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2025年は、「住宅の安全神話」を脅かした2つの出来事から節目の年となります。
1つは30年前に発生した阪神・淡路大震災(1995年)です。当時の建築基準法では、現在のような厳しい耐震基準が確立されておらず、木造住宅を中心に多くの建物が倒壊して被害が拡大しました。
犠牲者の約8割が家具の転倒や家屋の倒壊による窒息・圧迫死でした。老朽化や耐震補強の不足ゆえ、人々の生命と財産を守らなければならないはずの住宅が、その機能と役割を十分に果たせなかったのです。
そして、この巨大地震の10年後の2005年11月、建築物の耐震性能を意図的に偽装した「耐震強度偽装事件(姉歯ショック)」が明るみになりました。
事件を受けて建築基準法の改正や建築確認審査の厳格化が行われましたが、今も新たな欠陥マンションは後を絶ちません。
事件から20年の節目を迎えるいま、どうすれば欠陥マンションをなくせるかという視点で、不動産業界を震撼させた大事件を振り返ります。
常態化する「下請け構造」が背景に
耐震偽装事件の中心人物となったのが、姉歯秀次・元一級建築士です。故意による構造計算書の偽装により、震度5強程度の地震で倒壊する恐れのあるマンションやホテルが多数建築されました。
東京地裁で開かれた公判で、検察側は姉歯氏について「1996年ごろ、主要取引先からの受注が取れなくなり収入が激減したことで(中略)偽装にかかわるようになった」「能力がないのに、コストダウンできる有能な建築士との評価を得て、取引先から継続的に受注を得て収入を確保しようとした」と指摘しました。本人も大筋で内容を認めています。
当時の報道によると、同氏は偽装を始めてから数年で年収2000万円超を稼ぐようになったそうです。5500万円で自宅を購入し、住宅ローンを支払いながら毎月、妻と2人の息子に5万~30万円の小遣いを渡していました。
また、ベンツやBMW、高級スーツや高級ブランド時計などを次々と購入し、贅沢な暮らしを続けていたといいます。さらには愛人を作り、交際費に毎月15万円を使っていたとの報道もありました。事業主の利益ではなく、自分の欲望のために偽装を続けていた実態が浮き彫りになりました。

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構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会の報告書からも、事件の背景となった業界の実態が明らかになりました。
ひと口に建築設計といっても、その業務範囲は広く、大きく「意匠設計」「構造設計」「設備設計」の3分野に分けられ、「下請け構造」が存在するのが実情です。
3分野の中でも建物の外観デザインやランドプランなどを設計する意匠設計が花形(表舞台)とされ、人気が高い分野となっています。
そのため、構造設計や設備設計を専門とする建築士は相対的に人数が少なく、本来であれば希少な人材として優遇されなければならない立場にあります。
ところが構造設計者の人数が少ないため、1人が担当する案件数が膨らみ過重労働を強いられていました。さらに「下請化」の定着に伴い、建築士の中でも構造計算者は低い地位に追いやられていました。
その結果、意匠設計を行う建築事務所が「元請け」となり、構造設計を扱う事務所が「下請け」となる構造(上下関係)が常態化しました。必然的に両者の報酬には大きな格差が生じました。このような悪条件の労働環境が姉歯氏を愚行に走らせたと考えられます。
「性善説」に立った建築確認制度
耐震強度偽装事件は改ざんされた構造計算書を見抜けなかった建築確認制度の機能不全もあらわにしました。頻発する地震などを契機に累次の制度改正が行われた結果、建築技術が複雑化・専門化し、これを審査する側が追い付けなくなっていたのです。
木造であれ鉄筋であれ、あるいは住宅であれ非住宅であれ、一定の建築物を建築しようとする場合、その設計が建築基準に適合しているかどうか、「建築主事」または「指定確認検査機関」の確認を受けなければなりません。
ところが建築技術の高度化に伴い、分野ごとの分業化が進んだ結果、建築設計を総合的に管理することに困難が生じ、建築確認制度の「限界」が露呈しました。
そもそも建築基準法とは、建築物の敷地や構造・設備・用途に関する「最低の基準」を定めた法律です。建築士が悪意を持って恣意的に構造計算書を改ざん・ねつ造することなど、まったく想定していません。
いわば、「性善説」に立脚して制度設計がなされています。その盲点を突いたのが姉歯・一級建築士(当時)でした。建築行政そのものに対する信頼性までもが揺らいだ瞬間です。
上述の通り、能力がないのに「コストダウンできる有能な建築士」との評価を得て、取引先から継続的に受注を得て収入を確保しようとした点に、当人の悪徳ぶりが感じられます。
正義感や倫理観が求められる立場にいるにもかかわらず、取引先を裏切り、蛮行に手を染めていました。私利・私欲を追求し、自分本位な振る舞いをしていた点は批判を免れないでしょう。
そもそも「悪意」とは、他人に対して意図的に害を加えようとする心の持ち方や態度を指します。簡単に言えば、意図的に悪いことをしようとする気持ちや考え方です。たとえば、保身のために「ウソ」をついたり、迷惑をかける行動をとったりする場合に「悪意」があるとされます。
2005年12月に行われた国会の証人喚問で、姉歯は「鉄筋量を減らせ! 減らせないなら事務所を変えるぞ、と木村建設から圧力をかけられ、やむなく命令に従った」と証言していました。
ところが、この発言は木村建設側に責任を転嫁し、自分を弁護するための「ウソ」であったことが明らかになっています。
これまで外圧によって「仕方なく」構造計算書を偽装していたという構図が出来上がっていたのですが、捜査が進むにつれ「ひとり芝居」であることが判明しました。
姉歯の「化けの皮」が、捜査のメスで少しずつはがされていったのです。訴因に「議院証言法違反(偽証)」が含まれるのは、そのためです。
建築基準法はどう変わったか
事件を受け、建築基準法が改正されました(2007年6月施行)。主な改正点は以下の3つです。
(1)構造計算適合性判定制度(ピアチェック)の導入
(2)建築確認や中間・完了検査に関する指針が告示で定められ、建築主事や民間検査機関はその指針に従って審査することが義務付けられた
(3)3階建て以上の共同住宅に中間検査が義務付けられた
2007年の法改正では、確認申請時に1度だけ確認していた構造計算の内容を、別の検査機関で二重にチェックすることで構造の安全性と合法性を慎重かつ的確に判定できるようにしました。
事件では、民間確認検査機関の日本ERIやイーホームズ(すでに廃業)が姉歯・元一級建築士によって改ざんされた構造計算書を見破ることができず、そのまま着工されてしまいました。
そこで、一定規模以上の建築物については、ピアチェックのために創設された「構造設計一級建築士」「設備設計一級建築士」(※)という専門家(新資格)に適合性判定の関与を義務付けました。対象となる建築物の設計に当該建築士が関与しない場合、建築確認申請は受理されず、工事を着工することができなくなりました。
(※)一級建築士の中でも、特に高度な構造・設備設計の専門能力を持つ建築士

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2点目の改正は簡単に言うと「一度提出した確認申請書類は、軽微な変更を除き、差し替えや訂正ができなくなった」ということです。
これまでは、提出した建築確認書類を申請後に差し替えたり補正したりすることが許されていました。そのため、設計者が「とりあえず申請し、指摘されたら修正すればいい」と考えるようになり、最初から十分な検討をせず、安易に申請するケースがありました。
改正後は一部の例外を除き、申請書類の修正を認めないことにしました。新法では図書の落丁や乱丁、記載漏れといった些細な補正しか認められなくなりました。
3点目は中間検査の義務付けです。改正後は一律3階建て以上の鉄筋コンクリート造りの共同住宅に実施が義務付けられました。
これまでは工事段階でミス(施工不良)しても発覚しにくい状況でしたが、中間検査の義務化により欠陥マンションの発生抑止につながります。その好例があります。
法改正から数か月後の2007年10月、千葉県市川市の45階建てマンション「ザ・タワーズ・ウエスト・プレミアレジデンス」(総戸数573戸)で、128本の鉄筋不足が判明したニュースは衝撃的でした。
三井不動産レジデンシャルと野村不動産が事業主となり、清水建設が施工した物件で、日本建築センターが中間検査を行った際に、柱の鉄筋不足を発見しました。
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