JR西日本「和田岬駅」(著者撮影)

朝と夕しか電車が走らない、異色の通勤路線・和田岬線。平日の朝夕ラッシュ時には満員電車となるが、それ以外の時間帯は運行されず、週末はわずか2往復。そんな独特な運行形態を持つ和田岬線は、単なる人的輸送以外の側面も持ち併せている。

和田岬線の姿を、実際に乗りながら紐解いてみようと思う。

朝と夕だけ動く、超効率運行の「異端児」路線

兵庫駅から和田岬駅までわずか1駅・2.7キロメートルを結ぶJR西日本の通称和田岬線(正確には山陽本線の支線にあたる)。この路線は、全国でも珍しい「究極の通勤特化路線」 だ。

運行は平日朝夕のみ、日中は一切走らず、休日ダイヤになると1日わずか2往復。一般の鉄道路線とは大きく異なるダイヤ構成を持ち、沿線住民のための足というよりも、特定企業の従業員輸送に特化した「専用通勤列車」 のような性格を持つ。

和田岬線のルーツは、1890年(明治23年)に開業した貨物輸送路線に遡る。

兵庫港に陸揚げされた物資を運ぶために敷かれた路線だったが、周辺に三菱重工業・三菱電機・川崎重工業などの工場が集積すると、従業員の通勤需要が急増。まもなく旅客輸送も開始され、通勤鉄道としての役割が確立した。

現在も終点の和田岬駅周辺には、大規模な工場群が広がっている。通勤客の大半はこれら工場の従業員で、朝は兵庫駅から工場へ向かう乗客で満員、逆方向はほぼ空気輸送となる。

そして夕方になるとその流れが反転し、和田岬発兵庫行きが混雑する。「通勤のためだけに存在する路線」 と言われるゆえんだ。

和田岬線のダイヤ。中段がスッポリ抜けている(筆者撮影)

実際に乗ってみると…

和田岬線に乗るため、兵庫駅へ向かった。まず最初に驚いたのが、同じJR線内での乗り換えであるにもかかわらず、和田岬線に乗車するには改札を通過する必要があることだ。

これは和田岬駅に自動改札機がないためで、兵庫駅の改札を通過した時点で和田岬駅での降車処理も済ませる仕組みになっている。

兵庫駅に設置された中間改札(筆者撮影)

兵庫駅8時33分発の列車に乗ると、発車時刻が近づくにつれ乗客が増え、車内は通勤ラッシュの様相を呈する。座席はすぐに埋まり、立ち客も多い。乗客のほとんどが沿線の工場や企業へ向かう人々だろう。大阪都心の通勤電車にも引けをとらないほどの混雑っぷりだ。

この利用傾向は、データからも裏付けられる。

2022年に神戸市が発表した「西日本旅客鉄道株式会社駅別旅客運輸状況」によると、和田岬駅の一日平均乗車人員は3933人。そのうち、定期券を利用している乗客は3628人と、全体の約92パーセントが定期券利用者と高い割合を占めている(出典:西日本旅客鉄道株式会社駅別旅客運輸状況)。

和田岬駅周辺には学校がないため、実質的にこの数字の大半は通勤利用者とみてよい。これは、ほかの兵庫県内の駅と比較しても大幅に高いことから、和田岬線がいかに通勤路線として特化しているかがわかる。

およそ4分ほど電車に揺られ、終点の和田岬駅に到着。改札は設置されておらず、電車を降りるとそこはもう街とつながっている。乗客たちは足を止めることなく工場の方向へと歩いていった。

かつてはJR和田岬線の廃線を求める動きも

和田岬線は、かつて廃線の議論が持ち上がったことがある。それも、鉄道会社ではなく自治体である神戸市からの要望である。2011年、神戸市が「兵庫運河を活用したウォーターフロント計画」の一環として、JR西日本に対し廃止を求める要望書を提出したと報じられたのだ。

神戸市が廃線を求めた理由はいくつかある。まず、和田岬線が兵庫運河を横断しており、「船舶の航行を妨げている」「地域を分断している」といった地元の声である。

兵庫運河を横断する和田岬線の線路(筆者撮影)

さらに、神戸市営地下鉄海岸線の利用促進も、廃線要望の要因の一つだろう。2001年に開業した海岸線には、JR和田岬駅と並ぶ形で地下鉄の和田岬駅も設置された。

しかし、海岸線の利用者数は伸び悩み、当時の累積赤字は830億円に達していたという。市側には、「ライバルである和田岬線を廃止すれば、地下鉄の利用者増につながるのでは」という思惑もあったと推測される。

翌2012年、兵庫運河活性化会議が作成した「兵庫運河周辺地域のまちの将来像という計画書とともに廃止の要望が示された。 要望に対し、JR西日本は「れっきとした黒字路線であり、廃止する理由は全くない」として拒否。

結果として、和田岬線は存続。神戸市の計画は実現しなかった。

和田岬線が担うもう一つの役割

和田岬線に乗車した日、和田岬駅近くにある川崎車両の工場を訪れてみると、新造車両が工場から和田岬線へと牽引される貴重な瞬間に立ち合うことができた。

甲種輸送の様子(筆者撮影)

地元の方も「めったに見られるものではない」と話していたが、これは川崎車両兵庫工場で製造された車両が全国へ輸送される「甲種輸送」の一幕だった。

川崎車両は、新幹線や通勤電車、特急列車に加え、海外向けの車両まで製造する鉄道車両メーカーだ。その製造拠点である兵庫工場では、完成した車両が専用線を通じて和田岬線に入り、全国各地へ輸送される。この輸送形態を「甲種輸送」と呼ぶ。

川崎車両株式会社 神戸本社前に展示されている「ひかり号・特急こだま号」(筆者撮影)

和田岬線が単なる通勤路線ではなく、鉄道車両輸送の役割も担っていることは、存廃を考えるうえでも重要な要素となる。

和田岬線が廃止されれば、新たな輸送ルートの確保が必要になるが、その実現には多くの課題が伴う。そのため、川崎車両による新造車両の輸送ニーズが続く限り、和田岬線(少なくとも兵庫駅~工場引き込み線の区間)が廃止される可能性は低いと考えられる。

和田岬線が廃止されたら、跡地はどう活用される?

和田岬線は通勤需要に加え、川崎車両の甲種輸送という重要な役割も担っていることから当面は廃止されることはないだろう。しかし、工場の撤退などで通勤需要の大幅な減少が起これば、廃線の議論が再燃する可能性は否定できない。その場合、跡地はどのように活用されるのだろうか。

和田岬駅のホーム(筆者撮影)

過去の配線跡の活用事例を見ると、その長細い地形を生かして遊歩道やサイクリングロードとして再利用されている場合が多い。

例えば、島原鉄道南線(長崎県・約35キロメートル)や旧筑波鉄道(茨城県・約40キロメートル)はサイクリングロードに、西寒川支線(神奈川県・1.5キロメートル)の跡地は散策路やジョギングコースとして整備された。

こうした事例を踏まえると、仮に和田岬線が廃止された場合も、同様の活用方法が考えられる。

実際、先に述べた「兵庫運河周辺地域のまちの将来像」では、和田岬線のプロムナード化が提案されていた。計画では、枕木を活用した花壇や踏切をイメージしたベンチを設置し、線路を模した舗装を施すことで、和田岬線の面影を残しつつ、地域の憩いの場とする構想があったことが確認できる。

鉄道路線とまちの関係は多岐にわたる

とはいえ、和田岬線は単なる鉄道路線ではなく、地元の工場と密接に結びついた通勤路線でもある。仮に廃止されるとしても、利用者の意見を無視した再開発は現実的ではない。跡地の活用方法を考えるうえでは、通勤手段の確保や地域住民の利便性に配慮した形で進めることが求められる。

和田岬線に限らず、全国には通勤輸送を主軸とする鉄道路線が多数存在し、経済環境や沿線企業の動向によっては存廃が議論されるケースがある。そうした路線が万が一廃止された場合、この跡地がどのような形で地域と関わっていくのか。その未来を考えてみるのも興味深い。

(山之内渉/楽待新聞編集部)

山之内 渉
国内最大手のアウトドアメディアで編集者を経験。その後、不動産投資会社に勤務し、現在はフリーライターとして多岐にわたる分野で記事を執筆しています。