
PHOTO : まちゃー / PIXTA
「正直、インカムゲインで少しずつ稼ぐのがバカバカしく思えてしまいます」。こう明かすのは、築古投資から新築マンション投資に軸足を移した不動産投資家のA氏だ。
昨今の価格高騰により、都内で働くサラリーマンには手の届かない存在となりつつある、新築マンション。相場を急騰させた要因の一端が、投資家による旺盛な買い需要だと言われる。
手が届かないのは価格だけではない。周辺相場より割安に分譲された「晴海フラッグ」では、抽選倍率が最高640倍に達するなど、資金力があっても買えない人が続出している。
富裕層がこぞって参入するマンション投資の世界では、どのような戦いが繰り広げられているのだろうか。実情を取材した。
人力では、スタートラインにすら立てない?
「特に人気が集中する新築マンションは、もはや人間のスピードでは買えないのが実情だと思います」とA氏。いったいどういうことなのか。
デベロッパーの方針にもよるが、現在の新築マンション分譲では、モデルルームを内見していることが抽選権を得る条件となる物件が多い。
モデルルームの見学枠には限りがあり、早い者勝ちとなっている。そのため、誰よりも早く申し込みをするべく、自動入力ツールを使用した、見学枠の奪い合いが激化しているのだという。
編集部のカメラの前で、A氏が実際に利用した自動入力ツールを操作してくれた。モデルルームの申し込みサイトでツールを起動すると、次の瞬間には予約に必要な個人情報がすべて入力されていた。

A氏が開発したツール。氏名を選択すると、事前に登録した個人情報が自動入力される
「人気物件では、受け付け開始から数十秒ほどで、見学枠がすべて埋まることもあります。明らかに人間の入力速度ではないので、こうしたツールの利用がかなり広まっているのだと推測しています」
とはいえ、同一物件でのモデルルーム見学は原則1世帯1戸までのため、一部の投資家がツールを使用するだけでは、大きな影響は出ないように思える。
しかし、資金力と技術力のある投資家は、いざ購入する際の抽選で少しでも勝率を高めるため、親族世帯の名義も利用して、大量に自動入力での申し込みを行っているのだという。
モデルルームの見学をするだけであれば、基本的に融資審査が必要ない点も、この傾向に拍車をかけているとA氏は指摘する。
抽選倍率が100倍を超えるような物件もある中で、見学者全員の融資審査を実施することは、銀行の実務上困難だ。
「こうした名義貸しは本来禁止されていますが、物件購入から決済登記までを当選者が行えば問題ありません。ルールの範囲内でも、事実上複数世帯の名義で申し込みが可能な状態なのです」
タワマン投資家を潤した「2つの歪み」
これほど需要が集中した要因の1つには、デベロッパーから公表される販売価格と、実際の市場取引価格に乖離がある物件があり、買った時点でその差額が含み益になるという構図がある。
多くのタワマン投資家がターゲットとし、A氏もモデルルーム争奪戦に参加したという「ザ 豊海タワー マリン&スカイ」はその最たる例だったと言える。
同物件は、2024年4月に1期1次販売を予定しており、値付けも発表されていた。ところが販売直前となって、コンクリートの強度不足が発覚。柱の取り換え工事が必要となり、販売開始時期は9月まで延期された。
その半年間にもマンション相場は上昇を続けていたが、販売価格は、4月時点で発表した金額から変更されなかった。そのため、市場価格との大幅な乖離が生まれ、投資家が殺到することになったのだという。
タイムラグだけが乖離の原因ではなさそうだ。A氏は「晴海フラッグSKY DUOの存在が、湾岸エリア一帯の正常な価格設定に影を落としたのではないか」と指摘する。

晴海フラッグのタワマン群(PHOTO : まちゃー / PIXTA)
先述の通り、周辺相場よりも大幅に割安な価格で売り出された晴海フラッグだが、分譲後は晴海フラッグの価格が周辺相場を形成するフェーズに入った。
晴海フラッグと目と鼻の先にある豊海タワーにも、販売価格に引き下げ圧力がかかったと考えるのが自然だ。
こうした事情が重なり、2024年のタワマン投資市場は「奇跡的なボーナスステージだった」とA氏は振り返る。
「2025年1月時点で、豊海タワーは1期3次の販売が開始されていますが、1次の販売価格から約50%ほど高値に設定されています。同じマンションの価格を3カ月で50%引き上げた例は見たことがありません」
投資家主導の相場はいつまで続く?
1期1次抽選に当選し、購入することができた投資家は、デベロッパーによる急激な価格是正を、そのまま含み益にすることができた。
一方で、後発の投資家にとっては利幅が縮小することによって、投資妙味が薄れることにもつながる。投資家たちの物色を一服させるきっかけになるのだろうか。
都内を中心に不動産投資を行う関田タカシさんは「タワマン投資が下火になることは当面ないだろう」と語る。
「特に湾岸エリアでは多数の再開発事業を控えており、上昇の余地はまだまだあります。メディアでは本当に住みたい人が買えなくなるとして非難されることも多いですが、投資家として考えると、参入できるならしたいというのが本音です」

激化するモデルルーム争奪戦についての実感を語る関田さん
ただ不動産業界歴19年、投資歴11年の関田さんをもってしても、モデルルームの壁を突破できず、競争の激しさを実感しているという。
「居住用に購入した晴海フラッグで含み益が出たので、二匹目のドジョウを狙ってタワマン投資を検討しました。しかし、モデルルーム見学の募集メールすら届かないまま締め切られる状況で、まだ手が出ていません」
ツール利用は終焉か
実需層どころか、一般投資家ですら手が届きにくい領域に達してしまった新築タワマン。デベロッパー側は、こうした状況をどう見ているのだろうか。
晴海フラッグや豊海タワーの分譲元である、三井不動産株式会社の広報部に問い合わせたところ、以下のような回答が寄せられた。
―購入希望者の過度な競争への対策として取り組まれていることはありますか
全物件共通の販売方法は設けておらず、周辺マーケットや物件の規模、立地条件等に鑑みて、都度設定をしております。
一部物件で1名義1戸に制限する販売方法を設定しておりますが、実需か転売目的かといった、お客様の特定の購入目的に対して設定を行っておりません
―自動入力ツールを利用したモデルルーム見学枠の確保が横行していると認識していますか
そのような行為があるという事実は確認できておりません。当社は本件に限らず、個別物件の特性・状況等に応じて適切な販売・ご案内方法にてお客様をご案内しております。
しかし、取材後に「ザ・豊海タワー」の購入希望者に届いた規約では、下記行為が禁止事項として記されていた。ツールを利用した抽選参加は違反行為となり、三井不動産によるペナルティ対象となる可能性がある。
■マンション購入希望者宛てに届いた「禁止事項」の一部
・通常の範囲でのwebブラウザによる使用以外での特殊なアクセスを行う行為
・お客様のものとして登録したメールアドレスおよびパスワードを、お客様以外の第三者に入力させて本サービスを利用させる行為
デベロッパーによる大幅な方針転換がなければ、投資家主導の価格形成は今後も続きそうだ。買いが買いを呼ぶこの上昇相場は、いつまで続くのだろうか。
SNSを見ると、X(旧Twitter)上などで活動する「マンションクラスタ」と呼ばれる投資家の多くは、一貫して強気の見通しを崩さない。
しかし、すでに都心にマンションを保有しており、上昇相場の恩恵を存分に受ける彼らの意見を鵜呑みにするのは危険だとA氏は指摘する。
「現在の市場は建築費高騰がきっかけでしたが、それを加味しても、坪単価400万円で仕上げられるはずのマンションが、坪単価1000万円で売られている世界です。こうした相場が永遠には続くことはないと思います」
◇
金融商品化しているとも言われる都心のタワマンだが、需要の増加が新築価格に即座に反映されないという点で、株式とは異なる。その差益を狙う投資家たちの活動が、さらに需要を押し上げた。
投資家としての最適行動を追求してきたA氏も「本当に住みたい人が買えない現在の市場は、歪んでいるとは思う」と認める。
楽待では、資本主義を象徴するタワマン市場の動向を引き続き注視していく。今回の事例に対する、投資家としての率直なご意見もお寄せいただければ幸いだ。
(楽待新聞編集部)
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