交通局が運行する都営バス(都バス)は、1923年に発生した関東大震災によって東京市の公共交通を担っていた東京市電が機能不全に陥ったことから、その代替交通として運行を開始した。都バスが運行を開始してから、100年以上が経過しているのだ。
今回は、全系統の中から「都バスの独自色」を感じられる路線を3つピックアップしてみた。都バスが活躍した100年を振り返り、都バスを中心にバスが果たしてきた機能や都市との関係について再考してみたい。
多摩でふんばる「梅70」
路線バスの多くは、運行経費を自治体の補助金に依存している。そのため、自治体の行政効率化の煽りを受けて路線の縮小・廃止や減便といった措置が講じられることも珍しくない。
都バスも例外ではない。例えば、都バスの「梅70」系統は、都バス最長路線としてバス愛好者には有名な路線だが、その前身である301系統は杉並区の阿佐ヶ谷駅―青梅駅までを結んでいた。
301系統時代から梅70は長距離を走っていたので、運行が非効率になることを理由に路線の再編が検討されるようになり、さらに都バスを運行する東京都が市区町村に路線維持のための補助金支出を求めた。
この要請に対して、一部の自治体が補助金の支出を拒否。その結果、路線を縮小することになるが、それでも都バス最長路線であることに変わりはなかった。
梅70は、その後も路線の改変を経て、西武鉄道の柳沢駅―青梅駅間を走るバスとして定着していたが、2015年には花小金井駅(東京都小平市)―青梅駅に運行区間を縮小した。
東京都交通局によると、梅70の収支状況は、2023年度だけで1億8467万円の赤字だ。都バスの全系統中、最大の赤字幅となっている。
民間事業者は、赤字が続けば撤退してしまう。公共交通はすぐに利用者がつかなくても、安定的かつ継続的な運行によって地域に根付くインフラであることが求められている。
そのため、バス路線は新規・改編・廃止において自治体や事業者の協議、さらに運輸局との折衝など、やらなければいけない業務が山ほどある。
儲からないという理由ですぐに撤退されてしまうと、開設までに積み上げた労力や時間が水の泡になるだけではなく、住民や利用者にも混乱をきたす。そうした理由から、地下鉄網が充実しているために需要が多くても採算が取りづらい東京23区内は、主に都バスが運行を担当してきた。
なぜか分割されない「王78」
そうした東京都の思想をもっとも反映しているのが、新宿駅西口―王子駅を結ぶ「王78」系統だ。
約18.3キロメートルの王78は、東京23区内を走る路線の中では最長で、新宿駅西口を出発すると青梅街道を西へと走る。そして、環状7号線に突き当たると、進路を北東へと変えていく。
そのまま環状7号線を走り、埼京線・京浜東北線の線路を跨いで北本通りから南下。王子駅のバスロータリーまでの長い距離を走っている。
王78は途中で東京メトロ丸ノ内線・JR中央線・西武新宿線・西武池袋線・西武有楽町線・東武東上線・都営三田線・JR埼京線・JR京浜東北線・東京メトロ南北線など複数の鉄道駅とも乗り換えができる。
多くの鉄道駅で乗り換えができることを考えると、1本のバス便でここまで長距離を走る必要はない。
実際、筆者は取材で何度も王78に乗車した経験がある。乗り潰すような目的で乗車する人を除けば、新宿駅西口から王子駅まで乗り通す利用者はいない。効率という視点に立てば、王78は3つか4つの区間に分割・再編しても不思議ではない。
長距離を走る路線には利用者が少ない区間がつきもので、3つか4に区間を分割すれば、そうした需要が少ない区間だけ運行本数を減らすといった効率化を図ることもできる。
しかし、東京都は頑なに王78を分割・再編しない。それは王78が走る環状7号線が1964年の東京五輪を開催するにあたり、政府と東京都によって主導的に整備されたものだという背景が理由にある。
そうした理由から、環状7号線の公共交通は行政が責任を持って運行するとの考え方が根底にあり、それが半世紀以上にわたって今も脈々と受け継がれている。
都庁への足「CH01」
そして、もうひとつ都バスを象徴する路線がある。それが新宿駅西口と都庁とを巡回する「CH01」系統だ。新宿駅西口と都庁は歩いても数分の距離にある。それほど近距離なので、わざわざバスを運行させる必要性を感じにくい。
しかし、都庁には東京都職員や都議会議員といった都関係者のみならず、近隣の神奈川県・埼玉県・千葉県・山梨県といった自治体からも人が訪れる。なぜなら近隣の自治体と東京都は、上下水道や道路の整備、防災体制づくりといった連携をする関係にあるからだ。
そうした政策課題は山ほどあり、そうした協議や工事の打ち合わせのために都外から都庁に足を運ぶ関係者たちがCH01を利用している。
新宿駅西口を出発したCH01は都庁第一本庁舎・都庁第二本庁舎・都議会議事堂を巡回して新宿駅西口に戻ってくる。都バスの運賃は大人なら210円だが、CH01は190(ICカード利用は189)円と少しだけ安くなっている。
運転士不足も深刻に
苦戦を強いられつつ、公共交通機関として役割を果たしてきた都バス。改めてその歩みを振り返りたい。
高度経済成長期まで、東京都内の主要公共交通機関は23区内を網の目のように走る都電だった。現在、早稲田―三ノ輪橋間の約12.2キロメートルの都電荒川線のみとなった都電だが、廃止された路線の多くは都バスが役割を補完するように運行されている。
都バスは都電廃止後に路線網を広げていったが、地下鉄の路線が充実していくにしたがって公共交通の主役を譲ることになった。それでも、採算が取りづらい区間でも運行を続ける都バスは、東京の公共交通を支える大動脈といえる。
採算の問題に加え、昨今業界内で問題視されているのが「運転士不足」だ。バス業界、特にバスの運転士は長時間労働・低賃金が常態化しており、利用客によるカスタマーハラスメントという古くて新しい問題も運転士不足の一因として早急に対応策を講じなければならない。
こうした劣悪な労働環境を放置したツケが、バス運転士の離職率を高止まりさせている。しかも、バスの運転士は新規採用率が低いために高齢化が急速に進む。
運転士不足を抜本的に解決するには、賃金アップと労働時間や休日確保の厳守だが、人手不足でシフトが回らないうえ、これ以上の補助金をつけられないという自治体の逼迫した財政事情もある。ゆえに立ち行かなくなる未来も見え隠れする。
◇
「バスから地下鉄へ」の流れは東京のみならず、大阪や名古屋、福岡、札幌といった大都市圏でも同じように進行した。
のんびりと走る路線バスは昭和50年代後半から時代遅れの公共交通と目されるようになり、平成期にはオワコン扱いされた。
しかし今、高齢化社会を迎えてバスの役割が見直されている。高齢者の多くは車を使えないため、定期的な通院にも公共交通機関を使う必要がある。
バスの乗降場は300メートル前後の間隔で設置されているため、通院のために遠くの電車駅まで歩くのが困難な高齢者を救済する側面も持ち合わせるためだ。
また、昨今の鉄道駅は、駅ビルやエキナカを充実させるために駅そのものが巨大化している。そのため、駅の入り口から乗降場となるホームまで、かなりの距離がある。
さらに、駅の巨大化に合わせて立体化が図られたこともあり、階段の乗降も増えた。都市圏の駅は多くがバリアフリー化されているが、エレベーターを使うとなると遠回りになって余計に体力・労力を消耗する。
その一方、バスは鉄道駅のようなことはない。すぐに乗車できるというメリットがある。バスが再び時代に適応するようになっている、といえる。
時代遅れの公共交通とされてきたバスだが、いざ運行不全に陥ると私たちの生活はたちまち成り立たなくなるかもしれない。バスが重要なインフラだったことが、改めて認識され始めている。
(小川裕夫)
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