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老朽化したマンションの増加を受け、マンションの管理や再生をより円滑に行う必要性が高まっている。今月4日、政府は区分所有法などマンション関連法の改正案を閣議決定しており、開催中の国会での成立・2026年4月の施行を目指している。

今回の改正は、高経年マンションの再生をスムーズに進めるための足がかりとなり得る、重要なものだといえよう。

筆者がマンション管理士として関わってきた中でも、合意形成が難しいために解体・建替え・修繕をすることができず、有効なアドバイスすらできないマンションもあった。

改正によって、マンション管理の現場はどう変わるのか。改正案に含まれる項目はたくさんあるが、この記事では特に影響が大きい点を中心に、筆者の実体験も紹介しながら解説する。

たった1人の行方不明で解体できず…

筆者が考える改正案のポイントは、大きく2つ。1つ目は「解体および敷地売却の合意要件の緩和」である。

従来、マンションの解体および敷地売却には区分所有者全員の同意が必要であった。これは、区分所有法に解体および敷地売却に関する規定がなく、民法251条に基づく「共有物の変更」となるためだ。

しかし実務上、区分所有者全員の同意を得ることが極めて困難であることは想像に難くないだろう。

筆者が関与しているマンションでは、多くの住民が解体や敷地の売却を希望しているものの、行方不明の区分所有者がたった1名いるために「共有者全員の同意」を取り付けることができず、検討が停滞していた。

現行法上でも、裁判所に不在者財産管理人の選任の申し立てをすることで手続きを進められる。しかし、その費用として数十万円かかる。小規模の高経年マンションにとって、簡単に支出できる金額ではない。

こうした現状を踏まえ、改正案では解体や敷地の売却のための要件が大幅に緩和されている。全員の合意が必要だったものが、多数決により決議できるようになる。

建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)改正案

●第64条の5~8関係
区分所有者、議決権及び当該敷地利用権の持分の価格の各5分の4以上の多数で、建物及びその敷地を売却する旨の決議(建物敷地売却決議)をすることが可能

●第62条第2項、第64条の6第3項関係
耐震基準を満たさない等のマンションでは、4分の3以上の賛成で上記決議および建替え決議が可能

つまり、先述のマンションの例であれば、不在者財産管理人の選任というコストのかかる手段を選択せずとも、具体的な検討を行えるということだ。

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また、耐震性の不足など、一定の条件下では4分の3以上の合意でも進めることが可能になる。合意形成が難しく、どうすることもできなかったマンションが、こうした「膠着状態」から脱していくことが期待される。

要件緩和で決議を取りやすくなる

2つ目のポイントは「総会の議決要件の緩和」だ。

現行では、管理規約の改正や共用部分の変更など、重要な議案については、原則としてマンション管理組合の総会で「全区分所有者および総議決権数の4分の3以上の賛成(特別決議)」が必要である。

マンション管理に消極的な区分所有者(議決権行使しない人)が議決権の母数に含まれてしまうため、スムーズに決議を取ることが難しかった。

筆者も、管理の意識が低調なマンションで総会を開催する際、出欠票および委任状・議決権行使書の提出を「お願い」して回ることがある。中には、総会の賛否に興味はないにも関わらず議決権の行使に条件を付けてくる人もおり、非常に不健全だと感じていた。

特にリゾートマンションや一部の高経年マンションでは、区分所有者と連絡が取れないケースも珍しくなく、特別決議を可決するのに必要な議決権を集めることが難しい。これが管理不全の原因の1つとなっていた。

法改正となれば、特別決議の要件が緩和され、マンション管理に消極的な区分所有者を議決権の母数から除外できるようになる。「全区分所有者の4分の3以上」から「出席者の4分の3以上」という要件になる。

●第17条、第31条関係
区分所有者の過半数の者であって議決権の過半数を有する者が出席した総会は、特別決議の要件が従来の「全区分所有者および総議決権数の4分の3以上の賛成」から「出席した区分所有者及びその議決権の各4分の3以上の賛成」に緩和

マンションの年中行事として行われてきた「出欠票提出の催促」という不毛な業務もなくなり、総会の決議がスムーズに進むことが期待される。

改正案の要点まとめ

残された不安と課題

長年、マンション管理に携わってきた筆者としては、上記2つの改正点だけでも高経年マンションの再生がしやすくなる、と感じている。

しかし、これらはあくまで形式的な合意形成の話であり、実際に解体や修繕を進めるには「資金の問題」という別のハードルが存在する。

例えば、解体や敷地の売却について、とりわけ地方都市では、次のような理由から解体費用を捻出できないケースも多い。

・地価が低く、解体後の底地売却益で費用を賄えない
・解体費用の高騰(解体業者の不足・人手不足・インフレ)

筆者が管理に携わることが多い新潟県内のマンションでも、旧耐震の高経年マンションになると、ファミリータイプの部屋が1室200万円を切る価格で売りに出されることもある。

築浅のマンションや木造戸建てが2000万~3000万円であるのに対し、同じような「家」が「200万円で買える」のである。

この価格の低さを受けて「何かがおかしい」「裏がありそう」と思ってしかるべき、と筆者なら考えてしまう。だがそうではない人にも、残念ながら、そのリスクが十分に伝えられないまま物件が流通してしまっている現状がある。

はっきり言ってしまえば、このようなマンションの多くは解体や耐震補強等の費用が捻出できず、将来が見通せていない可能性が高い。

せっかく法整備によって合意形成が進めやすくなっても、肝心の区分所有者が「無い袖は振れぬ」と言ってしまえば結局再生は進まない。国や自治体による補助制度の拡充があれば進めやすくなるが、現時点では明確な財政支援策は示されていない。

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また、議決要件の緩和によって、マンション管理に消極的な区分所有者を母数から外すことはできるようになるが、これは逆に「反対者の意見を強くする」可能性もある。

例えば、議決権を1ずつ持っている区分所有者100人のマンションで考えてみよう。

現行法上では、特別決議を可決承認するためには4分の3(=75人)以上の賛成が必要であるため、確実に否決するには26人以上の反対者が必要であった。

新区分所有法上でも、区分所有者全員が意思表示をしてくれればこの必要数は変わらない。しかし、仮に総会の出席区分所有者数が60人だった場合、特別決議を可決承認するためには45人以上の賛成が必要で、否決するためには16人以上の反対者が必要となる。

単純に反対者数だけで見ると、現行法のときより10名ほど少ない反対者が集まっただけで議案が通らなくなるということだ。

つまり、改正により、それほど異論反論が出ないような議案は通し易くなる一方で、賛否が分かれる議案については「出席組合員による意見の対立が顕在化」し、可決することが難しくなる可能性があるのだ。

高経年マンションの中には、区分所有者の間で「派閥」ができていることもある。過去のトラブルや感情のもつれから「現理事会の議案には全部反対」などと先鋭的な考えの人がいることは珍しくないのだが、そのような人が複数いて徒党を組んでいるケースがある。

「理事会のやり方が気に入らない」や「理事長が意見を聞かない」であるなら対応のやりようもあるのだが、「管理費等の負担を増やす議案にはすべて反対」などといった目的で連帯していると目も当てられない。

そうした例は筆者もさすがに聞いたことがないが、近しい状態のマンションの話は耳にしている。今回の法改正で、管理の適正化から「逆噴射」するマンションが出ないことを心の底から望んでいる。

将来世代にツケを回さないために

当然ながら、今回の改正案が実現しても、すべての高経年マンションの問題が自然と解決するわけではない。しかし「法律が悪い」という言い訳も使いにくくなるため、いよいよ「所有者としての責務」を果たさなければならなくなるのではないだろうか。

今までのマンション管理で1番「手っ取り早い」方法は「問題をすべて棚上げし、将来世代にツケを回す」ことであった。マンションの寿命は、適切な管理を行えば、人間のそれと同じくらい長くなる。複数世代にわたっての管理が必要になることも珍しくない。

しかし、これに気づくのが遅れると「積立金不足」「管理の担い手不足」「建物の劣化」等の問題が顕在化し、解決のための労力や資金が多く必要になってしまう。

法改正を奇貨として、解体・建替え・修繕の選択肢を比較し、早めに準備することが肝要である。もし準備の仕方が分からないということであれば、我々マンション管理士が力になれる。専門家のサポートを活用しながら適切な計画を立て、より良いマンション管理を目指していこう。

(マンション管理士・澤田亮)