日経平均株価が7月に4万2000円台を突破し、史上最高値を付けるなど、2024年の株式市場は総じて好調に推移しました。
この恩恵を受けたのは、個人投資家だけではありません。機関投資家のひとつにも挙げられる銀行の業績にも、プラス要因となりました。
銀行は預かった預金をすべて貸し出しに回しているわけではありません。融資として貸し出した分のあまりは、株や債券などの有価証券で運用しています。このため、株式市場や債券市場の影響を受けることになるのです。
有価証券の運用方針は、銀行によって異なります。その結果、運用で利益を出す銀行もあれば、損失を出す銀行もあります。言い方を換えれば、「運用がうまい銀行」と「運用がヘタな銀行」の差が出ます。
こうした投資の結果が業績に響き、不動産投資家に間接的に影響する可能性もあります。
そこで今回は、2025年3月期中間決算の結果から、地方銀行・第二地方銀行99行の有価証券運用状況を分析してみたいと思います。
※99行のうち、傘下に青森銀行・みちのく銀行を持つプロクレアホールディングスは、これら2行の個別情報の開示をかなり絞っており、確認できる数値が限定的です。このため、今回はそれ以外の97行を対象とします。
株で利益、債券で損失
まずは、全体像をみてみます。
97行は、上半期中に国債・社債などの売買で1267億円の損失を計上し、株式の売買で1796億円の収益を計上しました。1行当りでは、債券で13億円の損失、株式で18億円の収益となったわけです。図表にすると以下のようになります。
左向きの矢印の先に示した97行の中間純利益は6916億円でしたが、このうち株式が1796億円と約4分の1を占めています。つまるところ、中間純利益の4分の1は株式投資によってもたらされたわけです。
有価証券投資は、買ったときよりも価格が上昇した際に、それを売却することで実際の収益を受け取れます。不動産の現物の売買と同じですね。
このため、買ったときよりも価格が上昇していれば貯金にできるのですが、下がっていればそうはいきません。前者は「含み益」、後者は「含み損」と呼ばれます。
右向き矢印の先の数字ですが、「株式」は黒字、「債券」と「その他」は赤字で表示しました。株式は含み益なものの、それ以外の2つは含み損の状態にあるわけです。右端の通算損益は、これらを合算したものですが、黒字で表示しているとおり、有価証券投資全体としては含み益となっているわけです。
ここではあまり詳しい内容までは踏み込みませんが、「その他」の分の含み損益は、投資信託などに対する投資の結果、とご理解ください。
それらを含め、97行が有価証券に投資をしたところ、9月末現在では株式に5兆5219億円の含み益がある一方、債券では1兆4322億円の含み損、投資信託などでは3231億円の含み損があるわけです。
債券は伊予銀行の1人勝ち
次に、個別銀行の動向に着目してみましょう。
最初は、債券の売買についてです。97行を損益の順に並べ替えた上で、上位・下位の各々10行を抽出しました。
10位に富山銀行から沖縄海邦銀行まで6行が並んでいますが、これら6行は債券関係の売買を一切行っていないため、損益もゼロです。つまるところ、上期中に債券の売買で収益を上げることができたのは、97行中わずか9行にとどまるわけです。
そんな中で突出しているのが、1位の伊予銀行です。債券の売買で100億円単位の収益を計上しています。
同行は、後段で触れる「保有有価証券の評価損益」のうち、「国債・地方債・社債などの債券」部分の損益が、22年9月末はプラス61億100万円、23年9月末はマイナス6800万円、24年9月末はマイナス23億9100万円と激しく変動しています。
数字から窺えるのは、かなりの相場観をもって「今なら割安」と債券を購入し、「含み益が出た」段階で速やかに売却する機動的な売買を行っている実情です。債券の含み益がある状態で寝かせておくのではなく、利益が出る段階で売却してそれを実現させてしまう投資方針のようです。
下位10行は、上期中だけでいずれも40億円以上の損失を発生させており、最下位の山口銀行の損失額は106億円を超えています。
下位に入った各行のうち、山梨中央銀行を除く9行の内訳では、いずれも債券売却損のマイナスが最も大きく、それが損失全体を膨らます主要因となっています。この債券売却損には国債や社債だけでなく、投資信託や外国証券などの売買に伴う損失も計上するルールになっています。
それゆえに、個別の取引までは開示されていないものの、相対的に価格変動性(ボラティリティ)の高い金融商品への投資に伴う後始末が見込まれます。
例えば、投資信託など「期限のない有価証券」に投資した後、金利上昇などで含み損を抱え、最終的にやむなく損切りに至ったということが考えられます。
株で損したのは5行のみ
次に、株式の売買に着目してみます。債券とは対照的に、上位の銀行はいずれも50億円を超える収益を出しています。
1位の群馬銀行は145億円の収益を出していますが、同行は、債券取引では81億円の損失を出しています。
平たく言えば、債券の損失を処理するために株式の貯金(含み益)をはたいた、わけです。9位の七十七銀行も、債券では多額の損失を出していますので、同様の理由で収益を出して相殺しようとした意図が読み取れます。
株式投資で損失を出したのはわずか5行だけですので、全体としては、好調な株式相場が地方銀行・第二地方銀行の決算に大きく寄与したと言えそうです。
上位を大手地方銀行が占めていることからも、地域を代表する上場企業の株式を保有し、関係を強めてきた中でその株式が含み益となった実情が窺えます。いわゆる政策保有株などです。
この政策保有株の占有率が高くなると、株式会社の意思決定が歪められること、銀行側にとっても有価証券投資の合理性などを欠く投資となる恐れがあることから、近年、金融庁はこうした保有を圧縮するための指導・監督を行っています。
金融当局の指導に沿って政策保有株を縮減する動きも、売却による利益捻出を後押ししたことでしょう。
任天堂など保有の京都銀が含み益8000億円超
最後に、これらの売買に伴って「貯金(含み益)の状態がどうなったか」をみておきましょう。これについても、上位・下位各々10行を抽出しました。
1位の京都銀行は、任天堂、ニデック、オムロンなど地域を代表する上場企業の株式を相当数保有し、これらの企業の業績が株価に反映される形で、株式の含み益をもたらしています。
この京都銀行を筆頭に、上位は全て1000億円を超える含み益があることがわかります。対照的に、下位はいずれも100億円を超える含み損があります。
先に触れた金融庁の政策保有株縮減の指導・監督に応じればこれらのうちの株式を減らさざるを得ず、結果として「貯金」も減る形になります。
銀行の「貯金」は、有価証券の含み益だけではありません。その一方で、一般論から言えば、含み損を抱えた銀行には「貯金」がないため、「貯金」のある銀行に比べ、思い切ってリスクを取るような取引を躊躇する意向も働きます。
◇
銀行の保有有価証券の評価損益については、金融当局も注視しています。含み損を抱えた銀行は、解消に向けて指導・監督を受けることになります。今後、金利が上昇すれば債券の価格はさらに下落するわけで、それを金融当局も意識しているのです。
損切りを行うためには、そのための原資が必要になります。結果として、含み損を抱えた銀行と融資交渉をする際には、金利などの貸出取引の条件が厳しくなる可能性もあるのです。
(佐々木城夛)
プロフィール画像を登録