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「年度末は融資が通りやすい」―。こんな話を耳にしたことはありませんか? これは、あながち間違いではありません。
3月は、公的機関や多くの企業にとっての年度末となります。銀行をはじめとする金融機関の多くも、例外ではありません。
決算の締めくくりの時期であると同時に、銀行員にとっては人事考課の季節でもあります。
今回はそんな年度末ならではの、金融機関の実情をQ&A方式で紹介しておきます。
「ノルマの重圧」がピークを迎える年度末
本題に入る前に、金融機関における人事考課の仕組みと、それがどのように行員のモチベーションにつながっているのかついて、簡単に触れておきたいと思います。
金融機関に勤める行員・職員の出世も、他業種にお勤めの方と同じように、人事考課の点数と上層部の好き嫌いなどで決まります。前者の点数が必要条件で、後者の好き嫌いが十分条件とご理解ください。

筆者作成
インターネット専業金融機関などを除けば、金融機関に就職後、一番多い配属先は支店での顧客対応です。そうした形で支店に配属された担当者は、貢献度合いを獲得実績で測定されます。
率直に言えば「融資や(投資信託などの)預り資産をどれだけ契約したか」です。特定の地区などを持たない支店長の場合には、「支店全体の業績=支店長の貢献度合い」で判断されることが多いです。
そうした貢献度合いは、年1回の頻度で査定する金融機関では、「4月1日から3月31日まで」を対象期間としているところが多くを占めます。日本の金融機関の決算月はほぼ全て3月のため、全体の業績と連動させる必要があるためです。
そんな査定期限が国内のほぼ全ての金融機関に設定され、よく似た目標(という名のノルマ)が課されているわけです。
ノルマが達成できていない多くの担当者や支店長には、年度末が近づくにつれて「何とかしなければ」という重圧が否応なしにもたらされます。それが、融資などへの取り組み姿勢にも影響してくるわけです。
年度末に投資家とるべき3つの行動
Q1:「4月より3月中に申し込んだ方が融資の審査に通りやすい」って聞いたけど、本当?
A1:そうした実情が認められる金融機関は多いです。具体的な物件が決まっている場合には、「年度末時期ならではの加点要因」を利用する余地ありです。
担当者や支店に与えられるノルマの平均的な姿は以下のようなものです。
実績算出時の「収益」の捉え方
<預金の場合>
(基準金利-実際に適用した金利)×獲得量×期間=期間中収益
<融資の場合>
(実際に実行した金利-基準金利)×獲得量×期間=期間中収益
金融機関にとって預金は仕入れに当たるため、できるだけ安く仕入れることが、収益上のプラスになります。よって、基準金利よりも低ければ低いほど貢献度は高くなります。
融資は、その逆で販売に当たるため、できるだけ高く販売することが収益上のプラスになります。よって、基準金利よりも高ければ高いほど貢献度は高くなります。
読者の皆さんもご存じのとおり、預金や融資の際にやり取りする金利は、「元本×金利×期間」によって算出されます。
人事考課用に算出される実績は、「3月末までの収益」です。従って、3月31日に融資を実行しても、1日分しか反映されません。逆に、4月1日に実行していれば365日分が反映されるわけです。
融資のノルマを達成したい支店の担当者には、以下のような動機がもたらされるわけです。
(1)できるだけ高く貸したい ⇒それができなければ金額を多く・期間を長くして金利が取れない分を補って収益を少しでも増やしたい
(2)できるだけ量を増やしたい ⇒それができなければ金利を高く・期間を長くして量が取れない分を補って収益を少しでも増やしたい
(3)できるだけ早く(3月末までの期間が長く)貸したい ⇒それができなければ金利を高く・金額を多くして期間が短い分を補って収益を少しでも増やしたい
収益物件などの不動産業向け融資は、他の業種に比べ、相対的に実行金額が多くなります。
それゆえに、上記(1)~(3)の「それができなければ」のケースを充たしているわけで、それゆえに「金利を引き下げてでも欲しい」「間際であっても欲しい」融資案件として取り扱われる可能性があるわけです。
「通常ならば取扱いが難しい案件だけれども、年度末でどうしても数字が欲しいときゆえにやむなし」に傾く決め手となる可能性があるわけです。よって、融資の審査が通りやすくなる可能性があるわけです。
Q2:これまで収益物件への融資を本部に上手く通してくれた担当者から、3月の人事異動で『別の店に移ることになった』って言われたんだけど、この先もその人と上手く付き合っていくにはどうしたら良い?
A2:結論から言うと、担当者と個人的に仲良くなることで異動後に融通を利かせてもらうような対応は難しいため、後任の担当者にできるだけ丁寧に引き継いでもらい、後任の担当者と新たな関係を構築する必要があります。
かつては、人事異動によって別の店舗の所属となった後にも、前任地の取引顧客を「あの人の相手は自分でなければ務まらない」と継続する例外対応がままみられました。
しかしながら、そうした対応は現在ではご法度となっています。内部監査部門の監査時などにそのような実態が発覚した場合には、就業規則違反として厳しく罰せられることが一般的です。
物件オーナーにはご負担となりますが、後任の担当者と新たな関係を構築していただかざるを得ません。物件オーナーにできることは、今までの担当者に丁寧な引継ぎを行うよう依頼することぐらいしかないのが実情です。

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その一方で、行員・職員の仕事への動機は「与えられたノルマをこなす」「良い業績を上げて出世や賞与をもたらす」ことです。異動が発令されれば、本心はあっという間に新任地に移ります。
裏を返せば、後任担当者への引継ぎは負担要因でしかありません。加えて、地区を受け持つ金融機関担当者の担当先は膨大で、全てを丁寧に引き継ぐ余裕はありません。
そうした中で、物件オーナーとのこれまでのいきさつなどを優先して丁寧に引き継いでもらうためには、必要に応じて工夫も必要です。
典型的な手段には、(ア)支店長など他者を交えて引継ぎを要請し了解を取っておく、(イ)異動先店舗(新任地)の顧客を紹介するなどの「お土産」を与える、ことが挙げられます。
金融機関が最も嫌うこと、人事考課の査定上でマイナスとなることは、自らの過失よって苦情やトラブルを招くことです。人事考課は上司が行うため、(ア)はその楔(くさび)となります。
また、担当者には、数字を獲得するため新任地で一刻も早く顧客と関係性を構築したいという動機があります。従って、前任地の顧客からの紹介は何よりも有難いため、(イ)は大きな「貸し」と認識され、引継ぎを丁寧に行う動機につながるわけです。
Q3:他の金融機関に借り換える場合も、3月中に交渉した方が通るの?
A3:検討されている借換えが、借り換え先からの打診や提案をきっかけにしたものでしたら、3月中に申し込まれた方が「年度末時期ならではの加点要因」が加わる可能性があります。
それまで全く事業上の接点などがない先から融資を申し込まれた金融機関は、単純に喜ぶだけでなく、「(わざわざ来るほど)「資金繰りに窮しているのか?」とも疑います。
場合によっては「現在の取引金融機関との関係が悪化しているのか?」「(審査の通りやすい)3月に申し出るということはよほど切迫しているのか?」とまで深読みします。
その結果、金融機関や店舗によっては「より慎重に対応すべき」あるいは「忙しい3月を過ぎてからやろう」等の対応を示される可能性もなくはありません。

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一方、金融機関側から「是非取引して欲しい」という申し出があった場合や、具体的に借換えを提案されている場合は、上記とは全く状況が異なります。
金融機関が何の事前調査もなしにこうした申し出を行うことはなく、物件の入居状況や物件オーナーの風評などを相応に調べ、支店の新規開拓対象先としてリストアップした後に実施することがほとんどのためです。
後者の場合には、金利なり期間なり、希望する条件を告げて、借換えを行う旨を3月中に行うことで、条件などが譲歩される可能性が高まります。どこの金融機関も実績が欲しいためです。
◇
以上、年度末にあたって、物件オーナーが知っておくと少しだけ得をするかもしれない金融機関側の事情をご紹介しました。年度末は、物件オーナーにとって大きなチャンスになる可能性もあります。
特に、既存の金融機関から新たに融資を受けたいと考えている方、新たな金融機関への借り換えを検討している方は、この機会につながりのある金融機関の担当者と面談をして相手方の事情を探ってみるのもよいのではないでしょうか?
(佐々木城夛)
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