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「マンションの長期修繕計画は完璧に近いほうが良い」
きっと、多くの方はそう思うのではないだろうか。マンション管理士である筆者も、この考えが間違っているとは思わない。
将来の修繕工事で必要となる金額を正しく計算し、修繕積立金に落とし込んでおくことは、長期的なマンション管理において非常に有用である。
投資物件として購入する際も、長期修繕計画は修繕積立金の値上がりを把握したり、先々の資産性を考えたりするのに役立つ。
管理に高い意識を持っている管理組合であれば、マンション管理士や建築士に多額の報酬を支払い、「精度の高い」長期修繕計画を目指し、作成させることもあるだろう。
ただ一方で、その例外があることは確かだ。筆者はこれまで、簡易的だがきちんと活用されていた計画や、反対に、完璧すぎるがゆえに裏目に出てしまったケースを見てきた。
マンション管理士として、さまざまなマンションやその長期修繕計画を見ていくうちに、多額の費用をかけ作成する長期修繕計画について、筆者はいささか疑義を抱くようになった。
今回は、そんな長期修繕計画の実例を紹介するとともに、皆さんと長期修繕計画のあり方について考えていこうと思う。
たった3行の長期修繕計画
筆者はわずか3行で構成された長期修繕計画を見たことがある。
書いてあるのは、「支出:大規模修繕工事」「収入:修繕積立金」「修繕積立金残額」——たったこれだけ。

3行の長期修繕計画(筆者による再現)
全体の計画年数は20年程度で、支出の欄には、12年経過時に大規模修繕の工事費が概算で書いてある。収入の欄には毎年の修繕積立金が満額記載されており、残額として収入と支出の差が計算されていた。
何ともツッコミどころの多い長期修繕計画だった。国土交通省が公表している下記の標準様式と見比べて、あまりにも足りないものが多い。ざっくりしすぎている。
筆者も当時、「長期修繕計画の体をなしていない」「長期修繕計画標準様式を元に作成すべき」と指摘をしたように思う。

長期修繕計画サンプル(出典:国土交通省)
そもそも、長期修繕計画の作成は法的に義務付けられているわけではない。つまりその様式だって特段の定めはない。
それなのになぜ、多くのマンションが国交省の標準様式に倣って長期修繕計画を作成しているのか?
理由の1つに、「マンション管理計画認定制度」や「マンション管理適正評価制度」に合格するため、ということが挙げられる。そのために、ガイドラインに適合した形で計画を作成することが必要になる。
これらの制度の認定を受けると、共用部分のリフォーム融資の金利が引き下げられたり、固定資産税が減額となったり、マンション市場における評価の向上が期待できたり、といったメリットがあるのだ。
しかし本来、長期修繕計画は資金計画を立やすくするためにあるもの。国交省のガイドラインに沿っていなくても、意味をなさないとは言い切れない。
先述の長期修繕計画だって、マンションの総会議事録に「修繕積立金の改定を行う際の説明資料として、この(3行の)長期修繕計画が使用されている」との記述があった。
たった3行でも、将来の修繕計画として役に立ち、資金計画の一助となっているならば、その長期修繕計画は十分に「機能している」と言えるだろう。標準様式からかけ離れていたとしても、「間違い」でも「無意味」でもない可能性があるのだ。
「完璧な長期修繕計画」が裏目に
私が聞いた話ではこんな例もある。
あるマンションの長期修繕計画は、所定の様式を用いて作成され、設計会社(建物設備の調査診断・改修設計・工事監理などをする会社)による事前調査の結果が反映された、非の打ちどころがない「完璧な長期修繕計画」であった。
この計画書は、作成に数年の期間と多額の費用がかけられており、当時の理事会の努力の結晶だった。
しかし、そのぶん思い入れが強くなりすぎたのか、次に長期修繕計画書の見直しを議論した際に、かつての理事から注文や指摘が多く入り、現理事と対立する形となってしまった。

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そこで、新旧理事が長期修繕計画を更新する「検討委員会」を立ち上げることにしたのだが、そこで理事間の人間関係がこじれてしまったらしい。
長期修繕計画の更新をしなければならないことは共通認識で持っているのだが、旧理事は現理事が作成したものに納得しない。
現理事は「それほど意見を言うのであれば作成に協力してほしい」と申し入れたのだが、旧理事は「自分たちがいなくてもできるようになってほしいから、現理事が行うべき」との理由で協力を拒否した。
このような行き違いが重なり、最終的に検討委員会は解散、長期修繕計画はその理事会内で話し合われることはなかった、とのことだ。
完璧な長期修繕計画を目指した結果が、いらぬ火種となってしまった残念な例である。
「作らない」という選択肢はあるのか
どんな長期修繕計画も、「資金計画の合意形成のため」に作成されるものである。この点を見失うと、計画の作成そのものが目的化し、本来の意義を損なってしまう。
極端な言い方かもしれないが、住民間の紛争の種になるようであれば、いっそ長期修繕計画など作らない方が良いと筆者は考えている。
もちろん、その場合のデメリットは多岐にわたるが、計画の作成が単なる「ノルマ」や「形式的な作業」になってしまうことは避けるべきである。
参考までに、長期修繕計画を作らなかった場合のデメリットをいくつか挙げておく。
1.修繕時期を逸するリスク
修繕の必要性や適切な時期がわからないため、建物の劣化が進行し、居住性や安全性が損なわれる可能性がある。小さな修繕で済む問題が放置され、高額な修繕費が必要になるリスクが高まる。
2.修繕積立金不足リスク
将来必要になる修繕費用を正確に見積もらないと、積立金が不足し、追加徴収が必要になる可能性がある。資金不足となれば、必要な修繕を先延ばしせざるを得なくなる。
3.組合員間のトラブルや不満の原因に
計画がないことで、組合員が修繕の必要性や費用負担について合意しづらく、トラブルの原因となりうる。急な大規模修繕や予想外の負担増に対して、組合員から不満が生じやすくなる。
4.マンションの資産価値低下リスク
修繕計画がないこと自体が、購入希望者から敬遠される要因となる可能性がある。
5.管理計画認定制度への対応不可
「管理計画認定制度」において、長期修繕計画は重要なチェック項目の1つである。
6.長期的な費用負担の不透明性
修繕費用や積立金が計画的に設定されないため、住民が将来の費用負担を予測しづらい。新しい住民が安心して購入・居住する判断をしにくくなる。
重ねてになるが、長期修繕計画の本来の目的は「将来の修繕に向けた資金計画の合意形成」である。
しかし、近年では「管理計画認定制度」のチェック項目に含まれることから、「様式に沿った長期修繕計画の作成」が目的化してしまうケースも少なくない。
このような状況では、計画の意義が形骸化し、住民の納得を得るための手段として十分に機能しなくなる恐れがある。
マンションの規模による違いは?
意外かもしれないが、長期修繕計画の作成にかかる手間は、マンションの規模によってそれほど大きくは変わらない。
確かに、小規模マンションに比べて大規模マンションの方が設備は多いため、計画に含める項目も増える。しかし、それに伴う作成コストや労力の増加は限定的だ。

PHOTO:ほんかお / PIXTA
一方で、資金計画の合意形成を図る際には、小規模マンションと大規模マンションとでは手法が大きく異なる。
例えば、長期修繕計画の作成費用を50万円とした場合、20戸の小規模マンションであれば、1戸あたりの負担額は2万5000円となる。これが200戸の大規模マンションであれば、負担額は2500円に抑えられる。
筆者は、この差が住民の意思決定に大きな影響を与えるだろうと考えている。
大規模マンションでは「このくらいの費用なら、専門家に依頼して精度の高い長期修繕計画を作成してもらおう」と考える人が多くなるかもしれない。
対して、小規模マンションでは「これほどのコストをかけるなら、簡易的な計画で済ませ、浮いた分を修繕積立金に充てよう」と判断するケースが増えるだろう。
結局のところ、長期修繕計画はあくまで「手段」であり「目的」ではない。この計画のために、高い精度や高額な費用を求めることは、かえって住民間の対立を招くこともある。とはいえ、全く作らないことで生じるリスクも無視できない。
したがって、マンションの規模や住民の意向に応じた適切な計画の作成方法を見極め、柔軟に対応することが重要だ。
◇
最後に、長期修繕計画を作成するために役に立つサービスを紹介しよう。
1つ目は、公益財団法人マンション管理センターの「長期修繕計画作成・修繕積立金算出サービス」だ。1棟あたり最大3万1000円で計画を作成することができる。
長期修繕計画標準様式に準拠した形で作成されるため、管理計画認定を目指すマンションにもおすすめできる。ただ、数値が参考値・概算であることには注意が必要だ。
もう1つは住宅金融支援機構の「マンションライフサイクルシミュレーション ~長期修繕ナビ~」だ。
これはマンションの簡単な情報を入力すると、今後の修繕で必要となる修繕積立金を試算するというもの。入力項目が少なく、簡単に現在の修繕積立金の過不足をシミュレーションできる。
これらを使えば長期修繕計画を作成しなくても良いというわけではないが、専門家に依頼する前のセルフチェックや準備資料としては利用価値があるものだ。参考にしていただければ幸いである。
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