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ここ数年、東京都内を中心に「ガチ中華」の店が増えている。

ガチ中華とは「日本風にアレンジしていない、本場中国の料理」で、ラーメン店などの町中華とはメニューも客層も大きく異なる。多くの日本人がまだ食べたことのない珍しいメニューが多く、顧客の8割以上が在日中国人という店も少なくない。

店舗数を調査したデータはないが、中華料理店の店主など複数の人に話を聞くと、東京近郊に500~1000店舗ほどあるのではないかという。

偶然だが、中国系不動産会社の人に聞いてみると、中国系不動産会社の数も「ガチ中華」とほぼ同じくらいあるのではないかという。

なぜ今、ガチ中華料理店が増えているのだろうか。ここから読み取れる「中国人マーケット」の広がりについて考えてみよう。

「ガチ中華」から見える中国人の増加

筆者が初めて本格的にガチ中華の取材をしたのは、コロナ禍の2021年。在日中国人の紹介で、東京・池袋の火鍋専門店を訪れたのだが、そこは内装も料理もすべて「中国」そのもの。

四川省発の火鍋チェーンで、出している火鍋は鴨血(ヤーシュエ)という鴨の血を固めた、グレー色の豆腐のような食材をウリにしたものだった。

同じ頃、中国人が多い埼玉県川口市に行くと、鴨脖(ヤーボー)というアヒルの首の料理が売られていた。鉄鍋炖(ティエグオドゥン)という、もともとは東北地方でのみ食べられていたが今では中国各地で流行っている鍋料理の店もあった。

それから4年。いつの間にか都内のあちこちで、ガチ中華の店を頻繁に見かけるようになった。

ガチ中華が増えた最大の理由は、在日中国人の増加だ。筆者はこれまでも在日中国人に関する記事を書いてきたが、最近では、「都内のタワーマンションを買い漁る中国人富裕層」といったテーマに関心を持つ読者が多い。

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彼らの多くは中国の政治リスクや経済の悪化、子どもの教育などを考慮して日本に移住し、不動産を購入したり、事業を行ったりしている。

彼らのような新移民の増加により、2024年6月末時点で、在日中国人は約84万4000人と、前年同月比で約2万2000人増えた。

在日中国人が最も多いのは東京都で、全体の3分の1の27万人に上る。中でも多いのは、江東区、江戸川区、足立区、豊島区など。これらの地区には、中国人の人数に比例するようにガチ中華の店が増えている。

江東区でいえば豊洲、江戸川区でいえば小岩や新小岩、足立区でいえば竹ノ塚、豊島区でいえば池袋などだ。

広がる中国人マーケット

むろん、日本を代表する繁華街である池袋や新宿には、以前から中華料理店が多かった。しかしそれらには日本人が好む麻婆豆腐やエビチリといった定番料理もあり、日本人経営の店も多く、日本人客がメインターゲットだった。

ただ、近年は前述のような、それまで見たこともない食材や料理のほか、うさぎの丸焼き、熊の手の煮込みといった「ガチ度合い」がさらに高い料理を提供する中国人経営の店が増えており、顧客も中国人比率が上がっている。

在日中国人の人口が増えたことで、マーケットが広がったのが理由だ。日本人にとってはマイナーな料理でも、中国人にとっては「母国で食べていた懐かしい料理」であり、その料理を目当てにガチ中華の店に通う人が増えているのだ。

たとえば、日本では広東料理、四川料理などは身近な中華料理のジャンルだが、雲南料理や湖南料理は身近な存在ではない。

しかし、雲南省出身者や湖南省出身者の人口が増えれば、それだけ、その郷土料理を食べたいと思う人が増えるのは自然なことだ。前述の火鍋や鉄鍋炖のように、中国の流行がすぐに日本に移行してくることも増えた。

火鍋(PHOTO: norinori /PIXTA)

また、在日中国人の居住区だけでなく、在日中国人が通う学校や企業の近くなど、彼らの動線の近くにガチ中華は増えている。代表的な例が東京の高田馬場や上野、御徒町だ。

中国人向け大学受験予備校や日本語学校、早稲田大学といった中国人が多く通う学校がある地区には、自然とガチ中華料理店も集まってくる。

春節の際、東京・本郷にある東京大学の赤門付近にはガチ中華料理店が増えているという報道が多かった。それも、東京大学に中国人留学生が多く、彼らを顧客ターゲットにしているからだ。

(ちなみに、東京大学がある文京区は「教育レベルが高い」と考える在日中国人に人気で、中国系不動産会社にも「子どもを文京区の公立小学校に入学させたい」という問い合わせが多いと聞く。)

上野も同様で、最近では「美味しいガチ中華を食べたかったら、池袋よりも上野や御徒町に行くといいよ」という中国人もいるくらい、ガチ中華の店が増えている。上野には中国系不動産会社を始め、中国系の中小企業が比較的多いからだ。

このように、中国人が住んだり、学んだり、働いたりしている地区にはガチ中華が多く、ガチ中華料理店の多くは在日中国人をターゲットとして商売をしている。

近年来日した富裕層の中には、「経営・管理」ビザを取得して日本に滞在している人が多いが、彼らの中には同ビザを維持するため、ガチ中華料理店の経営に乗り出す人も多い。

飲食業界の未経験者でも、在日中国人をアドバイザーにして手軽に始められ、日本語が話せなくても中国人相手に商売ができるからだ。

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コロナ禍でも「旅行気分」を味わえた

このほか、ガチ中華が増えている理由として挙げられるのは、コロナ禍の影響だ。

2020年から始まった新型コロナウイルスの流行で、日本から中国に出張や旅行で行くことができなくなった。本場の料理を食べられないならば、日本で食べたいという需要が増えたことも、ガチ中華が増えた背景にある。

ガチ中華の主要な顧客は在日中国人だが、日本人客もいる。日本人客の中には、中華料理好きな人や日本企業の元中国駐在員、企業の中国関連部署の社員、中国人の配偶者など、中国と何らかの関わりがある人も多い。

筆者もその1人だが、ガチ中華の店に行ってみると、日本人同士のテーブルから時折、中国人の店員と中国語で話す声が聞こえてくる。中華料理に造詣が深い日本人が、新しいガチ中華を食べ歩きしたり、中国旅行の気分を味わったりしているのだろう。

おもしろい現象だが、コロナ禍により、中国でも同時期に日本料理ブームが起こった。

日本旅行に行くことができなくなった中国人が、「せめて中国にいても日本料理を食べたい」と考え、日本料理店に足繁く通うようになったのだ。

中国のデータによると、2013年に中国全土の日本料理店は約1万店だったが、2022年には約6万店にまで増加している。日本のドラマ「孤独のグルメ」「深夜食堂」といった番組やSNS、インフルエンサーの影響などもあり、刺身、天ぷら、ラーメン以外の日本料理にも関心を抱く人が増えた。

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最後に、日本人の食の多様化も、日本にガチ中華が増えた背景にあると考えられる。

日本ではバブル期にイタリア料理、タイ料理などの外国料理が人気となった。現在では、とくに東京は世界中の料理が食べられるグルメ都市になった。

中華料理についても、以前は日本人の舌に合う麻婆豆腐、エビチリ、青椒肉絲(チンジャオロースー)といった特定の料理が本場の中華料理だと思っていた人もいただろう。

しかしSNSの発達や中国への渡航者の増加などで、「本場中国の料理は日本人がこれまで食べてきた中華料理とはかなり異なる」ことが広まった。

以前の日本では本場の料理を食べられる店が少なかったが、在日中国人の増加により、結果として、中国に行かずとも本場の中華料理を食べられるようになった。

それを食に関して貪欲な日本人が受け入れるようになったことが、ガチ中華が増加した理由に挙げられるだろう。

このように「ガチ中華」が増えているエリアを見れば、おのずと中国人が増えているエリアが浮かび上がってくる。

年々増加の一途をたどる在日中国人。そこに「ガチ中華」は欠かせないキーワードなのだ。

中島恵