特約を定めることが禁止される理由はなく、期間内解約の特約を設けることができる」として、中途解約の特約を当然に有効であるとしています。
(渡辺晋「建物賃貸借・建物賃貸借に関する法律と判例」499頁より)
【3】吉田修平「基本法コンメンタール借地借家法[第2版]」(日本評論社)(以下、「吉田・基本コンメ」)
「借地借家法38条1項の文言上、『30条の規定にかかわらず』と定めることで、本法26条(建物賃貸借契約の更新等の規定)および28条の規定(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件である正当事由を定めた規定)が適用されないことが明確化されているから、定期借家契約においては賃貸人からの解約権の行使に正当事由が要求されることはない」としています。「解約権の行使に」としているので、中途解約の特約が有効であることを前提にしていると思われます。
(基本法コンメンタール借地借家法[第2版]より)
【4】藤井俊二「コンメンタール借地借家法第4版」(日本評論社)(以下、「藤井・コンメ」)
では、借地借家法38条1項「によって、賃貸人の中途解約権留保特約は賃借人に不利な本項に反する特約として無効と解すべきである」として、賃貸人からの中途解約特約自体の効力を否定しています。
(藤井俊二「コンメンタール借地借家法第4版」328頁より)
【5】東京地裁平成25年8月20日判決
「定期建物賃貸借契約である本件契約において、賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約を付しても、その特約は無効と解される(借地借家法30条)」として、特約自体の効力を否定しています。ただ、本判決ではその理由には触れていません。
(「定期建物賃貸借契約の特約に基づく中途解約の申入れを受けた賃借人による損害賠償請求が一部認められた事例」RETIO. 2014. 7 NO.94より)
「正当事由」は必要か
前記の論点で、中途解約自体が無効であると解釈した場合は、賃貸人からの中途解約ももちろん不可能という帰結になるので、正当事由があろうがなかろうが、中途解約できません。
それに対して、有効と解釈した場合は、民法に従って3カ月前告知で中途解約できるとするのか、借地借家法28条を適用して正当事由を必要とするのか、仮に前者とした場合でも無条件で認めてよいのか、という問題があります。
この点についても学説上の対立があります。
前記【1】とした公式テキストでは、「定期建物賃貸借において、賃貸人に期間内解約をする権利を留保する旨の特約の有効性については見解が分かれているが、仮に有効であるとしても、期間内解約の申入れには正当事由が必要である」として、正当事由を必要とする立場を採っています。ただ、これもその根拠については示されていません。(公式テキスト270頁より)
前記【2】の渡辺は、「定期建物賃貸借契約においても、期間内解約の特約を定めることが禁止される理由はなく、期間内解約の特約を設けることができる。もっとも賃貸人からの解約については、正当事由を必要とすることは、普通建物賃貸借と同様である」として、正当事由を必要とする立場を採っています。ただ、その根拠については示されていません。(渡辺・建物賃貸借499頁より)

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他方、【3】の吉田は「定期借家契約においては賃貸人からの解約権の行使に正当事由が要求されることはない」としています。
ただし、無条件で民法を適用して3カ月前告知で中途解約できるとしているのではありません。
「もっとも、賃貸人からの中途解約を認める特約は、賃借人に不利な面があることは否めない。例えば、あまりに猶予期間を短くする特約(解約申入れから一週間で終了する等)は消費者契約法10条によって無効となる可能性がある。また、『賃貸人から中途解約を申し入れることはない』等と申し向けて契約したにもかかわらず、契約期間中に賃貸人が中途解約を申し入れた場合には、禁反言に該当し、信義則上、中途解約による明渡しが制限されることもあり得よう」として、無条件で中途解約を認めるという立場ではありません。
さらに、定期借家契約に賃貸人側からの中途解約規定を盛り込むときは、重要事項説明書面等にその旨を記載して、その存在と法的意味合いをしっかりと説明して、理解・認識させることが望ましいとしています。(吉田・基本コンメ243頁より)
また、【4】の藤井は「借地借家法38条1項は、『第30条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。』と規定している。すなわち、期間の定めがあって、期間が満了したときは、賃貸人側の正当事由具備を問わず、期間満了によって賃貸借が終了する旨を定めているだけであって、中途解約権行使の場合についてまでは規定していない。」として、定期建物賃貸借はそもそも賃貸人側からの中途解約を認めていないという立場です。(藤井・コンメ328頁より)
以上、この論点については最高裁判例がなく、学説上の対立も混沌としている状態です。
法律系の国家資格で出題する場合は、論文式試験ならまだしも、択一式試験の場合は消去法で回答できるようにするなど工夫が必要かと思います。
以下に示す2024年度の賃貸不動産経営管理士の問22は、個数問題となっているので、すべての選択肢の正誤が明確でなければ問題自体が成り立たなくなりますね。
なお、賃借人からの中途解約には特例があります。契約対象が床面積200平米未満の居住用建物である場合で、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、賃貸借の解約の申入れをすることができ、当該申入れの日から1カ月後に契約が終了します。
この規定は強行規定であり、賃借人に不利な特約を定めても無効となります。
試験問題を確認してみよう
それでは、物議をかもした今回の試験問題をみてみましょう。
みなさんは、どれが正解だと思われますか?
【問題】定期建物賃貸借契約に関する次の記述のうち、誤っているものはいくつあるか。(2024年度問22)
ア 賃貸人が定期建物賃貸借契約の中途解約条項に基づき、同契約を中途解約する場合、正当事由の具備は不要である。
イ 宅地建物取引業者が定期建物賃貸借契約を媒介する場合、代理権が無い場合でも、同契約は更新がなく期間の満了により終了することの説明をすれば、 契約の更新がないこととする旨の定めは有効に成立する。
ウ 200㎡未満の賃貸住宅の定期建物賃貸借契約が成立しているときに、賃借人が親族の介護により同建物を生活の本拠として使用することが困難となり、賃貸人に対して解約申入れをした場合、同契約は解約申入日から1か月を経過することにより終了する。
エ 定期建物賃貸借契約の期間が1年以上のとき、賃貸人が期間満了の5か月前に、賃借人に対して同契約が終了する旨を通知した場合、同契約の期間満了日から6か月経過後に終了する。
1 1つ 2 2つ 3 3つ 4 4つ
選択肢を1つ1つ見ていきましょう。
ア→△ 中途解約条項自体が無効であると解釈すると問題が成り立たず、有効と解した場合でも正当事由を必要とする見解と不要とする見解があり、最高裁判例もないので回答が出せません。
ただし、公式テキストでは正当事由を必要としているので、私が受験生であれば「×」として回答します。
イ→× 媒介業者の場合、代理権がなければなりません。
ウ→○ 問題文のとおりです。
エ→× 満了日ではなく、通知した日からです。
このように明らかな間違いはイとエですが、アの選択肢を○と取るか×ととるかで答えが分かれました。
多くの塾・予備校講師は「3」(誤りが3つ)を正解としています。
今回の試験の合格発表日は12月26日(木)です。この問題がどのように扱われるのか、注目が集まっています。
◇
学説・裁判例上の争いがある部分もあるとはいえ、不動産オーナーとしては「定期建物賃貸借契約」については基本的な事項をおさえておくべき内容です。
ぜひ、今一度どういった制度なのかを確認しつつ、自身の不動産経営に生かしてみてはいかがでしょうか。
(田中嵩二)
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