家具が備え付けられた北海道・当別町の学生向け物件の一室(編集部撮影)

2023年9月、北海道・当別町の経済を長らく支えてきた「北海道医療大学」の移転が突然発表され、地域に大きな衝撃が走った。

大学の移転予定は2028年。総人口約1万5000人の町から約3400人もの学生が消えることになる。

特に深刻なのは、当別町で学生向けアパートを提供してきた不動産オーナーらだ。あと3年で、入居者のほとんどを失う可能性もある。

楽待編集部では移転が発表された2023年、現地のアパートオーナーらに取材を行った。「早ければ2025年にも影響が出てくるかもしれない」との声も聞かれたが、現地はいまどのような状況にあるのか。現地を訪問し、実態を取材した。

直近の空室率は14%まで上昇

町内にアパートを4棟所有する辻野さん。「(大学の移転発表は)晴天の霹靂だった」と当時を振り返る。

「事前に全く聞かされていなかったので、とにかく驚きました。多くのオーナーが大学ありきの経営をしているため、衝撃は大きかったです」

「当別アパート組合」組合長を務める辻野さんは「大学が移転する2028年が近づくにつれ、さらに危機感は高まっていくと思う」と話す

辻野さんは現在、当別町の物件オーナーらで作る「当別アパート組合」で組合長を務めている。大学の移転が発表された後、早々に対策委員会を立ち上げ、オーナーの意向や状況の調査を続けていた。その結果、組合に加入しているオーナーの物件について、空室率が徐々に悪化傾向にあることが分かった。

空室率は以前まで10%未満で推移していたが、直近では14%まで上昇していた(資料=辻野さん提供)

「2022年(令和4年)までは空室率は10%を切っていたのですが、2024年9月末時点では14%まで上昇しています」(辻野さん)

大学の移転まではまだ猶予があるが、学生達は2028年を見据えて、当別町ではなく移転先である北広島市に近いエリアに物件を借りている可能性も考えられる。

辻野さんが所有する物件は、学生の割合が元々少なかったこともあり、今のところ大きな損失は出ていないという。しかし、今後も安定した入居需要が見込めるかどうかは不透明だ。

アパート組合はいま、生き残りをかけてさまざまな方法を模索している。中でも辻野さんが特に期待を寄せるのが、町による「アパートの借り上げ」だ。

「町営アパートとして、学生向け物件を町に借り上げてもらうことができないか、そういう申し入れを町にしました。いま、検討していただいているところです」(辻野さん)

企業誘致で再活用、民泊への転用も視野に

大学が移転したあとに残される、広大なキャンパスの再活用も大きな課題だ。最も新しい「中央講義棟」は築10年程度で、10階建てと規模も大きい。

これについても辻野さんは「(大学跡地に)企業を誘致をするという方法が考えられます。組合として誘致対象になりそうな企業をリストアップし、それを大学に見てもらって、実際に何社かにアタックしました」(辻野さん)

北海道医療大学 中央講義棟(2024年12月 編集部撮影)

しかし、建物の規模が大きいことなどもあり、今のところ良い回答は得られていないのだという。

「企業の誘致については、やはり町でなければ難しい」と辻野さん。「移転後に入居する企業を、どうにかして早く見つけていただきたい」と話す。これからも辻野さんは町と協議を続けていくそうだ。

また組合では、アパートを外国人観光客向けの民泊に転用して運営していくことも視野に入れている。

そのために民泊の勉強会を開催したり、金融機関の担当者を招いて、物件売却についてレクチャーを受けたりする予定だという。

「町による借り上げができれば理想ですが、結局は個々のオーナーの経営問題です。組合としては、それぞれのオーナーに対してできる限り情報を提供して、判断に役立ててもらいたいと思っています」(辻野さん)

アパート組合、深刻な空室増加の現実

実際に学生向け物件を所有するオーナーの状況はどうだろうか。

町内で不動産業や印刷業を営むかたわら、学生向け物件を運営する松岡さん。1棟38室のアパートを所有している。

松岡さんの物件は約30平米のワンルームで、家賃は3万5000円前後。家具家電を無料で貸し出すなど、学生のニーズに合わせた運営を行ってきた。

松岡さんの物件の入居者のうち、学生は約7割。毎年10人ほどが卒業で退去し、代わりに新入生が約10人入居する、というサイクルで回っているという。

今回の大学移転による影響は、かなり大きいそうだ。

「現在の家賃年収は1800万~1900万円程度ですが、そのうち7割がすべて空室になった場合、年間1300万~1400万円ぐらいの収入減になってしまいます」

学生向け物件を所有する松岡さん。入居者の7割が学生であり「大学移転のインパクトは大きい」と話す

現在のところ、この物件の稼働率は95%ほどと安定しているが、移転が近づくにつれ、焦りを感じているという。

「直近の私の物件は、今まで学生で埋まっていた部屋が空いたタイミングで、社会人の方が入居してくる、という形で埋まっていました。しかし、他のオーナーからは空室が埋まらないという話も聞いています。正直、社会人の需要はあまり当てにできないと思っています」(松岡さん)

こうした状況を受け、一部のオーナーは売却に向けて動いているというが、それも簡単ではなさそうだ。

「聞いた話では、銀行が融資に難色を示していて、売りに出しても買い手が見つけられないという状況があるようです。2028年以降、学生の入居者が見込めないのですから、銀行としては『貸せない』という判断になるのは当然かもしれませんが…」

地元への思い入れがあるという松岡さんは、この物件の売却は考えていないという。

「3年後、入居者の7割がいなくなるという事実は変わりません。それまでに、とにかくできることは何でも試したいと思っています。民泊もそうですし、ロードヒーティングやエレベーター付きであることを打ち出して高齢者の方に住んでいただくという方法もあるでしょう。いまは試行錯誤を重ねて、打開策を見つけたいと思っています」

町の支援策と今後の展望

アパートオーナーを支援するため、当別町も対策に乗り出している。今年1月からは町の予算を使い、移住者に町内で使える商品券5万円分の配布を開始した。

当別町役場の三上経済部長は「町の試算では、今回の移転で最大約20億円の経済損失が見込まれています。これを埋めるのは容易ではありませんが、定住人口だけでなく交流人口も増やしながら経済効果を上げていきたい」と意気込みを語る。

当別町経済部長の三上さん

大学跡地の早期売却や企業誘致にも注力する方針だ。

「企業誘致を通じて関係人口を生み出し、その中から定住人口につながる可能性を模索したい。職員一同、下を向かず、町の魅力を高めながら多くの人に来ていただける方策を考えていきます」と展望を示した。

当別町の不動産市場は、大学移転という未曾有の事態に直面している。関係者たちは悲観することなく、新たな活路を見出そうと懸命の努力を続けている。この困難な状況を、どのように乗り越えていくのか。引き続き注目していきたい。

 

 

(楽待新聞編集部)