
東京都港区のフジテレビ本社(筆者撮影)
元タレント・中居正広氏の女性トラブルをめぐる一連の騒動で、27日には10時間を超える「やり直し会見」を開いたフジテレビ。
事の真相についてはいまだに明らかにされていない部分も多く、3月末をめどに公表される第三者委員会の調査報告に委ねられることになりそうです。
今後の動向が注目されるフジテレビですが、今回は公認会計士兼不動産鑑定士である筆者の視点から、同社の資産の一部を占める不動産の価値と経営の実態について考察してみたいと思います。
まずはお台場で現地調査
トヨタ自動車や日本生命など大口のスポンサー企業がCM放映の差し止めを決めた1月中旬以降、フジテレビのCМは公共広告機構のものばかりとなりました。
そのような状況では当然ながら広告料収入も激減するため株価も低迷するかと思いきや、今年1月9日時点の最安値で1株1573円であったのが、1月下旬に入って一時、最高値が2000円まで急騰しました。
ちなみに、実は筆者自身もこの報道を受けて、一投資家として逆張りのつもりで持ち株会社であるフジ・メディア・ホールディングス(フジメディアHD)の株を買おうと思っていました。
予想に反して急騰したため株の購入自体は断念しましたが、この機会に、公認会計士として有価証券報告書に目を通し、更には不動産鑑定士として有価証券報告書に含まれる附属明細表を分析してみましたので、その一端をこうして記事にまとめてみることにしました。
さて、筆者が特定の不動産に関する記事を書くときは、できるだけ現地を見るようにしています。
お台場へはプライベートでちょこちょこ遊びに行くのですが、よくよく考えるとフジテレビ界隈に行くのは初めてです。
1月25日、東京都港区のフジテレビ社屋周辺に赴くことにしました。
りんかい線の東京テレポート駅に降り立つと、すぐにフジテレビの巨大な建物が見えます。土曜でしたので、ジョイポリスやダイバーシティーに遊びに来た人も多く、フジテレビ本社自体に遊びに来た人もいます。

フジテレビの湾岸スタジオ(筆者撮影)
余談ですが、一部の施設以外は人は少なく、フジテレビ本社から湾岸スタジオまでは数百メートルの距離があります。フジテレビ本社の所在地は港区台場2丁目であるのに、湾岸スタジオは江東区青海2丁目にあり、地味に所在地の区も異なるのだというのも初めて知りました。
有価証券報告書からわかること
フジメディアHDが保有する不動産の鑑定評価については後述するとして、先にごく簡単に財務分析をしてみます。
最新の2024年3月末を事業年度とする第83期の有価証券報告書を見てみました。
24年3月決算時点の連結財務諸表によると、年間売上高は5664億円となっています。ここから売上原価を差し引いた売上総利益は1597億円。前年の売上が5356億円、売上総利益が1587億円でしたから増加傾向です。

フジメディアHDの24年3月期決算説明資料から一部抜粋
税引後の当期純利益は375億円と、前年の472億円から減少しています。
減少要因を調べると、前年は「退職給付信託設定益」という特別な利益が100億円計上されている上に、24年3月期は法人税、住民税及び事業税の額が27億円も上昇していることが原因と考えられれます。これらの事情を鑑みると、24年3月期決算時点の業績自体は好調であったと思われます。
一方で、連結貸借対照表を見ると、フジメディアHDのグループ全体の所有する資産の合計額が1兆4488億円です。

フジメディアHDの24年3月期決算説明資料から一部抜粋
このうち、現金及び預金だけでも760億円があり、更には売掛金や受取手形と言った「売上の回収が期待できる債権」が958億円、流動性の高い有価証券が1214億円であり、この3つの合計で2933億円となっています。
売上原価等の支払いなど、短期的に支払いが求められる流動負債合計は1524億円です。
よって、売掛金等が回収できないリスクを考えても、24年3月時点ではこれらの差額の1400億円の「資金繰りの余裕」があることにはなります。(あくまでも有価証券報告書からの分析の限りですが、有価証券売却時の譲渡益課税等を考慮外した場合。)
なお、24年9月末時点の決算も見てみましたが、若干、前述の計算式による「資金繰りの余裕」は減るものの、概ね同様の内容で十分に「資金繰りの余裕」がある状況でした。
ちなみに、年間売上が5664億円ですから、単純計算で1カ月あたり472億円ということになります。
仮に今年1月時点でも同様の資産や負債の状況であれば、とりあえずは1月分程度であれば売上を全部返上したとしても、有価証券報告書の分析の限りですが当面の資金繰りは大丈夫そうということも言えそうです。もちろん大打撃には違いありませんが。
さらに、「主要な設備の状況」の欄を見ると、「本社事務所、スタジオ」が349億円、土地が287億円となっています。

フジメディアHDの有価証券報告書から一部抜粋
会計帳簿上では、基本的には資産は「その資産を買ってきたときの払った対価」で計上します。ただし、建物については経年による減価があるため、ここから経年による減価を反映した減価償却費を差し引いた額を計上することが原則です。
よく見るフジテレビ本社のあの建物は、会計帳簿上で数百億円単位という巨額ではあるのですが、実は1.4兆円規模の総資産から見ると、「突出して大きなウエイトを占める資産」というわけでもありません。もちろん、放送局事業を営む上では必須の資産ですので、極めて重要な資産であることは事実なのですが。
本社ビルを鑑定評価したら
ここからは不動産鑑定士として、フジテレビが所有する不動産の価値についてみていきたいと思います。
先ほど、フジテレビ本社の価格について会計帳簿上は349億円というお話をしました。しかしこれはあくまでも会計帳簿で計上される「簿価」であり、今売買したらいくらになるかを表す「時価」とは異なります。
ちなみに、固定資産税等の課税のため基礎となる固定資産差税評価額もまた、簿価や時価とは異なる別の概念の評価額です。
不動産鑑定の世界では、不動産価格の算定方法が大きく3種類あります。
1.原価法…土地価格に建物価格を加算して価格を試算する手法
2.取引事例比較法…類似性を有する土地・建物一体の取引事例から直接比較検討して価格を試算する手法
3.収益還元法…賃貸に伴う儲けである純収益を、価格と純収益の比率の市場での目線で割り返して価格を試算する手法(現況が自用の場合であっても賃貸を想定する場合もある)
ただ、このうち取引事例比較法は、あんな特徴的な建物と類似する建物などあるわけがないです。ここまで特徴的な建物ではなくとも、実務上適用するケースは少ないのが実情です。よって、取引事例比較法の適用は困難と言わざるを得ないでしょう。
また、あれだけ特殊な建物で賃貸物件の構造とは言えず、しかし自社グループで利用していますので、賃貸想定は困難です。よって、収益還元法は適用しないか、無理やり適用したとしても「説得力がない」として、一応は試算した価格を考慮外とすることが関の山と考えられます。
よって、原価法、すなわち土地価格+建物価格をもって試算した価格で鑑定評価額を決定する公算が高いと思われます。
では、実際にいくらになるかというと、話はそう簡単ではありません。
なぜなら、鑑定評価とは、あくまでも「市場性を有する不動産について、合理的な市場で、合意が期待されるであろう価格」だからです。
言わずもがな、放送局は用途が特殊です。筆者も、建物の内部を詳細に調査したわけではありませんので、どの程度の市場性があるかは判定しづらいですが、少なくとも放送局という特定の用途の建物である以上、そもそも「市場で買える人」が限定されてしまいます。
放送局という特殊性を勘案するに、通常の市場性を有さない不動産の価値を求める不動産鑑定評価基準の規定する「特殊価格」として扱う余地すら考えられます。この辺りは実際に建物の内覧をしない限り、判断が難しい部分がありますが。
◇
渦中のフジテレビに関してさまざまな話題が飛び交う中、所有不動産が時価でどのくらいになるのか気になるという方もいらっしゃるかもしれません。
ですが残念ながら、あまりにも特殊な建物であるため、少なくとも内覧をしていない現状の筆者の立場では、市場性を有する不動産と言えるかが微妙なので、その価格決定は難しいというのが結論です。
今回の騒動は、一視聴者としては残念かつ悲しい話ではあります。記者会見で経営陣が語ったこと、語らなかったことが注目されていますが、公開されている有価証券報告書などを客観的に分析することで、その企業の本当の姿が見えることもあるということを付け加えておきます。
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