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「雪」によって、毎年どれほどの人が亡くなるか知っているだろうか。

令和2年版消防白書によれば、過去10年間を平均すると1年に100人近くの雪による死傷者が出ている。そのうち最も多い原因が「屋根の雪下ろし」などの作業中の事故だ。

屋根にのった重い雪を放置すると、建物自体に大きな負荷がかかる。そのため地域によっては雪下ろしは必須の作業だが、建物の屋根とはどれくらい雪の重さに耐えられるよう作られているのだろうか?

今回は、意外と知らない「屋根の雪」について、建築士に話を聞いた。積雪時の建物の危険なサインや補強方法、雪国特有の建物の工夫などを見ていこう。

屋根の雪下ろしで死亡する人が8割

そもそも、雪によってなぜ死傷者が出てしまうのか。

雪による死亡の原因は、雪崩や落雪、雪下ろし中の屋根からの転落、除雪機に巻き込まれる、落雪や倒壊した家屋の下敷きになる、とさまざまなものがある。

中でも多いのが、雪下ろしなど除雪作業中の事故だ。総務省消防庁「今冬の雪による被害状況等」の直近10年(平成26年11月~令和6年12月)のデータを見ると、雪による死亡者数は合計627人。

死亡の原因は「屋根の雪下ろし等、除雪作業中」の事故が8割を超えていた。

総務省消防庁「今冬の雪による被害状況」平成26年11月~令和6年12月のデータをもとに集計

雪下ろしのために屋根にのぼり、足を滑らせて転落する事例は後を絶たない。充分に安全性を考慮しながら実施する必要がある。

一方、雪下ろしをせず屋根の雪を放置したことで、重さに耐えきれず建物が倒壊してしまう例も。雪の重さをきちんと理解しておかなければ、建物の危険な状態に気づけない可能性もある。

実際、雪はどれくらいの重量があるのだろうか? ここからは専門家の話を聞いていく。

屋根いっぱいに「力士」が乗っている状態

「雪というのは想像以上に重い。場合によっては家が潰れてしまう場合もあります」

建物の構造に詳しい一級建築士の佐藤実氏は、屋根の積雪の危険性についてそう指摘する。

地域や気候によっても雪の質は異なり、水分が少なく軽いパウダースノー、水分を多く含んだ重たい雪などさまざまだ。

水分を含む雪が降ると、少し溶けては固まる過程を繰り返し、さらに重さが増していく。その重さによって家の梁が折れたり、屋根が潰れたりといった危険が考えられる。

直近では、2025年1月に青森県藤崎町で民家の屋根から雪が滑り落ち、玄関部分が押しつぶされる事故が発生している。幸い怪我人は出なかったものの、もし真下に居れば命が危なかった。

建築基準法では、多雪地域は積雪量1センチあたり1平方メートルにつき、約3キログラムの重さで計算することが定められている。1メートル幅の立方体で300キログラムになる想定だ。

佐藤氏によれば、長期間絶えず雪が載っているわけではないという前提で、構造計算上は少し軽めの210キログラムと想定されるという。

「たとえば、身体の大きな力士が座れば1メートルの立方体くらいです。そして現役の力士は一番体重が重い人でも192キログラム。1メートル雪が積もったら、屋根いっぱいに力士が乗っているよりも荷重がかかっているということになります」

多雪地域では、こうした雪の重さを織り込んで構造計算をするよう、建築基準法で定められている。雪が載っている状態で地震が起きると建物の揺れが大きくなるため、耐震に対する設計時にも積雪荷重を加味するという。

「ただ、木造平屋など現状『4号建築物』と呼ばれる建物に関しては、より簡易的な計算でも良いとされています。木造建築物は既存建物の中で一番多いのに、多雪地域でも積雪をきちんと織り込まずに耐震に対する計算がされている。実は危ない状態と言えます」

■4号建築物

建築基準法第6条第1項第4号に規定されている建物で、例えば木造2階建てなどの小規模な建築物などが該当する。

一般的な戸建て住宅など、4号建築物に当たるものは数も多い。そこで、申請業務簡略化のため、構造など一部の審査が「特例」として省略可能となっている。

なお、2025年4月に4号建築物は条文から削除され、代わりに「新2号建築物」「新3号建築物」に振り分ける制度改正が行われる。改正後も耐震に対する計算で「積雪荷重」を加味することは義務づけられない。

そもそも大量の雪が積もった状態で大地震が起きた事例がこれまでになく、今後も起きる確率が低いと見られているのだという。

「これまでになかったから大丈夫、とは言いきれません。建築基準法はこうした点で基準が甘い部分がありますが、安全性を追求するのであれば、より厳しい基準が設けられるべきですね」

「扉が開きづらい」なら危険大

実際に、積雪時の危険性が高い建物とはどのようなものなのだろうか。

「一概には言えませんが、やはり築年数が古い建物は強度も低くなっているので雪で潰れる危険性はあります。きちんと構造計算されていないものもあるため、要注意です」

佐藤氏によれば、分かりやすい危険サインは「雪が積もったときに扉が開きづらくなること」だという。扉が開きづらいのは、雪の重みで屋根が躯体を圧迫している証拠だ。

「扉が開かない現象は、雪の重みで梁が曲がっていて、梁の太さが足りないということなので、補強する必要があります。そこまでいくと梁が折れて屋根が潰れる可能性があるため、かなり危険です」

既存物件の耐雪性を高めるためには、梁などの補強工事を行うのが良いという。同時に耐震補強も行うことをお勧めするそうだ。

ただ、やはり4号建築物では耐震力計算が簡易的であるため、慎重に備えるのであれば、積雪荷重をきちんと加味した計算を行うべきだと指摘する。

「本当は建築士が初めからそこまで考えるべきなのですが、『義務ではないので言われなければやらない』という、安全性を所有者任せにする風潮があるのは事実です。物件オーナー自身が安全性を意識しながら建築士と相談するなど、できる対策をするしかないのが現状です」

中古物件を買う際も、「もし建物の構造安全性に関する設計書などを確認できるのであれば、最低限の耐震性があるかをチェックするのが望ましいです」と語った。

雪国ならではの屋根

建物を押しつぶす危険性もある「屋根の雪」だが、雪国ではこの雪をうまく処理できるよう、屋根にさまざまな工夫が施されていることも多い。

一級建築士の岡村裕次氏は、「たとえば、雪国では鉄板素材の屋根が多いように思います」と語る。

「表面が滑るので、雪を落としやすいという工夫ですね。重い瓦屋根や複雑な屋根形状は避ける傾向があります。雪国では屋根が複雑な形だと谷部分に雪水がたまり、雨漏りが発生しやすくなるため、なるべく単純な形の屋根が作られます」

躯体の部分でも、積雪によって水が染みこまないよう、基礎コンクリート部分を高くする作り方が多いという。

雪を考慮した建築方法については、「県などがガイドラインを出していることもあります」と岡村氏。たとえば日本海に面する多雪地域の福井県では、「雪に強い家づくりの手びき」が公表されている。

福井県「雪に強い家づくりの手びき」

ただ、一概に雪国とは言っても、どんな建物や屋根が適しているかは雪の質や量によっても変わってくる。

たとえば、そもそも寒くて水蒸気の少ない地域で降るサラサラの雪は風で飛んでいくため屋根に積んだままで問題なく、住宅密集地では雪を落とすと近隣に被害が出るのを防ぐための「無落雪屋根」が一般的だ。

■無落雪屋根

積もった雪をそのまま放置したり、ヒーターで溶かして排水したりするタイプの屋根。軽い粉雪が降る地域に多い。

ほぼ水平だがわずかに勾配をつけて雪水を排水する「フラットルーフ」や、谷型で中央に設置したスノーダクトへ溶けた雪を流す「スノーダクト式」屋根などがある。

フラットルーフ(PHOTO:kker/PIXTA)

※雪を屋根にとどめるため、場合によっては雨漏りのリスクがあることには要注意

一方、水分を含む重たい雪が降る地域では雪を放置すると危ないため、雪下ろしを前提とした作りにすることが多いという。この場合、屋根に上ることを想定して勾配をつけすぎないように考慮されている。

また反対に勾配を急にして、雪下ろしをしなくても自然に雪が落ちるようにした屋根も見られる。屋根の真ん中に「雪割り」という突出した形の部品があり、屋根に積もった雪が割れて落ちていくようになっていることもある。

「雪が落ちる屋根だと、『ギャンブレル屋根(腰折れ屋根)』という上部が緩勾配、下部が急勾配になったものもあります。北海道などで見られるのですが、雪国らしさを感じる形状です」

北海道の道の駅「ピア21しほろ」。ギャンブレル屋根で雪が落ちやすくなっている(PHOTO: ttn3/PIXTA)

ただ、建物が密集した地域では、屋根から雪が落ちると近隣に迷惑がかかってしまう。

隣の建物や他人の車を破壊するなどトラブルも起こりがちなため、こうした地域では落雪を防ぐ「雪止め」が設置されていることが多い。

「雪止めにもいろいろあり、屋根に溶け込むデザインのものや、意匠を凝らしたものなど積雪高さで形状が違ったりするのを見ていると地域色が出て興味深いです。壁を設置して、落雪が隣地にはみ出さないようにしている例も見たことがあります」

雪止めは、めったに雪が降らない東京などの高密度な都会でも設置されている。仮に雪が降った際に日の当たらない北側の雪が溶けずに残るため、雪を落とさず屋根で溶かせるよう、北側に雪止めがついているのだという。

雪止めネットがついた屋根(雪が多い地域)(PHOTO: MediaFOTO /PIXTA)

雪止めがついた瓦屋根(雪が少ない地域)。ところどころにある盛り上がったパーツが雪を留める役割を担っている(PHOTO: yama1221 /PIXTA)

「このように雪止めも積雪高さによってさまざまな形状があります。雪国では先人の知恵や風土が建築のパーツとして現れ、街の風景を形づくっています。設計者としては、消してはいけない街の魅力だと感じているので、そうした形を残しながら建築に関わっていきたいですね」

■ミニコラム:「すが漏れ」

屋根の雪によって引き起こされる「すが漏れ」には要注意!

下の図のように、屋根や軒先に積もった雪が室内からの熱で溶かされて水になるが、軒先の再凍結した部分がその水をせき止めてしまう。行き場を失った水が屋根材の隙間から室内への水漏れを起こすのが、すが漏れ現象だ。

特に積雪量の多い地域や雪が滑りにくい屋根で発生しやすいが、室内の暖気が漏れやすい(断熱性が低い)建物の場合、雪が降らない地域でも発生する。

「建物の断熱性を強化する、屋根勾配を急にして溜まる水量を少なくするなどの対処法が考えられます。また軒先が短いほど建物の真上に水がたまるので、軒先を長くしてそちらに水を逃がすようにするのも一手です」(岡村氏)

屋根の雪は人の命を奪う危険性もあり、甘く見ていると大きな事故が起きかねない。

その危険性を正しく理解し、建築に携わる人や入居者を含めた全員が安全な建物を作っていく意識を持つことが重要だ。

特に賃貸物件の場合、オーナーが入居者の安全を確保できるよう努めなければならないが、雪国の物件運営では他の地域にはないさまざまな考慮事項がある。

除雪やロードヒーティングなど冬期に発生する費用はどれくらいなのか、そもそも除雪は入居者とオーナーどちらの義務なのか…。

後編では、「雪国のリアルな賃貸事情」を深掘りしていく。

(楽待新聞編集部)