
写真:毎日新聞社/アフロ
1月28日、埼玉県八潮市で道路が陥没し、トラック1台が転落する事故が発生した。地下に敷設されている「下水管」の劣化が、陥没に影響した可能性があると報道されている。
こうした下水管の劣化による事故は決して他人事ではない。今後、同じような事故が各地で起こることが懸念されている。
なぜ下水管の劣化が道路陥没を引き起こすのか。下水管の劣化を防げない理由とは?
地盤や水道インフラに詳しい専門家に、事故の原因や現状の設備の課題について話を聞いた。
なぜ陥没が起きた?
熊本地震・能登半島地震など地盤災害の最前線で調査を行っている地盤のプロ、だいち災害リスク研究所・所長の横山芳春氏は、今回の事故現場にも自主的に足を運んだ。

事後現場周辺の様子(提供:横山芳春氏)
事故の翌日ですでに規制線が敷かれていたため、200メートルほど離れたところから陥没現場の様子を視察したという。
「私の視界に入る範囲では、周辺の道路に明らかな凹みや異変は確認できませんでしたが、まだ下水も流れているので崩落が周辺にどこまで広がっていくのか、影響が気になるところです」
今回の現場の陥没原因については、埼玉県が発表している「下水管の破損」によると考えるのが妥当とした上で、この地域の地盤の軟弱性も影響した可能性があると指摘する。

下水管が損傷し、上に乗っていた土が崩れ落ちて空洞ができたことで地面が陥没したと見られている
「八潮市の一帯は、関東平野の中でもかなり地盤の軟弱な地域です。場所によっては、地下50メートルくらいまで軟弱な層が続いているため、地震があった時にはかなり揺れが大きくなりますし、日常の交通の振動なども地下に伝わりやすい地域と言えます」
軟弱地盤に下水管が埋まっている場合、こうした日常的な振動が蓄積することによって、老朽化した配管が損傷しやすくなる可能性があるという。
「今回の現場は直径5メートル弱の巨大な下水管が通っている場所です。下水管が大きい分、傷口から大量の土が下水管の中に流れ込み、その分だけ地下に大きな空洞ができ、最終的に道路のアスファルトだけになります」

八潮市の道路陥没現場(提供:横山芳春氏)
横山氏によると、道路の陥没は前兆がないケースが多いという。
「過去の陥没現場では、アスファルトがへこんだり、道路にヒビが入ったりといった異変が見られたケースもありますが、陥没する直前まで地表への影響が出ず、大きな車やトラックが通ってとどめを刺してしまうケースが多いと思います」
不動産を購入する際に、陥没のリスクを調べる方法はあるのだろうか。横山氏は、昔の地図や役場の公開資料などで地歴を調べることを勧める。
「例えば、昔炭鉱だった地域や、戦時中に防空壕があった場所、昔の軍事施設の近くで地下壕があった場所のほか、それ以外でも以前に地下階があったような物件の跡地ですとか、浄化槽が埋まっていたような場所では地下に空洞ができるリスクが高いです。このような情報は重要事項説明の対象とならないため、知らずに購入してしまう可能性があります」

だいち災害リスク研究所・所長の横山芳春氏
老朽化するインフラ、対応追いつかず
「今回の八潮市の事故は、まだ始まりに過ぎません。下水管陥没に起因する事故は今後各地で起きてくると思います」
そう語るのは、水問題やその解決方法の調査・情報発信を行う水ジャーナリストで、アクアスフィア・水教育研究所代表の橋本淳司氏だ。
下水管の標準耐用年数は50年。ただし管の材質や地中の状況(水分の過多や地盤の固さ、気候、道路交通量など)によっても劣化の速度は変わると言う。
水道は、高度経済成長期の1960年ごろから急速に整備された。その関係で老朽化のタイミングが重なることが懸念されている。
下水道よりも早く敷設が進められていた上水道については、10年ほど前からすでに老朽化が問題視されており、「遅々としたスピードではあるが、更新していこうとする動きがある」という。
そこへ追いかけるように下水道の老朽化問題も顕在化してきており、設備更新が追いつかないために、八潮市のような事故が今後各地で起きる可能性があると指摘する。
国土交通省によると、全国の下水管渠の総延長は約49万キロメートル。そのうち、標準耐用年数である50年を超えている下水管は、2022年時点で7%程度であったが、2032年には約20%、2042年には約40%と、その割合は増加していくと試算されている。

耐用年数を超過した下水管の増加状況(国土交通省の資料を基に編集部作成)
「きちんと設備を更新できている場所もあるのですが、手が回らず耐用年数を過ぎたボロボロの状態で使い続けている場所も多い。また、人口減少も対応が追いつかない要因になっています」と橋本氏。
下水管の維持管理は水道事業者(=自治体)の管轄だが、人口が減ると水の使用料が減り、水道事業の収入が減少してしまう。設備メンテナンスに充てる費用が不足しており、特に人口減少が進んでいるエリアでは人手も足りない状況だという。
古い水道管の取り替え「140年かかる」
「地域の水道管の状況が知りたい場合は、自治体のwebサイトに掲載されている水道の計画を見るのが良いです。どれくらい老朽化が進んでいてどれくらい改善する見通しか、という内容が調べられます」
たとえば埼玉県ふじみ野市の下水道事業経営戦略を見ると、下水道インフラ施設の老朽化状況や投資見込み金額などがまとめられている。

埼玉県ふじみ野市「平成29年度ふじみ野市下水道事業経営戦略」より引用
ただ、各自治体が出している更新計画について橋本氏は「スピードは非常に遅い」と語る。
「水道管で言うと、厚生労働省の試算では法定耐用年数超えの管をすべて交換するには140年かかるとされています。たとえ国が補助金を出したとしても自治体側の人材が足りません。優先順位をつけてやっていくしかない状況です」
しかし老朽化していくばかりの水道管を放置するわけにもいかない。今後、どのように対応していけば良いのか。
「国としては、水道事業の官民連携を進める方針とされています。人手不足解消のため、複数の自治体で連携していく広域化も考えられているようです」

水ジャーナリストの橋本淳司氏
さらに橋本氏は、既存の設備を更新するだけではなく、人口減少時代に合った水道を作っていく必要があると指摘する。
人口が少なくなれば必要な水の量も減るため、設備を減らして維持管理のコストを抑えることが重要だ。
「下水道は上水道に比べて、設備更新の費用が3~4倍かかります。早めに手を打たないと自治体が財政難になってしまう。危機的な状況が社会的にまだあまり認知されていないと思うので、まずは多くの人に現状を理解していただきたいです」
◇
事故を受けて、自身の物件近くの下水管は問題がないのか気になる人も多いだろう。
近隣の管が敷設された年代や更新状況を知りたい場合は、各自治体に問い合わせるのが間違いない。また、下水管の位置や大きさ、材質などが分かる下水道台帳(東京都)なども公表されている。
今後、さらに顕在化してくるかもしれない下水管の老朽化問題。必要なインフラ更新をどのように行っていくのか、社会的な課題に向き合う必要がある。
(楽待新聞編集部)
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